フジタイツキに告ぐ

Sora Jinnai

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九 残りマイナス25分

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 しばらくして壮二がトイレから出てきた。
 口元にはまいったよ、と言いたげにほほえみを浮かばせている。

「すごいな、樹。一時間ちょっとここまでの推理ができるだなんて」
「穴だらけではあるけど、一応情報の取捨選択はしたからな。お前がボールペンと定規でフェイクの手紙を書いたのは分かったけど、それを説明したところで偶然だと言い逃れできるから言わなかった。お前、ボールペンの先をしまわないクセはどうかと思うぞ」

 ボールペンは先端を保護するよう、多くにノック式が用いられている。ペン立てにあったボールペンは先端を出したままになっていて、俺は犯人がこれを使用し、クセで先端をしまわなかったのだと瞬時に見抜いたのだった。

「なあ南来」玄太郎は苦虫を噛み潰したような顔で話を切り出した。
「自首してくれないか」
 壮二は驚いた顔で玄太郎の話を聞く。

「ラッキーなことにまだ警察は来てない。だからここは一旦誤通報だったってことで帰ってもらってさ。それから自首すりゃいいよ。たしか自首すれば多少は罪を軽くしてもらえるはずじゃん。俺はあの子みたいに二度と会えなくなるのは嫌だし」

 しゃべりが何度も引っかかる。言い終える頃には、玄太郎の顔はくしゃくしゃになっていた。本当にあの女の子を愛していたんだな、と珍しく自分事のように胸が締め付けられる。

「玄、これも俺の勝手な推理なんだが、聞いてくれるか」

 俺は玄太郎の反応を待たず、話し始めた。

「大河の小説のタイトル、『胎に潜むシェイプシフター』ってあれ変だと思わないか。腹の中の赤ちゃんが題材の話だとしたら、もっとこう、ハートフルなタイトルを選ぶと思うんだ。けどこのタイトルは、自分の赤ちゃんをシェイプシフターってモンスターに例えてる。シェイプシフターって姿形を変えて人間を殺してしまうんだぞ。なんでそんなもので例える必要があったんだろうな。もしかしてだけど、出産のときにその女性は亡くなったんじゃないか。『妊産婦死亡』って言ったかな、出産のときに血を失いすぎたり血管が破けたりして死に至るケースがあるらしい。受精卵からすくすく育って姿を変え、それで自分の彼女の死の原因にもなった赤ん坊。愛おしくも恨めしい、そんな感情をタイトルに反映させたのが『胎に潜むシェイプシフター』だったんじゃないかなって思うんだ」

 頭を回転させ、なんとか玄太郎を元気する推理を話す。それでも空気は暗く重苦しい。

「俺たちは前に進まないといけない。俺はこれからも小説を書く。あの世から大河が『パクっただろ』って文句を言ってこないような、すごい小説を書いてやる。玄太郎はその子の実家に行ってみろよ。その子の話を聞いて、彼女の親に自分の心を打ち明けて、そしたらきっとすっきりするはずだ。壮二はまず罪と向き合って来い。自首すれば罪は軽くなるし、シャバに戻ってきたら俺が好きなもの奢ってやるよ。なぜなら俺は未来の大文豪だからな」

 笑いが起こる。どこか爽やかな笑い。自分たちのつきものが取れたような心地よい笑い。
 俺たちはまだ20歳。人生はあと80年くらい残っているのだから、自分を行いを許して前向きになればいいと、そう思った。

「よし。いい雰囲気になってきたところで」
 そう言って壮二は服をたくし上げるとA4ぐらいの画用紙を取り出した。

「じゃん!ドッキリ大成功」
 突然大声で騒ぎだした壮二の様子に、俺と玄太郎は唖然としていた。
 殺人事件はどうしたんだ、と疑問を投げたくなるところだが、俺は――

「なんだよ、よかったああ」
 ――思い切り壮二に抱きついてジャンプする。壮二も俺のジャンプに合わせてウェイウェイと飛び上がる。
 玄太郎はまだ状況を飲み込めずにいたようで、俺たちの様子をただ眺めていた。
 そして「はあ!?ふざけんなよ」と言い残すと、ドスドスと音をたてて部屋へ引っ込んでしまった。

 こういうときに安堵より怒りが勝るところも玄太郎らしい。今の彼なら、人の死という壁を乗り越えていけるだろう。

「んで、何だったんだこのドッキリは」
 壮二の肩に腕を回して俺は聞いた。

「言わなくても分かるだろ、殺人ドッキリだよ。ああ、企画したのは大河だ。樹と玄太郎が自分のことを恨んでるってなんとなく気づいてたらしくて、俺にドッキリを手伝わせやがったんだよ」
「ひどい話だな。壮二のことは完全に眼中にないってことじゃないか」
「そうだよ。本当にひどい話だった。おおすじの計画はすべて大河が指示したものだったんだけど、まず昨晩の麻雀大会のあと、大体1時くらいから大河の部屋で打ち合わせしたんだ。通報するふりや捜査の手順、動機を打ち明ける段取りなんかの説明を受けてさ。あと、俺が持ってきたコスプレ用の血と貼り付けるナイフを渡した。その後、俺は「アシタ 9:30 フロバニ コイ」って書いた紙を読める程度に燃やしてコンロに入れたあと眠るはずだった。だけどこの時、俺の頭に電流が走ったんだ」

 大河はネタばらしのときに、あの原稿用紙を使うと仄めかしていたという。いつもパシリにされて鬱憤が溜まっていた壮二の耳に、それも一緒に燃やしてしまおうと悪魔が囁いたらしい。

 庭へ通じる扉の鍵を開けたまま就寝し、朝になると俺の推理したやり方で一階に侵入した。
 ただここからは俺の推理とはすこし違っていて、大河はすでに浴室で死体のフリをしていたらしい。となると大河の部屋はノーマーク。原稿用紙を持ち出し、燃やしてコンロの中に捨てた。
 そして再び俺の推理と合流。時間を確認するのを忘れていて、屋内に戻るも鍵をかけられなかったのだという。

「それにしても動機のところは名演技だったな、あんなに泣きながら演技されたら信じるしかないもんな」
「いやいや、あれは演技じゃないよ。素の俺。動機を話す時間を作れって言われたときから、二人には本心を言おうって思ってたんだよ」
「なんだそうだったのか。玄太郎も泣き出すし、俺はいたたまれない気持ちでいっぱいだったんだぞ」
「お前も泣けばよかったのにな」
「いちゃもんでどう泣けってんだよ」

 ハハハと笑い声が室内にこだまする。そろそろ大河もドッキリのネタをばらしたと悟る頃合いだろう。

「よし樹。大河を起こしに行こうぜ」
「そうだな。こんな悪趣味なドッキリは二度とするんじゃねえぞって言ってやらないと」

 俺たちはトイレのドアを開き、二人が入ったら閉める。
 大河に被せたシーツは血がしみて赤く染まっていた。
 壮二がバッとシーツをめくる。

「おい大河、もうドッキリは終わりだ」

 俺は大河と目があった。カッと見開かれ、その焦点は定まっていない。まるで本物の死体のようだ。
 大河はそのまま二度と動き出すことはなかった。

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