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23.始まり

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「すまないけど、僕は子供を信頼するほど甘ったれた仕事をしているわけではないよ。」

アセナの事を子供だといって、見下ろしてくる長身の男。

彼の名前はヒビキ省長官。

総予省の長官で、アセナが配属されたこの部署で最も偉いお方である。

「あの!私の名前はアセナです。」

訴えるように二度目の自己紹介をして、彼を見上げた。

すると彼はその冷たい目を細めて、まるで軽蔑するようにアセナを見ていった。

「君、考えて分からないかい?傍にいる人間に話しかけるのに、そんな大声を張り上げる必要がどこにある?」

嫌味たっぷりの言葉にアセナは、下唇をかみ締めて小さく謝った。

「すいません……。」

全く、と投げ捨てるように言葉を放つと彼はため息をついて、言葉を続けた。

「これが白竜の選んだ伝説のドラゴーネかい?」

資料が大量に積まれたその部屋は、何人かの人がアセナ達の存在を無関係に走り回っている。

グレイスが言っていた事は本当だったようで、それ以上かもしれなかった。

「仕事は与えてあげないよ。」

”去年の奴が失敗したから今年はもっと厳しいだろうなぁ。もしかしたら、仕事なんか与えてくれないかも。”

そうロイが言っていた通りだ。

「でも!」

食い下がるまいとアセナも精一杯に食いついた。

アセナの眼から反らされていた目が、鬱陶しいというようにアセナを見て言った。

「白竜の眼も、落ちたものだね。」

あまり大きくもないその声が、アセナの心の中にグサリと突っ込んでくる。

黙り込むアセナに彼はまたため息をついて、完全に見下した声を出した。

「こんな子供に割く時間はないんだよ。」

その瞬間、キルア契約を交わしたあの森がパッと脳裏に浮かびあがり、あの日吹いた強い風が、アセナの心の中にもう一度吹いたような気がした。

「待ってください!」

背中を見せて、1・2歩離れて歩くヒビキを呼び止めた。

「なに」

こっちを見ることもなく、言葉だけが背中から投げ捨てられる。

「……今の言葉は、撤回してください。」

逆らっちゃ駄目、言い返しちゃ駄目。

アセナの心の中で小さな反対がうごめく。

その反対を押し切って、アセナの口からは言葉が出て行く。

「うん?」

その言葉に彼が振り返り、その冷たい目が私を映す。

「今の言葉、撤回してください。」

「……君、僕が誰かと知っての言葉?それは。」

あの試験のときと同じだ。

“ドラゴンなんて唯の道具にすぎないんだよ、君。”

白いひげをいじりながら、アセナを軽蔑するかのように見てくるあの目にアセナは感情を抑えられなかった。

「知ってます。でも、ヒビキ省長官もドラゴーネですよね?それなのにそんな事を言うのなら、私は貴方がドラゴーネだとは思いません。」

地位が関係あるのだろうか。

能力や、技術がドラゴーネの力に関係するのだろうか。

「先ほどの“白竜の眼も、落ちたものだね。”って言葉、撤回してください。」

たった一度のその言葉が、心のどこか深くにこびりついている。

初めて来たこの場所で、こんなふうに言い返すことがどれほど大きなことかちゃんと知ってる。

「僕が上司だと知っての言葉だというんだね。」

「はい。」

たとえこの先に繋がらないとしても、ここでアセナの夢が途絶えてしまったとしても。

アセナは絶対に後悔しないだろう。

でも、ここで折れてしまったらアセナはこれから先夢が叶ったとしても、欲しいものを手に入れたとしても、絶対に後悔するだろう。

「ははっ。」

緊張していたその空気を一気に乱すように、ヒビキ省長官が笑い声を上げた。

「君の竜はさぞ幸せだろうね。悪かった、撤回しておくよ。君の竜は良き主を選んだ。」

冷たい目はまだ、冷たい目をしたままだった。

だけど、どこかあの試験官とは違う。

そうアセナは思った。

「ありがとうございます!……あの!」

「でも、仕事は与えないからね。」

きりっとした顔に戻ると、彼はそのまま忙しくどこかへ行ってしまった。

この場所は違う。

あの試験官のような人はいないんだ。

アセナは思う。

そう思うと資料室のように薄汚いこの場所にいる事がとても幸せに感じるアセナだった。

仕事はくれない。

それが何の苦悩になるのだろう。

ヒビキ省長官の目は、仕事をしろと言っているような気がした。

仕事なんか、与えられなくてもあるのだ、ここには。

星じゃなくてもできること、星には出来ない事がある。

アセナは星になんかなれなくてもいいのだ。

「はい。」

去っていくヒビキの背中に、アセナの返事が届いたかどうかは分からない。

アセナは今ここで出来る事を、精一杯するのだ。

そうだよね、キルア、セルス。

アセナが心でそう問いかけると、風が一瞬強く吹いて資料が部屋に舞い散る。

それがキルアとセルスが返事をくれたように感じた。
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