フジタイツキに告ぐ

Sora Jinnai

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六 残り0分

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 俺は再びキッチンに立っていた。
 使用した皿、鍋、まな板、包丁を順番に洗っていく。

 時刻は10時30分。そろそろ警察が到着してもよい頃合いのはずである。
 しかし、一向に警察は来ない。どこか道が塞がってしまったのか、そう考えて玄太郎はニュースをコロコロ変えて見ているが、そんな情報は今のところ見つからない。

 パトカーのサイレンは聞こえない。聞こえるのは遠くから響くセミの音だけ。

 俺は最後の確信を得るために一階の倉庫へ向かった。
 倉庫の奥の棚から鉄製のバスケットを取り出す。中には開封されていない着火棒が二つはいっている。昨日片付けたときのままだ。
 頭の中でパズルのピースがひとつひとつ組み合わさっていく。

 その時、ガサガサと何かを漁るような音が聞こえた。
 倉庫にはもちろん俺一人しかいない。



 暗い部屋の中、衣がすれる音が響く。
 パッと突然部屋の明かりがつく。振り向いた顔に俺は目があった。

「ここで何やってるんだ。壮二」

 壮二は大河の部屋で、大河のカバンに手を突っ込んでいる。彼は手に持っていた何かをすばやく服の中に隠し、立ち上がった。

「この部屋と倉庫との壁は薄くてね、となりの部屋の音がしっかり聞こえるんだ」

 壮二はなにも語らない。自分が疑いの目で見られていることをわきまえているからだ。

「何も言わないか。まあいいよ。カバンを漁っていたから君が犯人だと言うつもりはないから。ただ、僕の中で一つの推理が生まれたから、それを聞いてもらいたいんだ。リビングに来てもらえるか」
 そう言うと俺は部屋を出る。壮二も俺に続いた。

「藤田、どういうこと」
 リビングで玄太郎が僕に聞く。玄太郎には既にリビングに集まろうと話を通していた。

「これから俺が話すことは、すべて俺の立てた仮説に過ぎない。これが実際にあったかどうかはまったくの未知数であるし、かなり憶測でものを言っているから、一旦最後まで聞いてほしい。いいかな」

 玄太郎と壮二は黙ってアイコンタクトをしたあと、頷いて了承する。

「まず、被害者は新津大河、20歳。明都大学経済学部二回生。サークルは無所属、交友関係は広かった。」
 俺は小説に登場する名探偵のように、気取った声色でわかりきった情報から話し始めた。

「次に彼を殺した容疑者として三人の男がいる。一人目は藤田樹。被害者と同じ学部の友人。彼とは小説について語り合う仲であり、一度剽窃を疑われて口論に発展している。彼は殺したいほど大河を恨んでいた」

 しゃべりながら、テーブルの萬子ワンズの一を拾って手元へ置く。

「二人目は森野玄太郎。被害者の友人であり、好きだった女性が彼にゾッコンだったため嫉妬していた。二人は付き合い始めて女性は妊娠もしたが、残酷にも大河は彼女を捨てた。道徳に背く行為を目の当たりにした玄太郎は強く彼を恨んでいた」

 俺はテーブルの筒子ピンズの一に人差し指を重ねると、スーッと引っぱって手元に置いた。

「三人目は南来壮二。被害者の友人で、彼の使いっ走りとして日々こき使われていた。しかし、友人関係からなかなか反抗することができず、いつか被害者に一泡吹かせようと機会を伺っていた」

 俺はテーブルの端から索子ソーズの一を拾い上げ、コツンと手元に置いた。

「さて、この事件には三つの不可解な点があった。一つ目は被害者の服。」

 萬子の九を右手で拾い、左の手のひらへ乗せる。

「被害者は浴室で死んでいるところを発見された。こういう時は入浴中に犯人に襲われ、死に至るのが普通だ。ほら、ヒッチコックのサイコのようにね。だが今回の場合、被害者は服を着ていた。服を着てシャワーを浴びる馬鹿はいない。これは被害者が入浴以外の目的で浴室にいたことを暗示している」

 じっとテーブルの上を見渡す。目当ての牌が見つからず、山を順番にめくっていく。

「二つ目は庭に通じる扉の鍵が空いていたこと。あの扉を最後に使ったのはおそらく俺だ。キャンプ道具を倉庫に片付けていたからね。俺が片付けを中断して鍵をかけたのは確か1時30分。そこから事件発生までの間に何者かが内側から鍵を開けたんだろう」

「お、あった」俺はちょうどめくって出た筒子の九を左の手のひらに乗せた。

「三つ目は被害者の死亡推定時刻9時から9時30分の間、容疑者全員にアリバイがあったこと。ただこれは厳密にはアリバイではなく、犯行が不可能であっただろうという目測をアリバイに反映しているだけだ」

 索子の九を手に取り、左手にある牌も合わせて手元においた。

「これら三つの不可解な点はこれから話す四つの証拠によって説明することができる」

テーブルからトンの牌を拾い上げると、二人に見せつけるように掲げた。

「証拠ナンバーワン、手紙。9時30分に浴室集合って書いてあったあの手紙のことね。被害者はシャワーを浴びる目的ではなく、何らかの話し合いのためにあの場所へいた。だから浴室なのに服を着ていたんだ」

「証拠ナンバーツー、原稿用紙。これはバーベキューコンロの中に燃やして捨てられていたものだ。原稿用紙はウェルダンに火が通っていて、書かれていた作品のタイトル、作者、制作年だけしか読み取れなかった。なぜ犯人はこんなことをしたのか。それは小説が書かれていたであろう原稿用紙を燃やすことには大きな意味があったからだ。」

 テーブルの手元に並べられた一萬イーワン一筒イーピン一索イーソーの牌に指を一本ずつ這わせる。

「容疑者の一人、藤田樹は被害者と小説を書いて語り合う仲だった。そしてなんと、その被害者とは小説を通じて諍いも発生していた。彼が犯人だとしたら、その小説が殺人の原因となり証拠隠滅を図ったと考えられる。次に小説のタイトルに注目してみる。確か『胎に潜むシェイプシフター』だったね。胎に潜む、まるで赤ん坊を妊娠しているような表現だ。」

 玄太郎は何か言いかけたが、ぐっと我慢した様子で俺を見つめていた。

「ここで思い出されるのは被害者と容疑者の一人、森野玄太郎、そしてグループワークで一緒になった女性の三角関係だ。被害者は女性を妊娠させ、出産が近づいてきた時期に決別、その後はのうのうと大学生活を過ごしている。その女性のことが好きだった容疑者が彼を憎んでいたのは想像に難くない。しかもそれを題材に小説を執筆しているとしたら。愛した女性をただのアイディアのように扱って生まれた作品を、容疑者はこの世に残したくはなかっただろう。」

「最後に原稿用紙の枚数に注目してみる。ほぼ灰になっていて正確にはわからないけど、漫画一冊分くらいはあるね。漫画一冊がたしか約200ページだから8万字が書かれていたことになる。プロの作家ならいざ知らず、被害者は小説を書き始めたばかりのアマチュアだ。8万字を書くことが彼にとっていかに大変なことか分かるだろう。容疑者の一人、南来壮二が被害者に大打撃を与えようとして燃やしても不思議じゃない。」

 俺はテーブルからナン西シャーペイの牌を一つずつ拾い上げ、持っていた東と一緒に手元においた。

「ずいぶん話が長くなったけど、原稿用紙を燃やすことは容疑者にとって意味のある行為だった。動機の強さに程度があれどね。そして燃え尽きた灰を隠すなら、同じ灰の中だ。だから犯人はあの扉の鍵を開けたわけ。このままだと、なぜ屋内に戻った時に鍵をかけなかったのか疑問が残るけど、これについてはあとで話すことにするよ。それじゃあ証拠ナンバースリー」

 トントンと西の牌を人差し指で叩く。

「着火棒」

 玄太郎と壮二は訝しむような顔で俺を見ていた。そりゃあいきなり自分たちが知らないものを話題に挙げられてもわけがわからないだろう。

「まず着火棒ってこれのことね。カチッとボタンを押すと先から出るガスに着火して火が出るこれのこと。この二本の着火棒は俺が昨日倉庫に片付けたものだ。昨日のバーベキューで使っていたやつがガス欠気味だったから予備のを引っ張り出したんだ。でも結局こいつらは使わず、使っている方はガスが完全に切れたから捨てた。ここで生まれる疑問は、犯人はどうやって原稿用紙を燃やしたか、だ。二階のキッチンに三口コンロがあるけど、あそこで燃やして灰を外に持っていくのは非効率だよね。それに鍵が空いていた説明にも繋がらない。ここは一旦、犯人がライターを使って燃やしたと仮定しておくよ」

 証拠の四つ目を言う前に、北の牌を僕は握りしめた。

「最後のこれは実に見事だった。友人という関係にあって初めて使えるトリックだったからね。それじゃあ証拠ナンバーフォー、携帯電話のアラーム」

 俺は握りこぶしを解く。こぼれた北の牌は手元に落ちた。

「シーツをかけに行ったとき、実は大河の携帯電話を確認してみたんだ。するとアラームは9時30分にセットされていたんだ。あれ、それの何がおかしいのって顔してるね。考えてみてよ、大河は9時30分にトイレに呼び出されていた。普通は予定に遅刻しないように早めに設定しておくはずだ。なのに時間ちょうどってことは、大河以外の人物が意図してそれをセットした可能性がある。9時30分、その時間といえば玄が特撮番組を見終わる時刻だ。つまりこのアラームは特撮番組を見終わった人物に確実に死体を見つけさせるためのものだったんだ。」

「どうしてだ」
「ん?」
「どうして9時30分以降に見つけてもらう必要があったの」
 玄太郎がしびれを切らして質問を投げかける。

「それは三つの不可解な点の三つ目、容疑者全員にアリバイを作るためだ」
「それはなんで」
「おそらく……俺たちが友人同士で疑い合うため」

 その説明を聞いて玄太郎はハッと目を見開いた。俺たちは全員に疑いを持っていた。誰か一人ではなく、満遍なく全員を。もし、それがすべて企てられたものだとしたらどうだろうか。

「玄が特撮番組を毎週リアルタイムで視聴していることは友人である俺たちの知るところ。玄が9時前に起床してくることも、9時30分になるまでテレビの前から動かないことも分かっていた。だから犯人は被害者の死亡推定時刻を限りなく正確なものにできたんだ」

「ちょっと待って、俺が起きて新津に会ったのはたまたまのはずじゃん。だって犯人から新津へ送られた指示は『9時30分に浴室』だけだった」
「フェイクだろうね」
 俺は言下に反論した。

「フェイク?」
「ああ。9時30分集合なのにその時刻にはすでに殺害が完了しているのも筋が通らないし、おそらくは。本当の指示は『玄太郎の起きてくるところに鉢合わせろ、9時20分に浴室にいろ』とかだったんじゃないかな」

 リビングの窓ガラスの前へ行き、庭を眺める。
 雲はところどころ隙間ができ、高くのぼった太陽から日差しが降り注いでいる。

「それでは最後。犯人が行った三つのトリックについてだ。」
 ごくり、と生唾をのむ音が聞こえる。
 俺は振り返って再びテーブルに戻り、三つ並べられたハクの牌から一つを抜き取った。

「ファーストトリック、見えない通路。」
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