レンタル聖女が元カノだった

朱之ユク

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なんでお前がこんなところに居るんだよ

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「なんで、なんで君がこんなところに居るんだよ!」
「それはこっちのセリフよ。どうしてあなたがこんなところに居るのよ!」

 グレイは自分の部屋の中で思わず叫んでしまった。原因は目の前の女のせいだ。

「スカーレット。お前とはもう別れたんだぞ!」
「そんなことは理解しているわ。だって私から振ったんだからね。というかあなたのもしかしてレンタル聖女を頼んだの? キッモ!」

 女の名前はスカーレット。彼女はグレイがつい一か月ほど前に別れたはずの元カノだった。そして、彼女はグレイが頼んだレンタル聖女の相手でもある。

(くそ。いったいどうしてレンタル聖女が俺の元カノなんだよ。どう考えてもおかしいだろ! だって、一か月前に別れたばっかりだぞ。こんなんじゃ気まずくて、レンタル聖女を楽しめない!)

 グレイは自分の運のなさを恨みながらも、しかし、目の前の状態を何とか落ち着けようと努力する。

「まあ、別れたとはいえお前はレンタル聖女としてこの場所に来たんだ。だから、するべきことは果たしてもらうぞ」
「嫌なんだけど。というか自分の元彼がレンタル聖女なんかしているのがもう無理。キモすぎ!」
「レンタル聖女本人がそんなことを言って良いんですか?」

(もしレンタルした聖女が自分たちのことをキッモとか言ったら炎上ものだぞ。普通に考えて客に投げかける言葉だとは思えない)

「いや、本当になんでレンタルしたの? 私の中にわずかにあったあなたへの情が今消え去ったわ」
「待て待て。レンタル聖女って言うのは病気の人間が治療のためにするものだろ。仕事はしてくれよ」
「何あなた、病気にでもなったの? やっぱり本ばっかり読んでるからそんなことになるんじゃないの。ちゃんと運動していないからよ」
「そんなこと言われる筋合いはない。あと早く治癒魔術を掛けてくれ。なんでも治せるんだろ?」
「はあ、あなたなんかのために治癒魔術を使わないといけないなんてね。まあいいわ。これでどう?」

 スカーレットは呪文を唱えて、治癒魔術を行使する。

「そういえば、君はどうして俺のことを振ったの?」
「なに? 教えるわけないでしょ」
「それくらい教えてくれてもいいだろ。病人のたわ言だと思ってさ。教えてくれよ」
「……治癒魔術をかけ終わったら教えてあげる」
「じゃあ、よろしく」
「ちなみにどうしてそんなことを気にするの? もしかして私にまで未練でもあるわけ」
「なわけないだろ。病気が治ったら新しい恋人を作る。その時に君との失敗を生かそうと思っただけだ」
「最低! 死ね!」
「なんで?」

 スカーレットはだいぶ口が悪くなっているらしいと思ってしまう。付き合っているときはかなりお互いに優しくしていたから、相手の本性が見えなかったのだろう。たぶん。
 グレイはそのように思い込むことにしてしまった。

「?」

 その時だった。
 バチン、と大きな音が響きわたり、その場の空気が凍った。

「なんで……なんで私の治癒魔術がはじかれるの? あり得ない」

 起きた出来事は単純でスカーレットの使った治癒魔術がグレイによってはじかれてしまったからだ。
 簡単に言うと、スカーレットの魔術がグレイに効かなかった。

「なんかミスでもしたんじゃないの?」
「ミスなんてしてない。私はこれでもレンタル聖女の中ではかなり優秀な方よ。ミスなんてするはずがない。と言うことは考えられる原因は一つね」
「何?」
「あなたが魔術を受け付けない体だって言うことね」
「そんな病気あるの?」
「ええ、世の中にはそう言う病気もあるのよ。ざっくり言うとこの病気は魔力に関するものを一切受け付けなくなる病気よ。魔力と言うのは基本的にすべてのエネルギーの源。これを体が受け付けないということは、あなたの……あなたの余命も長くないわ。申し訳ないけど、この病気の治療法はまだないの」
「そんな……じゃあ、俺は難病にかかったってことか?」
「そう言うことね」

 部屋の空気は重苦しいものに変わり、グレイの顔色も心なしか悪くなる。

「ねえ、次は私の話をしていい?」
「なんだよ」
「だから、私があなたのことを振った理由だよ」
「……別にわざわざ病気って聞いて落ち込んでいる俺を追いつめるようなことはしなくていいだろ」
「……あなたが余命わずかって聞いたから余計に言いたくなったの」
「そこまで言うなら行ってみろよ」
「私ね、正直に言って今のこのレンタル聖女の仕事に誇りを持っているわけじゃないの」

(まあ、レンタル聖女の仕事中に客に対してキモッって言うくらいだしな。君が誇りを持っていないのは知っていたよ)

 グレイも鈍感な男ではない。だからこそ、それくらいのことは察せるくらいの感性はあった。

「だから、誇りのない仕事をしている姿をあなたに知られたくなかったのよ」
「そうなのか」
「だから、あなたのことを振った。こんなみじめな姿を見られたくなかったからね」
「それで」

 正直に言うとグレイからしてみれば、そんなくだらないことで振られたのか、という気持ちだ。どうして最初に言ってくれなかったんだろう、と思わずにはいられない。

「相談してくれればよかったのに」
「うん」

 その時になってグレイにはとある考えが浮かぶ。だけど、それを聞くのはすこし憚られるような気もした。いや、正確にはその質問をして、自分の思っていたような答えじゃないと傷つくから聞きたくないだけだった。
 だからこそ、直接的に聞くのではなく、間接的にその気持ちを聞き出そうと思ったんだ。

「ねえ、君の話によると俺は治療できずに死んでしまう可能性が高いんだろ」
「うん」
「じゃあさ、僕が死ぬまでレンタル聖女として隣にいてくれないか?」

 その質問はグレイにとってはスカーレットの初めて告白したときに同じくらいの緊張を持ったものだった。すこし怖かったと言って差し支えない。

「あなた私の話を聞いていたの? 私はレンタル彼女なんてしている自分が恥ずかしくて、あなたにそんな姿を見られたくなくて別れたのよ。そんなお願い聞けると思う?」
「ダメかな。……いや、ダメだよね」
「……」

 スカーレットからの返事はない。きっと、返事はダメなのだろう。

(仕方ない。確かにこれから死ぬかもしれない相手に寄り添うなんてバッドエンドが確定しているようなものだからな。振られても仕方ないんだ)

「レンタル彼女としてダメだけど、ただの友人としてなら一緒に居てあげてもいいのだけれど」

 そんなことを考えているときに彼女が言った。その言葉はグレイにとっては救いになった。

「本当に?」
「うん」
「……ありがとう」

 グレイにはスカーレットが本物の聖女に見えていた。今の彼にとって心の柱になるのは彼女の存在だけだった。

「せめてあなたが楽になるまでは一緒に居てあげるわよ」
「うん。本当にありがとう」

 未来の自分がどうなっているかは分からない。だけど、今はこの約束を交わせた自分のことが好きだった。
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