コミュ障の魔術師見習いは、バイオリニスト志望?の王子と魔物討伐の旅に出る

きりと瑠紅 (きりと☆るく)

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第三章 夢の続き

夢の続き②

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 ひとしきり動き回った後、すっかり満足した王妃は桜の花片の上に大の字になって寝そべり、雲海のようにモコモコとした花の塊を見上げる。
 「あはは、楽しかった。こんなにはしゃいだの、何年ぶりかしら?」
 横に寝そべるアナイスも楽しかったのか、「うふふ」「あはは」と一人で笑い続けている。
 「私ねえ、子供の頃に夢があったのよ。『雲に乗って、みんなが喜ぶ物を配りたい』っていうね。その頃の私が考えた『みんなが喜ぶ物』って金平糖でね、『雲に乗っていろんな色の金平糖を撒きたい』って言ったら、姉たちが何と答えたと思う?『そんなもの空から降ってきたらびっくりするわ』とか、『当たると痛いじゃない』とか『虫が集まってくるわよ』とかね。『地上に落ちて蟻がウジャウジャたかったら嫌だわ』とかも言われたかな……。みんなの喜ぶことをしたいって意味なんだから、『素敵な考えね』って言って欲しかったのに……。金平糖という発想が良くなかったのかな。『雲の上から桜の花片をまき散らしたい』と言えば良かったのかしら?それともシャボン玉?……ふふ、でも、あなたなら喜んでくれそうね」
 王妃が、そういって見やると、アナイスは、嬉しそうに、こくん、とうなずいた。桜の花片が頭に沢山ついている。
 「これは、あなたの夢なのね。素敵な夢をありがとう」
 王妃の視線とアナイスの視線が絡み合った。王妃は、アナイスに手を伸ばし、指の先で額に、ちょん、と触れた。額には汗玉が浮かび、前髪も濡れそぼっている。
 何か飲み物を用意させようと王妃は起き上がる。と、そこへ、タイミングよく「冷たいお飲み物は如何ですか?」と声が掛かった。
 「頂こうかしら?」
 スカートの裾を整えて桜の花片の上に座り直した王妃は、差し出されたしゅわしゅわと泡を立てるレモネードが入ったグラスを受け取ろうとして、相手の顔を見、心臓を射貫かれたような衝撃を覚えた。王妃とアナイスに冷たい飲み物を運んできたのは、冬枯れの大樹のような渋い美丈夫、第16代目国王フェリクス・ナルスタスその人だったのだ。

 「これは、これは、陛下。お気遣いの程、痛み入ります」
 王妃は、取り澄まして応じる。いつも通りのたおやかな笑みを浮かべて。国王は、難しい顔をして、王妃に身を寄せるようにして座った。そのまま、優雅な仕草でレモネードを飲む王妃を眺める。王妃は、見られていることを意識しながらも自然体でグラスを傾けた。全て飲み干したところで、国王がグラスを取り上げ、尋ねる。
 「お代わりは?」
 「いえ、結構です」
 「もっと飲みなさい」
 王妃が固辞するも、国王は聞かず、空のグラスを掲げ侍女に二杯目を要求する。
 「十分頂きましたわ」
 「いいから、飲みなさい。まだ、喉が渇いているのだろう?」
 王妃は、アナイスをチラリと見た。レオニーが、察してアナイスを呼ぶ。
 「アナイス、こっち来て飲もうか。お菓子もあるよ」
 レオニーの呼びかけに、アナイスは素直に従う。途中、王妃の様子を背中で窺いながら去って行く後ろ姿が印象的だった。

 「其方は、可愛いな。其方が、こんなにも我の好みにぴったりだとは、今の今まで気づかなかったぞ。この20年間、ずっと側にいたのに……我は何を見ていたのだろうな」
 国王は、とこぼした。
 「教育、か。我が好きになった少女は、花嫁教育の名の下に磨かれ、別人になった。我は、残念に思う反面、大人になるとはこういうことなのだと思って、黙って受け入れた。だが、まさか内面から変わったのではなく、王家が望むとおりの淑女の仮面をかぶっていただけとはね」
 王妃は、黙って聞いている。
 「其方と結婚して20年。出会ってからは28年になる。其方と正式に婚約し結婚に至るまでの年月は、楽しかった。其方と色んなことをする夢を見て、其方の喜ぶ顔を想像してワクワクドキドキしていた……。だが、嫁いできた其方は、我が恋い焦がれていた人とは別人で、長年、温めてきた夢も一気にしぼんでしまった。その夢の続きを、今になって見たいと願うのは、我が儘だろうか」
 「夢、といいますのは?」
 遠慮がちに尋ねる王妃。国王は、フッと優しい笑みを浮かべ「知りたいか?では、教えてやろう」というと、王妃の艶やかな形の良い唇に己の唇をそっと重ねた。ほのかにレモンの香りがする。王妃は、反射的に抗う。それをきっかけに、国王は、がっちりと王妃を抱き込み、情熱的な口づけを繰り返した。そして王妃の抵抗が緩んだところで、ぽってりと膨らんだ唇の隙間から己の舌を強引に差し入れ、歯、歯茎、そしてその奥深いところまで丹念に舐め尽くす。口中に残るレモネードの味を楽しむように……。戸惑いを隠せない王妃の吐息が、次第に熱く乱れていく。
 目のやり場のない状況にも従者たちは、平常心を保ち、待機していた。侍女たちは、どことなく嬉しそうだ。レオニーは、アナイスの興味を他に向けるため、指をあちこちに動かしている。やがて、国王が睦み事を一時中断し、目線を従者たちに向けると、それを合図に侍女たちは、そそくさと隣室に姿を消し、残る者は、ぞろぞろと廊下へ出た。
 人払いをした国王は、王妃を無遠慮に桜の花片が降り積もった床の上に押し倒してスカートに隠された素足を暴き押し広げると、何の跡も付いていない白く滑らかな内腿に、己の唇でもって紅色の花片を散らした。

 「あれから随分、長いこと絡み合っていたそうで」
 その三日後、約束通り、魔棟の部屋まで二人を迎えに来たオーギュストは、顔を赤らめ、開口一番、レオニーにそう言った。人払いしたあとの国王夫妻の話である。
 「そういうことをするために用意したのではないのですがね……」
 そう答えるレオニーの顔も、ほんのりと赤い。
 「やっぱり王妃様がいいってことですかね?そもそも王妃様は陛下の好みのタイプでしょ?陛下が幼少の頃、王妃様を見初めて、結婚にこぎつけたと聞いています。にもかかわらず、長く別居されていて……。国王陛下が、寵妃さま方を訪ねるのに不都合がないようにと言われていますが……」
 「つまり両陛下は、没交渉だったってことですよね。いつからかは知りませんが……。それが堰を切ったように……って何か怖いですね。何か起こりそう……」
 妙な沈黙が流れた。下手なことを言うと罰せられる。オーギュストも同感らしく、口を開こうとしない。先に気持ちを切り替えて言葉を発したのは、レオニーだった。
 「それはそうと、今日は来てくれてありがとう」
 「いえ、約束しましたからね」
 オーギュストはそういって、レオニーも大好きな騎士様スマイルを披露する。
 約束。そう、あの日、ついに約束をとりつけたのだ。アナイスとオーギュストの初デートの約束を。もちろん、レオニーという保護者付きではあるが……
 「デート」より、「お散歩」の方が言葉としてしっくりくるかもしれない。人に慣らすため、アナイスをどこか連れて行って欲しいとは、オーギュストに前々から言ってはいたが、いつもさらりとかわされていた。ところが、あの日、国王に人払いされ、ぞろぞろと連れ立って部屋を出たときに、オーギュストがアナイスのお団子に巻き付けていたリボンがなくなっていることに気づき、「品揃えが豊富な店を知っているから、一緒に見に行きませんか?」と誘ってきたのだ。「良かったら、ついでにお茶でも飲みましょう。そういうところには、行ったことがないのでしょう?」とも。
 レオニーは、その申し出に乱舞しそうになるほど嬉しかったが、肝心のアナイスは、驚愕してピキーンと固まり路傍の石と化してしまったので、「あ、でも、無理にとは……」と言いかけたオーギュストに「散歩!散歩させなきゃだから!やめないで、お願い、私も行くから―――」と必死で頼み込み、約束を取り付けた。
 そして、訪れた今日という日。レオニーは朝から張り切ってアナイスの支度を調えた。初デートの装いは、ルーズな編み込みダウンスタイルの髪に、フラットトップの麦わら帽子、バルーン袖がついた落ち着いた水色のワンピースドレス。靴も同系色でまとめた。レオニー自慢のコーディネートだ。
 一方のオーギュストは、上は仕立ての良いシンプルな白シャツに短いマント、下はウオッシュ加工が施されたグレージュのロングパンツ。シンプルな装いだが、耳のピアスと短剣用の鞘ベルトにぶら下げた魔獣をモチーフにしたブラックジョークあふれるチャームがこなれ感を出している。
 そして、保護者枠のレオニーはというと、前身頃に銀糸で手の込んだ刺繍が施された丈の長い白シャツにダークグリーンのロングパンツを合わせ、上からスラブ地のロングジャケットを羽織っている。こちらも、おしゃれ上級者だ。
 レオニーとオーギュストは、互いのファッションをチェックして「違和感なし」と判断し、「では出発」となったものの、アナイスがピキーンと固まってしまって動かない。仕方なくレオニーは、バレエで王子役が姫役をリフトするときのようにアナイスを両手で掲げ、建物出口まで進む。そのあとから、困惑の表情を浮かべたオーギュストが周囲の目を気にしながら付いていった。
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