コミュ障の魔術師見習いは、バイオリニスト志望?の王子と魔物討伐の旅に出る

きりと瑠紅 (きりと☆るく)

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第五章 ゆらぎ

ゆらぎ④

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「其方が、そのような険しい顔をするから、アナイスが泣いている。其方から離れたくないのだ」
 ベルナンド王子が、アナイスの心を代弁する。エミリオ王子は、心配そうにアナイスの顔をのぞき込み、王妃は、そっと手を伸ばしてアナイスの髪に触れた。
 「大丈夫ですよ。そのようなことは、させませんから」
 王妃の言葉にもアナイスは無反応で、鼻水を垂らしながら泣き続ける。王子に買ってもらったドレスは、胸のあたりがぐっしょり濡れていた。さすがにこれは、まずい。
 レオニーは、自分の感情をひとまず押し込め、撤収することにした。だが、こんな状態のアナイスを、どうやって連れ帰る?
 思い迷ったのも、つかの間。
 「あらあら、大きな赤ちゃんがいますねえ。どうなさいました?」
 快活な声と共に、救世主が現れた。オーギュスト・ハーン。お子様の支持率ナンバーワンの護衛騎士。
 ピキーン!アナイスが、一瞬にして固まる。なんという、すご技。
 「オーギュストぉぉ!凍結、感謝!」
 嬉しさのあまり、声を弾ませるレオニー。オーギュストが何故ここにいるのかなんて、考えない。来客担当の護衛騎士なんだから、客人がいるところには、いるのだ。
 「どう致しまして。どうやって運びます?椅子ごと?」
 「そうするか」
 レオニーは、腰の布サッシュをほどき、それでアナイスを椅子に固定する。オーギュストは、その間に応援を呼び、レオニーを含め四人がかりで椅子ごとアナイスを馬車回しまで運ぶ。どこか滑稽なその様を、王妃と二人の王子は、それぞれ別の想いを抱えて見送った。

 初めてのお茶会は、何とも恥ずかしい終わり方をしてしまったが、アナイスにとっては、そのことよりもレオニーが表情を曇らせ始終無言でいることが気がかりだった。普段は、時を忘れて紙に魔法陣を書き散らしているせいで気づかなかったが、レオニーの仕事部屋には、ひっきりなしにローブ姿の男性が出入りし、レオニーと何やらひそひそ話をしていく。ソファーの陰から、じっと観察していると、たまにレオニーと目が合う。でも、レオニーは何も言わず、すっと目を逸らす。食事もそうだ。アナイスにはちゃんと用意してくれるが、自分は殆ど食べず、何か考え事をしている。心が自分に向いていないのが、他者への共感性が低いアナイスにも分かる。
 あの日以来、レオニーは、もう自分と一緒にいたいと思っていないのではないかという考えが、頭に住み着いて離れない。今の生活は、間もなく終わりを迎える。レオニーは、自分の次の受け入れ先を探しているのだ。だから……。
 この先、自分はどうなるのだろう。ちゃんと生きていけるのか?自分に色々教えてくれたあの人も、レオニーが自分を見捨てたら、知らない人に戻るのか?
 マイナスの思考が、次々とアナイスを襲い、心を激しく揺さぶっていく。誰か、安心できる答えをください。でないと、もう……。
 ふと気づく。部屋の中にレオニーの姿がない。アナイスは、ぞっとした。いよいよだ。
 不安に胸を押しつぶされそうになりながら、部屋中のドアというドアを開けて回る。バスルーム、クロゼット、キッチン、靴箱……どこにもいない。残るは、開けてはいけないと言われている部屋のドア。危ないものが入っているからと言われていたが――。
 ドアノブに手をかけ、回す。鍵は掛かっていない。思い切って引き、隙間からのぞく。
 ぎゃああああー。
 アナイスは、仰天した。その狭い空間にレオニーはいた。全身、緑色になって、ぴくりとも動かない状態で。
 恐る恐る近づく。床に座り込み、ぐったりと壁により掛かっているレオニーの力なく垂れた左手に、小さな瓶が握られている。何か薬を飲んだようだ。ということは、具合が悪い?緑色になる病気……緑病?そんなの、あるの?どう対処すればいいんだろう?
 アナイスの脳裏に、落ち着いた佇まいの親切な人の顔が浮かんだ。自分に色々教えてくれたあの人、イルミナだ。
 そうだ、イルミナを呼ぼう。彼女なら、レオニーの力になれるし、自分の悩みも聞いてくれるだろう。
 そう結論づけたアナイスは、すぐさま部屋を飛び出した。

 魔棟の廊下を駆け抜け、外へ出る。イルミナは、どこ?
 レオニーに引き取られた当初、住んでいたのは街中の、もっと普通の格好をした人がいるところ。あそこに行けば……でも、どうやって?
 脳裏に騎士様の顔が浮かぶ。色んな店を知っている彼なら、分かるかも知れない。どこに行けば、騎士様に会える?お茶を飲んだところ?
 アナイスは、キョロキョロと辺りを見回し、木立の向こうに三角の布がはためく尖塔を見つけると、そこを目指して駆け出した。

 ベルナンド王子は、王妃やエミリオ王子と共に、王宮の回廊を馬車回しに向かって歩いていた。離宮に戻るためである。
 麗らかな一日だな……などと考えていると、耳をつんざく甲高い呼び子の音がそこかしこで鳴り響き、少し遅れて何やら騒ぐ声がした。何事かと身構え、音のする方を見る。庭園の木立の向こうへと、兵士たちが走っていく。ベルナンド王子付きの近衛騎士が説明した。
 「不審者がいたようで、連絡を取り合っています。どこにいるか分からない相手とやりとりする場合、ああやって笛を使うんです」
 ピーピピー。ピピー。
 「物見の塔にいる兵士が応答しました」
 ピーピーピピピピー。
 「不審者一名。場所は、4のB。庭園の噴水のある池の周辺。エリア番号で伝えることになっています。誰か呼ばれました。誰かな」
 ピー。
 「あ、返事がありましたね。来ます」
 程なくして、兵舎の方向から、馬が一頭走ってきた。騎士を一人乗せている。
 「おー、オーギュだ。かっこいー。乗り方で分かるわ」
 「あいつ、馬が躓きそうになったら、ふわっと浮かせるんだよね」
 「誰のご指名?」
 騎士たちが、冷やかし気味に囃し立てる。説明役の騎士は、落ち着いている。
 「オーギュスト・ハーンですね。ということは、迷子?あの者は、子供受けがいいので重宝されていますよ」
 オーギュストを乗せた馬が、木々に隠れて見えなくなる。程なくして、何やらわめきちらす声がした。アナイスだ。ベルナンドの心がざわめく。何があった?
 彼の心を見透かしたように王妃が声をかける。たおやかな笑みを浮かべて。
 「貴方も行ったらどうかしら?あの者では、あの娘は上手く話せないわ。彼女の気持ちを汲み取れるのは貴方だけ。だから、行っておあげなさい」
 その言葉は、ベルナンドの背中を押すに十分だった。ベルナンドは、走り出した。ベルナンド付きの近衛騎士も、後に続く。息を切らし、辿り着いた先にいたのは、やはりアナイス。必死の形相で、跪いたオーギュストに、何やら訴えている。
 王子は、息を整えながら、声をかけた。
 「アナイス静まれ。何があった?」
 「○×□!!#」
 「その者は、どこにいるのだ?」
 「△□×」
 突如現れた救いの神、ベルナンド王子に、男たちの熱い視線が注がれる。
 「レオニー殿の様子がおかしいようだ。知り合いを呼びに行きたいのだが、どこに住んでいるのか分からなくて、知恵を借りるためオーギュスト殿を探していた」
 ベルナンドの解説に、アナイスの顔が、ぱあっと明るくなる。正解のようだ。
 「そうでしたか。よく頑張りましたね。部屋に、連絡先を記したものがありませんか?一緒に探しに行きましょう」
 オーギュストがアナイスに手を差し出す。その手を取ろうと手を伸ばしたアナイスは、指先が触れた途端、ばっ、と手を引いた。そのまま、カタカタと歯を鳴らして固まっていく。
 「まだ駄目か。難しいな――殿下、お願いします」
 オーギュストが、王子を振り返る。ベルナンドは、重々しく頷くと、アナイスに声をかけた。
 「アナイス、行くぞ、歩けるか?」
 「ひゃ、ひゃい」
 そうは言うものの、武器を手にした屈強な男たちに囲まれパニック気味のアナイスは、膝から下がガクガク震え、歩くどころではない。
 「わかった、では、あれに乗ろう」
 王子が指さす先に、荷車があった。庭園の手入れをする庭師たちが、道具や伐採した木の枝を運ぶためのものだ。
 近衛騎士が、庭師に駆け寄り交渉する。庭師たちは、王子を見て頷き、荷車に載っていたものを降ろし始めた。王子は、荷車に近づき、庭師に声をかける。
 「仕事の邪魔をしてすまない。この荷車をしばらく借り受ける。仕事が進まず、文句を言う者がいたら、我に言うがいいぞ」
 「御意」
 王子は、片足を荷車に乗せ、何度か力を入れて強度を確認する。それが済むと、アナイスに手を差し出し、「ご令嬢、どうぞ」と言って笑いかけた。
 アナイスは、吸い寄せられるように進み、王子の手を取り荷車に乗り込む。そのあとから王子も乗り込み、アナイスにくっつくようにして座った。
 兵士たちが見守る中、スマートな騎士服に身を包んだ近衛騎士が汗だくで引く荷車のすぐ横を、オーギュストが馬に乗ってカッポカッポと進む。その様を、扇で顔を隠した王妃が、少し離れた王宮の回廊から楽しげに見つめていた。
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