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10.限界

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朝、白い竜が飛んできて、リリアの前にふわり、と舞い降りた。

「キルアじゃない。」リリアが呟くと、せんせぇ!とアセナが、キルアの背から飛び降りた。

「私、クラスSに行きたいです。」

「え?」

リリアは驚きに目を見開き、小さく声を漏らした。

「私、クラスSに行きたいんです。」アセナは再び言う。

その声色には、確固たる意志があった。

「クラス、S?」リリアの唯、呟く声が聞こえる。

「はい。」

その声にさえ、アセナは返事をした。

リリアは何も言えない。

クラスSの試験は難しい。

クラスAの生徒でもほとんど受からない。

それなのに、クラスDの彼女がクラスSを今度の試験で受けるなんて。

彼女以外の誰もが驚くであろうことは、想像に難くない。

「確かに貴女は凄いわ。伝説の白竜の主だから。」リリアはそう言って続ける。

「でもね。きっとクラスSは無理だと思うの。」

クラスAからしかクラスSへ進級した者はいない。

そうリリアがアセナへ伝えると、アセナは笑った。

「キルアが白いから、私は凄いんですか?」

アセナは銀糸の髪を靡かせる。

アセナの銀糸の髪が朝焼けを反射してキラキラと光っている様子は、神秘的であった。

「伝説の白竜だもの。」

リリアはアセナをクラスSに行かせたくない、とそう言った。

アセナの眼は、クラスSにもクラスAにも向いていない。

真っ直ぐで純粋なこの瞳は。

「キルアは、唯の白い色をしているだけの、普通の竜です。」

強く打たれたような衝撃がリリアを襲った。

「辛いことがあれば涙を流すし、嬉しければ笑う。……矢が当たれば、死んでしまう。」アセナはリリアに言う。

「キルアは白い色をしているだけで、私が凄い訳じゃないです。」アセナは笑った。

白竜だって伝説だと言われてるだけで本当は唯の竜なのかもしれない。

アセナの言葉を聞いて、そうリリアは思った。

アセナは普通のドラゴーネで、自分の竜が伝説の白竜だということを。

アセナは自慢するでもなく。

恥じるわけでもなく。

彼女は、緊張を解くように笑った。

「それに、先生。私の限界を決めるのは、決められるのは、私だけですよ。」

そんな風に笑って、アセナは誰も思わないことを簡単に言ってのける。

「私はまだ、無理なんて思ってません。」アセナはそうリリアに告げた。

リリアは思う。

アセナと出会うまで、いつも変わらない景色を毎日見ていた。

だが、アセナと出会うと彼女はリリアに魔法をかけた。

否。

リリアに世界の常識が掛けた魔法を解呪ディスペルしただけかもしれない。

彼女はリリアに新しい、竜とドラゴーネのあり方を教えてくれた。

いつから、世界がこんなにも大きくなったのだろうか。

「分かったわ。クラスS、頑張りましょう。」

リリアはアセナに言った。

リリアは彼女の見ている世界を見た。

見てしまった。

彼女の見ている世界は輝きに満ちている。

その世界はリリアの知っている世界よりもずっとずっと大きい。

そして、リリアは知った。

アセナがいると、世界はこんなにも広がって、美しいということを。
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