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2:絞殺サプライズ
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(ゥン‥‥。何だ‥‥!? 息苦しい‥‥)
深夜、エアコンで快適な筈の部屋で、慧は寝苦しさにゆらりと意識を擡げた。微かに開けた眼で垣間見えたのは、修羅の顔。カッと見開いた其の眼は、ギラギラと血走っている。
(‥‥!?)
本能的に危険を察知した意識は、理解が追い付かないまま、首を絞める細い手首をゆるりと掴んだ。
(何で‥‥? 何で俺、弟に首絞められてんだ‥‥?)
「‥‥っ!!」
その瞬間、暉は我に返ったように手を離した。慧はゴホゴホと咳込んで呼吸を整える。暉はわなわなと手を震わせ、苦しげに顔を歪ませると逃げるように部屋から飛び出して行った。
(‥‥まさかこれもサプライズ‥‥? ダメだ‥‥。もはやついていけねェ‥‥)
慧は肩で息を吐きながら、開け放たれた玄関ドアを呆然と眺めた‥‥。
暉が慧の存在を知ったのは、確かに暉が中学生の頃だったが、其れは父親から打ち明けられた訳ではなかった。暉の出自は、隼人海運を開いた大川内泰仁の孫ではあるが、娘婿である井浦賢介の実子ではなかった。
賢介は、生まれながらにして実の両親を知る由も無い暉の後見人として、まるで本当の親子のように暉を護り、慈しんだ。
賢介の無償の献身は、暉に思慕を抱かせる程に育っていった。だからこそ暉にとって、賢介の実子である慧の存在は脅威であり、排斥したい存在であった。
一方で、慕っていた賢介までもが、母親と同じ不義密通を犯していたことに少なからず失望したのだった‥‥。
(‥‥僕は自分が恐ろしい‥‥。殺したいほどアイツを憎んでいるのか‥‥?)
靴も履かずに部屋を飛び出した暉は、近くの川縁に座り込んでいた。
「暉君‥‥」
後ろから声を掛けられ、暉はビクリと肩を竦めた。返事も振り返ることも怖くて出来なかった。痺れを切らした慧がどさりと大仰に座り込む。
「はい」
目の前に暉の靴を差し出された。無言のまま靴を履こうとして、ズキリと痛みに顔を顰めた。暉は痛みに座り込んだのだと気付いた。
「ほら」
横を見ると、慧がしゃがんで背中を見せている。お尻の辺りで掌をひらひらさせている。
「平気だ」
強がって立ち上がろうとした瞬間、暉は再び顔を歪めた。
「無理するな。お兄ちゃんらしいこと、させてくれよ」
振り返って困ったように笑う其の表情が賢介にそっくりで、暉は不覚にも心臓が跳ねた。道すがら、「ご免なさい‥‥」と背中越しに謝った。
「‥‥、よく分かんねェけど、サプライズが過ぎるぞ‥‥」
背負われていて、慧がどんな表情でそう告げたのか、暉には知り得なかったが、(サプライズにしてくれるんだ‥‥)と有り難いような少しがっかりしたような複雑な気持ちになったーー。
「絶~~対ダメッ!! 超絶ダメッ!! 暉の風呂の介助は恋人の私が責任持ってやりますっ!!」
ワンルームの小さな部屋に優愛の大きな金切り声が木霊する。
「いや、でも抱えないといけないし‥‥」
慧にとっては素直な親切心だった。
「大丈夫。看護師目指してるんで、介助の勉強してますから‥‥」
それでも優愛は頑なに譲らなかった。
(今日行ったオープンキャンパスって看護学部あったかな‥‥?)
慧の頭の中を読んだように、「看護師を目指してた時期もあったので‥‥、とにかく暉の面倒は私が看ます!!」と取り付く島もない。
(懐かない猫みたいに怖いな‥‥)
もはや慧には、優愛が全身の毛を逆立てた可愛い猫にしか見えなかった‥‥。
「優愛。迷惑かけて‥‥、ご免‥‥」
それは背を洗っている時、暉が徐ろに口を開いた。
「‥‥、裸足で部屋から飛び出すなんて、一体何があったの?」
優愛は手を止めて、暉と目を合わせると神妙な表情で尋ねた。
「首を絞めてた‥‥」
「えっ!?」
「気付いたら、アイツの首を絞めてて‥‥、奴に腕を掴まれて、怖くなって逃げ出したんだ‥‥」
そう吐露した暉の表情が、今にも泣き出しそうで‥‥、優愛は思わず抱き締めた。
「もう‥‥、お兄さんと関わらないで‥‥」
人肌の温もりに、暉は到頭堰を切ったように泣き崩れたーー。
深夜、エアコンで快適な筈の部屋で、慧は寝苦しさにゆらりと意識を擡げた。微かに開けた眼で垣間見えたのは、修羅の顔。カッと見開いた其の眼は、ギラギラと血走っている。
(‥‥!?)
本能的に危険を察知した意識は、理解が追い付かないまま、首を絞める細い手首をゆるりと掴んだ。
(何で‥‥? 何で俺、弟に首絞められてんだ‥‥?)
「‥‥っ!!」
その瞬間、暉は我に返ったように手を離した。慧はゴホゴホと咳込んで呼吸を整える。暉はわなわなと手を震わせ、苦しげに顔を歪ませると逃げるように部屋から飛び出して行った。
(‥‥まさかこれもサプライズ‥‥? ダメだ‥‥。もはやついていけねェ‥‥)
慧は肩で息を吐きながら、開け放たれた玄関ドアを呆然と眺めた‥‥。
暉が慧の存在を知ったのは、確かに暉が中学生の頃だったが、其れは父親から打ち明けられた訳ではなかった。暉の出自は、隼人海運を開いた大川内泰仁の孫ではあるが、娘婿である井浦賢介の実子ではなかった。
賢介は、生まれながらにして実の両親を知る由も無い暉の後見人として、まるで本当の親子のように暉を護り、慈しんだ。
賢介の無償の献身は、暉に思慕を抱かせる程に育っていった。だからこそ暉にとって、賢介の実子である慧の存在は脅威であり、排斥したい存在であった。
一方で、慕っていた賢介までもが、母親と同じ不義密通を犯していたことに少なからず失望したのだった‥‥。
(‥‥僕は自分が恐ろしい‥‥。殺したいほどアイツを憎んでいるのか‥‥?)
靴も履かずに部屋を飛び出した暉は、近くの川縁に座り込んでいた。
「暉君‥‥」
後ろから声を掛けられ、暉はビクリと肩を竦めた。返事も振り返ることも怖くて出来なかった。痺れを切らした慧がどさりと大仰に座り込む。
「はい」
目の前に暉の靴を差し出された。無言のまま靴を履こうとして、ズキリと痛みに顔を顰めた。暉は痛みに座り込んだのだと気付いた。
「ほら」
横を見ると、慧がしゃがんで背中を見せている。お尻の辺りで掌をひらひらさせている。
「平気だ」
強がって立ち上がろうとした瞬間、暉は再び顔を歪めた。
「無理するな。お兄ちゃんらしいこと、させてくれよ」
振り返って困ったように笑う其の表情が賢介にそっくりで、暉は不覚にも心臓が跳ねた。道すがら、「ご免なさい‥‥」と背中越しに謝った。
「‥‥、よく分かんねェけど、サプライズが過ぎるぞ‥‥」
背負われていて、慧がどんな表情でそう告げたのか、暉には知り得なかったが、(サプライズにしてくれるんだ‥‥)と有り難いような少しがっかりしたような複雑な気持ちになったーー。
「絶~~対ダメッ!! 超絶ダメッ!! 暉の風呂の介助は恋人の私が責任持ってやりますっ!!」
ワンルームの小さな部屋に優愛の大きな金切り声が木霊する。
「いや、でも抱えないといけないし‥‥」
慧にとっては素直な親切心だった。
「大丈夫。看護師目指してるんで、介助の勉強してますから‥‥」
それでも優愛は頑なに譲らなかった。
(今日行ったオープンキャンパスって看護学部あったかな‥‥?)
慧の頭の中を読んだように、「看護師を目指してた時期もあったので‥‥、とにかく暉の面倒は私が看ます!!」と取り付く島もない。
(懐かない猫みたいに怖いな‥‥)
もはや慧には、優愛が全身の毛を逆立てた可愛い猫にしか見えなかった‥‥。
「優愛。迷惑かけて‥‥、ご免‥‥」
それは背を洗っている時、暉が徐ろに口を開いた。
「‥‥、裸足で部屋から飛び出すなんて、一体何があったの?」
優愛は手を止めて、暉と目を合わせると神妙な表情で尋ねた。
「首を絞めてた‥‥」
「えっ!?」
「気付いたら、アイツの首を絞めてて‥‥、奴に腕を掴まれて、怖くなって逃げ出したんだ‥‥」
そう吐露した暉の表情が、今にも泣き出しそうで‥‥、優愛は思わず抱き締めた。
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