23 / 23
一先ず危機を脱した俺は、この世界で生きて行こうと心に決める
しおりを挟む
その夜、城では盛大な宴が催された。
それは城下とて同じで、城からの発令で皆がお祭りムードで騒ぎまわる。
魔族が襲って来るかもとずっと不安を抱えていた民衆は、危機を脱した喜びから羽目を外しだしたらしく、功労者であると言われてる俺が目を覚ますまでは自重しろと言われていたのだが、俺が目を覚ました事で城から街全体を巻き込んでの大騒ぎが行われる事になったそうだ。
そんなわけで、俺、ミリ、ティーカの三人は宴の始まりにと城下街から城まで馬に乗っての凱旋パレードに駆り出され、アンゼリカ姫に連れられ乗った事も無かった馬に乗せられて外に連れ出されてしまった。
突然の事にどう振る舞ったらいいのか分からずいたが、大通りに出た瞬間にとてつもない大歓声に迎えられ、更に困惑、姫に言われた通りに民衆に手を振って応えるだけで精一杯だった。
ちなみに、俺達は普段着じゃなくて城で知らぬ間に設えられた正装を身に着けている。俺は紳士然としたスーツっぽい恰好だし、ミリとティーカも貴族の令嬢が来てそうなきらびやかなドレスに身を包み、化粧までされている。
普段とは違う二人の姿に、俺は心臓が妙に高鳴り、慣れない事までした結果、ひどく疲れ果ててしまった。
だが、凱旋パレードはまだ宴の始まりを告げる程度の催しでしかなく、その後は王様の宣言を経て、本格的な宴が開始される。今日ばかりは皆が好き勝手に騒ぎ、勝利の余韻に酔いしれながら生きている事を実感すべく飲み食いをするという日になったようで、兵士達も交代で見張りに立つぐらいで、それ以外は食堂に集まって楽しくしているとの事だ。
まぁ、そんなわけで国中がお祭り騒ぎなわけだが、既に疲れはてた俺にはまだ、色々とやる事が残っていた。
それが王からの褒章だ。
まともに表彰なんかされた覚えの無い俺は、ここでもどうやって振る舞えば良いのか分からず、困惑した。
「堂々としていればよい。お前は英雄なのだからな」
鎧を纏ったままの姫にはそう言われたが、緊張するものはどうあっても緊張するのだから仕方ない。
「今より、魔族との戦において大きな功績を上げた者に褒章を与える。呼び上げた者は陛下の前に出られよ! マドノソーマ!」
「は、はひっ!」
そんなわけで、出だしからもろに噛んでしまい、俺は緊張で固まった手足を何とか動かして王の前まで進み、日様づく。
「此度の戦いにおいて、貴公の働きは目覚ましく、その讃えヴァルトベルグ王陛下より褒章を与える」
その宣言の後、王様が俺を立ち上がらせ、その胸に勲章を取り付けた。
「姫よりそなたの活躍は聞いた。よくぞ魔族を討ち果たし、我がヴァルトベルグを守ってくれたな。貴様はこれより、我がヴァルトベルグの勇者だ」
王様はそう告げ、俺を回れ右させた。そこには、騎士達や兵士など共に戦っていた筈の者達や貴族っぽい男女まで様々な人々が無言で俺を見つめていた。
「皆の者。この男を讃えよ。かの者は皆の命を救い、悪逆の魔族を討ち果たせし者だ!」
「おぉぉぉぉ~~~~~~!! マドノソーマ万歳! ヴァルトベルグ万歳!!」
王が告げた瞬間、周囲の人々は惜しみない拍手と讃辞が降り注いだ。それは歓声を通り越して、大瀑布のように降り注ぎ、その場に立っているしかない俺を容赦なく巻き込んで高鳴る一方だった。
そんなこんなで、最初から慣れない状況の連続で困惑しっぱなしな俺だったが、この後もやたらと知らない綺麗な女の人からダンスを申し込まれたり、兵士や騎士達、貴族たちから色々質問攻めを喰らったり、中々大変な時間を過ごす羽目になった。
そうして、ようやくその輪から抜け出した俺は、城のバルコニーへ抜け出し、柵にぐったりとヘタリ込んでいた。
ああ。マジで疲れた。
二日間寝てて体力的には回復した筈だが、既に二日分以上疲れたような気がした。
「あ! ここにいたんだ」
そんな声がしたのでゆっくり首だけ動かすと、ミリとティーカが連れ立って歩いてくる。
「ああ、ミリ。ティーカ。お疲れ」
「どこ行っても人だかりで探すの大変だったよ」
「ようやく合流できました。お疲れみたいですね、大丈夫ですか、ソウマさん」
俺がぐったりした様子で二人を迎えると、二人も少し疲れた様子だった。
「まぁな。した事も無い凱旋パレードやら褒章授与やらで大変だったけど、それ以上に押し寄せてくる人達の相手が大変過ぎてさ……」
「そっか。ソーマも大変だったんだね。あたしも大変だったよ。皆、獣人見るのが初めてらしくてね。このミミはどうなってるのか~とか、獣人ってどんな暮らしなのか~って、いろんな人に囲まれてずっと話す羽目になって。後、獣人だがそなたは美しいとか言われて、やった事もないダンスに突き合わされてさ」
「私も殿方から、どちらの家の方ですかとか聞かれて……ソウマさんの旅の仲間だと伝えたら、『英雄殿の御仲間ですか! 何と美しい』とか言われて、しつこくダンスの相手を頼まれて……」
と、やれやれと汗をぬぐうような仕草をするミリに、困ったように笑うティーカ。二人もこの場でどうしていいか分からないから苦労していたようだ。
ってか、二人とも美しいとか言われたんだ。まぁ、二人ともまごう事無き美少女だもんね。ミリは無邪気で活発系な美少女だし、ティーカは清楚な落ち着きを感じる美少女。タイプは違えど、どっちも俺がこの世界に来るまであまりお目にかかった事も無いレベルの美少女。だから、容姿を褒められるのも無理はないよな。
ちなみに、俺も何故か『勇者に相応しい勇猛でいかにも強そうな眼光だ』とか褒められたけど、それってただ目つき悪いってだけじゃないのかと首を傾げてしまった。俺は別にカッコよくは無いから気にはしてないけどさ。
「二人とも大変だったな。まぁ、ここは静かそうだし、少し休ませてもらおうぜ」
「だね~。あたし、ここに来てから何も食べてないや」
「私もです。何か料理を貰ってきましょうか」
「その必要はないぞ」
と、ティーカがバルコニーから部屋に戻ろうとすると、妙に幼げな声が聞こえた。そして、小柄な影とそれに付き従う兵士達が数名、いろんな料理が盛られた皿を持ってやってきた。
「あ、姫様……」
「探したぞ、お前達。どうせまともに食事もできていなかろうと来てやったが、探すのに苦労したわ」
そう言って、きらびやかな衣装をまとった小柄なアンゼリカ姫は兵士達に命じて俺達に皿を手渡させた。
そう。
今は普段の鎧を纏っている大人状態じゃなく、鎧をはいだ状態の小柄な姫の状態だ。
声までやけに幼くなるものだから、本当にあの鎧を着ている人と同一人物なのかと疑わしく思える。
ついでに、何故か見掛けた先でレオノーラ様とか言われてたけど、あれは何だろう?
「ああ、ごめん。ここに来てる人達にもみくちゃにされて、すげぇ疲れたから逃げてきたところだったんだ」
「ふむ。まぁ、仕方あるまい。お主らは普段城では見ない類の人間。それが国の英雄だと言われればそうもなろう」
ともにいた兵士達を下がらせ、姫はしみじみとそんな事を言っていた。
「ってか、アンゼリカ姫様。何で、その格好なの? ってか、違う名前で呼ばれてたけど……」
俺が首を傾げて告げる。が、そこで姫は俺に飛びつき、無理やり口を閉じさせにかかる。
「しッ! その名前をここで告げるでない!」
「んぐ……」
急に叱責されて、俺は困惑する。が、その理由がすぐに分かった。
「アンゼリカ様? 今、誰かアンゼリカ様と言わなかったか?」
「なんだと! 騎士姫様が宴に来られているのか? ご挨拶せねば!」
何故か色めき立つ室内。ここから見える限り、いろんな人がアンゼリカ姫を探して室内をドタバタと走り回る。
そして、彼らはバルコニーに人影が見える事に気付き、一気になだれ込んでくる!
「アンゼリカ様!」
出入り口に殺到した人々は、我先に体をねじ込もうとして、そこで目を瞬かせる。そこには、俺達三人と小柄な状態の着飾ったアンゼリカ姫―今はレオノーラと名乗っているらしい。
「レ、レオノーラ様」
「あら。どうかされましたか?」
バルコニーの入り口嵌りながらきょとんとする一同に、俺の所からひょいっと飛び降り、アンゼリカ姫は普段は聞かないような綺麗な声で白々しく答える。それを受け、一人の騎士らしき男がおずおずと告げる。
「いえ。誰かがアンゼリカ様と言ったのが聞こえまして……レオノーラ様はアンゼリカ様をお見掛けしませんでしたか?」
「お姉さまですか? お姉さまでしたら、疲れたからと自室でお休みの筈ですわ。皆も知っているでしょう? お姉さまはこうした宴は好まないので……」
ははは、と少し引き攣った笑いで兵士達に告げるアンゼリカ姫。そうすると、兵士達は入り口から皆一歩下がり、片膝をついて平伏する。
「いえ。姫様が普段来られない宴に来られたと思い、ご挨拶せねばと思った次第でして。私どもの勘違いでしたら、申し訳ございません。レオノーラ様は英雄殿達とご歓談中で」
「ええ。皆に囲まれ、中々お話できませんでしたので。こちらに集まられたのが見えたので、この機会にと英雄殿のお話を伺いに……」
「そうでしたか。姫様のお話し中にお騒がせ致しまして、誠に申し訳ございません」
「良いのよ。お姉さまには私から、皆が宴の席で会いたがっていたから、たまにはお見えになってはとお伝えしておくから」
「はッ。お心遣い、痛み入ります」
「いいのよ。では、貴方達も今宵を心行くまで楽しみなさい。折角の宴なのですから」
「勿体なきお言葉。感謝いたします。では、私共はこれにて」
それだけ言い残し、押し寄せた集団はまた室内の喧騒の中に戻っていった。
「ふぅ~。やれやれ、参ったわ、全く」
「あ~。あのさ、姫様。今のは……」
突然の事に唖然としていた俺は、騒ぎが収まると同時に尋ねる。すると、アンゼリカ姫は勢いよく振り返って告げる。
「ふん。今のわらわはレオノーラ姫じゃ。分かったか、マドノソーマよ」
「それは俺の名前であって、ちょっと違うんだけどな……でも、なんでわざわざ偽名を?」
俺が首を傾げると、姫はふんと鼻息を荒く噴き出し、腕を組んで告げた。
「こんなチンチクリンがあの鎧を着て戦っている女などと、誰が信じる者か。元より、この姿は近衛や王族の者など一部の者にしか伝えておらんのだ!」
「なんで隠してる?」
「国の威信にかかわる故な! だから、わらわはここではレオノーラなんじゃ。覚えておけ!」
ズビシっと勢いよく指さされ、俺は頬を掻く。理由は一応分からなくはなかったけど、真実を伏せたままでもいつかバレたりするんじゃないかと、ひやひやしないのか?
「まぁ、良い。とりあえず、さっさと渡したモノを食せ。話があってきたが、お主らはまだ食事すら満足にしてないのであろう?」
「あ、ああ。それじゃ……」
俺はミリ、ティーカに目配せで合図し、貰った皿の料理を平らげた。料理は肉やら野菜やらが手の込んだ形で調理されており、ここ最近の食事の中では飛びぬけて美味かった。まぁ、王宮がわざわざ宴に出す料理だから当たり前な気もしたが。
「ふぅ~。とりあえず食うだけ食ったな。で、姫様? 俺達に話って何?」
一通り食べ終えた俺は、他二人の食事も終わったのを見てから姫に話しかける。対して、姫は真剣な顔で告げる。
「ふむ。単刀直入に聞くが、マドノソーマよ。目覚めてから今まで、自分の中で何か変わった事は無いか?」
「変わった事? 何、それ? 別に普段通りだけど……」
「ほぉ~。そうか。では、記憶が途中から無いと言うが、その時の事は本当に何も覚えておらぬか?」
率直に答えると、何故かまた新しく問われる。俺は首を更に傾げながら答える。
「ああ、そうだよ。俺が魔族の親玉二人を倒したって聞いたけど、実感が欠片も無くてまったく分からない。本当に俺が倒したの? 姫があの剣と鎧の隠された真の力か何かでも発動して勝ったんじゃないの?」
「そんなわけあるか。お主が奴らを倒したのは確実じゃ。ミリにティーカ、お主等も見たであろう?」
急に話を振られ、ミリとティーカは一瞬驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
「うん。あたしも見たよ。ソーマがすごい力であいつらを一瞬でやっつけたの」
「はい、私も見ました。ソウマさんの力で、ヴェリアルもアグレスも、成す術なく倒されました」
「あぁ……そっか。でも、俺は本当に何も覚えてないんだよな」
俺は困ったように考える。考えるけど、全く記憶にないんだから仕方ない。
「まぁ、良い。何も覚えていないのなら、今は構わぬ。それで、お前達はこれからどうするつもりだ?」
そんな俺に、姫は話題を変えて問いかけてきた。
「え? ああ。まぁ、これからは、一応は俺の能力を活かして金を稼ぎながら人助けしていこうかなって。まぁ、あても予定もないけど」
「そうか。確かに魔族の大陸にはまだ魔族の者達がいるから、仕事に事欠くこともあるまい。あれで戦いが終わったわけでもないし、お主の力が役立つ事は間違いなかろう」
姫はそう言って、再び腕を組みなおして告げる。
「それでだが、予定が決まっていないなら、お主ら。わらわに遣えてみる気はないかの」
「え?」
急に言われ、俺は困惑する。
「お主らの力は此度の戦いで証明された。昨今では領内でも問題が多いし、いつまた戦乱が起こるかも分からぬ時代だ。腕のたつ者を我が方に引き入れておくに越した事もあるまい」
「でも、良いの? 一応、ティーカとか犯罪歴ある扱いだし」
「そんな者は此度の戦いで注がれたわ。ティーカを罪人と扱う者はこの国にはもうおらぬ。実際、魔方陣の情報がなくば魔獣相手だけに物量で押し切られた可能性もあるしの」
そう告げ、アンゼリカ姫はどうじゃ?と問うた。
それを受け、俺はミリ、ティーカと目を合わせる。確かに、当面の目標だった人族の王都までは辿り着いたし、魔族達も撃退した。新しい目的を見つけるにも、情報が必要だし、大規模な戦いが終わったばかりでは都合よく何かが起きる事もあるまい。
どうしようか? 俺は無言で二人に問うと、二人は小さく頷いてくれた。言外に構わないと言ってくれている。
そうして、俺は意を決して姫に答える。
「そういう事なら、姫様に遣えさせてもらおうかな。行く当てもあるわけじゃないし」
「ふむ、そうか。助かる。これからもよろしく頼むぞ、マドノソーマ、ミリ、ティーカ」
鷹揚に頷き、アンゼリカ姫はニヤリと笑った。それから、彼女は「宴の後に、また会いに来るから部屋でまっておれ」と伝えてから去っていった。
ソレを見送り、俺は一息つく。
そうして、満天の星空を見上げた。
ここに来るまで本当にあった。いきなり死にかけたり、この間の魔族との戦いでは死にかけたけど、概ね面白い日々だったな。まさか死ぬまで不幸の権化みたいだった俺が、こんなに満たされる日が来るとは。戦いの前にも思ったけど、本当に分からないものだ、人生って。まぁ、人生のやり直しみたいなものだけどさ。
「ねぇ、ソーマ」「ソウマさん」
そんな事を考えていたら、背後からミリが声をかけてきた。慌てて振り向くと、ミリとティーカが俺の間近まで近づいていた。
「ねぇ? 今、ソーマは幸せ?」「今、ソウマさんは幸せですか?」
「え?」
急に問われ、俺は面食らってしまう。そんな俺に、二人は満面の笑みを向けてきた。
今、幸せか、か。
「そうだな。今はすげぇ楽しいよ。色々満たされてる」
「そっか。それは良かったよ。あたしも少しは役に立ててるかな?」
「ああ。ミリもティーカも、一緒にいてくれてありがとうな。二人のお陰で、今は凄く充実してるよ」
「でしたら、良かったです。私はお役に立ててうれしいです」
「あたしも役に立ててうれしいよ」
俺達は口々に言って、互いに笑いあった。
そうだ。今俺は、凄く幸せだ。心が満たされていて、嘘みたいに充実した穏やかで安らぎに満ちた日々。
こんな日が来るなんて、本当に本当に、夢にも思わなかった。
本当に、人間何が起こるか分からないものだ。
まさか、溢れんばかりの怒りとか恨みが力に変わる役に立つ日が来ようとも思っていなかった。
幸せなんてないと思ったのに。
人間なにが起こるか分からないね。酷く腹立たしい事でも経験するに越した事はないのかもね。
今は、怒りの火種を沢山残してくれた人々に感謝しなく、なくなくもないかもしれない……いや、それは無いな。ここまで来るのに30年以上ずっとキツかったし。
とりあえず、怒りだろうが何だろうが、役に立つときは役に立つんだって事が分かった。
これぞ、怒りをばねにのし上がるかも。いや、違うか。
「これからもよろしくね、ソーマ」「これからもよろしくお願いします、ソウマさん」
などとどうしようも無い事を考えていたら、満ち足りた笑みを浮かべた二人から優しい言葉をかけられた。
「ああ。よろしくな、二人とも」
それに、俺は満ち足りた笑顔で応じた。これからの日々に期待しながら。
大変な事もきっとあるだろうけど、がんばって生きよう。そして、これからたくさん良いことをして、徳を積んで天国に行こう。
当初の目的を果たす決意を新たに、俺はまたこの世界で生きて行こうと改めて誓った。
余談だが、俺の得た黒い光の能力の事を、ダークフォースと名付ける事にした。
負の感情から発する力だからダークフォース。これからも、このダークフォースと共に頑張っていこう。
※
とある場所の洞窟。薄暗い中、高台にしつらえられた石の玉座に座りながら、彼はやってきた部下を迎えていた。
「ご報告申し上げます。魔族軍の将ヴェリアル、および軍師アグレスの率いた軍が全滅致しました」
薄暗い闇に包まれた空間で、厳かに告げられた言葉。
それは、彼にとって既定路線で、確定された未来だった。
「そうか。あの猪武者が死んだんだね。まぁ、煩わしくなくていい。所詮、僕らは彼らに技術を提供して目的を果たす手助けをしただけだ。彼らが死のうが、関係ないね」
その声に答える声は、穏やかだったが、何故か異様に邪悪な気配を漂わせていた。
「我々の計画は、確実に一歩進んでおります。その為に、邪魔者は効率的に排除しなければなりません」
「そうだね。まぁ、あんな男がいたところで、僕らの計画そのものは止めようがないけどね。自分で処理するのも面倒だし、誰かがやってくれるならそれにこしたことはないし。報告御苦労様。下がっていいよ」
「いえ、申し訳ありませんが、お耳に入れておきたい事がもう一つございまして……」
「ほぉ~。なんだい?」
興味なさげに言われ、闇の中で部下の男はゆっくり告げた。
「それが。ヴェリアルめを倒した人間の中に、漆黒の光を操る男がいるとの報告がございまして。それで、調査の為に偵察を放っていたのですが、その男、もしかしたら最後の御一人の可能性がございます」
「最後? ああ。彼の気配なら僕も感じたよ。多分、間違いない。僕ら以外で力を発揮できるのは彼しかいないからね。そっか。彼は人間の側についているのか」
「おそらく、女神めの仕業かと。あの方の人であった頃の人格を保たせたまま、こちらに送りこんだのでしょう」
「なるほど。彼はまだ自分が人だと思っているんだ。でも、力が解放されたのだから、その内目覚める。もしも目覚めさせられなかったら、力づくでも思い出してもらおう。その為に、彼には戦ってもらわなきゃね。という事だから、すぐに準備してくれるかな? やり方は。僕がいちいち指示しなくても分かるよね?」
玉座で足を組みなおし、彼は尊大に告げる。まるで、自分の指示に従うのは当然の事だと言わんばかりに。
「はッ! すぐにでも、あの方を目覚めさせるため、我々は準備に移ります」
それだけ言い残して、男はさっさと立ち去った。
それを見送ってから、彼は立ち上がり、玉座の背後の扉を潜る。
「やぁ。というわけで、これから僕たちは彼を迎える準備をしようと思う」
「え~、メンドクサイ」
いの一番に上がったのは、彼ときわめて似た音のやる気のない声だ。岩の奥の椅子に腰かけたまま、こちらへ向けてやりたくない意思を手を振って示す。
「はぁ~、言うと思ったよ。でも、これは僕たちにとっても大事な事さ。彼が揃わなければ何も始められないのだから」
「それもそうだね。でも、今、君の関心はすべて彼に集まっている。嫉妬しちゃうな」
「な~に。彼を連れてくるまでの辛抱だよ」
続いて告げられた言葉に、彼は笑って答えた。
「俺は構わないぜ。この世の全ては俺のモノ。もちろんアイツも俺のモノだ! だから必ず手に入れる。ここへ紐で縛ってでも連れてくるぜ」
「お~。やる気出してるのがいる。私は良いや。もっと食べたいし。ってか、何か食べ物をくれよ~」
「彼を連れてくる手助けをしてくれたら幾らでもあげるよ。僕らには彼が必要だからね」
身勝手な、しかし予想通りの仲間たちの反応に、彼は肩を竦めて伝える。
「やはり妬ましい。早く彼を連れてこないと、君の心は彼に奪われてしまう!」
「私も彼にはここに来てもらいたいわ。この世の男、女、全ては私のモノ。情欲に溺れ、最高のひと時を過ごす為に、彼は絶対必要よ」
「うわッ。気持ち悪い。見境ないの? 相手は……なのに」
「それでもよ。彼は私にとっては必要なものだから。欠けた思いを埋める為のね」
「まぁ、良いじゃないか。僕らがやる事は変わらない。彼を目覚めさせ、ここに連れてくる。その為に、僕らも動き出す事にしよう」
最後にそう締めくくり、彼はその部屋の自分の定位置に座る。
「さて、最後の一人を迎える準備を始めよう。全てが始まる」
そうして告げる。同胞達への命令を。
「ああ。彼に早く伝えたいな。おかえり、と。必ず来てもらうよ、憤怒」
それは城下とて同じで、城からの発令で皆がお祭りムードで騒ぎまわる。
魔族が襲って来るかもとずっと不安を抱えていた民衆は、危機を脱した喜びから羽目を外しだしたらしく、功労者であると言われてる俺が目を覚ますまでは自重しろと言われていたのだが、俺が目を覚ました事で城から街全体を巻き込んでの大騒ぎが行われる事になったそうだ。
そんなわけで、俺、ミリ、ティーカの三人は宴の始まりにと城下街から城まで馬に乗っての凱旋パレードに駆り出され、アンゼリカ姫に連れられ乗った事も無かった馬に乗せられて外に連れ出されてしまった。
突然の事にどう振る舞ったらいいのか分からずいたが、大通りに出た瞬間にとてつもない大歓声に迎えられ、更に困惑、姫に言われた通りに民衆に手を振って応えるだけで精一杯だった。
ちなみに、俺達は普段着じゃなくて城で知らぬ間に設えられた正装を身に着けている。俺は紳士然としたスーツっぽい恰好だし、ミリとティーカも貴族の令嬢が来てそうなきらびやかなドレスに身を包み、化粧までされている。
普段とは違う二人の姿に、俺は心臓が妙に高鳴り、慣れない事までした結果、ひどく疲れ果ててしまった。
だが、凱旋パレードはまだ宴の始まりを告げる程度の催しでしかなく、その後は王様の宣言を経て、本格的な宴が開始される。今日ばかりは皆が好き勝手に騒ぎ、勝利の余韻に酔いしれながら生きている事を実感すべく飲み食いをするという日になったようで、兵士達も交代で見張りに立つぐらいで、それ以外は食堂に集まって楽しくしているとの事だ。
まぁ、そんなわけで国中がお祭り騒ぎなわけだが、既に疲れはてた俺にはまだ、色々とやる事が残っていた。
それが王からの褒章だ。
まともに表彰なんかされた覚えの無い俺は、ここでもどうやって振る舞えば良いのか分からず、困惑した。
「堂々としていればよい。お前は英雄なのだからな」
鎧を纏ったままの姫にはそう言われたが、緊張するものはどうあっても緊張するのだから仕方ない。
「今より、魔族との戦において大きな功績を上げた者に褒章を与える。呼び上げた者は陛下の前に出られよ! マドノソーマ!」
「は、はひっ!」
そんなわけで、出だしからもろに噛んでしまい、俺は緊張で固まった手足を何とか動かして王の前まで進み、日様づく。
「此度の戦いにおいて、貴公の働きは目覚ましく、その讃えヴァルトベルグ王陛下より褒章を与える」
その宣言の後、王様が俺を立ち上がらせ、その胸に勲章を取り付けた。
「姫よりそなたの活躍は聞いた。よくぞ魔族を討ち果たし、我がヴァルトベルグを守ってくれたな。貴様はこれより、我がヴァルトベルグの勇者だ」
王様はそう告げ、俺を回れ右させた。そこには、騎士達や兵士など共に戦っていた筈の者達や貴族っぽい男女まで様々な人々が無言で俺を見つめていた。
「皆の者。この男を讃えよ。かの者は皆の命を救い、悪逆の魔族を討ち果たせし者だ!」
「おぉぉぉぉ~~~~~~!! マドノソーマ万歳! ヴァルトベルグ万歳!!」
王が告げた瞬間、周囲の人々は惜しみない拍手と讃辞が降り注いだ。それは歓声を通り越して、大瀑布のように降り注ぎ、その場に立っているしかない俺を容赦なく巻き込んで高鳴る一方だった。
そんなこんなで、最初から慣れない状況の連続で困惑しっぱなしな俺だったが、この後もやたらと知らない綺麗な女の人からダンスを申し込まれたり、兵士や騎士達、貴族たちから色々質問攻めを喰らったり、中々大変な時間を過ごす羽目になった。
そうして、ようやくその輪から抜け出した俺は、城のバルコニーへ抜け出し、柵にぐったりとヘタリ込んでいた。
ああ。マジで疲れた。
二日間寝てて体力的には回復した筈だが、既に二日分以上疲れたような気がした。
「あ! ここにいたんだ」
そんな声がしたのでゆっくり首だけ動かすと、ミリとティーカが連れ立って歩いてくる。
「ああ、ミリ。ティーカ。お疲れ」
「どこ行っても人だかりで探すの大変だったよ」
「ようやく合流できました。お疲れみたいですね、大丈夫ですか、ソウマさん」
俺がぐったりした様子で二人を迎えると、二人も少し疲れた様子だった。
「まぁな。した事も無い凱旋パレードやら褒章授与やらで大変だったけど、それ以上に押し寄せてくる人達の相手が大変過ぎてさ……」
「そっか。ソーマも大変だったんだね。あたしも大変だったよ。皆、獣人見るのが初めてらしくてね。このミミはどうなってるのか~とか、獣人ってどんな暮らしなのか~って、いろんな人に囲まれてずっと話す羽目になって。後、獣人だがそなたは美しいとか言われて、やった事もないダンスに突き合わされてさ」
「私も殿方から、どちらの家の方ですかとか聞かれて……ソウマさんの旅の仲間だと伝えたら、『英雄殿の御仲間ですか! 何と美しい』とか言われて、しつこくダンスの相手を頼まれて……」
と、やれやれと汗をぬぐうような仕草をするミリに、困ったように笑うティーカ。二人もこの場でどうしていいか分からないから苦労していたようだ。
ってか、二人とも美しいとか言われたんだ。まぁ、二人ともまごう事無き美少女だもんね。ミリは無邪気で活発系な美少女だし、ティーカは清楚な落ち着きを感じる美少女。タイプは違えど、どっちも俺がこの世界に来るまであまりお目にかかった事も無いレベルの美少女。だから、容姿を褒められるのも無理はないよな。
ちなみに、俺も何故か『勇者に相応しい勇猛でいかにも強そうな眼光だ』とか褒められたけど、それってただ目つき悪いってだけじゃないのかと首を傾げてしまった。俺は別にカッコよくは無いから気にはしてないけどさ。
「二人とも大変だったな。まぁ、ここは静かそうだし、少し休ませてもらおうぜ」
「だね~。あたし、ここに来てから何も食べてないや」
「私もです。何か料理を貰ってきましょうか」
「その必要はないぞ」
と、ティーカがバルコニーから部屋に戻ろうとすると、妙に幼げな声が聞こえた。そして、小柄な影とそれに付き従う兵士達が数名、いろんな料理が盛られた皿を持ってやってきた。
「あ、姫様……」
「探したぞ、お前達。どうせまともに食事もできていなかろうと来てやったが、探すのに苦労したわ」
そう言って、きらびやかな衣装をまとった小柄なアンゼリカ姫は兵士達に命じて俺達に皿を手渡させた。
そう。
今は普段の鎧を纏っている大人状態じゃなく、鎧をはいだ状態の小柄な姫の状態だ。
声までやけに幼くなるものだから、本当にあの鎧を着ている人と同一人物なのかと疑わしく思える。
ついでに、何故か見掛けた先でレオノーラ様とか言われてたけど、あれは何だろう?
「ああ、ごめん。ここに来てる人達にもみくちゃにされて、すげぇ疲れたから逃げてきたところだったんだ」
「ふむ。まぁ、仕方あるまい。お主らは普段城では見ない類の人間。それが国の英雄だと言われればそうもなろう」
ともにいた兵士達を下がらせ、姫はしみじみとそんな事を言っていた。
「ってか、アンゼリカ姫様。何で、その格好なの? ってか、違う名前で呼ばれてたけど……」
俺が首を傾げて告げる。が、そこで姫は俺に飛びつき、無理やり口を閉じさせにかかる。
「しッ! その名前をここで告げるでない!」
「んぐ……」
急に叱責されて、俺は困惑する。が、その理由がすぐに分かった。
「アンゼリカ様? 今、誰かアンゼリカ様と言わなかったか?」
「なんだと! 騎士姫様が宴に来られているのか? ご挨拶せねば!」
何故か色めき立つ室内。ここから見える限り、いろんな人がアンゼリカ姫を探して室内をドタバタと走り回る。
そして、彼らはバルコニーに人影が見える事に気付き、一気になだれ込んでくる!
「アンゼリカ様!」
出入り口に殺到した人々は、我先に体をねじ込もうとして、そこで目を瞬かせる。そこには、俺達三人と小柄な状態の着飾ったアンゼリカ姫―今はレオノーラと名乗っているらしい。
「レ、レオノーラ様」
「あら。どうかされましたか?」
バルコニーの入り口嵌りながらきょとんとする一同に、俺の所からひょいっと飛び降り、アンゼリカ姫は普段は聞かないような綺麗な声で白々しく答える。それを受け、一人の騎士らしき男がおずおずと告げる。
「いえ。誰かがアンゼリカ様と言ったのが聞こえまして……レオノーラ様はアンゼリカ様をお見掛けしませんでしたか?」
「お姉さまですか? お姉さまでしたら、疲れたからと自室でお休みの筈ですわ。皆も知っているでしょう? お姉さまはこうした宴は好まないので……」
ははは、と少し引き攣った笑いで兵士達に告げるアンゼリカ姫。そうすると、兵士達は入り口から皆一歩下がり、片膝をついて平伏する。
「いえ。姫様が普段来られない宴に来られたと思い、ご挨拶せねばと思った次第でして。私どもの勘違いでしたら、申し訳ございません。レオノーラ様は英雄殿達とご歓談中で」
「ええ。皆に囲まれ、中々お話できませんでしたので。こちらに集まられたのが見えたので、この機会にと英雄殿のお話を伺いに……」
「そうでしたか。姫様のお話し中にお騒がせ致しまして、誠に申し訳ございません」
「良いのよ。お姉さまには私から、皆が宴の席で会いたがっていたから、たまにはお見えになってはとお伝えしておくから」
「はッ。お心遣い、痛み入ります」
「いいのよ。では、貴方達も今宵を心行くまで楽しみなさい。折角の宴なのですから」
「勿体なきお言葉。感謝いたします。では、私共はこれにて」
それだけ言い残し、押し寄せた集団はまた室内の喧騒の中に戻っていった。
「ふぅ~。やれやれ、参ったわ、全く」
「あ~。あのさ、姫様。今のは……」
突然の事に唖然としていた俺は、騒ぎが収まると同時に尋ねる。すると、アンゼリカ姫は勢いよく振り返って告げる。
「ふん。今のわらわはレオノーラ姫じゃ。分かったか、マドノソーマよ」
「それは俺の名前であって、ちょっと違うんだけどな……でも、なんでわざわざ偽名を?」
俺が首を傾げると、姫はふんと鼻息を荒く噴き出し、腕を組んで告げた。
「こんなチンチクリンがあの鎧を着て戦っている女などと、誰が信じる者か。元より、この姿は近衛や王族の者など一部の者にしか伝えておらんのだ!」
「なんで隠してる?」
「国の威信にかかわる故な! だから、わらわはここではレオノーラなんじゃ。覚えておけ!」
ズビシっと勢いよく指さされ、俺は頬を掻く。理由は一応分からなくはなかったけど、真実を伏せたままでもいつかバレたりするんじゃないかと、ひやひやしないのか?
「まぁ、良い。とりあえず、さっさと渡したモノを食せ。話があってきたが、お主らはまだ食事すら満足にしてないのであろう?」
「あ、ああ。それじゃ……」
俺はミリ、ティーカに目配せで合図し、貰った皿の料理を平らげた。料理は肉やら野菜やらが手の込んだ形で調理されており、ここ最近の食事の中では飛びぬけて美味かった。まぁ、王宮がわざわざ宴に出す料理だから当たり前な気もしたが。
「ふぅ~。とりあえず食うだけ食ったな。で、姫様? 俺達に話って何?」
一通り食べ終えた俺は、他二人の食事も終わったのを見てから姫に話しかける。対して、姫は真剣な顔で告げる。
「ふむ。単刀直入に聞くが、マドノソーマよ。目覚めてから今まで、自分の中で何か変わった事は無いか?」
「変わった事? 何、それ? 別に普段通りだけど……」
「ほぉ~。そうか。では、記憶が途中から無いと言うが、その時の事は本当に何も覚えておらぬか?」
率直に答えると、何故かまた新しく問われる。俺は首を更に傾げながら答える。
「ああ、そうだよ。俺が魔族の親玉二人を倒したって聞いたけど、実感が欠片も無くてまったく分からない。本当に俺が倒したの? 姫があの剣と鎧の隠された真の力か何かでも発動して勝ったんじゃないの?」
「そんなわけあるか。お主が奴らを倒したのは確実じゃ。ミリにティーカ、お主等も見たであろう?」
急に話を振られ、ミリとティーカは一瞬驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
「うん。あたしも見たよ。ソーマがすごい力であいつらを一瞬でやっつけたの」
「はい、私も見ました。ソウマさんの力で、ヴェリアルもアグレスも、成す術なく倒されました」
「あぁ……そっか。でも、俺は本当に何も覚えてないんだよな」
俺は困ったように考える。考えるけど、全く記憶にないんだから仕方ない。
「まぁ、良い。何も覚えていないのなら、今は構わぬ。それで、お前達はこれからどうするつもりだ?」
そんな俺に、姫は話題を変えて問いかけてきた。
「え? ああ。まぁ、これからは、一応は俺の能力を活かして金を稼ぎながら人助けしていこうかなって。まぁ、あても予定もないけど」
「そうか。確かに魔族の大陸にはまだ魔族の者達がいるから、仕事に事欠くこともあるまい。あれで戦いが終わったわけでもないし、お主の力が役立つ事は間違いなかろう」
姫はそう言って、再び腕を組みなおして告げる。
「それでだが、予定が決まっていないなら、お主ら。わらわに遣えてみる気はないかの」
「え?」
急に言われ、俺は困惑する。
「お主らの力は此度の戦いで証明された。昨今では領内でも問題が多いし、いつまた戦乱が起こるかも分からぬ時代だ。腕のたつ者を我が方に引き入れておくに越した事もあるまい」
「でも、良いの? 一応、ティーカとか犯罪歴ある扱いだし」
「そんな者は此度の戦いで注がれたわ。ティーカを罪人と扱う者はこの国にはもうおらぬ。実際、魔方陣の情報がなくば魔獣相手だけに物量で押し切られた可能性もあるしの」
そう告げ、アンゼリカ姫はどうじゃ?と問うた。
それを受け、俺はミリ、ティーカと目を合わせる。確かに、当面の目標だった人族の王都までは辿り着いたし、魔族達も撃退した。新しい目的を見つけるにも、情報が必要だし、大規模な戦いが終わったばかりでは都合よく何かが起きる事もあるまい。
どうしようか? 俺は無言で二人に問うと、二人は小さく頷いてくれた。言外に構わないと言ってくれている。
そうして、俺は意を決して姫に答える。
「そういう事なら、姫様に遣えさせてもらおうかな。行く当てもあるわけじゃないし」
「ふむ、そうか。助かる。これからもよろしく頼むぞ、マドノソーマ、ミリ、ティーカ」
鷹揚に頷き、アンゼリカ姫はニヤリと笑った。それから、彼女は「宴の後に、また会いに来るから部屋でまっておれ」と伝えてから去っていった。
ソレを見送り、俺は一息つく。
そうして、満天の星空を見上げた。
ここに来るまで本当にあった。いきなり死にかけたり、この間の魔族との戦いでは死にかけたけど、概ね面白い日々だったな。まさか死ぬまで不幸の権化みたいだった俺が、こんなに満たされる日が来るとは。戦いの前にも思ったけど、本当に分からないものだ、人生って。まぁ、人生のやり直しみたいなものだけどさ。
「ねぇ、ソーマ」「ソウマさん」
そんな事を考えていたら、背後からミリが声をかけてきた。慌てて振り向くと、ミリとティーカが俺の間近まで近づいていた。
「ねぇ? 今、ソーマは幸せ?」「今、ソウマさんは幸せですか?」
「え?」
急に問われ、俺は面食らってしまう。そんな俺に、二人は満面の笑みを向けてきた。
今、幸せか、か。
「そうだな。今はすげぇ楽しいよ。色々満たされてる」
「そっか。それは良かったよ。あたしも少しは役に立ててるかな?」
「ああ。ミリもティーカも、一緒にいてくれてありがとうな。二人のお陰で、今は凄く充実してるよ」
「でしたら、良かったです。私はお役に立ててうれしいです」
「あたしも役に立ててうれしいよ」
俺達は口々に言って、互いに笑いあった。
そうだ。今俺は、凄く幸せだ。心が満たされていて、嘘みたいに充実した穏やかで安らぎに満ちた日々。
こんな日が来るなんて、本当に本当に、夢にも思わなかった。
本当に、人間何が起こるか分からないものだ。
まさか、溢れんばかりの怒りとか恨みが力に変わる役に立つ日が来ようとも思っていなかった。
幸せなんてないと思ったのに。
人間なにが起こるか分からないね。酷く腹立たしい事でも経験するに越した事はないのかもね。
今は、怒りの火種を沢山残してくれた人々に感謝しなく、なくなくもないかもしれない……いや、それは無いな。ここまで来るのに30年以上ずっとキツかったし。
とりあえず、怒りだろうが何だろうが、役に立つときは役に立つんだって事が分かった。
これぞ、怒りをばねにのし上がるかも。いや、違うか。
「これからもよろしくね、ソーマ」「これからもよろしくお願いします、ソウマさん」
などとどうしようも無い事を考えていたら、満ち足りた笑みを浮かべた二人から優しい言葉をかけられた。
「ああ。よろしくな、二人とも」
それに、俺は満ち足りた笑顔で応じた。これからの日々に期待しながら。
大変な事もきっとあるだろうけど、がんばって生きよう。そして、これからたくさん良いことをして、徳を積んで天国に行こう。
当初の目的を果たす決意を新たに、俺はまたこの世界で生きて行こうと改めて誓った。
余談だが、俺の得た黒い光の能力の事を、ダークフォースと名付ける事にした。
負の感情から発する力だからダークフォース。これからも、このダークフォースと共に頑張っていこう。
※
とある場所の洞窟。薄暗い中、高台にしつらえられた石の玉座に座りながら、彼はやってきた部下を迎えていた。
「ご報告申し上げます。魔族軍の将ヴェリアル、および軍師アグレスの率いた軍が全滅致しました」
薄暗い闇に包まれた空間で、厳かに告げられた言葉。
それは、彼にとって既定路線で、確定された未来だった。
「そうか。あの猪武者が死んだんだね。まぁ、煩わしくなくていい。所詮、僕らは彼らに技術を提供して目的を果たす手助けをしただけだ。彼らが死のうが、関係ないね」
その声に答える声は、穏やかだったが、何故か異様に邪悪な気配を漂わせていた。
「我々の計画は、確実に一歩進んでおります。その為に、邪魔者は効率的に排除しなければなりません」
「そうだね。まぁ、あんな男がいたところで、僕らの計画そのものは止めようがないけどね。自分で処理するのも面倒だし、誰かがやってくれるならそれにこしたことはないし。報告御苦労様。下がっていいよ」
「いえ、申し訳ありませんが、お耳に入れておきたい事がもう一つございまして……」
「ほぉ~。なんだい?」
興味なさげに言われ、闇の中で部下の男はゆっくり告げた。
「それが。ヴェリアルめを倒した人間の中に、漆黒の光を操る男がいるとの報告がございまして。それで、調査の為に偵察を放っていたのですが、その男、もしかしたら最後の御一人の可能性がございます」
「最後? ああ。彼の気配なら僕も感じたよ。多分、間違いない。僕ら以外で力を発揮できるのは彼しかいないからね。そっか。彼は人間の側についているのか」
「おそらく、女神めの仕業かと。あの方の人であった頃の人格を保たせたまま、こちらに送りこんだのでしょう」
「なるほど。彼はまだ自分が人だと思っているんだ。でも、力が解放されたのだから、その内目覚める。もしも目覚めさせられなかったら、力づくでも思い出してもらおう。その為に、彼には戦ってもらわなきゃね。という事だから、すぐに準備してくれるかな? やり方は。僕がいちいち指示しなくても分かるよね?」
玉座で足を組みなおし、彼は尊大に告げる。まるで、自分の指示に従うのは当然の事だと言わんばかりに。
「はッ! すぐにでも、あの方を目覚めさせるため、我々は準備に移ります」
それだけ言い残して、男はさっさと立ち去った。
それを見送ってから、彼は立ち上がり、玉座の背後の扉を潜る。
「やぁ。というわけで、これから僕たちは彼を迎える準備をしようと思う」
「え~、メンドクサイ」
いの一番に上がったのは、彼ときわめて似た音のやる気のない声だ。岩の奥の椅子に腰かけたまま、こちらへ向けてやりたくない意思を手を振って示す。
「はぁ~、言うと思ったよ。でも、これは僕たちにとっても大事な事さ。彼が揃わなければ何も始められないのだから」
「それもそうだね。でも、今、君の関心はすべて彼に集まっている。嫉妬しちゃうな」
「な~に。彼を連れてくるまでの辛抱だよ」
続いて告げられた言葉に、彼は笑って答えた。
「俺は構わないぜ。この世の全ては俺のモノ。もちろんアイツも俺のモノだ! だから必ず手に入れる。ここへ紐で縛ってでも連れてくるぜ」
「お~。やる気出してるのがいる。私は良いや。もっと食べたいし。ってか、何か食べ物をくれよ~」
「彼を連れてくる手助けをしてくれたら幾らでもあげるよ。僕らには彼が必要だからね」
身勝手な、しかし予想通りの仲間たちの反応に、彼は肩を竦めて伝える。
「やはり妬ましい。早く彼を連れてこないと、君の心は彼に奪われてしまう!」
「私も彼にはここに来てもらいたいわ。この世の男、女、全ては私のモノ。情欲に溺れ、最高のひと時を過ごす為に、彼は絶対必要よ」
「うわッ。気持ち悪い。見境ないの? 相手は……なのに」
「それでもよ。彼は私にとっては必要なものだから。欠けた思いを埋める為のね」
「まぁ、良いじゃないか。僕らがやる事は変わらない。彼を目覚めさせ、ここに連れてくる。その為に、僕らも動き出す事にしよう」
最後にそう締めくくり、彼はその部屋の自分の定位置に座る。
「さて、最後の一人を迎える準備を始めよう。全てが始まる」
そうして告げる。同胞達への命令を。
「ああ。彼に早く伝えたいな。おかえり、と。必ず来てもらうよ、憤怒」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生者のTSスローライフ
未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。
転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。
強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。
ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。
改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。
しかも、性別までも変わってしまっていた。
かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。
追放先はなんと、魔王が治めていた土地。
どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる