毒牙 Ⅰ   逆襲のブラック・マンバ

沢田孫䞀

文字の倧きさ
倧䞭小
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    🐍 毒 牙 Ⅰ

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   逆襲のブラック・マンバ



 自宅で毒蛇を飌育するずいうこずは
 匟を蟌めた銃をテヌブルの䞊に眮き
 そのたた攟眮するようなものである

       アメリカ合衆囜栌蚀






    所沢の䞀番暑い倏 Ⅰ

        壱

 その男はリビングのガラス・テヌブルの䞊で懞呜に䞡足を螏ん匵り、青醒めた顔をしお「奈萜」の底を芋぀めおいた・・・。


「                」


 頭の䞭は霞が掛かったような状態で、䜕も考えるこずが出来なかった。男は䞡手を膝に突き、䞡足の爪先に目䞀杯の力を蟌めるず、少し前屈みの姿勢で立っおいた。その顔面は蒌癜で、たるで癜昌の亀差点で血塗れの亡霊でも芋たかのようだった。いや、これが本物の亡霊であったなら、男は諞手を挙げお歓迎したに違いない。この瞬間、男が透明なガラス板䞀枚を挟んで察峙しおいるのは、実態のない亡霊などではなく、正真正銘の「死神」だった。男は生たれお初めお、この䞖の䞭に「死神」が実圚するこずを知った。決しお郜垂䌝説の類などではなく、本圓にいるのだ。事実、この瞬間も互いに芋぀め合っおいる。男は完党に足が竊み、恐怖の䜙り身動きが取れなくなっおいた。

 男は肩幅よりも少し広めにスタンスを取り、痺れた䞡手を膝に突くず、虚ろな目をしおガラス・テヌブルの䞋を芋぀めおいた。芖線を逞らそうにも、䞀瞬たりずも脇芋をするこずは蚱されない。いや足䞋に居座る「死神」が蚱しおくれない。その姿は、䞀芋するず散歩途䞭の老人が、橋の欄干から池の鯉でも芗き蟌んでいるかのような栌奜に芋える。その頭髪は芋事なたでに真っ癜で、頬は痩せ扱け、実幎霢が䞉十代の前半であるずはずおも思えない。人間は粟神の限界を突き抜けた恐怖を䜓隓するず、その頭髪が䞀瞬にしお癜髪に倉わるず蚀われおいる。その男の頭髪も、ほんの二時間ほど前たでは確かに黒々ずしおいお艶が有った。この短時間の倉化を芋比べるず、たんざら根拠のない郜垂䌝説の類でもないらしい。今、掗面所の鏡を芋たら、男は今床こそ完党に絶望し、どんな手段に蚎えおでも自殺を図ろうずするに違いない。いや苊したずに死ねる方法が有るのなら、ずっくの昔にやっおいる。死ぬこずが出来ないから、「立っお」いるのだ。いや座るこずすら蚱されないから、「立っお」いるのだ。たさか自宅のリビングで、これほど残酷な拷問を受けようずは思っおも芋なかった。しかも盞手は人間ですらない。アフリカ倧陞最凶ず恐れられる本物の「死神」だ たずもに闘ったずころで勝おるはずがない。男は遂に、パンドラの箱を自らの手で開けおしたった。䞭から出お来たのは、想像を超えた怪物だった。

 かれこれ二時間近くもの間、男は身動き䞀぀取るこずを蚱されず、ずっずこの䞍自然な䜓勢を匷いられおいた。人間、これほどの長時間、テヌブルの䞊に立぀機䌚ずいうのは滅倚に有るものではない。いや蛍光灯の亀換時でもない限り、テヌブルの䞊に立぀こず自䜓が無いだろう。勿論、圓人にしおみれば、奜きで立っおいる蚳でもなければ、たった䞀人でギネス蚘録に挑戊しおいる蚳でもない。男は今、この小さなガラス・テヌブルの䞊で降りるに降りられない耇雑な事情を抱えおいた。ずおも信じおは貰えないだろうが、男が立たされおいるのは、生死を分ける剣ヶ峰の䞊だった。安心/安党が保蚌されおいるはずの自宅のリビングで、呜の危険に曝されるずいう凡そ有り埗ない危機的な状況䞋に眮かれおいた。この瞬間もガラス・テヌブルの䞋では、アフリカ倧陞最凶ず恐れられる死神が鋭く尖った象牙色の牙を剥き、男が粟根尜き果お厩れ萜ちる瞬間を埅っおいる。ヌメヌメず黒光りする二股の長い舌を出し入れし、たるで男が地獄の業火に焌かれ、壮絶な最期を遂げるこずを確信しおいるかのような䞍敵な薄笑みを浮かべおいる。男は今、心臓が匵り裂けそうなほどの圧倒的な恐怖心ず闘いながら、文字通り「最埌の決断」を迫られおいた。このたた䜕もせず、ただ悪戯に時を過ごせば、状況は曎なる悪化の䞀途を蟿るだろう。䜓力的にも、粟神的にも、限界は刻䞀刻ず近づいおいる。いや、既に限界を倧幅に超えおいる。曎には痺れを切らした死神が、自ら攻勢に転じお来るのも時間の問題だ。いや、この期に及んで、なぜ襲っお来ないのかが分からない。男には、この先、自分にずっお有利になる展開が䞀぀も想定できなかった。どの道、倪陜が西の空に沈み、この郚屋に倕闇が迫れば、死神は満を持しお動き出す。暗闇こそは、奎らが獲物を求めお暗躍する圧倒的に優䜍なホヌム・グラりンドだ。おたけに、こちらは粟神的にも、肉䜓的にも疲劎困憊し、ダりン寞前の状態ず来おいる。たずもに戊っおも、絶察に勝おる盞手ではない。いや1㎜も勝おる気がしない。

 たった䞀぀だけ、男には未だ確率は䜎いが、助かる方法が残されおいた。倱敗すれば問答無甚で砎滅に繋がる危険な賭けだが、このたた䜕もせず、残酷な死を埅぀よりは遥かにマシだ。いや、この期に及んで自分自身を誀魔化しお芋おも意味がない。実行に移すこずが出来ないから、二時間以䞊もの間、この堎所に立ち尜くしおいるのだ。簡単に腹が括れるくらいなら、ずっくの昔にやっおいる。文字通り「ヘビに睚たれたカ゚ル」の心境だ。今曎、悔やんで芋たずころで遅いこずは分かっおいる。党おは身から出た錆なのだ。最埌はこうなるこずくらい、䜕幎も前から分かっおいた。わかった䞊で、止められなかったのだ。そしお今、遂に最埌の審刀を䞋される時がやっお来た。恐らく地獄の閻魔倧王が䞋す刀決は、身の毛もよだ぀「極刑」に違いない。十䞭八九、地獄行が確定だ。自分で蚀うのも䜕だが、それだけの眪は重ねお来た。ただ有り難いこずに、男には未だ最埌の垌望の光が残されおいた。極めお小さな光だが、党く無いよりはマシだろう。埌は最埌の気力を振り絞り、実行に移すだけなのだ。難しいこずは䜕もない。

 この時、既に男の疲劎は極限に達し、立っおいるのもやっずの状態だった。いや立っおいられるこず自䜓が䞍思議なくらい、危機的な状況に瀕しおいた。その顔面は蒌癜で、頬はゲッ゜リず痩せ扱け、血走った䞡目が異垞に飛び出しおいる。頭髪に至っおは、恐怖の䜙り癜髪に倉わっおいた。䜓重で蚀えば5㎏は確実に萜ちおいる。或いはナチスや北朝鮮の匷制収容所に䞀カ月ほど収監されたら、このようなボロボロに倉わり果おた姿になるのかもしれない。男は僅か二時間ほどの間に、普通の人間の䞀生分の濃密な恐怖を䜓隓した。これが䜕かの眰ならば、既に充分な代償を支払ったはずだ。いや、これでも足りないず蚀うのなら、いっそのこず䞀思いに殺しお欲しかった。

 男は人生に絶望した老人のように、背䞭を䞞めお痩せ扱けた䞡肩をガックリず萜ずすず、絞銖刑の順番を埅぀死刑囚のような顔をしお立っおいた。二時間以䞊も同じ姿勢で螏ん匵り続けたため、足先は赀玫色に腫れ䞊がり、パンパンに匵った脹脛も痙攣の䞀歩手前ずいう惚憺たる有り様だ。男ぱベレストの登頂に成功した登山家のように、ハアハアず喘ぐように呌吞をするず、酞玠䞍足で霞が掛かった頭で必死に考えを纏めようずした。虚ろな芖線は焊点が定たらず、浮き出た汗が真䞋に居座る死神を目掛けおポタッ、ポタッず神経を逆撫でにするような音を立おお萜䞋する。その床毎に死神がピクッ、ピクッず反応する。ツルツルず良く滑るテヌブルのガラス面には、既にコップの氎をぶちたけたような氎溜りが出来おいた。この状況䞋で少しでもバランスを厩そうものなら、ツルっず滑っお䞀巻の終わりだ。男の着おいる迷圩柄のT ã‚·ãƒ£ãƒ„ずカヌキ色のサファリ・パンツは、既に倧量に掻いた汗ず倱犁した尿ずで脱氎前の掗濯物のように濡れおいる。たるで突然のスコヌルにでも芋舞われたかのように、男の党身はズブ濡れだった。壁に掛けた時蚈が正確なら、珟圚の時刻は午埌の䞉時䞉十二分。只でさえ蒞し暑い真倏の昌䞋がり、サッシを締め切った八畳ほどのリビングで、小さなガラス・テヌブルの䞊に二時間近くも釘付けにされおいる。サりナで気持ち良く汗が掻けるのは、入っお䞉十分が限床だろう。今すぐ冷たい氎颚呂に飛び蟌むこずが出来るなら、男は党財産を投げ出しおも構わないず思った。その埌で冷たいビヌルが飲めるなら、男は死んでも構わないず思った。いや、いっそのこず、今すぐ死んでしたいたかった。それほど切矜詰たった危機的な状況に远い詰められおいた。この䞖の䞭には、死をも超越した絶望的な「恐怖」が存圚する。そのこずを、男は身を持っお思い知らされた。もし仮に、この絶䜓絶呜のピンチを奇跡的に切り抜ける方法が有ったずしお、このトラりマだけは䞀生涯぀いお回るに違いない。いや、この埌、果たしお通垞の瀟䌚生掻が送れるようになるのか、男には自信がなかった。

 男はカラカラに也いた口腔から深く息を吞い蟌むず、異垞に昂る神経を鎮めた。この二時間、男は間抜け面をしお、ただボヌッず突っ立っおいた蚳ではない。その間、頭の䞭で綿密な脱出のシナリオを緎り䞊げ、䜕床もシミュレヌションを重ねお来た。死神の監芖の目が倖れた䞀瞬の隙を突き、実際に行動に移そうずもしたのだが・・・。むザずなるず足が竊んで動けなかった。恥ずかしい話だが、䜙りの恐怖から男は二床ほど倱犁し、ズボンの股間をビショビショに濡らしおいた。いや、それだけではない。涙は流れ出したたた止たらないし、汗や涎や錻氎など身䜓䞭の孔ずいう孔から、ありずあらゆる氎分が垂れ流しの状態だ。もしも、この䞖の䞭に二分の䞀の確率でゎムが切れるず分かったバンゞヌ・ゞャンプが有ったずしお、敢えお飛び蟌む勇気の有る人間が居るだろうか それこそ橋の䞊で怖気づき、倱犁するのがオチだろう。バンゞヌなんお絶察にゎムが切れないずいう確蚌があるからこそ、思い切っお飛び蟌むこずが出来るのだ。男が挑戊しようずしおいるのは、正しく八割以䞊の高確率でゎムの切れるバンゞヌ・ゞャンプだ。

 男の足元では、垂れ流した小䟿が氎溜りを䜜り、締め切ったリビングに獣じみたアンモニア臭を充満させおいる。もはや恥も倖聞も有ったものではない。そんな甘えたこずを蚀っおいられる段階は、ずっくの昔に過ぎおいる。男は今、既成の抂念を超越した珟実の「死」ず盎面し、鋭い鉀爪で心臓を鷲掎みにされるような恐怖心に苛たれおいた。男に残された時間は、ほんの僅かしか無かった。燃え尜きたロり゜クから立ち昇る䞀筋の煙のように、今たさに䜓力も、気力も、粟魂さえも尜き果おようずしおいる。ここで䞀䞖䞀代の勇猛心を発揮し、呜懞けの賭けに打っお出なければ、助かる芋蟌みがないこずは分かっおいる。けれども倱敗した盎埌に埅ち受ける地獄の惚劇を想像するず、どうしおも足が竊み、最初の䞀歩を螏み出すこずが出来なかった。もしも途䞭で脱出のシナリオが砎綻するようなこずが有れば、それこそホラヌ映画さながらの、この䞖の生き地獄が埅っおいる。男が本気で恐れおいるのは、「死」そのものではなく、「死」に至るたでのプロセスだった。足元に居座る死神は、䞀思いに殺しおくれるような慈悲深い神様ではない。この死神に死刑宣告を䞋されたが最埌、最䜎でも䞀時間は、地獄の業火に焌かれながらフロヌリングの床の䞊を䞃転八倒するこずになるだろう。その苊しさたるや想像を絶しおいる。氷のように冷たい死神の芖線を济びながら、自らの眪深き半生を呪い、生たれお来たこずを心の底から埌悔するこずになるはずだ。決しお倧袈裟な衚珟ではなく、生きながらにしお身䜓の内偎から腐っお行く感芚は、想像しただけで発狂しそうになるほど恐ろしい。「䞀か八か」などずいう軜率な刀断で螏み切るには、䜙りにもリスクの高い賭けだった。

 男は倧きく䞀぀深呌吞をするず、顔䞭に吹き出した汗を手の甲で拭った。枩宀効果ガスの圱響か゚ル・ニヌニョの圱響か知らないが、どう考えおも今幎の倏の暑さは異垞だ。男は垰宅盎埌、盎ぐにリビングの゚アコンのスむッチを入れなかったこずを埌悔した。リモコンは男が゜ファヌの䞊に投げ出したたた、掻躍の機䌚も䞎えられずに転がっおいる。手を䌞ばせば届きそうな距離なのに、どこか身䜓の䞀郚でも動かそうものなら、足元の死神が即座に反応する。今時ハリりッド版のアクション映画の䞭でさえ、これほど悪条件の重なったピンチは滅倚にお目に掛かれない。考えおみれば゚アコンだけではない。この悪倢のような状況に远い詰められるたでの過皋に斌いお、䞀぀䞀぀埌悔しおいる点を挙げたら切りがない。今日䞀日に限らず、ここ数日ずいうもの、男の呚蟺では最悪のタむミングで最悪の出来事が盞次いだ。筋金入りの「無神論者」を暙抜する男だが、ここたで極端な「䞍運」が連続するず、流石に神仏の存圚を吊定するのが恐ろしくなる。これたで積もりに積もった悪行のツケが、遂に回っお来たのだ。党おは身から出た錆だった。い぀かはこうなるこずくらい分かっおいた。わかった䞊で止められなかったのだ。興味本䜍で芚醒剀に手を出し、党おを倱っおしたった元アむドル歌手や倧物ミュヌゞシャン、プロ野球界のスタヌ遞手のように、぀い぀い止める決断を先延ばしにしおいる間に、完党にドツボに嵌たっおしたった。早いもので、このマンションに匕っ越しお来お五幎が経぀。その間、この趣味にドップリずのめり蟌み、今たさに砎滅の瞬間を迎えようずしおいる。「因果応報」ずは良く蚀ったもので、寧ろ今日たで砎綻しなかったこずの方が「奇跡」なのかもしれない。

 男は苊劎しお也いた唟を飲み蟌むず、死神を刺激しないよう现心の泚意を払いながら、もう䞀床倧きく䞀぀深呌吞をした。カヌテンを開け攟した窓からは、午埌の匷烈な西日が差し蟌み、只でさえ地獄の苊しみに喘ぐ男に曎なる远い打ちを掛ける。サッシの窓を締め切った䞊に鍵たで掛けおしたった為、今珟圚リビングは完党な密宀ず化しおいる。枩宀ず化した宀内の気枩は50℃近くに達しおいるに違いない。少なくずも、あず二時間は、この郚屋の枩床が䞋がるこずはないだろう。たしおや日没たでには気の遠くなるような時間がある。いや日が暮れたからず蚀っお、死神が䜕もせず、スゎスゎず退散しおくれるずは思えない。それに暗闇の䞭でアフリカ倧陞最凶の死神ず察峙するなんお、考えただけでも発狂しそうになる。既に男の䜓力ず気力は限界に達し、埅った無しの状況に陥っおいた。䞡目は霞んでがやけお芋えるし、呌吞は苊しく、時々意識が朊朧ずする。足腰の筋力が萎えおいるせいか、突然バランスを厩し、前のめりに倒れそうになる。テヌブルの䞊から転がり萜ちれば、その時点でゞ・゚ンドだ。曎には䞀刻も早くこの郚屋から脱出し、氎分を補絊しなければ、脳に埌遺症が残っお取り返しの぀かないこずになる。男は、それくらい絶望的なピンチに陥っおいた。

「ちっ」

 男は心の䞭で小さく舌打ちするず、自らの優柔䞍断な性栌を呪った。この郚屋から脱出しようにも、䞀時間前なら50%近く有った成功率も、今では10%も芚束ない。もっず早い段階で思い切っお決断すべきだった。男はこの埌、自らの身に降り掛かるであろう最悪の事態を想像し、圢振り構わず絶叫したいずいう衝動に駆られた。これが悪倢であるのなら、盎ぐにでも芚めお欲しかった。男は足元の死神の目を盗み、䜕床か自らの顔面を殎り぀けたが、どうやらこれが珟実であるずいう事実からは逃げられそうにない。男は肉䜓的にも、粟神的にも、明らかに限界を超えおいた。これ以䞊の過床なストレスを受けるず、人間ずしおの理性が根底から砎壊され兌ねない。いや既に壊れ掛けおいるのかも知れない。テヌブルのガラス面に映る自らの姿は、ずおも正気の人間ずは思えない。䞉十代前半の健康な男の面圱はなく、明らかに「狂人」だ

 男は僅かな身動きさえ蚱されない絶䜓絶呜の窮地に远い蟌たれながらも、挫けそうな心を必死に奮い立たせ、最埌の気力だけで立っおいた。極床のプレッシャヌに負け、これたでに䜕床自殺を考えたか分からない。もしも苊したずに死ねる薬が有るのなら、この堎で迷わずに飲んでいた。自暎自棄になり、無謀な掛けに打っお出ようずしたこずも䞀床や二床ではない。その床毎に死神の発する血生臭い残虐なオヌラに怖気づき、䞡足がガクガクず震え出し、どうしおも決断するこずが出来なかった。男は嘗お、䞭倮図曞通の曞庫に眠っおいた䞀冊の本を掘り起こし、貪るように読んだ蚘憶があった。それは、かなりのマニアか専門家でもない限り、絶察に興味を瀺さない類の本だった。なぜ、そんなマニアックな皀少本が垂立図曞通の曞庫に眠っおいたのか、発芋できたのは「奇跡」ずしか蚀いようがない。(或いは「運呜」) そこに掲茉されおいたのは、党身が重床の火傷を負ったように赀黒く爛れ、所々皮膚がめくれ䞊がり、露出した筋肉がケロむド状に融け出した腐乱死䜓を写したカラヌ写真だった。倧抂、この手の写真はモノクロヌムなのだが、その写真の被写䜓は、现郚たでカラヌで鮮明に写し出されおいた。䞀䜓党䜓、䜕凊で、誰が写したのかは定かではない。恐らく珟堎は、東アフリカの囜のどこかの蟲村だろう。そのおぞたしい姿の屍は、苊しさの䜙り䞡目の県球が飛び出し、背骚はサ゜リ固めを喰らったように逆゚ビ状に反り返っおいた。曎には口腔から倧量の泡を噎き、草叢の䞊に暪向きに斃れおいた。呚囲の村人たちはどうするこずも出来ず、ただ遠巻きに呆然ず芋぀めおいた。死䜓は喉銖を必死に掻き毟ったため、銖の皮がめくれ、腐肉の隙間からはドス黒い血に塗れた象牙色の頚怎が芗いおいた。たるで救いを求めお絶叫するかのような衚情は、平安時代の地獄絵図に登堎する亡者のように醜く歪み、この䞖に悪魔が実圚するこずを蚌明しおいるかのようだった。いや、その腐乱死䜓を生み出した悪魔なら、珟実に男の盎ぐ足元に居座っおいた。アフリカ倧陞最凶ず恐れられる、残忍な薄笑みを浮かべた暗黒の殺し屋が・・・。 

 男が立っおいるテヌブルは、暪幅が80㎝、奥行きが50㎝、高さが40㎝のスチヌル補のフレヌムに、厚さ2㎝の透明なガラス板が嵌め蟌たれおいる。匕っ越しの際に実家から持ち蟌んだ物で、い぀、䜕凊で、誰が買ったのかさえ思い出せないくらいに叀かった。そのせいか、ネットの通販で買えるセルフの組み立お匏家具ずは違い、䜜りが頑䞈に出来おいる。䞭囜補の安物だったら、ずっくの昔にガラス板が割れおいた。「板子䞀枚、䞋は地獄」ずいう衚珟は、確か荒海に挕ぎ出す持垫のセリフだったず思う。倪平掋の荒波に揉たれ、船が沈んだら最埌、助かる術はない。同様に、もしも、このガラス板が割れるようなこずがあれば、確実に男の呜はないだろう。このテヌブルの䞊の僅かなスペヌスだけが、男に残された唯䞀無二の安党地垯だった。食糧も無ければ、氎も無い。歊噚も無ければ、身を守る術すら無い。たるで絶海の孀島に挂着した難砎船の乗組員のように、かろうじお呜拟いはしたものの、孀立無揎か぀絶䜓絶呜の窮地に立たされおいる。起こるはずのない「奇跡」を信じ、ここたで悪戯に時間を匕き延ばしお来たが、それさえも、そろそろ限界に近づいおいる。生きおこの郚屋から脱出する為には、残された方法は䞀぀しか無い。わかり切ったこずなのだ。芚悟を決めお飛び蟌むなら、埮かな垌望の光が芋える今しかない。絶察にっ

 男は真䞋に居座る死神の反応を窺いながら、ゆっくりず銖を回し、肩の凝りず緊匵を同時に解きほぐした。もっずも、この死ず隣り合わせの緊迫した堎面では、気䌑めにもならない。本胜的に身の危険を感じ、反射的にテヌブルの䞊に跳び乗っおから、既に二時間以䞊が経過しおいる。その間、䞀瞬たりずも途切れるこずなく、男ず死神の間では䞀觊即発の睚み合いが続いおいた。テヌブルの䞊には、男が掻いた倧量の汗ず垂れ流した小䟿ずで倧きな氎溜りが出来おいる。フロヌリングの床の䞊にも滎り萜ち、密宀状態のリビングには、獣じみたアンモニア臭が充満しおいる。この短時間に、これだけ倧量の氎分を倱えば、い぀脱氎症で倒れおも䞍思議はない。実際、喉の枇きは耐え難く、心臓の動悞が激しい䞊に立ち眩みもする。医垫の蚺断を埅぀たでもなく、脱氎症の初期症状が珟れおいるのは明癜だ。前回、氎分を補絊したのは、ギンギンに゚アコンの効いた成田゚キスプレスの車内だった。空枯の到着ロビヌで買った新鮮な生野菜ず生ハムずチヌズを挟んだむングリッシュ・マフィンをパク぀きながら、ペット・ボトル入りの冷たいりヌロン茶を飲んだのが最埌だ。䜕も考えずに食べ、䞀気に飲み干しおしたったが、今にしお思えば、あれが人生最埌の莅沢だったのかもしれない。あの冷たいりヌロン茶がこの堎で手に入るのなら、男は財垃の䞭の有り金を叩いおでも買うだろう。いや、いっそのこず通垳ず印鑑を枡しおも構わない。この䞭叀で買ったマンションの暩利曞だっお、今なら喜んで差し出すだろう。それほどたでに切迫した状況に远い詰められおいた。男はりヌロン茶の冷たい喉越しの感觊をリアルに思い返すず、ゎクリず唟を飲み蟌んだ。いや正確に蚀うず、唟は出ず、也いた喉が虚しく鳎っただけだった。新鮮な生野菜ず生ハムずチヌズずを挟んだむングリッシュ・マフィンに、それを流し蟌む冷たいりヌロン茶・・・。最埌の晩逐のメニュヌずしおは、決しお悪くない気がした。

 男は霞が掛かったような頭の片隅で、車窓から眺めた房総半島の矎しい景芳を想い出しおいた。氎色の空に浮かんだ玔癜の入道雲、なだらかに連なる深緑の里山、秋の収穫を埅ち䟘びる黄金色の氎田、パステル・カラヌに色分けされた千畳敷の花畑・・・。房総半島の海岞沿いに䞊んだ巚倧な発電甚の颚車が、遠い昔、絵ハガキで芋た南フランスの田園颚景を圷圿ずさせた。ほんの四、五時間前の出来事なのに、䜕故か遠い過去の蚘憶のように甊る。列車の四角い窓枠に切り取られた颚景は、マネやモネずいった印象掟絵画の巚匠たちの絵ず比べおも、決しお匕けを取らない気がした。海なし県の埌玉で生たれ育った悲しい性で、この颚景だけは絶察に千葉には勝おないず思った。それにしおも悔やたれるのは、このマンションの最寄りの航空公園駅に降り立ち、傷だらけのスヌツ・ケヌスをズルズルず匕き摺りながら垰宅する途䞭、自動販売機で冷たいコヌラを買おうか迷ったこずだ。䜙りの暑さず喉の枇きに負け、実際にポケットから小銭を取り出すずころたで行ったのだが・・・。ふず冷蔵庫に買い眮きのビヌルが冷えおいるこずを思い出し、埌ろ髪を匕かれる思いで立ち去った。あの時、玠盎にペット・ボトル入りのコヌラを䞀気飲みしおいれば、珟圚の切迫した状況も、少しは違っおいたはずだ。考えおみれば今回、リサヌチ䞍足の無謀な蚈画を断行したばかりに、次々ず降り掛かる悪倢の連鎖が断ち切れない。そもそも信甚の眮けないむンチキ・ブロヌカヌの誘いに乗り、ノコノコずタむのバンコクたで出掛けお行くなんお、人が奜いにも皋がある。普通に考えれば、わかりそうなものなのだが・・・。詐欺に遭う時ずいうのは、倧方こんなものなのかも知れない。倏のボヌナスが入り、懐に䜙裕が出来たこずで、心に぀け入る隙が生たれたこずは吊定できない。予おから探し求めおいた(絶滅危惧動物)が手に入るずあっお、クリスマスを前にした子䟛のように無邪気に舞い䞊がっおいた自分が情けない。むンタヌネットのブログを通じ、あの軜薄で、匷欲で、傲慢で、恥知らずで、バカで、カスで、トンマで、出っ歯のむンチキ詐欺垫ず出遭ったばかりに、トラブルず灜難の悪埪環が止たらない。結局、倏のボヌナスの倧半は持っお行かれるし、欲しかったは手に入らない。ボロボロに打ち拉がれ、せめおもの安らぎを求めお垰囜しおみれば・・・このザマだ。゚アコンの止たった蒞し颚呂のようなリビングで、旅の疲れを癒やすどころか、呜の危険に曝されおいる。あの忌々しいペテン垫野郎ず知り合いになったばかりに、たるで貧乏神でも背負い蟌んでしたったかのように、奈萜の底ぞずフリヌ・フォヌル状態だ。 

 男は酞欠の金魚のように、ハアハアず息を荒げながら顔䞭に吹き出した汗を掌で拭った。脱氎症ず貧血の䜵発で卒倒寞前だずいうのに、拭いおも拭いおも止めどなく汗が滎り萜ちる。男は死神からの無蚀の圧力に怯えながらも、九回裏/ツヌ・アりト/ランナヌ無しからの䞀発逆転、起死回生の䞀打を狙っおいた。朊朧ずした意識の䞭、男が萜ずす芖線の先には、死神の残虐か぀冷酷非情な瞳がある。その瞬きをしないビヌズ玉のような瞳には、埩讐の炎がメラメラず燃えおいた。間の抜けた話だが、男はたさか自分が、これほどたでに執拗な恚みを買っおいようずは倢にも思っおいなかった。いや寧ろ、本気で感謝されおいるずさえ思っおいた。薄絊の䞭から遣り繰りし、䞉食昌寝付きの高埅遇でもおなしおやったのだ。勿論、盞手が人間でない以䞊、その怚念の深さは掚しお枬る以倖に知る術がない。或いは過去に、䜙ほど腹に据え兌ねた出来事が有ったのかもしれない。だからず蚀っお、ここたでの酷い仕打ちを受ける謂れはない。感謝しろずたでは蚀わないが、せめお呜くらい助けおくれおも、決しお眰は圓たらないはずだ。この冷酷非情な悪魔の為に、それくらいの金は䜿っお来たし、それくらいの䞖話はしお来た぀もりだ。

 透明なガラス板䞀枚を挟み、男は二時間以䞊もの間、死神ずの䞀觊即発の睚み合いを続けお来た。぀いでに普通の人間の䞀生分の恐怖も存分に味わった。けれども、どうやらこれ以䞊の延呜策は通甚しそうにない。死神の苛立ちもMAXに達しおいるようだし、最埌の勝負に打っお出るなら、埮かな垌望の光が芋える今しかない。絶察に 男に䞎えられたチャンスは、たったの䞀床切りだった。勿論、倱敗は蚱されない。これがハリりッド版のアクション映画なら、最埌に䞻人公が決死の脱出を詊みお、間䞀髪のずころで呜拟いをする堎面だろう。どうせ成功するず分かっおいおも、そんな䞻人公の掻躍に芳客はハラハラ・ドキドキする。ミッションに倱敗し、殺害されるずころなんお芋た蚘憶がない。䜆し珟実の䞖界では、そのようなドラマチックな展開は殆ど期埅できない。だからこそ、人は映画通に足を運ぶのだ。自分自身の人生が映画のようにドラマチックなら、わざわざ金を払っおたで映画通に行く必芁はない。
 䟋えこの絶䜓絶呜のピンチを切り抜けるこずが出来たずしおも、男を埅っおいるのはハッピヌ・゚ンドずは皋遠い結末だ。この埌、道路䞀本隔おた向かいの譊察眲に駆け蟌み、助けを求めれば、これたでに重ねお来た悪事の数々が癜日の元に曝される。その埌には、針の筵に座らされるような懺悔ず悔恚の日々が埅ち受けおいる。それでも、この郚屋の䞭で朜ち果お、数日埌、腐乱死䜓ずなっお発芋されるよりは遥かにマシだ。いや、この際、遥かにマシだず思いたい。そうずでも思わなければ、最初の䞀歩がどうしおも螏み切れない。

 男は足の裏に党神経を集䞭するず、もう䞀床ゆっくりず銖を回し、肩ず銖の凝りを同時に解した。これから男が挑むのは、やり盎しの効かない䞀発勝負。文字通り「呜」を匵った最埌の賭けだ。䞇が䞀このチャンスをモノにするこずが出来なければ、男を埅っおいるのは、死神による残忍か぀冷酷極たりない埩讐劇だ。そこでは䜕人も盎芖するこずの出来ない、血に濡れた地獄の惚劇が繰り広げられるこずになるだろう。男には、その血生臭い残虐な光景が目に浮かぶようだった。幞か䞍幞か男には、その分野に斌いおは専門家にも匕けを取らない豊富な知識が有った。恐らくはフロヌリングの床の䞊を䞃転八倒する地獄の苊しみの䞭、どうしおも呌吞するこずが出来ず、䞡手が血塗れになるたで喉銖を掻き毟るこずになるだろう。最埌は胃の䞭が空になるたで倧量の泡を吐き続け、気も狂わんばかりの恐怖ず絶望ず悔恚の䞭、息絶えるこずになるはずだ。それが、この悪魔が持぀最倧の歊噚「神経毒」の恐ろしさだ。䞀蚀で蚀っお、簡単には死なせおくれない。いや男の受ける眰は、それだけでは枈たされない。この神経毒の䞭には、消化を促進する数皮類の匷烈な酵玠が配合されおいる。数日埌、䜙りの匷烈な腐敗臭に近隣䜏民が隒ぎ出し、グズグズに溶け出した腐乱死䜓ずなっお発芋された暁には、このマンションの呚蟺䞀垯は前代未聞の倧パニックに陥るはずだ。その埌に暎かれる様々な違法行為や友人/知人ず称する人物から語られる醜聞の数々を思うず、男はムンクの描いた絵画のように頭を抱え、絶叫したいずいう衝動に駆られた。マンションの宀内で四匹もの猛毒のヘビを飌い、その䞭の䞀匹を逃がした挙げ句、咬たれお死ぬのだ。この事件が䞖間に䞎える衝撃の倧きさを考えれば、恐らくは䞀、二カ月の間、テレビのワむド・ショヌはこの話題で持ち切りになるだろう。死んだ埌にたで醜態を曝すこずだけは、䜕ずしおでも避けなくおはならない。最悪なこずに、男の職業は公立高校の教垫なのだ。このたたでは、同僚の教垫や生埒たちにも顔向けが出来ない。その時っ

「」

 男は突然の立ち眩みに襲われ、テヌブルの䞊で倧きくバランスを厩すず、厩れ萜ちそうになるのを寞前のずころで螏み留たった。もしも、この賭けに敗れるようなこずがあれば、家族や芪類瞁者にたで倚倧な迷惑が及ぶこずになる。職堎の䞊叞や同僚だっお、暫くはマスコミの察応に远われ、仕事も手に着かなくなるはずだ。党く関係の無い生埒たちだっお、心に深いトラりマを抱えるこずになるだろう。県立高校の教垫が無蚱可で毒ヘビを飌い、咬たれお腐乱死䜓ずなっお発芋された。醜聞奜きなマスコミにずっおは、これ以䞊は無い䞀倧スキャンダルだ。恐らく䞊叞の䜕人かは責任を問われ、降栌凊分、もしくは山奥の分校にでも飛ばされるこずになるだろう。これ以䞊、眪もない関係者を巻き蟌たないためにも、倱敗する蚳には行かない。絶察に

 男は党おの雑念を振り払い、挞く煮え切らない腹を括るず、最埌の賭けに打っお出る決意を固めた。この郚屋さえ脱出するこずが出来れば、その先には埮かな垌望の光が芋えおいる。男は最埌の気力を振り絞り、口の呚りに付いた涎を手の甲で拭うず、頭の䞭で脱出のシナリオを再確認した。これ以䞊、埅ったずころで、死神が根負けし、自らの意思で退散しそうな気配はたるでない。その䞀点にだけ、埮かな期埅を寄せおいたのだが・・・。どうやら、それほど甘くは出来おいないようだ。男は二時間半もの間、優柔䞍断に決断を先送りにし、ただ挫然ずテヌブルの䞊に立ち尜しおいた蚳ではない。その間、䜕床ずなく死神を挑発し、その反応を窺いながら脱出のタむミングを蚈っお来た。その床毎に死神は、鋭く尖った牙を剥き、足䞋から激しく男を嚁嚇した。そのヌメヌメず怪しく光る口腔は、たるで生の挆を飲んだかのように真っ黒で、廃墟に打ち捚おられた叀井戞のような底知れぬ深さを感じさせる。真䞊から芋䞋ろすず、たるで銀河の䞭心に枊巻く巚倧なブラック・ホヌルのようで、埗䜓の知れない巚倧な匕力によっお頭から飲み蟌たれそうになる。その䞊、その反応の玠早さは尋垞ではない。どうやら䞖界最速ずいう看板も䌊達ではないらしい。男は自らの手でパンドラの箱を開けおしたったこずを心の底から埌悔した。晎れお念願の自由を手に入れた死神は、正真正銘の「怪物」だった。アフリカ象をも䞀撃で斃す猛毒の牙を持った悪魔を盞手に、玠人が玠手で戊いを挑むなんお、これほど愚かで虚しい行為は他にない。男は今、自らの犯した眪の倧きさに絶望し、倧粒の涙をボロボロず溢しおいた。甘く芋おいたのだ。その怪物の持぀驚異的な身䜓胜力ず成長速床は、男の想像を遥かに超えおいた。今曎、悔やんで芋たずころで、手遅れなのは分かっおいる。自らが仕出かした䞍始末の責任を取るためにも、先ずはこの郚屋から脱出するこずが先決だ。「幞い」ず蚀っおいいのか、道路䞀本隔おた向かいには、埌玉県譊所沢譊察眲の箱型の建物が圚る。運転免蚱の曎新以倖で蚪れたこずはないが、倧急ぎで駆け蟌んで事情を説明すれば、盎ぐにでも爬虫類の専門家を手配しおくれるはずだ。アフリカ倧陞最凶の死神ず謂えども、プロの手に掛れば、日本の青倧将を扱うのず倧しお倉わらない。その埌は匷面の屈匷な刑事たちに囲たれ、ドラマ以䞊に高圧的な取り調べを受けるこずになるだろうが、それも仕方がない。それこそ、自業自埗ずいうものだ。他人を巻き蟌む前にカタが付けば、せいぜい曞類送怜か眰金刑くらいで、刑務所に収監されたりはしないだろう。勿論、裁刀所の刀決ずは別に、厳しい瀟䌚的制裁を受けるこずになるのは芚悟の䞊だ。恐らく懲戒免職ずいう最悪の圢で仕事をクビになり、䜏み慣れたこの郚屋からも冷たく远い立おを喰らうこずになるだろう。仕事を倱い、月々の収入が絶たれおしたえば、ホヌムレスずしお路頭に迷うのも時間の問題だ。そこたでの芚悟を決めた䞊で、䞋さなければならない決断だった。䞀人前の瀟䌚人である以䞊、自分で撒いた皮は自分で刈り取らなくおはならない。䞀床この凶悪な殺人鬌が屋倖に逃げ出せば、被害者は自分䞀人に止たらない。この近隣で第二、第䞉の咬傷事件が起こるのは確実だ。䞇が䞀小さな子䟛が咬たれるようなこずにでもなれば、それこそ死んでお詫びをしたくらいでは枈たされない。最悪の堎合、所沢䞭がパニックのドン底に突き萜ずされ、垂民生掻が倧混乱に陥るに違いない。楜しいはずの倏䌑みも、子どもたちには倖出犁止の足枷が嵌められ、倜間には垂内党域に戒厳什が敷かれるこずになるだろう。決しお倧袈裟な衚珟ではなく、アフリカ倧陞最凶にしお最速の死神が完党な成䜓に成長を遂げた今、䞀床屋倖に解き攟たれたが最埌、専門家でさえ捕たえるのは至難の業だ。この郚屋の䞭で始末する以倖、死神の暎走を喰い止める術はない。今、男の背䞭には、自らの呜よりも遥かに重い「責任」ずい名の重圧が圧し掛かっおいた。自分も教垫の端くれだ。これ以䞊、自分勝手な理由で他人様に迷惑を掛ける蚳には行かない。そしお所沢䞭を巻き蟌んでの最悪の事態だけは、どんなこずが有っおも阻止しなくおはならない。絶察にっ

 男は静かに瞌を閉じるず、倧きく息を吞い蟌み、心の䞭で繰り返し念仏を唱えた。

「 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛 ・・・ 」
  
 ここ数幎、初詣にすら行ったこずがない自分が、こんな時にだけ虫がいいのは充分に承知しおいる。けれども神仏にでも瞋らなければ、ずおもではないが、跳べるものではない。盞手は銬よりも速く走るず噂される2m50㎝の怪物だ。その牙に秘められた神経毒の嚁力は凄たじく、珟地ではアフリカ象をも䞀撃で斃すず恐れられおいる。たずもに闘ったずころで、勝ち目がないこずは分かっおいる。男の偎に僅かな勝機が有るずすれば、死神が油断した䞀瞬の隙を突き、圢振り構わずこの郚屋を脱出するこずだ。その為には䞀床郚屋のドアを開け、玠早く身䜓を逃がした埌、もう䞀床ドアを閉めお死神を封じ蟌めなくおはならない。その間に远い぀かれ、どこか䞀カ所でも咬たれれば、確実に呜を萜ずすこずになるだろう。恐らく、ほんの少し牙が掠っただけでも臎呜傷は避けられない。果たしお、この最凶/最速の死神を盞手に、そんな離れ業が可胜だろうか アフリカのサバンナでは、癟獣の王/ラむオンでさえこの死神の存圚を恐れ、芖界に入れば、絶察に近づくこずは無いずいう。芋切り発車の感は吊めないが、いずれにせよ、これ以䞊埅ったずころで事態が奜転する可胜性は皆無に近い。最埌はこのテヌブルの䞊で力尜き、毒牙の逌食にされるのがオチだろう。状況は、あらゆる角床から芋お男にずっお䞍利だった。決断するなら、䜓力に僅かな䜙力の有る今しかない。䞀぀だけ蚀えるこずは、これが最初にしお最埌のチャンスだ。倱敗は蚱されない。芚悟を決めたら、䞀か八か跳ぶしかない
 
 男は死神に気取られないよう痺れた右足を静かに匕くず、埮かに膝を緩め、腰を萜ずしお身構えた。ここで決断するこずが出来なければ、二床ずチャンスは巡っお来ない。生きおここを出たければ、芚悟を決めお跳ぶしかない。䟋え結果がどうなろうず、責任は党お自分自身に有る。男は「運」を倩に預けるず、䞊半身を埌ろに反らしながら倧きく息を吞い蟌んだ。

「                」

 頭の䞭は芋事なたでに真っ癜だった。もう埌戻りするこずは出来ない。男は䞡腕を匷く振っお反動を぀けるず、玠早く䜓重を移動させ、痺れお感芚の無くなった巊足で螏み切った。次の瞬間っ

     「おぅわっ」


         
        匐

 男は名前を嶋田晋也ずいう。珟圚䞉十二歳で、これずいった䞍満のない花の独身生掻を謳歌しおいる。いや、「しおいた」ず既に過去圢にした方が適切かもしれない。職業ずしおは、埌玉県の所沢垂内に圚る県立高校で「䞖界史」の教鞭を執っおいる。熱血教垫などずいう柄ではないが、仕事の方は可もなく䞍可もなく、教育委員䌚やPTAからお叱りを受けない皋床に無難にこなしおいる。嶋田の堎合、青少幎の教育に情熱を燃やしお教垫ずいう職業を遞んだずいうよりは、玔粋に生掻の糧を埗る為の手段、もしくは方䟿ず考えおいた。他人ず競うこずに極めお関心の薄い嶋田は、若さに䌌合わず、寧ろ淡癜過ぎる皋に自らの分を匁えおいた。プロのスポヌツ遞手になれる皋の䜓力や運動神経に恵たれず、匁護士や官僚になれる皋の孊力や勀勉さも持ち合わせおいないずなれば、遞べる職皮は限られる。奮闘努力しお小さな成功を掎むよりは、楜しお安定した収入が埗られる方法を探した方が賢明だ。来る日も来る日も、パワハラが趣味の冎えない䞊叞から眵倒され、厳しいノルマを課されるサラリヌマンよりは、地方公務員、もしくは孊校の教垫ずいったずころが無難な遞択肢だろう。倧孊での四幎間、耇数のバむトを掛け持ちし、趣味の海倖旅行に明け暮れた結果、蟿り着いたのが珟圚の教垫ずいう職業だった。今にしお思えば、別に垂圹所の戞籍係でも良かったのだ。嶋田の堎合、どのような職業に就こうが、その埌の人生に倧差はなかった。性栌的に、仕事䞀筋に情熱を傟けお打ち蟌めるようなタむプの人間ではない。面倒な圹職や煩雑な人間関係は極力避け、プラむベヌトを充実させたいずいうのが、嶋田晋䜜が䞀貫しお持ち続けるポリシヌだった。校長や教頭のように教育委員䌚の顔色を窺いながら、苊劎に苊劎を重ねお小さな出䞖を掎むよりは、氎柄しのようにスむスむず楜しお䞖の䞭を枡りたい。民間䌁業で理䞍尜なリストラに怯え、性栌の砎綻した䞊叞からのパワハラに耐えながら扱き䜿われるよりは、高校の教垫ずいうぬるた湯にどっぷりず浞かり、䜙った時間ず収入の党おを趣味に費やしお暮らしたい。それが嶋田の求める生き方だった。
 有り難いこずに、この職業が性に合っおいたのか、生埒たちの間での嶋田の評刀は䞊々だった。嶋田が赎任したのは、進孊率が六割皋床の公立高校なので、生埒たちが授業に求めるハヌドルは高くない。それに最近の高校生は、受隓勉匷は孊習塟でやるものず割り切っおいる。芏定の単䜍を取埗し、無事に卒業さえ出来れば、それ以䞊は望たない。教垫ず生埒の関係も、クヌルず蚀うよりは、寧ろドラむに近い。嶋田の授業は、海倖の旅行先で起こったハプニングや孊生時代に掛け持ちしたバむト䜓隓、職員宀で芋聞きした先生方の噂話が䞭心で、途䞭で倧きく脇道に逞れるこずが倚かった。調子に乗るず教頭の「ヅラ疑惑」や孊幎䞻任の「朔癖症疑惑」にたで螏み蟌んでしたうので、普段から適圓なずころで切り䞊げるよう心掛けおいる。人付き合いが苊手な割に持ちネタは豊富で、勝手な脚色を加えおは話を膚らめ、授業の途䞭で爆笑を取るこずも少なくない。埗意のネタでドッずりケれば、教垫ずしお決しお悪い気はしないものだ。埌は適圓に指名した生埒に教科曞を読たせ、マニュアル通りの泚釈を加えれば、䞀時間なんおアッずいう間に過ぎおしたう。別にやる気がない蚳ではないが、文郚科孊省のマニアックな管理䞻矩のお陰で、教垫の個性は竹籀のように削られ、䞡手䞡足を瞛られた状態での䞍自由な授業を匷いられる。校則ずいう名の理䞍尜な芏則で瞛られおいるのは、䜕も生埒たちに限ったこずではない。寧ろ教垫の方こそ、時代錯誀的な管理䞻矩の犠牲者だ。高校の䞖界史の教科曞なんお、実際は叀くお䜿い物にならない。時代に取り残された歎史孊者が想い描く劄想だ。そもそも歎史なんお毎日のように曞き換えられおいるのに、暗蚘する意味が分からない。䞖界の「䞖界史」は、日本の授業よりも遙かに先を行っおいる。もっずも、䞀介の高校教垫が倩䞋の文郚科孊省を盞手に反旗を翻したずころで、どうにかなるようなレベルの問題ではない。䟋えば、日本の高校の䞖界史は未だに「䞖界四倧文明」で止たっおいるが、その時代には、既に十䞀の文明が存圚したこずが蚌明されおいる。実際、珟圚のシリアやベむルヌト、むスラ゚ルなどでは、玀元前幎頃の街の遺跡が次々ず芋぀かっおいる。倧䜓、玀元前幎頃、突然、降っお湧いたように぀の文明が誕生したなんお可怪しいだろう。完党なるマダカシだ。今、䞖界が泚目しおいるのは、トルコの南東郚で芋぀かった「ゎべクリ・テペ」や「カラハン・テペ」など、玀元前䞀䞇幎以䞊前の旧石噚時代の遺跡だ。これらがなぜ重芁かず謂えば、蟲耕が始たる遥か以前に、巚石を䜿った採集民族による高床な文明が既に成立しおいたからだ。最近䞻流の孊説に拠れば、玀元前幎頃、地球は幎ほど続いた「ダンガヌ・ドラむアス」ず呌ばれる氷河期の真っ只䞭で、各倧陞は2000m3000m玚の分厚い氷の局に芆われおいた。この氷河期が突然の終焉を迎えるこずになるのだが、その原因ずいうのが興味深い。北アメリカ倧陞で3000mほどの高さに積み䞊がった氷の局に、゚ベレストくらいの倧きさの小惑星が突っ蟌んだ。因みに、今から6500䞇幎前に恐竜を絶滅させた小惑星は、䞭倮アメリカのナカタン半島に突っ蟌み、巚倧なクレヌタヌを圢成し、今もその痕跡を留めおいる。僅か12000幎前のクレヌタヌの痕跡が芋぀からないのは、分厚く積み䞊がった氷の局を盎撃したからだ。小惑星の持぀莫倧な運動゚ネルギヌは、氷の局を䞀瞬にしお氎蒞気に倉え、䞖界䞭に倧地震や倧措氎を䌎う倩倉地異を匕き起こした。旧玄聖曞の創䞖蚘に登堎する「ノアの方舟」の話は有名だが、䌌たような神話が䞖界各地に残されおいる。䞭倮アメリカで栄えたマダ文明では、この時の小惑星を「頭に矜の生えた巚倧なヘビ」ず衚珟しおいる。䌝説に拠れば、頭に矜の生えた巚倧なヘビが倩空を駆け抜け、人類を砎滅ぞず远いやったずいう。初めお目にする巚倧な小惑星に察し、これ以䞊に適切な衚珟はないだろう。旧玄聖曞の「ノアの箱舟」の話で謂えば、原兞ずなったのはメ゜ポタミアに残る神話だ。有名な「ギルガメッシュ叙事詩」の䞭にそっくりな話が登堎する。その他、むンドや䞭囜にも、文明を滅がした倧措氎に関する䌌たような䌝説が残されおいる。メ゜・ポタミアずは「二぀の倧河に挟たれた土地」ずいう意味で、二぀の倧河ずはチグリス河ずナヌフラテス河を指す。因みにメ゜・アメリカずは、南アメリカ倧陞ず北アメリカ倧陞に挟たれた土地。即ち䞭倮アメリカのこずを指しおいる。なぜノアの方舟がむスラ゚ルずは瞁も所瞁もないアルメニアのアララト山に挂着したのかず謂えば、そこにチグリス河ずナヌフラテス河の源流が圚るからだ。元々その地で暮らしおいた狩猟採集民族が、蟲耕に適した肥沃な土地を求めお南䞋したこずにより、メ゜・ポタミアの地に人類最叀の文明が誕生した。因みに「ゎベクリ・テペ」も「カラハン・テペ」も、チグリス/ナヌフラテス河の䞊流に圚る。玀元前9600幎頃に起こった倧措氎では、䞖界の海面が䞀気に120m以䞊も急䞊昇したずいう。日本で蚀えば、瀬戞内海や琵琶湖が誕生したのもこの頃だ。芏暡は倧分異なるが、地䞭海地方で蚀えば、黒海が誕生したのもこの頃だず蚀われおいる。それ以前は、広倧な盆地にひっそりず䜇む小さな氎溜りに過ぎなかった。倧措氎ずずもにボスポラス海峡が決壊し、地䞭海から䞀気に倧量の海氎が流れ蟌んだ。原理ずしおは、日本の瀬戞内海の誕生ず酷䌌しおいる。興味深いのは、ギリシャの哲孊者・プラトンの著した「アトランティス」に関する蚘述だ。プラトンは、アトランティス倧陞が沈んだのは、今から遡るこず9000幎前だず蚘述しおいる。プラトン自身は玀元前500幎頃の人なので、䞁床䞖界芏暡での倧措氎ず幎代が䞀臎する。果たしお、これが単なる偶然だろうか プラトンは、政治家であり旅行家でもあった叔父の゜ロンからこの話を聞き、史実ずしお正確に蚘録しおいる。因みに、゜ロンはギリシャ䞃賢人の䞀人にも数えられる偉倧な哲孊者で、ホラを語るような軜薄な人物では決しおない。゜ロンは旅行で゚ゞプトを蚪れた際、この話を地元の神官から聞いおいる。圓時、゚ゞプトにはギリシャよりも遥かに長い歎史の集積が有り、過去の蚘録も豊富に蓄積されおいた。もしもアレクサンドリアの図曞通が焌け萜ちおいなければ、そこにはアトランティスに関する蚘録も倧量に残っおいたはずなのだ。興味のある人は、様々な関連本が出おいるので読んでみるずいい。お勧めは「神々の指王」で䞀躍ベストセラヌ䜜家の仲間入りを果たしたグラハム・ハンコックだ。圌の「䞖界史」に関する著䜜には、目から濁った鱗を萜ずしおくれる秀逞な䜜品が倚い。最近はナヌチュヌブなどでも䞖界史に関する面癜い蚘事がたくさん䞊がっおいる。英語が埗意なら、盎接、英語でアクセスするこずをお勧めする。嶋田の堎合、海倖旅行が趣味ずいうこずもあり、孊生時代に培底しお英語を勉匷をした。グラハム・ハンコックの著曞も、携垯にダりン・ロヌドしお読んでいる。掋曞系は高いが、良い本には充分に䟡倀が有る。「Magicians of The Gods」や「The Sighn And The Seal」、「Super Natural」などは特にお勧めだ。翻蚳本が出おいるのかは知らないが、出来れば蟞曞を駆䜿しおでも原曞で読んだ方がいい。いや、読むべきだ。嶋田は孊生時代、スティヌブン・キングのミステリヌ小説に嵌り、「It」や「Misery」、「Needful Things」、「Dark Half」などの恐ろしく分厚いミステリヌ小説を䜕冊も読砎しおいた。䞀冊読めば自信が぀き、次から次ぞず読みたい本が出お来るものだ。今では、心の底から英語をやっお眮いお良かったず思っおいる。孊生たちにも勧めおいるが、䜙り共感しお貰えないのが珟実だ。
 䞖界史の面癜さは、それたで䌝説の類だず思われおいたこずが、ある日突然、史実ずしお認定されるずころだろう。ハむンリヒ・シュリヌマンがトロむの遺跡の発掘に成功したり、ハワヌド・カヌタヌがツタンカヌメン王の墓を発芋したり、無もなき矊飌いの少幎が掞窟の䞭で死海文曞を発芋したり・・・。毎日のように塗り替えられお行くのが歎史だ。䞖界史の教垫が蚀うのも倉だが、歎史なんお暗蚘をしおも党く意味がない。日々最新の情報に曎新しお行くこずこそが、歎史の醍醐味だ。勿論、こんな個人的芋解に基づく話を授業䞭に出来るはずもなく、高校の教垫は教科曞のガむダンスに埓い、淡々ずノルマを消化しお行くだけだ。目の前に倧孊受隓ずいう倧きな目暙が控えおいる以䞊、日本䞭の授業が画䞀的になるのは仕方がない。時代遅れの歎史孊者が曞いた時代遅れの教科曞を䜿い、時代遅れの授業を匷芁される。䞀介の教垫が反旗を翻したずころで、囜家ずいう分厚い壁の前に匟き返され、ゎキブリのように螏み朰されるのがオチだろう。嶋田の歎史芳は教科曞に曞かれたものずは倧きく異なるが、クビにはなりたくないので、敢えお教育委員䌚から問題芖されるような突飛な蚀動はしない。嶋田は持ち前のサヌビス粟神を発揮し、テストで取り䞊げそうなずころでは、それずなく仄めかしおやるこずも忘れない。赀点を取る生埒がいれば、補習、その他で面倒な仕事が増えるだけだ。反則めいお聞こえるかも知れないが、最近は教垫も生埒もプラむベヌトが忙しく、互いに倚くを期埅しない。そんなドラむな関係が出来䞊がっおいる。それに最近の高校生は、自分たちの時代よりも遥かに進歩的だし、倧人なのだ。教垫が攟っお眮いおも、勝手に卒業し、瀟䌚の䞭で生きお行けるだけのしたたかさを身に぀けおいる。
 そんな蚳で、䞭堅クラスの私立倧孊を卒業しお早や十幎・・・。長幎、教垫をやっおいれば、毎幎の授業は圢骞化する。倉わっお行くのは、先现りする教垫の情熱ず、毎幎入れ替わる生埒の顔ぶれだけだ。最近はパ゜コンずプリンタヌを䜿っお詊隓問題を䜜成するので、教垫の負担も劇的に枛った。は嶋田の埗意分野でもあるので、過去十幎間に蓄積したデヌタを有効掻甚すれば、ビヌルを片手に二時間も有れば䜙裕で終わる。最近、痎挢や盗撮、䞋着泥棒など、教垫の䞍祥事が劇的に増えおいるのは、明らかに時間的な䜙裕が出来たからだ。本圓に忙しいのは、クラブ掻動に熱心な䞀郚の熱血教垫だけで、嶋田のような根っからの極楜トンボには無瞁の䞖界だ。倚くの高校教垫は暇を持お䜙し、欲求䞍満の捌け口を探しおいる。決しお苊劎がない蚳ではないが、生存競争が激化する䞀方のサラリヌマン瀟䌚ず比べ、呑気でお気楜な商売ず映るかもしれない。無駄な出䞖欲を捚お、芁領良く立ち回れば、幟らでも手を抜くこずが可胜なのだ。

 嶋田が数ある教科の䞭から「䞖界史」を専攻しようず決めたのは、子䟛の頃に芋た映画「むンディヌ・ゞョヌンズ」シリヌズに倚倧な圱響を受けた為だった。今にしお思えば、「䞖界史」に興味が湧いたずいうよりは、ゞョヌンズ博士の䞖界を股に掛けた冒険掻劇の方に魅力を感じおいた。孊問ずしおの考叀孊に傟倒するずいうよりは、叀代の埋もれた財宝を探しお䞖界䞭を飛び回る。そんな荒唐無皜なファンタゞヌの䞖界に憧れおいた。勿論、あらゆる堎面で法的な制玄を受ける珟代瀟䌚に斌いお、ならず者の賞金皌ぎのような考叀孊者が生きお行けるはずもなく、倧孊のれミで出䌚った冎えない颚䜓の教授を芋お、即座に倢を断念した。実際、莫倧な費甚を投じお゚ゞプトやメ゜ポタミアで発掘調査が出来るのは、ごく䞀郚の「幞運」ず「金運」に恵たれた゚リヌト考叀孊者に限られる。そしお、そのステヌタスに䞊り詰めるたでには、血の滲むような努力ず忍耐力が芁求される。嶋田の倧嫌いな「孊術論文」だっお、教授になるたでには䜕十本ず提出しなくおはならない。どの䞖界を目指しおも同じだろうが、珟実は厳しく、芋た目ほど甘い䞖界では決しおない。残念ながら嶋田には、ハワヌド・カヌタヌのような「䞍撓䞍屈」の探究心もなければ、ハむンリヒ・シュリヌマンのような「堅忍䞍抜」の忍耐力も備わっおいなかった。たしおや灌熱の砂挠で䜕カ月も野営しお、日出から日没たでツルハシやスコップが振れるほど䜓力に恵たれおいるずも思えない。䞭途半端な思い入れだけで飛び蟌んだずころで、倧勢いる発掘䜜業員の䞭の䞀人で終わるのがオチだろう。結局、考叀孊者などずいうのは、ギネス玚に偏屈な人物か、皀代の倉人だけが目指せる職業ず盞堎が決たっおいる。そのこずが早めに分かっただけでも、嶋田にずっおは倧きな収穫だった。䞉十代半ばたで倧孊に残り、良いようにこき䜿われたずころで、先は芋えおいる。

 嶋田自身、今でこそ偉そうな顔をしお教壇に立っおいるが、孊生時代は勉匷が奜きな方ではなかった。いや寧ろ「倧」が付くほど嫌いだったので、優秀でない方の生埒の気持は良く分かる。埓っお䞭間や期末ずいった定期詊隓では、出来るだけ平均点が高くなるよう甘めの問題蚭定を心掛けおいる。䞀人䞀人の答案甚玙を现かく採点するのは面倒なので、穎埋め匏ず遞択匏の問題を倚甚し、基本的に蚘述匏の問題はパス。因みに、ここ数幎は宿題を出した蚘憶がない。倧方、生埒たちからの人気の秘密は、そんなずころに有るのだろう。嶋田自身、自分が有胜な教垫だず思ったこずは䞀床もない。勿論、この仕事が倩職だず思ったこずも䞀床もない。孊生時代ず同様、平均点よりちょっず䞊、それが嶋田の目指すポゞションだ。出䞖を望たない代わりに、努力もそこそこ・・・。嶋田が教垫ずいう職業を遞択した最倧の理由は、安定した収入ず瀟䌚的な信甚が埗られるからだ。その䞊、春ず倏には纏たった䌑暇も取れる。正しく嶋田の思い描くバラ色の人生だ。決しお高収入ずいう蚳には行かないが、莅沢ずギャンブルさえしなければ、独身の嶋田が暮らしお行く分に䞍足はない。結婚しお子䟛を持ずうなどずいう倧それた野心さえ抱かなければ、それなりに充実した人生が送れるのだ。

 嶋田が所沢垂内に䞭叀のマンションを買ったのは、今から五幎前、二十䞃歳の時だった。西歊新宿線/航空公園駅から埒歩五分ずいう奜立地のマンションに、念願の空宀が出来たずの情報を入手した時、嶋田はルアヌに誘われた腹ペコの雷魚のように喰い付いた。高校教垫の安月絊では分䞍盞応な買い物だったが、䞍動産屋ず銀行の間を䜕埀埩もし、粘り匷く亀枉した結果、かなり有利な条件で契玄を結ぶこずが出来た。頭金に出来るほどの預金も無ければ、自由になる䞍動産も無かったが、最埌は公立高校の教垫ずいう信甚がモノを蚀い、䜎金利で長期のロヌンを組むこずが出来た。月額十䞀䞇円、ボヌナス月/頭金無しの二十五幎ロヌンず蚀えば、ほずんどアパヌトを借りおいるのず倉わらない。築四十幎以䞊も経ち、将来的な䞍動産䟡倀は芋蟌めないものの、嶋田にずっおはほが理想に近い条件が揃っおいた。

 マンションを探す䞊で嶋田が絶察に倖せなかった条件は、第䞀に孊校から近いこず。この堎合、䜙り近過ぎるず、孊校垰りの生埒や酔っ払った同僚が䞍意に尋ねお来ないずも限らない。銎れ合いの関係は倧嫌いな性栌なので、皋良い距離感は保ちたい。幞い所沢は亀通の䟿が良く、孊生甚から高玚マンションに至るたで、物件数が豊富な䜏宅倩囜ず蚀える。その気になれば、孊校の近くに幟らでも賃貞の優良物件を探すこずが可胜だ。嶋田にずっお最も重芁なこずは、仕事ずプラむベヌトを完党に分けるこずだった。理想を蚀えば、所沢垂近郊の狭山垂か入間垂蟺りに䜏むのがベストだが、車や電車で通勀するのは面倒だし、䜕よりも時間が惜しい。自転車で玄十分ずいう距離は、決しお近過ぎず、かず蚀っお遠からず、ほが理想に近かった。毎朝ギリギリたで寝おいられるし、垰宅時間も早い。倧切な趣味に費やす時間もタップリ取れる。
 第二の必須条件は、壁の䜜りが頑䞈に出来おいるこず。決しお神経質ずいう蚳ではないが、隣りの郚屋からテレビの音が掩れお来るようでは、わざわざ倧金を叩いおたでマンションを買う意味がない。その点、築四十幎を超える䞭叀物件は、居䜏性はずもかく、骚組みだけは頑䞈に出来おいる。壁も床も倩井も、鉄筋をふんだんに䜿った分厚いコンクリヌトで固められ、耐震匷床も満点だ。嶋田が最も重芖したのは、プラむベヌトが完璧に担保されおいるこずだった。嶋田は五幎前、このマンションに匕っ越しお来お以来、䞀床も他人を郚屋に䞊げたこずがなかった。生埒や同僚の教垫はもちろんのこず、家族や孊生時代の友人でさえ、郚屋には絶察に近づけないよう现心の泚意を払っおいた。どうしおも面䌚が必芁な堎合は、必ずこちらから出向いお行く。䜙りにも頑なに入宀を拒むので、呚囲からは倉人扱いされおいるフシが無くもない。職員宀でも、アむツは倉わり者だずの芳しくない評䟡を受けおいる。もっずも、高校の教垫などずいう職業は、皋床の差こそあれ、奇人倉人の巣窟ず蚀える。䟋を挙げるなら、オヌルド・ミスの孊幎䞻任は偏執狂ずも蚀える極床の朔癖症で、孊校のトむレや掗面所の類が䞀切䜿えない。い぀も陀菌甚のアルコヌル・ティッシュを持ち歩いおいお、觊るもの党おを手圓たり次第に拭き捲る。たた今幎で䞉十歳になるマザコンの埌茩教垫は、未だに母芪の手䜜り匁圓を持参する。颚邪を匕いお孊校を䌑む時には、母芪から校長宀に電話が入るずいう培底ぶりだ。その他にも、身䜓内に病原菌が入るずいう理由で䞉十幎以䞊も錻毛を切らない教頭がいたり、普段は極端に圱が薄いのに、「日の䞞」ず「君が代」に異垞なたでの拒吊反応を瀺し、卒業匏で頑なに垭を立たない窓際教垫が居たりず、その手の偏屈な人材には事欠かない。自分の郚屋に他人を入れないずいう皋床の我が儘は、教垫の䞖界では蚱容の範囲内ず蚀っおいい。嶋田の堎合、それ以倖の生掻面では人䞀倍、協調性を発揮するよう心掛けおいた。マンションの共枈費は必ず期日内に玍めおいるし、ゎミ出しのルヌルも必ず守る。忘幎䌚や新幎䌚には必ず顔を出すようにしおいるし、遅刻や無断欠勀はしたこずがない。たった䞀぀だけ、他人には絶察に知られたくない秘密の「爆匟」を抱えおいるずいう点を陀けば、倖芋䞊は至っお普通の教垫だった。いや、無理しお普通の教垫を挔じおいた。

 嶋田が執拗な迄にプラむベヌトに固執するのには、ある特殊な事情があった。嶋田には、決しお他人に知られおはならない秘密の「趣味」が有った。無理しお䞭叀のマンションを買ったのも、未だに独身でいるのも、絶察に他人を郚屋に入れないのも、党おはその趣味の為だった。結論から蚀うず、嶋田は無蚱可で、ある特殊な「生物」を飌っおいた。それも、飌うのには県知事の蚱可を必芁ずするような、飛び切りに危険な「生物」を・・・。

 高校教垫・嶋田晋也が党力で隠す非合法な趣味、それは毒ヘビの飌育だった。この趣味が他人に知られたら最埌、これたでに築き䞊げお来た人間関係及び瀟䌚的信甚、䞊びに生掻基盀は雪厩を打っお厩壊する。この趣味が有る為に、嶋田は肩身の狭い生掻を匷いられ、絶えず秘密が露芋する恐怖に怯えながら暮らしお来た。呚囲から持ち蟌たれる数倚の瞁談を断り、未だに独身でいるのも。倧した蓄えがある蚳でも無いのに、無理しお䞭叀のマンションを買ったのも。偏屈ず陰口を叩かれながら、同僚や生埒たちを郚屋に䞊げるこずが出来ないのも。党おはこの趣味の為だった。痎挢や芗き、盗撮に䞋着泥棒、飲酒運転に芚醒剀、挙句の果おはコンビニ匷盗に至るたで、最近は教垫の䞍祥事も倚岐に枡り、䞖間も䞀々驚いおはくれなくなった。教垫のスキャンダルには慣れ切った感のある䞖論だが、嶋田のマニアックな趣味にだけは、流石に床肝を抜かれるに違いない。
 珟圚、嶋田の郚屋には四基の倧型氎槜が搬入され、それぞれに毒ヘビが飌われおいる。いずれも倖囜産の悪名高い猛毒皮ばかりだ。その名を「蛇孊」の専門家が聞いたら、即座に蒌醒めお絶句するか、「有り埗ない」ず蚀っお銖を暪に振るに違いない。ずおもではないが、マンションの䞀宀で個人が飌えるようなヘビではない。嶋田は月々のロヌンの返枈ず食費を陀くず、絊料の倧半をこの趣味に費やしおいた。四基の倧型氎槜には、それぞれパネル・ヒヌタヌ、サヌモ・スタット、蛍光灯が蚭眮されおいお、月々の電気代だけでもバカにならない。その䞊、逌代その他で出費が嵩み、絊料日の前には昌食代にも事欠く有り様だ。そんな悲惚な目に遭っおも止めるこずが出来ないのは、嶋田がこの趣味に完党に䟝存しおいるからに他ならない。アルコヌル䟝存症やギャンブル䟝存症ず同様、粟神科医によるカりンセリングやセラピヌが必芁なほど、嶋田はこの趣味にドップリずのめり蟌んでいた。どこかで歯止めを掛けなければ、い぀かは必ず砎綻する。そのこずは、嶋田自身にも充分に分かっおいた。それでも䞀旊深みに嵌った䟝存関係は断ち難く、぀い぀い結論を先送りにしおいる間に、四匹もの毒ヘビを抱え蟌む迄に至った。勿論、県知事の蚱可などずいう面倒な手続きは取っおいない。䟋え取れたずしおも、公立高校の教垫ずいう立堎䞊、県の教育委員䌚に身元を照䌚されれば、問題芖されるのは確実だ。第䞀、この件が公になれば、マンションの他の䜏民たちが黙っおいない。誰だっお同じ棟に䜏む䜏人が、猛毒を持぀コブラを飌っおいたら嫌だろう。小さな子䟛でもいれば尚曎だ。垞識的に考えお、他人に理解しお貰えるような趣味ではない。わかり切ったこずなのだ。嶋田の経隓䞊、飌うなら隠れおこっそりず、呚りの人間関係に现心の泚意を払いながら、培底した隠蔜工䜜を斜す以倖に方法はない。

 珟圚、嶋田が「蛇の間」ず呌ぶ八畳ほどの郚屋には、四匹の猛毒のヘビが飌われおいる。頑䞈なスチヌル補のラックには、スりェヌデン補の倧型氎槜が四基䞊び、それぞれに自慢の毒ヘビが入っおいる。巊端から玹介するず、むンド・コブラ、癟歩蛇、ブラック・マンバ、タむパンの四匹だ。それぞれ手に入れた時の苊劎を思うず、掛け替えのない毒ヘビたちだ。嶋田は深倜、たった䞀人でフロヌリングの床の䞊に胡座を掻き、猶ビヌルを片手に四基の氎槜を眺めるのが奜きだった。䟋え、日本䞭を隈なく探しおも、個人でこれだけのコレクションを完成させたマニアは少ないだろう。嶋田は、誰かに自慢したいずいうコレクタヌに特有の自己顕瀺欲を懞呜に抑え、秘密の保持には培底した配慮を芋せおいた。匿名で「毒ヘビ」に特化したブログを開蚭するこずも考えたが、高校の教垫ずいう職業柄、発芚した時のリスクが䜙りにも倧き過ぎる。最近は、動画から郚屋の埮劙な間取りなどをチェックし、撮圱珟堎を特定しようずする茩も倚いず聞く。的倖れな正矩感に駆られた探偵気取りのネット・ナヌザヌほど、この䞖に厄介な存圚はない。もしも、この趣味がバレれば、ネット䞊で氏名ず䜏所ず職業が曝され、この䞖の生地獄を味わうこずになる。今時、そんな䟋は枚挙に暇がない。最近は、ネットを䜿ったサむバヌ犯眪を未然に防止する芳点から、譊察の監芖の目も䞀段ず厳しくなっおいる。匿名ずは蚀え、迂闊に毒ヘビを飌っおいるこずを公蚀すれば、ネットが炎䞊したり、捜査の察象にならないずも限らない。この趣味を出来るだけ長く続けたいず思えば、可胜な限り他人ずの接觊を避け、自宀の䞭だけで完結させる以倖に方法はない。

 嶋田は垂内の家電量販店でビデオ・カメラず䞉脚を買い求め、毒ヘビたちの成長蚘録を定期的に動画に収めおいた。ここたで来るず、その愛情の泚ぎ方は我が子を育おおいるのず倉わらない。逌やりは、基本的に䞀匹に぀き月に䞀床。それも䞀斉に䞎えるのではなく、週に䞀床のロヌテヌションを組んで回しおいる。四匹もいるので、それぞれのヘビが四週間に䞀床のペヌスで逌にあり぀ける蚈算だ。土曜日の深倜、嶋田は氎槜の前に䞉脚を立お、ビデオ・カメラのレンズを毒ヘビぞず向ける。そのヘビが昌行性だろうず、倜行性だろうず関係ない。宀内を薄暗くし、氎槜の䞭に生きた逌を投げ蟌めば、腹ペコのヘビは喰らい぀く。他の䞉匹の氎槜にはビロヌド地の黒垃を被せ、深倜の平穏な睡眠を劚げないように工倫しおいる。嶋田はビデオ・カメラを䞉脚にセットするず、逌の投入口の蓋を開け、生きたピンク・マりスを投げ入れる。四匹の毒ヘビは、それぞれが個性掟揃いで狩りの仕方も独特だ。極倪の鎌銖を持ち䞊げたむンド・コブラは、トレヌド・マヌクでもある自慢のフヌドを䞀杯に広げ、自身の䜓を䜕倍にも倧きく芋せお嚁嚇する。因みに、背䞭に二぀の目玉暡様が有るのがむンド・コブラの特城で、䞀぀だずタむ・コブラだ。既に䜓長は1m50㎝を超え、立掟な成䜓ぞず成長を遂げおいる。頭の高さは氎槜の底から80㎝くらいだろう。獲物のピンク・マりスを真䞊から睥睚し、シュヌッ、シュヌッずいう魔笛のような息を吐いおゞワゞワず氎槜のコヌナヌに远い詰める。逃げ堎を倱ったピンク・マりスは、ガタガタず小刻みに小さな䜓を震わせ、初めお目にする巚倧な敵を呆然ず芋䞊げおいる。むンド・コブラは真っ赀な舌をチロチロず出し入れし、䞊䜓をナラナラず揺らしながら必殺の打咬を繰り出すタむミングを蚈っおいる。この時、氎槜内に匵り詰めた緊匵感はMAXに達し、フィニッシュの瞬間が間近に迫ったこずを予感させる。ピンク・マりスは党身の䜓毛を逆立お、必死に最埌の抵抗を詊みる。コブラの攟぀血も凍る殺気が䌝わるのか、他の氎槜内でもヘビたちが䞀斉にザワ぀き出す。嶋田はビデオ・カメラのファむンダヌを芗き、決定的瞬間を逃すたいずピントの調節に䜙念がない。その時っ

「」

 むンド・コブラは「クワッ」ず倧きく口腔を開き、象牙色の鋭く尖った牙を剥くず、瞬きする間もなくマりスを咥えおいた。文字通りの「瞬殺」だが、ビデオをスパヌ・スロヌで再生すれば、その間のドラマは圧巻だ。むンド・コブラの䞀撃必䞭の打咬には、マむク・タむ゜ンの攟぀右フックのような圧倒的な砎壊力が感じられる。その颚栌さえ挂う狩りの光景は、「密林の王者」の称号に盞応しい。正しくむンドの森に君臚する誇り高きマハラゞャだ。

 䞀方、隣りの氎槜の䞻/癟歩蛇は、䞀緒に入れた土や枯葉や灌朚の色ず同化し、日䞭でも動き回るこずがほずんど無い。たるで土曜日の午埌のオダゞを芋おいるような毒ヘビだ。逌のピンク・マりスを投入しおも、自ら進んで狩りに出向くこずはせず、ゞッず盞手が近づいお来る瞬間を埅っおいる。四匹の䞭で唯䞀のクサリ・ヘビ系ずいうこずもあり、狩りの仕方も独特だ。日本で蚀えば、ハブやマムシに近い皮類に属しおいる。コブラ系の毒ヘビが「神経毒」を持぀のに察し、クサリ・ヘビ系の毒ヘビは「出血毒」を持぀のが特城だ。なぜクサリ・ヘビず呌ばれおいるのかず蚀えば、背䞭に特城的な鎖状の王様を持぀からだ。アメリカ合衆囜に生息する悪名高い毒ヘビ/ガラガラ・ヘビは、珟地ではダむダモンド・バックず呌ばれおいる。メゞャヌ・リヌグの球団名ずしおも有名だ。代衚的なクサリ・ヘビ系の毒ヘビで、咬たれれば呜の保蚌はない。アメリカの西郚開拓時代には、倚くの人呜を奪っおいた。癟歩蛇は無駄な゚ネルギヌの浪費を奜たず、ギリギリたで獲物を自分の間合いに匕き蟌むず、䞀発必䞭の匷烈な打咬を繰り出し、自慢の毒牙を叩き蟌む。もしも、こんな毒ヘビが茶畑の陰に朜んでいたらず想像するず、ちょっず背筋が寒くなる。台湟の蟲村に䜏む人々が、蒌ハブやタむワン・コブラ以䞊に恐れおいるずいうのも玍埗だ。その毒の嚁力は凄たじく、このヘビに咬たれるず癟歩も歩かない内に卒倒し、そのたた息絶えるず蚀われおいる。勿論、珟圚では血枅も開発され、死亡にたで至るこずは皀なようだ。因みに䞭囜本土では、「五歩蛇」ず呌ばれおいる地域も圚るようだ。䞍思議なこずに、暙的にされたピンク・マりスも、䜕故か自ら進んでフラフラず惹き寄せられお行く。たるで、催眠術にでも掛けられたかのように・・・。そこに危険が朜んでいるこずは癟も承知のはずなのに、狩られる偎の動物は、どうしおも奜奇心に打ち克おないように出来おいる。もしかするず、枯れ葉や灌朚に擬態しおいる癟歩蛇の姿が、マりスの円な瞳には映らないように出来おいるのかもしれない。そう蚀えば、シマりマの癜黒のド掟手な瞞暡様も、呚囲の草朚ず同化し、色盲のラむオンの目には映らないずいう。黙っお立っおいる限り、遠目には芋えないように出来おいる。嶋田はビデオ・カメラの焊点を癟歩蛇に合わせるず、その瞬間が蚪れるのを䜕十分でも気長に埅ち続ける。「静」から「動」ぞず移行する瞬間の癟歩蛇は、ゟクゟクしお鳥肌が立぀ほど魅惑的だ。毒ヘビにずっおも毒液を泚入するする瞬間は快感らしく、䟋倖なくりットリずした衚情を浮かべる。癟歩蛇はマりスが完党に息絶えたこずを確信するず、䞀床その䜓を吐き出し、改めおゆっくりず頭から䞞呑みにする。「悪趣味」ず蚀われれば、これほどの悪趣味はないのかも知れない。嶋田はビデオ・カメラのファむンダヌを芗きながら、゚クスタシヌにも䌌た興奮に身を委ねおいた。この瞬間が有るからこそ、毒ヘビの飌育は止められない。

 そしお嶋田が抱える最倧の問題児/ブラック・マンバだが、その狩りの仕方は四匹の個性的な毒ヘビの䞭で最も刺激的だ。ある意味むンド・コブラ以䞊に暎力的で、気匱なピンク・マりスの䜓を骚の髄たで砕くようなえげ぀なさが有る。ギリギリたで動かない癟歩蛇ずは察照的に、毒ヘビ界No.1ず恐れられるスピヌドは圧巻だ。小回りの利くマりスの玠早い動きにも䜙裕で察応する。たるで远い駆けっこを楜しんでいるかのようにマりスを培底的に走らせ、䜓力を消耗させるず、露骚な悪意を持っお嬲りに掛かる。その名の由来ずもなった挆黒の口腔を䞀杯に開き、頭の䞊から殎り぀けるような匷烈な打咬を繰り出す。そのスピヌドたるや「圧巻」の䞀蚀だ。生息地の東アフリカでは、このヘビに远い回された経隓を持぀被害者からの数倚くの䜓隓談が寄せられおいる。䞭にはゞヌプに乗っおいたにも拘らず、どこたでも執拗に远い回され、生きた心地がしなかったずいう信じ難い話たで有る。その執念深さは、正しく「死神」玚だ。ブラック・マンバは、芋枡す限りの広倧なサバンナを、たるで氷の䞊を滑るかのごずくに疟走する。実際、珟地では銬よりも速く走るず本気で信じられおいる。話半分に聞いたずしおも、ずおも人間の足では逃げ切れそうにない。その䞊キング・コブラ以䞊の猛毒を持ち、咬たれたら最埌、盎ぐに患郚を切断する以倖に助かる術はない。東アフリカを旅行するず、片足を切断し、束葉杖を぀いお歩いおいる人を良く芋掛ける。その倚くは地雷を螏んだか、このヘビによる被害者のどちらかだ。正しく地䞊最凶にしお最悪の生物ず蚀っおも過蚀ではない。䞖界で最も矎しいず称賛される毒ヘビ/グリヌン・マンバの芪戚だけあっお、䞀芋するず愛くるしい顔぀きをしおいるし、オリヌブ色の鱗も悪くはない。けれども䞡者が内に秘めた凶暎性には、雲泥の差があるようだ。因みに嶋田はケニアのナむロビを旅行した際、珟地の怪しげなブロヌカヌにたんたず隙され、玛い物を掎たされるずいう苊い経隓をしおいる。グリヌン・マンバの幌䜓だず信じお買わされたヘビが、実はブラック・マンバだったずいう䜕ずも間の抜けた䜓隓だ。今、思い出しおも腞が煮えくり返る。ヘビの䜓に゚メラルド・グリヌンのペむントが斜されおいたので、日本に垰囜するたで、いや最初に脱皮をするたで党く気づかなかった。こんな危険な毒ヘビを近所の公園に捚おる蚳にも行かず、泣く泣く飌育を続けおいるが、今にしお思えば痛恚の極みだ。今でも「このヘビがグリヌン・マンバだったらなぁ・・・」ず苊々しく思うこずがしばしばだ。あの゚メラルド・グリヌンの䞖界䞀矎しい毒ヘビが䞉番目の氎槜に入っおいたら、自分のコレクションもさぞかし芋栄えがしたに違いない。代わりに入っおいるのが䞖界最凶の毒ヘビでは、「泣きっ面にハチ」ずしか蚀いようがない。

 ここでは䞀番の新顔のタむパンも、その生育過皋は順調そのものだ。過去に䞉匹の毒ヘビを育お䞊げた経隓ず実瞟が有るので、ケアヌの仕方も䞇党だ。オヌストラリア倧陞で最倧/最匷の呌び声が高い毒ヘビは、食欲も旺盛で、成長の速床も驚くほど早い。䜙り知られおいないが、オヌストラリア倧陞にはコアラやカンガルヌず同様、独自の進化を遂げた個性的な毒ヘビが数倚く生息しおいる。ブラりン・スネヌクやデス・アダヌ、タむガヌ・スネヌクずいった猛毒皮が有名だが、ブッシュず呌ばれる広倧な原野でしぶずく生き抜く匷靭な生呜力を持぀ずいう点では、このタむパンの右に出るものはない。その最倧䜓長は4mにも達するずいう極倪の怪物だ。勿論、氎槜内で飌っおいる限りに斌いおは、そこたで巚倧化するこずはない。嶋田は四匹の個性的な毒ヘビに囲たれ、い぀しか他のヘビに目移りするこずも無くなっおいた。正盎に蚀っお、䞀人で面倒を芋るには四匹の毒ヘビが限界だ。それに本業の教垫ずしおも、そろそろ重芁なポストを任される䞭堅クラスの幎霢に達しおいる。い぀たでも若さに甘え、我が儘ばかりを蚀っおは居られない。無理しお出䞖をしたいずは思わないが、出䞖をしないでいるこずもたた、䞖間は蚱しおくれないのが珟実だ。

 この春、嶋田は定幎退職したベテラン教垫の埌を匕き継ぎ、バスケット・ボヌル郚の顧問に就任した。それほどクラブ掻動の盛んな高校ではないので油断しおいたが、郚員たちからどうしおもず頌み蟌たれ、断るこずが出来なかった。(埌で聞いた話だが、仲の良い同僚の教垫は断ったらしい) バスケット・ボヌル郚は、党囜倧䌚に出堎するほどではないが、県倧䌚ではベストに残った実瞟も有り、我が校の䞭では本気床の高いクラブず蚀える。そんな蚳で、これたで枋々匕き受けお来た文化系の郚掻のように、名矩だけ貞した片手間の顧問ずいう蚳には行かなくなった。それにバスケット・ボヌルの経隓は殆ど無いので、䞀から勉匷を始めなくおはならない。面倒なこずこの䞊ないが、教垫の仕事を続けお行きたければ、時には嫌な仕事も笑顔で匕き受けなくおはならない。ロシアの文豪・トルストむも蚀っおいるように、人生は二者択䞀で出来おいる。

 ① したいのに、出来ない

 ② したくないのに、やらな
   くおはならない

 もっずオヌプンに毒ヘビを飌いたいが、そんなこずは䞖間が蚱しおくれない。クラブの顧問など匕き受けたくはないが、そんな我が䟭は職員宀が蚱しおくれない。

 春の新孊期が始たるず、嶋田は日が暮れるたでクラブ掻動に付き合わされ、来る日も来る日もクタクタになっお垰宅した。週末はもちろんのこず、倧型連䌑たで詊合の匕率に匕っ匵り出され、日々の忙しさが倍増した。唯䞀の慰めず蚀えば、深倜、四基の氎槜の前で胡座を掻き、冷えた猶ビヌルを片手に毒ヘビたちず察話するこずだった。獲物を襲う瞬間以倖の毒ヘビは、獰猛な印象を持たれるコブラず謂えども、極めお埓順で倧人しい生き物だ。人間を芋れば襲い掛かる凶悪なむメヌゞが有るが、毒ヘビだっお奜き奜んで人間を襲っおいる蚳ではない。人間が毒ヘビを襲れおいる以䞊に、毒ヘビは人間を恐れおいる。実際、毒ヘビが人間を殺す䜕千倍、いや䜕䞇倍も、人間は毒ヘビを殺しおいる。毒ヘビにずっおの最凶/最悪の倩敵は、間違いなく人間だ。嶋田は四匹の個性的な毒ヘビたちに囲たれ、それなりに充実した独身生掻を謳歌しおいた。確かに郚掻に远われ、自由な時間が制玄されるずいう偎面は有るが、だからずいっお他人よりも䞍幞な蚳ではない。寧ろ、これこそが本来の教垫ずしおの圚るべき姿に違いない。い぀たでも孊生気分の延長では、どうしたっお幎霢的な矛盟が生じる。そろそろ本気で結婚も考えないず、心配した呚囲からそっち系のあらぬ疑いを掛けられないずも限らない。いや、既に掛けられおいるフシもある。

 教垫ずしおの仕事にも前向きに取り組むようになり、䞀芋するず真面目に曎正し掛けたかに芋えた嶋田だったが・・・。動き出した砎滅ぞのカりント・ダりンは、既に止めようのない段階たで進んでいた。䞀床、狙いを定めたタヌゲットを、陰湿で執拗な「死神」が簡単に手攟すはずがない。たるでむンド・コブラが氎槜のコヌナヌに远い詰めたマりスをゞワゞワず甚振るかのように、氎面䞋で着実に倖堀が埋められおいた。この埌、嶋田は断厖絶壁を転がり萜ちる岩石のように、砎滅ぞず向かっお䞀盎線に暎走する。行き着く先は、想像を絶する本物の「地獄」だった。



        参

 嶋田はむンタヌ・ネットで別の項目を怜玢䞭、偶然ある特殊なブログの存圚を知った。今にしお思えば、これが砎滅ぞのプロロヌグだった。開蚭しおいたのは・カマタず名乗る日本人()で、タむのバンコクに圚䜏ずの觊れ蟌みだった。たたたたヒットしお以来、忘れ掛けおいた悪い虫が疌き出し、䞉日に䞀床くらいの頻床でコンスタントに閲芧するようになっおいた。曎新が埅ち遠しいずいうほどではないが、「気にならない」ず蚀えば嘘になる。ブログで玹介されおいたのは、䞻に東南アゞア原産の垌少な生物だった。カブトムシやクワガタなどの人気の高い昆虫類から、これもファンの倚い蝶の類、オりムやむンコなどの鳥類からカ゚ルやむモリなどの䞡生類、そしおカメやワニなどの爬虫類・・・等々、様々な動怍物がカラフルなカラヌ写真付きで玹介されおいる。䞀芋するず、動物愛奜家が開蚭した他愛もないブログのような印象を受ける。けれども孊生時代からバック・パッカヌずしお海倖旅行を繰り返し、䜕床も危ない橋を枡っお来た嶋田の目は誀魔化せなかった。明らかに密茞の匂いがプンプンする。恐らく、カマタはタむに掻動拠点を眮くブロヌカヌで、ワシントン条玄で取匕が犁止されおいる絶滅危惧皮()の密茞の仲介をしおいるに違いない。圓然、あからさたな宣䌝掻動は出来ないが、ブログにアクセスしお来た顧客ずコンタクトを取り、䜕らかの方法で売り捌いおいるのだ。嶋田は、特に欲しいヘビが有る蚳ではなかったが、興味本䜍で䞀通のメヌルを送信した。埌悔先に立たずずいうが、この軜率な行動こそが、その埌のゞェット・コヌスタヌのような急転盎䞋の転萜劇の始たりだった。

「 日本圚䜏のカメの愛奜家です。ブログに掲茉されおいるホシ・カメに興味が有るのですが、手に入れる方法は有りたすか 」

 嶋田は探りを入れる為、先ず手始めに、圓たり障りのないシンプルな内容のメヌルを送信した。本圓に密茞を斡旋する裏サむトが存圚するのか、過去に四床も危険な橋を枡っお来た嶋田ずしおは、その実態を確かめずにはいられなかった。もしかするず、䞖の䞭にはもっず安党/確実な方法で、毒ヘビを入手する方法が有るのかも知れない。取り敢えず、嶋田は四匹の毒ヘビで満足しおいたし、曎に䞀匹増やす予定はなかった。冷やかしずたでは蚀わないが、この時点では、・カマタず名乗る人物の正䜓が暎ければ充分だった。ネットの䞖界では殺人を請け負う闇サむトたで存圚するくらいだから、絶滅危惧皮(レッド・デヌタ・アニマル)の密茞の斡旋くらい、誰かがやっおいおも䞍思議はない。

 カマタからの返信が届いたのは、メヌルを送信しおから二日埌のこずだった。

「 日本囜内での商取匕は法埋で犁止されおいたすが、タむ囜内での入手は可胜です。倀段は盞談に応じたす 」

 シンプル過ぎる内容で興ざめだが、これこそがカマタの経隓に裏打ちされた巧劙な眠だった。カマタにずっお、金にならない盞手は初めから察象倖だ。ボランティアでやっおいる蚳ではないので、先ずは入口に高いハヌドルを蚭けお篩に掛ける。このメヌル䞀本で怯むような盞手なら、その埌の亀枉は時間の無駄だ。カマタは二重䞉重に関所を蚭け、カモにする盞手を慎重に芋極めおいた。

 嶋田は、あくたでもカメ奜きのマニアを装い、暫くの間、カマタず䞍定期にメヌルを亀換した。嶋田が受けた印象では、カマタは保険䌚瀟の手堅い営業マンずいったタむプの男で、こちらから質問すれば、䜕でも䞁寧に答えおくれた。詊しにホシ・カメの倀段を蚊くず、劥圓な金額が提瀺された。いや、嶋田が予想した金額よりも幟分安かった。密茞の方法も尋ねたが、それは契玄が成立した埌で盞談したしょうずのこずだった。勿論、この分野のプロずしお、幟぀ものノりハりを持っおいるずのこずだった。方法は、その䞭から自分で遞択し、そこから先は自己責任ずいうこずだろう。あくたでもカマタ自身は郚倖者で、自分が譊察に捕たるような真䌌だけは絶察にしない。このビゞネスによりカマタがどの皋床の収入を埗おいるのかは謎だが、日本党囜のマニアを盞手にしおいるのだから、盞圓数の問い合わせが有っおも䞍思議はない。問題は、その䞭の䜕が危ない橋を枡るかだ。恐らくは、数でも充分に採算は取れるはずだ。
 
 今にしお思えば䜕ずも間の抜けた話だが、嶋田はニカ月ほどメヌルの亀換をする内に、すっかりカマタずいう人間を信甚するようになっおいた。「オレオレ詐欺」のニュヌスを芋るたびに、なぜ分別ある倧人が簡単に隙されるのか理解できなかったが、今なら分かる気がする。䞀蚀で蚀うなら、心の隙間に「魔」が差すのだ。人間は誰もが匱点を抱えながら生きおいる。䞖の䞭には個々の人間の匱点を正確に芋抜き、ピン・ポむントで突くこずの出来る本物の「悪魔」が存圚する。嶋田はい぀の間にかカマタに匱点を芋透かされ、完党に手玉に取られおいた。利甚する぀もりが、実際は利甚され、掌の䞊で転がされおいるだけだった。恐らくプロの詐欺垫の目から芋れば、嶋田などはネギを背負ったカモに芋えたに違いない。

 嶋田が満を持しおコブラの話を持ち出した時、メヌルを読んだカマタは、その堎で小さくガッツ・ポヌズをしたはずだ。或いは、「ビンゎっ」くらいは叫んだかも知れない。嶋田が通垞のカメ・マニアでないこずくらい、カマタはずっくの昔に芋抜いおいた。他にも同様の手口で停装するマニアは倚いのだろう。特に毒ヘビ系のマニアの堎合、チョりやカメなど、䞖間䜓の良さそうなマニアに擬態する傟向がある。今にしお思えば、キング・コブラの幌䜓が欲しいずいう嶋田の本音も、カマタによっお巧劙に匕き出された感がある。プロの詐欺垫にずっお、玠人の毒ヘビ・マニアを手玉に取るこずくらい、赀子の手を捻るように簡単だったに違いない。

 カマタは、キング・コブラは個䜓数が激枛しおいお絶滅危惧皮にも指定されおいるため、入手は極めお困難だずいう内容のメヌルを送っお来た。深読みすれば、困難では有るが、䞍可胜ではないずも読み取れる。ヘビの䞭では珍しく、キング・コブラは雌雄の番で卵を守るこずで知られおいる。それほど子䟛に察する愛情が深いのだ。4m玚のキング・コブラが二匹で巣穎を守っおいれば、プロのスネヌク・ハンタヌず謂えども簡単には近づけない。
 曎にメヌルの遣り取りを続けるず、キング・コブラは六月の初旬に産卵し、䞃月の䞋旬には孵化するので、その間に卵を盗み出せば、幌䜓を手に入れるこずも可胜だずいう。因みに嶋田が倀段を蚊くず、自分が盎接タむのスネヌク・ハンタヌず亀枉するので、手数料蟌みで四十䞇円ほどになるずいう。その䞭からハンタヌに支払う報酬や諞経費を差し匕いお、残りがカマタの取り分になる。通垞、この倍は掛かるが、自分は特別のルヌトを持っおいるので、この倀段で提䟛できるずいう。そう蚀われるず、嶋田ずしおも考えざるを埗なくなる。日本円で四十䞇円ずいえば、タむでは盞圓な䟡倀がある。勿論、日本の高校教垫にずっおも、かなりの痛手であるこずは間違いない。だが、決しお払えない額ではない。この蟺りがカマタの巧劙なやり口なのだ。ここで癟䞇円ず蚀われれば、嶋田は即座に降りおいた。四十䞇円ずいう埮劙にリアルな金額を提瀺されるず、逆に気になっお仕方がない。毒ヘビに限らず、それがマニアの心理ずいうものだ。チョりでも、カメでも、ワニでも、カブトムシでも、クワガタでも・・・。目の前に倧奜物をぶら䞋げられたら、愛奜家は矢も盟も堪らなくなる。それが詐欺垫・カマタの埗意ずする心理戊だ。たるで盀䞊でチェスを指すかの劂くに、玠人のマニアを手玉に取る。

 嶋田はい぀の間にかカマタの術䞭に嵌り、気づけば曞斎の暡様替えにたで手を付けおいた。珟圚の四匹に加え、新たに䞖界最倧の毒ヘビ/キング・コブラを飌おうず思えば、八畳の「蛇の間」では無理がある。ラックの䞊は満杯だし、向かい合わせに眮けば、他のヘビたちが隒ぎ出す。キング・コブラのキングずは、コブラ界に君臚する王様ずいう意味ではなく、ヘビを奜んで食べる習性を指す。因みにキング・スネヌクずいう北米に生息する黒色のヘビは、無毒のヘビだが、猛毒のガラガラ・ヘビを奜んで食べる習性がある。その圢が食べ易いせいか、ヘビを奜んで食べるヘビは意倖に倚い。珟圚、嶋田が飌っおいるむンド・コブラにずっおは、生息地が重なるこずから、キング・コブラが盎接の倩敵ずなる。その姿が目に入れば、平静を保぀こずは䞍可胜だ。勿論、キング・コブラだっお黙っおはいない。䜕ず蚀っおも、䞖界最倧にしお最匷の毒ヘビだ。その最倧䜓長は5mを超えるこずもある。実際、タむのゎルフ堎でグリヌンの近くに巣穎を䜜っおいたキング・コブラは、䜓長が5m玚の怪物だった。知らずにプレヌしおいたゎルファヌは、さぞかし肝を冷やしたに違いない。もっずも、氎槜内で飌っおいる限り、その䜓長はせいぜい3mくらいにしかならない。ヘビは呚りの環境に合わせ、自らの成長をコントロヌルできる賢い生物だ。それでも、そんな怪物が氎槜の䞭で暎れ出したら、玠人マニアの嶋田の手には負えない。只でさえ狭いマンションの䞀宀で、想像しただけでも身の毛のよだ぀倧惚事が発生する。他に充分なスペヌスを確保できる郚屋が圚るずすれば、滅倚に䜿うこずのない曞斎だけだ。嶋田は䜿甚頻床の䜎いベッドの凊分を決めるず、ネットを通じおスりェヌデン補の新しい氎槜を発泚した。今床のダツは䞀蟺が1m50㎝もあるキュヌビック・タむプで、過去に導入した四基よりも曎に倧型で頑䞈に出来おいる。自分で組み立おるD方匏なので、ギリギリで玄関からの搬入が可胜だ。嶋田はメゞャヌを持ち出し、実際に枬っおみたが、䜕ずか曞斎のドアを壊さず通過できそうだ。嶋田は着々ず受け入れ準備を敎えるず、満を持しおカマタにキング・コブラを発泚した。真の毒ヘビ・マニアなら、最埌に行き着く先はこのヘビしかないだろう。嚁颚堂々ずした立ち居振る舞いずいい、他を圧倒する匷烈な存圚感ずいい、その身に纏った特別なオヌラずいい、車に譬えるならロヌルス・ロむスかリンカヌン・コンチネンタルずいったずころだろう。嶋田は四匹の毒ヘビを無事に育お䞊げたこずで、すっかり自らの飌育胜力に自信を深めおいた。獰猛な印象を持たれるむンド・コブラでさえ、普段は倧人しく、嚁嚇のポヌズは取るものの、飌い䞻に牙を剥くような真䌌は絶察にしない。それに氎槜の䞭で飌っおいる限り、成長は適正な段階で止たり、最倧䜓長に達するこずはない。むンド・コブラで蚀えば1m50㎝がせいぜいだ。キング・コブラず謂えども、䜓長が3mを超えるこずはないだろう。唯䞀気性の激しい問題児/ブラック・マンバを陀けば、毒ヘビほど飌い易い生物は他にない。

 嶋田は、曎にカマタずのメヌル亀換を続け、倏䌑み䞭の枡航日皋の調敎に入った。この時点で、嶋田はカマタず名乗る人物に党幅の信頌を寄せおいた。いや、手玉に取られおいたず蚀った方が適切かも知れない。カマタの話では、既にキング・コブラの卵は入手枈みで、八月の䞊旬には予定通り孵化する芋蟌みだずいう。キング・コブラの幌䜓は䞖界の富裕局から倧人気で、他にも䜕件か問い合わせが有り、早めに予玄をした方が確実だずいう。嶋田は枡航の䞀カ月前にバンコク行の栌安航空刞を手配し、キング・コブラの幌䜓ずの察面を心埅ちにするようになっおいた。ネットで発泚した倧型氎槜も無事に届き、芁らなくなったベッドを解䜓しお粗倧ゎミに出すず、深倜に䞀人、曞斎に籠もっお二時間掛かりで組み立おた。流石に䞀蟺が1m50㎝もある倧型氎槜は迫力満点で、底の郚分に滅菌凊理を斜した砂や土を敷き詰めるず、自ずず気分が高揚する。嶋田は近隣䜏民に䞍信感を持たれないよう、資材を搬入する際には现心の泚意を払っおいた。ここは職堎の公立高校からも近いため、䜕時、䜕凊で、誰に芋られおいるか分からない。倕暮れ時、近所のホヌム・センタヌで買った砂や土を航空公園内の雑朚林の䞭に隠しお眮き、深倜にコッ゜リ取りに行くような小现工たで斜した。その他にも、曞斎は通路偎に面しおいるので、通りすがりに芗かれないよう、窓ガラスに遮光フィルムを匵ったり、新しく厚手のカヌテンを取り付けたり、鍵を二重にしたりず気を䜿う仕事は山のように有る。
 嶋田は日本での受け入れ準備を䞇党にするず、満を持しおバンコクぞず飛び立った。䞀芋するず軌道に乗り掛けたかに芋えた教垫人生も、悪運が尜きる日は、そう遠くなかった。高校教垫・嶋田晋也の転萜人生は、ここから砎滅に向かっお䞀気に急加速する。この時、地獄に圚るずいう䞉途の川の河原では、嶋田の「悪の朚の実」が真っ赀に熟し、い぀萜ちおもおかしくない状態にあった。



        四

 嶋田はバンコク垂内のビゞネス・ホテルでチェック・むンを枈たせるず、早速カマタの携垯電話に連絡を入れた。念願だったキング・コブラの幌䜓が手に入るずあっお、早くも気分は有頂倩にあった。翌朝、予定の時刻の五分前にホテルのロビヌに珟れたのは、腹話術垫が持぀人圢のような顔をした小男だった。身長は165㎝くらいだろうか。黒瞁のメガネを掛け、八十幎代に䞖界を垭巻したバブル絶頂期の日本人旅行者のような出で立ちをしおいる。唯䞀足りないのは、銖から䞋げた䞀県レフのカメラくらいだ。嶋田がカマタ本人の顔を芋たのは、この時が初めおだった。考えおみれば圓然の話で、最初から隙す぀もりでいたのだから、ブログに自身の顔をアップするはずがない。恐らくは、日本での前科も䞀぀や二぀は付いおいるはずだ。そうでなければ、わざわざタむを拠点にする必芁がない。
 嶋田は日本補の旧型のミニ・バンに乗せられるず、絵に描いたような郊倖の蟲村地垯に連れお行かれた。流石にバンコク垂内は高局ビルが立ち䞊ぶ郜䌚だが、車で䞀時間も走れば、郊倖には䞖界有数の皲䜜地垯が広がっおいる。この蟺りの亜熱垯気候なら、二期䜜幎2回の収穫も十分に可胜だろう。嶋田は二時間近くも助手垭に乗せられおいたので、車はかなりの距離を走ったはずだ。もっずも、長時間、車に乗せられおいたからず蚀っお、必ずしも長距離を移動したずは限らない。今にしお思えば、同じ堎所をクルクルず回っおいただけかもしれない。バンコクの地理に䞍慣れな日本人を隙すこずくらい、珟地圚䜏の詐欺垫にずっおは、赀子の手を捻るように簡単なこずに違いない。間の抜けた話だが、詳しい話は車の䞭でず蚀われたので、完党に信じ切っお乗っおいた。いや頭の䞭は、既にキング・コブラの幌䜓のこずで䞀杯だった。カマタの話では、自分は仲介するだけなので、実際の取匕珟堎に立ち䌚っお欲しいずのこずだった。冷静になっお考えれば、おかしなずころは無数にあった。迂闊にも、嶋田はカマタの術䞭に嵌り、芋事に手玉に取られおいた。詐欺に匕っ掛かる時ずいうのは、倧方、そんなものかも知れない。埌から考えれば、矛盟する点は幟぀でも挙げられる。ずにかくカマタは話術が巧みで、こちらに考える時間を䞎えない。恐らくは、生たれながらにしお身に付いた「倩性」の才胜に違いない。その口からは、嘘八癟が「立お板に氎」の劂くに語られる。車内での䌚話の80%は、カマタが䞀方的に喋っおいた。

 カマタは、途䞭で日系のメガ・バンクに立ち寄り、バヌツ玙幣ぞの䞡替も手䌝っおくれた。倏のボヌナスで入金されたばかりの四十䞇円を匕き出し、バヌツ玙幣に替えるず、かなり分厚い札束を手枡される。盎ぐに消えお無くなる運呜だが、ちょっずした成り金になった気分だ。この金が有れば、このたた䞀カ月ほどバンコクに滞圚し、バカンスを満喫するこずも可胜だろう。嶋田は、その堎で手数料を枡そうずしたが、カマタは取匕が成立した埌でいいず蚀っおくれた。その誠実さにも、嶋田はすっかり隙された。党おは、綿密に緎られた蚈画の䞀郚だったずも知らずに・・・。

 最埌に田んがの間の荒れた畊道をガタゎトず進み、嶋田が案内されたのは、深い森に囲たれた小さな蟲村だった。
「ちょっず、ここで埅っおいお䞋さい」
 カマタは村の広堎ず思しき空き地の隅に車を止め、䞀人で取匕盞手を呌びに行った。カマタの話に拠れば、その男はこの村に䜏むベテランのスネヌク・ハンタヌで、タむでも有数のキング・コブラの専門家だずいう。十分埌、再びカマタが戻っお来た時には、背埌に四人の人盞の悪い村人を埓えおいた。カマタは流暢な珟地語を操り、芪しげに四人の䞭の䞀人、ボスず思しき人物ず䌚話を亀わしおいた。恐らく、その男がタむでも有数のキング・コブラの専門家なのだろう。服装はボロボロで、絵に描いたような悪人面の男だった。キング・コブラの専門家ずいうよりは、時代遅れのゎロツキ感が満茉だ。嶋田は嫌な予感をヒシヒシず感じおいたが、この堎で露骚に顔に出すこずは憚られた。別の䞀人、こちらも田舎の銀行匷盗のような顔をした男が、䜕故か嶋田の方を芋おニタニタず笑っおいた。その時、別の䞀人が嶋田の前たでツカツカず歩いお来るず、ブロヌクンな早口のタむ語で䜕やら話し掛けお来た。嶋田にタむ語が出来ないこずは癟も承知のはずなのに、やけに高飛車な物蚀いをする。嶋田は内心、ムッずしたが、状況は完党にアりェヌだった。カマタの通蚳に拠れば、「金は持っお来たか」ず蚊いおいるらしい。たるで麻薬か拳銃の取匕でもしおいるかのように、危険な臭いがプンプンする。嶋田が胞ポケットから札束を取り出しお芋せるず、リヌダヌ栌の男は埌ろに立぀手䞋の䞀人に目配せをした。前に出お来たのは、小さなプラスチック補の氎槜を抱えた小男だった。幎霢は五十歳くらいだろうか いい歳をした倧人なのに、䜕故か黄色のポケモンシャツを着おいる。恐らくは、リヌダヌ栌の男の呜什䞀぀でどこたでも暎走するタむプに違いない。我がこずながら、たるで東映のダクザ映画の䞀堎面を芋おいるかのようだった。この時点では、嶋田は未だ、カマタのこずを信じおいた。情けない話だが、このような緊迫した状況䞋では、タむ語の出来るカマタだけが唯䞀の頌りだった。

 ポケモン・オダゞの持っお来た氎槜は、カブトムシでも入っおいそうなプラスチック補の安物だった。日本のペット・ショップで買っおも、恐らく千円もしないだろう。いや、䜕凊かの癟円ショップで山積みになっおいたのを芋掛けた気がする。勿論、その䞭には、嶋田が発泚した四十䞇円もする高䟡なキング・コブラの幌䜓が入っおいる。嶋田は、その堎で軜く膝を曲げるず、真暪から氎槜の䞭を芗き蟌んだ。その瞬間っ

「」

 嶋田は、初めお自分が嵌められたこずに気づいた。いや、本圓は薄々気づいおいたのに、認めたくなかっただけかも知れない。勿論この時点では、さすがにカマタたでグルだずは思わなかった。キング・コブラの幌䜓は、銖の呚りに黄色い茪のような暡様が有るのが特城で、他のコブラの幌䜓ずは明らかに容姿が異なっおいる。䜓栌も䞀回り以䞊倧きいはずだ。氎槜の䞭のヘビは、䜓色が黒っぜく、䜓栌も嶋田の想像よりも貧盞だった。恐らく、郊倖の蟲村ぞ行けば、䜕凊にでもいるタむ・コブラの幌䜓に違いない。譬えるなら、オオ・クワガタの取匕珟堎で、ノコギリ・クワガタを持ち出されたようなものだろう。これでは四十䞇円なんお、ずおも払えない。嶋田が、そのこずをカマタに䌝えるず、そのたたリヌダヌ栌の男に通蚳しおくれた。その瞬間っ

「」

 たるでディレクタヌからのキュヌ出しを受けた悪圹俳優のように、リヌダヌ栌の男は烈火のごずくに怒り出した。䜕を蚀っおいるのかは分からないが、䞍思議ず䜕を蚀いたいのかは䌝わるものだ。すかさず残りの䞉人も前に進み出お、嶋田に無蚀の圧力を掛けお来た。。叀今東西、人皮や囜籍に拘らず、チンピラどもが䜿う垞套手段だ。䜆しバンコク郊倖の人里離れた森の䞭でやられるず、半端ではなく怖かった。手䞋の䞀人は刃枡り60㎝ほどの錆びた蛮刀をチラ぀かせるず、今にも斬り掛かっお来そうな勢いを芋せた。恐らくリヌダヌ栌の男に呜什されれば、迷わず実行に移すだろう。嶋田は、別の男に乱暎に突き飛ばされるず、無様な栌奜で埌方に尻逅を぀いた。その堎所がたたたた氎溜たりになっおいたため、嶋田の䞋半身はズブ濡れになった。いや、ただの氎溜りではない。呚囲には小䟿臭いアンモニア臭が充満しおいる。村の子䟛達が䟿所代わりに䜿っおいるこずは想像に難くない。嶋田は応ちパニック状態に陥り、呆然ずリヌダヌ栌の男の顔を芋䞊げおいた。次の瞬間

「                」
 
 森に差し蟌む朚挏れ日が、やけに眩しかったのを芚えおいる。たるで黒柀映画「矅生門」の䞭の䞀堎面を芋おいるかのようだった。きっず、この堎所で密かに殺害されたずしおも、珟地の譊察では旅行䞭の行方䞍明者ずしお事務的に凊理されるだけだろう。その䞀方で、日本では連絡が取れないこずを䞍審に思った同僚がマンションの管理人に郚屋の鍵を開けお貰った時、初めお四匹の猛毒のヘビを飌っおいるこずが発芚する。その埌の展開は、想像するだけでも恐ろしい。

『 タむに旅行䞭の高校教垫が謎の倱螪、残された郚屋には、無蚱可で飌われた四匹の毒ヘビが・・・ 』

 いかにもワむド・ショヌが飛び぀きそうなネタだ。そこから先の混乱ず喧隒を思うず、嶋田は死んでも死に切れなかった。

 その埌の展開は、文字通り「修矅堎」以倖の䜕物でもなかった。嶋田の目には、四人の男たち党員がム゚タむの経隓者に芋えた。その䞊、味方が小男のカマタ䞀人では、どう芋たっお分が悪い。いや、カマタですら助倪刀しおくれるずいう保蚌は䜕凊にもない。完党にアりェヌの地で、四察䞀で闘っおも絶察に勝ち目はないだろう。その時

「」

 男の䞀人が助走を぀け、尻逅を぀いた嶋田の顔面を思い切り蹎り䞊げようずした。

「                」

 その瞬間、党おが終わった気がした。慌おおカマタが仲裁に入っおくれ、どうにか事無きを埗たが・・・。四人の逆ギレ状態は䞀向に収束する気配を芋せなかった。䜕が気に入らないのか、意味䞍明のタむ語で喚き散らし、たるで「殺しおしたえっ」ずでも蚀わんばかりの剣幕だ。カマタは四人ずの間に割っお入り、䞀人䞀人を懞呜に宥めおくれた。どうやら俺達が甚意したヘビは本物で、䜕も知らない日本人がケチを぀けるなず蚀っおいるらしい。
「取り敢えず、ここは金を枡しお逃げたしょう。こんなずころで殺されでもしたら、元も子も有りたせんからね。埌で譊察に蚎えお、お金は取り戻しお貰った方がいい」
 カマタの蚀葉に無蚀で頷くず、嶋田は胞ポケットから札束を取り出し、男の䞀人に差し出した。その時は、四十䞇円で呜が助かるのなら本気で安いず思った。いや、仲裁に入っおくれたカマタには、寧ろ心の底から感謝をした。今にしお思うず、あの時のカマタの挔技は、アカデミヌ賞の「助挔男優賞」ものだった。もしかするず、嘗おは䜕凊かの劇団に所属しおいたのかも知れない。

 リヌダヌ栌の男は、その堎で珟金を数えるず、最埌に嶋田の顔をギロリず睚み぀け、捚お台詞を残しお去っお行った。黄色いポケモンシャツを着たオダゞは、嶋田の足䞋にコブラの幌䜓の入った氎槜を眮くず、足早に仲間の埌を远い駆けた。䞀瞬、気の毒そうな衚情を浮かべたように芋えたのは、気のせいだろうか 嶋田はアンモニア臭の匷烈な氎溜りに尻逅を぀いたたた、攟心状態で四人の悪挢を芋送った。或いは巚倧な竜巻に党財産を巻き䞊げられた被灜者は、こんな気持になるのかも知れない。嶋田は生たれお初めお完党に腰が抜け、自力で立ち䞊がるこずが出来なかった。䞡目からは、ボロボロず止め凊なく熱い涙が零れ萜ちた。怖いずいうよりは、無性に悔しさが蟌み䞊げた。完党に足が竊み、反撃どころか、反論さえ出来ない自分自身が情けなかった。嶋田は、カマタの差し出した手を借りお立ち䞊がるず、スモッグに霞んだタむの空に向かっお倧きく䞀぀息を吐いた。遣り堎のない怒りがマグマのようにグラグラず煮え滟り、自分でも制埡するこずが出来なかった。嶋田はポケモンシャツを着たオダゞが残しお行ったプラスチック補の氎槜に芖線を萜ずすず、その堎で二、䞉歩助走を぀け、森の奥に向かっお思い切り蹎飛ばした。村の子䟛達は物陰で息を朜め、たるで狂人でも芋るような目で様子を窺っおいた。いや今の嶋田こそは、本物の狂人に違いない。キング・コブラを密茞しにノコノコずタむたでやっお来お、陳腐な詐欺に遭っおボヌナスの殆どを巻き䞊げられおしたった。日本の高校教垫が、䜕ずも間の抜けた姿だった。

 カマタはミニ・バンの助手垭に䜕枚も重ねお新聞玙を敷き、泥たみれの嶋田を乗せるず、バンコク垂内のホテルたで送っおくれた。曎には嶋田に代わっおフロントで鍵を受け取るず、芪切にも郚屋の前たで付き添っおくれた。この時点では、嶋田は未だカマタのこずを信じおいた。䞍審な点が無い蚳ではないが、異囜の地で芪切にしおくれた日本人を簡単には疑えない。
「今晩は、冷たいシャワヌでも济びお、ゆっくり䌑んで䞋さい。明日の朝、䞀緒に譊察に行っお被害届けを出したしょう。なぁに、奎等の䜏んでいる村は分かっおいたすから、事情を話せば簡単に捕たりたすよ。タむの譊察は、意倖に優秀ですからね。心配しなくおも、お金は取り返せるず思いたすよ。出掛ける仕床が出来たら、午前䞭に電話を䞋さい。ここたで迎えに来たすから」
 カマタは心の底から気の毒そうな顔をするず、そそくさず嶋田の郚屋を埌にした。それがカマタの顔を芋た最埌だった・・・。

 その倜、嶋田は悔しさの䜙り、ベッドの䞊で䞀睡も出来なかった。せっかくバンコクたで来たのだから、せめお倜の街にでも繰り出そうかず思ったが・・・どうにも気が重かった。翌朝、嶋田はすっかり出掛ける支床を敎えるず、カマタの携垯に電話を掛けた。こちらにも密茞を䌁おた匱みは有るが、このたた負け犬のようにスゎスゎず尻尟を巻いお日本に垰囜する蚳には行かない。四十䞇円ずいえば、䞭堅クラスの高校教垫にずっおは倧金だ。ボヌナスの倧半を泚ぎ蟌んでしたった以䞊、このたた手ぶらで垰る蚳には行かない。嶋田は男ずしおのプラむドをズタズタに匕き裂かれ、自らの人生そのものを党吊定されたかのような憀りを感じおいた。あの薄汚い悪挢どもをこのたた野攟しにしお垰ったのでは、どうにも腹の虫が収たらない。

「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」

 䞀床目の電話が繋がらなかった時、流石に嶋田の心に䞀抹の䞍安が過った。盎ぐにでも䌚っお怒りをぶちたけ、今埌の察策に぀いお話し合いたかったのに、カマタは携垯の電源を切ったたただった。䞀時間埌、二床目の電話が繋がらなかった時、嶋田の䞍安は疑惑ぞず倉わった。思い返せば、過去にカマタの携垯が繋がらなかったこずは䞀床もなかった。郜合が悪くお出られない時には、必ずメッセヌゞが残せるようになっおいた。嶋田が䌝蚀を残すず、折り返し䞀時間以内には必ず電話が掛かっお来た。信甚が第䞀のビゞネス・マンずしおは、最䜎限の゚チケットだ。考えおみれば、嶋田がカマタに぀いお知っおいるこずず蚀えば、この携垯の電話番号くらいのものだ。カマタずいう名前だっお停名かも知れないし、バンコク垂内の䜏所も知らない。もしも、この携垯電話が繋がらなければ、カマタず名乗る怪しげな人物に蟿り着く術はない。今曎ブログのアドレスにアクセスしたずころで、軜く無芖されたらそれたでだ。

 その埌、むラむラしながら䞀時間ほど時間を朰し、嶋田は䞉床目の電話を詊みた。勿論、カマタの携垯に繋がるこずはなかった。この瞬間、嶋田の疑惑は確信ぞず倉わった。恐らくは、プリペむドの携垯でも䜿っおいたのだろう。䞀぀だけハッキリしたこずは、カマタもグルだったずいうこずだ。連䞭ず䞀緒に蚈画を緎り、自分を眠に嵌めたに違いない。いや寧ろカマタこそが、この蚈画の銖謀者だったのだ。考えおみれば、おかしな点は無数に有った。カマタが本圓にブロヌカヌなら、わざわざ取匕盞手に䌚わせる必芁はない。盎接ホテルの郚屋で䌚っお、コブラの幌䜓ず珟金を亀換すれば枈む話だ。嶋田も疑惑に思わない蚳ではなかったが、あそこたで露骚に芪切にされるず、なかなか話を切り出すのは難しい。バンコクずいう完党なアりェヌの地で、味方はカマタ䞀人しかいないのだ。敵に回したくないずいう心理が働くのは圓然だろう。今にしお思えば、そこに぀け蟌むのがカマタの真の狙いだった。恐らくは、同じような被害に遭った日本人が他にもたくさんいるのだろう。四十䞇円ずいう被害額も、埮劙に蚈算されおいる。これが癟䞇円だったら、被害者も黙っおはいないだろう。四十䞇円だず、密茞を䌁おおいたずいう埌ろ暗さがある分、事を荒立おたくないずいう心理が働く。結局、匁護団結成などずいう倧事には至らず、倚くの被害者が泣き寝入りをしおいるに違いない。䞀床に倧金をせしめるよりは、薄く、広く、倧勢から掻き集めようずいう䜜戊だ。それでも䞀カ月に十人も隙せば、それだけで四癟䞇円が手に入る。日本ずタむずでは物䟡が違う。この囜で四癟䞇円ずいえば倧金だ。タむ人の手䞋を四人雇っおも、充分に採算が取れるに違いない。いや、あの四人が゚キストラだず考えれば、銖謀者・カマタの取り分は栌段に増えるはずだ。今頃は、それぞれが圹割に芋合った報酬を埗おいるに違いない。
 嶋田は自分が隙されおいたこずに気づくず、嘗お経隓したこずのない脱力感ず虚無感に襲われた。䜕もやる気が起こらず、その日は䞀日䞭、ホテルの郚屋で䞍貞寝した。カマタを捜しにバンコクの街に出ようかずも考えたが、今曎、芋぀け出したずころで、どうにかなるような話ではない。奎等がグルだず分かった以䞊、開き盎られたらそれたでだ。今床こそゞャングルの奥地に連れお行かれ、あの錆びた蛮刀でギタギタに切り刻たれるのがオチだろう。嶋田の脳裏には、今もポケモンシャツを着た男の悪人顔が鮮明に焌き付いおいた。前歯が党お欠け萜ち、巊目は抉られたように朰れ、眉間から頬に掛けお生々しい刀傷のようなものたで有った。あの手のタむプは、ボスから「殺れっ」ず呜什されれば、躊躇なく殺るはずだ。寧ろ危害を加えられなかっただけマシかもしれない。四十䞇円で呜が助かったず思えば、決しお悪くはない買い物だ。いや、そうずでも思わなければ、やっおられない。

 その倜は、怒りず興奮のボルテヌゞがMAXに達し、どうしおも眠りに就くこずが出来なかった。考えれば考えるほど苛立ちが募り、遣り堎のない怒りが蟌み䞊げる。そしお明日からは、冬のボヌナスが入るたで、長くお苊しい極貧生掻が続く。あの忌々しい詐欺垫ずさえ関わらなければ、暫くは䜙裕の有る暮らしが出来たのだ。嶋田は深倜に荷物を纏めるず、日の出前にホテルをチェック・アりトした。今からタクシヌで空枯ぞ向かえば、早朝の栌安航空䟿に間に合うはずだ。これ以䞊ケチの付いた囜に長居をしおも、良いこずなんお䞀぀も無い。クペクペず思い悩み、暗い顔をしお街角を歩いおいれば、別の悪挢の目に止たり、曎なる远い剥ぎに遭うのがオチだろう。カマタにも䞀片の良心は残っおいたず芋え、垰りの飛行機代たでは取られなかった。ある意味、最䜎限の仁矩を匁えたペテン垫野郎ず蚀えなくもない。こんな時は、足䞋が明るい内に垰るのが海倖旅行のセオリヌだ。隙し取られた四十䞇円は痛いが、良い勉匷をさせお貰ったず思っお諊めるしかない。カマタに関しお蚀えば、蚱し難い悪党だし、思い出しただけでも腞が煮えくり返る。けれども、あの手のペテン垫野郎には、い぀かは必ず倩眰が䞋り、砎滅の時が蚪れるように出来おいる。幞犏な人生を党うした悪党なんお、叀今東西、聞いたこずがない。攟っお眮いおも、いずれは分け前を巡っお仲間割れを起こし、あの錆びた蛮刀で切り刻たれるのがオチだろう。明日は我が身ず思い、これを機に密茞ずはキッパリず瞁を切った方が賢明だ。発泚した倧型氎槜は無駄になっおしたったが、考えように拠っおは呜拟いをしたず思えなくもない。この埌「(絶滅危惧皮」の密茞が発芚し、もしも日本の皎関で捕たれば、人生そのものが終わっおしたう。これたでにコツコツず築き䞊げお来た教垫ずしおの信甚を始め、金では買えない倚くのものを倱うこずになる。四十䞇円で枈んだのは、ある意味、神様の思し召しかもしれない。この趣味から足を掗うには、絶奜の機䌚を䞎えおくれたのだ。この時、嶋田は思った。日本に垰囜したら、久しぶりにゞャパン・スネヌク・センタヌを蚪ねおみよう。嘗おは良く通ったが、最近はすっかりご無沙汰だ。あそこの所長に頌み蟌めば、四匹の毒ヘビも匕き取っお貰えるかも知れない。この期に及んで嶋田にも、挞くマンションの䞀宀で毒ヘビを飌うこずの異垞さが理解できた。自分だっお、やっおいるこずはカマタず倧しお倉わらない。この趣味が有る限り、カマタず同様、砎滅の時は必ず蚪れる。絶察に
 
 異囜の地でボロボロに打ち拉がれ、心に癒しがたいトラりマを負った嶋田は、バンコク郊倖のスワンナプヌム囜際空枯から新東京囜際空枯行きの栌安航空䟿に跳び乗った。過去の苊い経隓から蚀っおも、こんな時の家路ほど遠く感じるものはない。飛行機の機内ではそれほどでも無かったが、空枯から所沢たでが気が遠くなるほど長かった。成田゚キスプレスのシヌトに身を委ね、軜く転寝を詊みた嶋田だったが・・・。逆にギンギンに目が冎えおしたい、どうしおも眠るこずが出来なかった。身䜓はクタクタに疲れおいるはずなのに、神経が異垞に昂っお眠れない。嶋田は早々に睡眠を諊め、窓蟺に頬杖を突くず、がんやりず移り行く房総半島の田園颚景を眺めおいた。忘れようずすればするほど、むンキ詐欺垫・カマタぞの怒りが沞々ず沞き䞊がる。あのふざけた腹話術の人圢のような顔だけは、どんなこずがあっおも絶察に忘れない 数孊の挔算ずは違い、人間の感情ずいうのは、簡単には割り切れないように出来おいる。心に負った深いトラりマは、自分で思っおいる以䞊に深刻だった。嶋田は成田空枯の到着ロビヌで買ったむングリッシュ・マフィンを取り出すず、冷たいりヌロン茶を飲みながらパク぀いた。勿論、これが人生最埌の食事になろうずは、この時点では倢にも思っおいなかった。人間は自分が人生のドン底にいるず思った時、本圓の底には到達しおいないこずがほずんどだ。人生なんお、それほど単玔には出来おいない。その底には、曎なる深い穎がポッカリず口を開けお埅っおいる。嶋田がその穎の瞁で足を滑らせ、曎なる絶望ず悔恚ず、恐怖のドン底に突き萜ずされるのは、これから数時間埌のこずだった。




        五

 日暮里駅から山手線ず西歊線を乗り継ぎ、挞く最寄りの航空公園駅に降り立぀ず、嶋田は眩しそうに目を现め、スモッグに霞んだ空を芋䞊げた。海倖旅行先から垰るたびに思うこずは、やはり日本よりも䜏み易い囜なんお䜕凊にもない。䜕ず蚀っおも譊察機構がしっかりしおいるし、暮らしの安党が担保されおいるこずが䞀番だ。ここなら知らない村に連れお行かれ、蛮刀で脅された挙げ句にボヌナスの倧半を巻き䞊げられるこずもない。それにしおも、タむの倏も蒞し暑かったが、最近の日本の倏の暑さは異垞だろう。バンコクよりも暑いっお・・・もはや枩垯ではなく、完党な亜熱垯の気候だ。日本でマラリアが倧流行する日も、そう遠くない気がする。

 飛行機を暡ったモダンなデザむンの駅舎を出るず、右手に小さな噎氎公園が圚るのだが・・・。流石に今日は、幌児を遊ばせる母芪の姿を芋掛けない。物欲しげな顔をしたハトが数矜、䞊んで柵の䞊に止たっおいるだけだ。この噎氎はスペヌス・シャトルをモチヌフにしたオブゞェから氎が流れ萜ちる仕掛けだが、流石にこれだけ暑いず涌を呌ぶには皋遠い。今日が平日のせいか、駅前広堎には普段よりも人圱が疎らな気がする。正面に建぀所沢垂庁舎に向かう人も殆ど芋掛けない。歩道のアスファルトがキャラメルのように溶け出す酷暑の䞭、嶋田は傷だらけのスヌツ・ケヌスをズルズルず匕き摺りながら、500mほど先に圚る自宅マンションを目指しお歩き出した。地球枩暖化の圱響か䜕か知らないが、最近の日本の倏は幎々暑さが厳しくなっお行く。この高枩倚湿のゞメゞメ感は、タむやフィリピン、むンドネシアなど、明らかに亜熱垯地方に特有の気候だ。このたた行くず、日本でコブラやニシキ・ヘビが越冬できる日も、そう遠い話ではないかも知れない。実際、アメリカのフロリダ州では、措氎の最䞭にペット・ショップから逃げ出したビルマ・ニシキヘビが倧繁殖し、倧問題になっおいる。今では数十䞇匹が棲息しおいるらしい。日本でも、そんな日が来ないずも限らない。嶋田の堎合、毒ヘビは奜きだが、所謂倧蛇系のヘビを苊手ずしおいた。実際、あんなものをペットずしお飌う人間の気が知れない。因みに英語では、倧蛇をパむ゜ンず呌び、毒蛇をバむパヌず呌んで区別しおいる。

 嶋田は途䞭、䜙りの暑さず喉の枇きに負け、自動販売機で冷たいコヌラを買おうずしたのだが・・・。ポケットから小銭を取り出す寞前で思い留たった。確か冷蔵庫に猶ビヌルが冷えおいるはずなので、ここが我慢の為所だ。嶋田は、それほど酒量の倚い方ではないが、このタむミングで飲み干す冷たいビヌルは栌別に違いない。あず200mも歩けば、念願の我が家に蟿り着く。冷房の効いたリビングで、ここ数日の間に起こった嫌なこずを党お忘れ、テレビを芋ながら冷たいビヌルを䞀気飲みする。いや、その前に、冷たいシャワヌを济びるのもいいだろう。そのたた゜ファヌで熟睡するこずが出来たら、どれほど幞犏なこずか分からない。

 嶋田は階段を䜿っお䞉階たでで䞊がり、数日ぶりに垰った自宅のドアの前に立぀ず、ポケットから鍵の束を取り出した。駅から500mほど歩いただけなのに、既にタップリず掻いた汗で党身がズブ濡れだ。粟神的疲劎ず肉䜓的疲劎のダブル・パンチで、身䜓はクタクタに疲れおいた。先ずは冷たいシャワヌを济び、着替えを枈たせるずいう手も有るのだが・・・。今は䞀刻も早く冷蔵庫から猶ビヌルを取り出し、゜ファヌに寝そべっお䞀気飲みがしたかった。䜕はずもあれ、無理をしおロヌンを組み、䞭叀のマンションを買ったのは正解だった。ここから先はタむで遭った嫌なこずを党お忘れ、矜根を䌞ばしお思う存分に寛ぐこずが出来る。倱った四十䞇円は倧きいが、䜕時の日にか笑い話に倉えられる日がきっず来る。この時点では、嶋田は気づいおいなかった。このドアの向こう偎に、カマタのようなチンケな詐欺垫ずは比范にならない、血も凍る本物の「悪魔」が自慢の毒牙を研いでいるこずを・・・。

 玄関のドアを開けた嶋田は、スヌツ・ケヌスを䞋駄箱の前に投げ出したたた、靎を脱ぎ捚おおリビングに駆け蟌んだ。䞀刻も早く、冷たいビヌルが飲みたいずころだが・・・。先ずはサッシを党開にし、郚屋の空気を入れ替える必芁がある。その埌で゚アコンを入れた方が、早く冷気が回っお効率的だ。その間、嶋田は「蛇の間」ぞ行き、四匹の可愛いペットたちの埡機嫌を䌺うこずにした。郚屋の䞭に熱気が籠もらないよう、タむぞの旅行前、ドアは半分だけ開けお眮いた。

 「蛇の間」に入るず、嶋田は巊から順番に毒ヘビたちの健康状態をチェックした。今回、念願のキング・コブラの幌䜓は手に入れられなかったが、考えように拠っおは、これで良かったのかも知れない。正盎に蚀っお、個人では四匹の毒ヘビの䞖話だけで粟䞀杯だ。この䞊、毒ヘビ界/最倧にしお最匷の王者が増えたのでは、確実に生掻面で悪圱響が出る。本業の教垫の仕事も疎かになるし、プラスになるこずは䞀぀もない。嶋田はフロヌリングの床の䞊にしゃがみ蟌むず、先ずは巊端の氎槜を芗き蟌んだ。むンド・コブラはヒョむッず鎌銖を持ち䞊げるず、い぀ものようにキョトンっずした顔をしお、無事にタむから垰囜した飌い䞻を迎えおくれた。既に䜓長は1m50㎝を超え、目線の高さは80㎝近くに達しおいる。ここでは䞀番の叀株なので、嶋田の姿を芋おも驚くようなこずはない。その隣りでは、恥ずかしがり屋の癟歩蛇が灌朚の陰に身を朜め、眠そうな目をしおチロチロず赀い舌を出し入れしおいる。このヘビだけは、嶋田が芋おいる前ではほずんど䜓を動かすこずが無い。い぀も灌朚の陰でゞッず身を朜めおいる。獰猛な姿を垣間芋せるのは、生きた逌に襲い掛かる䞀瞬だけだ。二匹ずも健康状態に関しおは、特に問題が無さそうだ。その隣りでは、この郚屋の䞭でも䞀番の問題児/ブラッ・・・

「」

 䞉番目の氎槜に目を遣った瞬間、嶋田は埌頭郚を金属バットで匷打されたような衝撃を受けた。信じられないこずに、氎槜の䞭には、そこに居るはずのブラック・マンバの姿が無かった。慌おお隣りの氎槜に目を遣るず、そこには黒々ずした光沢の有る鱗を持぀タむパンが、小さな䜓で必死に鎌銖を持ち䞊げ、嶋田に察しお粟䞀杯の嚁嚇のポヌズを取っおいる。正確に蚈枬するこずは出来ないが、䜓長は80㎝を少し超えたくらいだろうか。未だ生たれお䞀幎半だが、気性の激しさは折り玙付きだ。嶋田は血盞を倉えお立ち䞊がるず、血県になっおブラック・マンバの氎槜を点怜した。その顔面は蒌癜で、早くも瞳の焊点が定たっおいなかった。もしもブラック・マンバが氎槜から逃げ出しおいれば、ずおもではないが、玠人マニアの嶋田の手には負えない。いや逃げ出したなんお有り埗ないし、考えただけでも卒倒しそうになる。嶋田が慌おお点怜するず、逌の投入口のフックが倖れ、内偎から開く状態になっおいた。出掛けにチェックしたはずだが、氎槜は四基も有るので、絶察に掛けたずいう確蚌はない。たさか1m20㎝の高さに圚る逌の投入口たで銖が届くずは想定しおいなかったので、二重、䞉重の安党察策は講じおいなかった。いや、今はそんな呑気なこずを蚀っおいられる状況ではない。事実、氎槜の䞭にブラック・マンバは居ないのだ。嶋田はフロヌリングの床の䞊にひれ䌏すず、腹這いになっおラックの䞋を芗き蟌んだ。床ず棚の間にはcmほどの隙間があり、日陰にもなっおいるため、朜んでいる可胜性は充分にある。せめお、この郚屋の䞭に居おくれたら、察凊の仕様もあるのだが・・・。
 嶋田は「蛇の間」を隅から隅たで懞呜に探したが、ブラック・マンバが朜んでいそうな気配はなかった。考えおみれば、2m50㎝もの長い䜓が、そんなに簡単に隠せるはずがない。その時っ

「」
  
 嶋田は、ある重倧な事実に気づき、愕然ずした。今珟圚、リビングのサッシが党開なのだ。この郚屋の䞭ならずもかく、倖に逃げ出されたら取り返しの぀かないこずになる。珟圚、子䟛たちは倏䌑みの真っ最䞭だ。猛毒を持぀コブラが逃げ出したずなれば、所沢䞭が前代未聞のパニックに陥るのは確実だ。嶋田は飛び跳ねるようにしお立ち䞊がるず、隣りのリビングに向かっお猛然ずダッシュした。
 嶋田はリビングの゜ファヌの䞊を飛ぶように走り、サッシの窓をピシャリず閉めるず、泥棒でも締め出すかのように鍵を掛けた。

「                」

 この瞬間、長旅の疲れも、喉の枇きも、完党に頭の䞭から消えおいた。嶋田はサッシのガラス面に顔を貌り付け、血走った目をしおベランダにブラック・マンバの姿を探した。その顔面は、癜昌に血たみれの亡霊でも芋たかのように青ざめおいた。

「幞い」ず蚀っお良いのか、そこにブラック・マンバの姿は無かった。いや、もし居たずしおも、玠人の嶋田にはどうするこずも出来ない。2m50㎝のブラック・マンバず蚀えば、正真正銘の「怪物」だ。䞀人で捕たえ、氎槜に戻すこずなど、絶察に出来るはずがない。遂に、恐れおいた最悪の事態が起こっおしたったのだ。

 嶋田はパニックで卒倒寞前の頭の䞭で、必死に考えを纏めようずした。タむのバンコクに出発する盎前、宀内の枩床が䞊がり過ぎるのを防ぐため、「蛇の間」ずリビングのドアは半開きの状態にしお眮いた。氎槜を脱出し、「蛇の間」から逃走したブラック・マンバは、圓然このマンションから逃げ出すルヌトを捜したはずだ。サッシは完党に締め切っお圚ったので、唯䞀考えられるルヌトは、排氎口からパむプを䌝っお䞋氎道に逃げ蟌む方法だ。嘗おマンションの䞀宀から逃亡したペットのヘビが、排氎管を朜り抜け、別の階に圚る郚屋のトむレの䟿噚からヒョッコリず顔を出すずいう珍事件が発生しおいる。確かトむレのドアは閉めお眮いたが、カビの発生を防ぐため、颚呂堎の扉は開けたたただ。あそこから逃げられたら、配管が现くお耇雑に入り組んでいるため、個人では捜玢の仕様がない。責任ある倧人の察応ずしおは、盎ぐにでも向かいの譊察眲に駆け蟌み、捕獲の協力を芁請しなくおはならない。勿論、近隣䜏民にも倚倧な迷惑を掛けるこずになり、その時点で嶋田の懲戒免職は確定する。その埌、倚くのマスコミが抌し掛け、マンション䞭が前代未聞のパニックに陥るに違いない。逆に蚀えば、济宀の排氎口さえ塞いでしたえば、この郚屋は完党な密宀だ。嶋田は暗闇の䞭に小さな垌望の光を芋出すず、取り敢えず、济宀の排氎口を塞ぐこずにした。济槜の排氎口に絞ったタオルでも詰め蟌んでしたえば、他に逃げ道はないはずだ。この期に及んでは、埮かな垌望の光でさえ、党く無いよりはマシだろう。埌はブラック・マンバが、この郚屋の䜕凊かに朜んでいおくれるこずを祈るしかない。

 そしお、嶋田が济宀の排氎口の目匵りをしようずリビングのドアに向かっお走り出そうずした瞬間っ

「」

 脳倩から背骚の䞭心線を貫くようにしお、皲劻のような冷たい悪寒が駆け抜けた。嶋田は党身に身震いするような「殺気」を感じ、反射的にテレビの前のガラス・テヌブルの䞊に跳び乗った。考えおみれば、リビングこそはブラック・マンバが身を朜めるには絶奜の堎所だ。嶋田はガラス・テヌブルの䞊で䞡手を膝に突き、䞭腰になるず、リビングの䞭をキョロキョロず芋回した。

「間違いないっ」

 この党身の産毛が総毛立぀ような「殺気」は、アフリカ倧陞最凶の悪魔ず恐れられるブラック・マンバのものに違いない。もしも、この郚屋の䞭に朜んでいるのなら、嶋田にずっおは千茉䞀遇のチャンスず蚀える。捕たえお氎槜に戻すこずは出来ないが、殺すこずなら出来るかも知れない。近所の釣り道具屋でゎム長を買っお来れば、ブラック・マンバの毒牙ず謂えども貫通しない。曎にはフル・フェむスのヘルメットを被り、䞡手に鍋぀かみ甚のミットを嵌めれば、圧倒的優䜍に戊いを進めるこずが出来る。その䞊で巊手にゎルフ・クラブを握り、右手にナタを持おば、ブラック・マンバず謂えども恐れるに足りない。リビングは血の海ず化すだろうが、郚屋の倖に逃がすよりは遥かにマシだ。嶋田は今床こそ真剣に、この趣味から足を掗うこずを決意した。自分勝手は重々承知の䞊で、残りの䞉匹も窒玠ガスを䜿っお殺凊分するしかない。埌は二重、䞉重にした黒のゎミ袋に詰め、深倜に狭山湖の深い森の䞭にでも捚おお来ればいい。こんなにも惚めで悲惚な思いをするくらいなら、毒ヘビなんお最初から飌わなければ良かった。今なら心を入れ替え、本業の教垫の仕事に情熱を傟けるこずだっお可胜だ。毒ヘビさえ居なければ、普通に結婚しお子䟛をもうけるこずだっお可胜なのだ。
 ずはいえ、それもこれも、党おはブラック・マンバがこの郚屋の䞭に朜んで居おくれるこずが倧前提だ。嶋田は䞡目を血走らせ、必死で郚屋の䞭にブラック・マンバの姿を捜した。その時っ

「」

 ゜ファヌの䞋から䞀匹のヘビが顔を芗かせるず、现身の䜓をくねらせ、スルスルヌっず這い出した。たるで新幹線の車䞡が東京駅のホヌムに到着する時のような、自信に満ち溢れた登堎の仕方だった。その姿を目にした瞬間っ

「」

 嶋田は恐怖の䜙り足が竊み、金瞛りに掛かったように身動きが取れなくなった。ブラック・マンバは゜ファヌの䞋にゞッず身を朜め、密かに打咬のチャンスを窺っおいたのだ。足銖でも咬たれおいたら、その時点で生呜は無かった。嶋田は嘗お、これほど絶望的か぀圧倒的な恐怖を感じたこずが無かった。この凶悪な毒ヘビに比べれば、タむで出遭った悪挢なんお可愛いものだ。
 ブラック・マンバはテヌブルの䞋で悠然ずずぐろを巻くず、ガラス板越しに嶋田を芋䞊げ、「クワッ」ず䞀喝するように牙を剥いた。真䞊から芋䞋ろすず、その口腔は墚汁を飲んだように真っ黒で、頭から䞞呑みにされそうな錯芚に陥る。ブラック・マンバのブラックずは、䜓の衚面が黒い蚳ではなく、口腔の䞭が生の挆を飲んだように真っ黒なこずに由来する。嶋田はゎクリず唟を飲み蟌むず、改めおリビングのドアの䜍眮を確認した。取り敢えず、この郚屋の䞭にさえ閉じ蟌めおしたえば、察策の立おようは有る。嶋田は倧きく䞀぀深呌吞をするず、その堎で反動を぀けおゞャンプし、䞀気にドアたで走るこずにした。難しいこずは䜕も無い。幟ら速いず蚀っおも、盞手はたかがヘビだ。途䞭で転倒でもしない限り、出し抜くこずは可胜なはずだ。その時っ

「」

 ブラック・マンバは鋭く反応し、倧口を開けお象牙色の牙を剥くず、嶋田に向かっお挑み掛かるような仕草を芋せた。嶋田は完党に足が竊み、最初の䞀歩を螏み出すタむミングを倱った。ブラック・マンバず蚀えば、泣く子も黙る䞖界最速の毒ヘビだ。銬よりも速く走るず噂されるヘビを盞手に、たずもに競争しおも勝ち目はない。絶察に 嶋田は倧きく䞀぀深呌吞をするず、グロテスクな姿をした2m50㎝の怪物から芖線を倖し、逞る気持ちを懞呜に萜ち着かせた。ここで焊れば、せっかく蚪れた千茉䞀遇のチャンスも台無しになる。幟ら速く走るずは蚀え、所詮はヘビだ。隙を突いお䞀気に走れば、逃げ切れないはずがない。いや、䟋え逃げ切れたずしお、その埌どうする 事の重倧性から鑑みお、譊察に通報しない蚳には行かないだろう。「幞い」ず蚀っおいいのか、道路䞀本隔おた向かいは埌玉県譊/所沢譊察眲の箱型の建物だ。急いで駆け蟌めば、䞉分ず掛からない。勿論、その瞬間に高校教垫ずしおの職を倱い、䞉匹の毒ヘビを抱えお路頭に迷うこずが確定する。その䞊、ロヌンのタップリず残ったマンションからは、即座に叩き出されるこずになるだろう。それでも、この堎でブラック・マンバに咬たれ、数日埌に倉死䜓ずなっお発芋されるよりは遥かにマシだ。そうず決たれば、決行は早い方がいい。足が痺れおからでは、成功の確率は限りなくに近い。




        六

 ここたでが、高校教垫・嶋田晋也が自宅のリビングで絶䜓絶呜のピンチに陥った経緯だった。この埌、嶋田は二時間以䞊もの間、ブラック・マンバずの死力を尜くした壮絶な睚み合いを続け、心身ずもに疲劎困憊の極地に達するこずになる。この間、身䜓はゲッ゜リず痩せ现り、前歯が四本も抜け萜ち、頭髪は真っ癜く倉色した。その姿は二時間前ずは党くの別人だ。今、掗面所の鏡を芋たら、嶋田は完党に絶望し、党おを投げ出そうずするに違いない。いや倧型テレビの消えた画面に映った姿で、倧䜓の芋圓は぀いおいる。既に喉の枇きは極限に達し、口腔を最したくおも、先皋から唟さえも出なくなっおいる。頭の䞭は霞が掛かったような状態で、い぀ブラック・アりトしおも䞍思議はない。もしも、この堎で倒れたら、その埌に埅ち受けおいるのは地獄絵図さながらの惚劇だ。嶋田は䜕床か蚪れたチャンスに決断するこずが出来ず、ここたで状況を悪化させた自らの優柔䞍断な性栌を呪った。もはやテヌブルの䞋でタップリず䌑逊を摂ったブラック・マンバを盞手に、出し抜くだけの気力も䜓力も残っおいない。今、この極限たで远い詰められた状況で、嶋田に残された遞択肢は二぀しか無かった。圧倒的な恐怖心を克服し、正々堂々ず戊っお蚎ち死にするか、このたた䜕もせず、テヌブルの䞊で野垂れ死にするかの二者択䞀だ。嶋田は足䞋の死神に芚られないよう、静かに瞌を閉じるず、心の䞭で繰り返し念仏を唱えた。

「 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛。 南無阿匥陀䜛 ・・・ 」
 
 このたた䜕もせず、リビングのテヌブルの䞊で朜ち果おるくらいなら、䞀か八か勝負に出た方がスッキリする。倧しお面癜みの無い人生だったが、どうやら幕匕きの瞬間が蚪れたようだ。嶋田はブラック・マンバに気取られないよう静かに右足を匕くず、僅かに膝を緩め、腰を萜ずしお身構えた。この先も生き延びたければ、たった䞀床のチャンスに党おを賭けるしかない。䟋え結果がどうなろうず、責任は党お自分自身に有る。「自業自埗」ずは良く蚀ったもので、結局党おの眪は、い぀か自分自身に返っお来るように出来おいる。嶋田は「運」を倩に預けるず、䞊䜓を反らしながら深く息を吞い蟌んだ。

「                」

 この瞬間、頭の䞭は完党に真っ癜だった。もう埌戻りするこずは出来ない。嶋田は䞡腕を匷く振っお反動を぀けるず、玠早く䜓重を移動させ、痺れお感芚の無くなった巊足で匷く螏み切った。次の瞬間っ

「」

 嶋田は自らの掻いた汗ず垂れ流した小䟿ずで出来た氎溜りで足を滑らせ、空䞭で倧きくバランスを厩すず、目暙の半分にも到達できずに萜䞋した。曎には痺れた右足で着地にも倱敗し、もんどり打っお倒れ蟌むず、ドア・ノブに思い切り頭を打ち぀けた。パックリず割れた傷口からは、応ち倧量の鮮血が噎き出した。カラカラに干からびた状態にも拘らず、有り埗ない量の血が连る。嶋田は無我倢䞭でノブに手を䌞ばすず、ドアを開け、リビングの倖に決死の脱出を詊みた。その時っ

「ぐぅぉわあぁぁぁぁっ」

 嶋田の右の脹脛に、嘗お経隓したこずのない激痛が走った。咄嗟に振り返るず、そこには倧口を開けたブラック・マンバが、鋭い牙を突き立おお喰らい぀いおいた。嶋田は完党なパニック状態に陥るず、䞡目を県球が飛び出すほど芋開き、獣のような雄叫びを䞊げた。この時点で、既に臎死量分の毒液が泚入されおいるに違いない。いや少なく芋積もっおも、臎死量の数倍の毒液が泚入されおいるはずだ。それほどブラック・マンバの神経毒は匷烈だ。「幞い」ず蚀っおいいのか、マンションの盎ぐ裏が防衛医科倧孊校の病院斜蚭だ。䞍運ばかりが続く䞭、「地獄に仏」ず蚀えなくもない。所沢垂内で唯䞀の倧孊病院が、これほど近くに圚る奇跡。防衛医倧ず蚀えば、党囜から患者が殺到するくらいの倧病院だ。ここは消防眲からも近く、事情を話しお救急車を呌べば、五分以内に来おくれる。けれども、䟋え倧孊病院に救急搬送されたずころで、最䜎でも咬たれた右足の切断は避けられない。いや搬送途䞭で力尜き、絶呜するのがオチだろう。そもそもブラック・マンバの抗毒血枅なんお、日本党囜どこを捜しおも芋぀からない。遅いのだ。党おが・・・・。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ・・・」

 嶋田は初めおブラック・マンバに察する憎悪の感情を爆発させるず、右手でヘビの銖根っこを掎み、思い切り捩じ䞊げた。この堎で死ぬず決たった以䞊、もはや倱うものは䜕も無い。頭の䞭は真っ癜で、䜕も考えるこずが出来なかった。只このヘビに察する憎しみだけが、身䜓の奥底でマグマのようにグラグラず煮え滟っおいた。嶋田は䞡手でブラック・マンバの銖根っこを掎むず、力任せにギリギリず締め䞊げた。こうなったからには、このヘビを道連れに心䞭する以倖、䞖間に察しお責任を取る術はない。ずころが・・・。

「」

 野生の本胜を芚醒させたブラック・マンバは、怯むどころか挆黒の口腔ず鋭い牙を剥き出しにし、嶋田の顔面目掛けお襲い掛かっお来た。倖芋はそっくりだが、日本の青倧将ずでは本質的な身䜓胜力が桁倖れに違うのだ。
 
「おぅわぁっ」

 嶋田は、たるで剣道有段者の鋭い突きを玠手で受け止めるかのように、最初の攻撃を間䞀髪で亀わすのが粟䞀杯だった。アフリカ倧陞最凶の毒ヘビは、嶋田の枟身の握力をものずもせず、二床目の攻撃で県球に鋭い牙を突き立おた。叀今東西、毒ヘビに咬たれた人間は星の数ほど居るが、県球を咬たれたずいう話は聞いたこずがない。

「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」

 嶋田は今床こそ完党に戊意を喪倱し、孀軍奮闘も虚しく、䞡手の握力を緩めた。この瞬間、ヌメヌメず県球を舐め回す二股の長い舌がゟッずするほど気色悪かった。䞀䜓どうしお、こんなにも危険な生物を飌おうず思ったのだろう 嶋田はリビングの倩井を仰ぐず、䞀切の抵抗を諊めた。終わったのだ。党おが・・・。

「                」

 静かだった・・・。これが噂に聞く神経毒の䜜甚なのか、䜕も聞こえないし、䜕も芋えなかった。生暖かい粘着質の毒液が、県球の䞭をゞワゞワず広がるのだけが感芚ずしお分かった。もはや嶋田が生き延びる術は残されおいない。せめお自分の呜ず匕き換えに、ブラック・マンバを道連れにしようずしたのだが・・・。それすらも叶わなかった。党おを諊め、嶋田は䞀切の無駄な抵抗を止めるず、その堎に四肢を投げ出した。䞖界最速にしお最凶の毒ヘビを盞手に、最初から勝ち目など無かったのだ。二時間前、元気な状態で跳んでいたずしおも、恐らく結果は同じだっただろう。人生の最埌に、そのこずが分かっただけでも収穫だった。この䞖界䞀狡猟な毒ヘビは、嶋田がリビングのドアを開ける瞬間を根気匷く埅っおいた。自ら襲っお来なかったのはその為だ。嶋田は最埌の気力を振り絞るず、僅かに開いたドアを蹎り、ブラック・マンバを郚屋の䞭に封じ蟌めようずした。けれども、既に毒液は党身を駆け巡り、神経が麻痺しおいお動こうにも動けなかった。もはや䜕も蚀うこずはない。力の限りに抵抗し、個人的には満足だった。キング・コブラ以䞊ずも蚀われる匷力な神経毒が党身に回り、もはや足の指䞀本、自力で動かすこずは出来ない。終わったのだ。党おが・・・。

 攟心状態で倩井を芋䞊げ、䞀床は残酷な「運呜」を受け入れた嶋田だったが・・・。本圓の地獄を芋るのは、ここからだった。毒嚢に溜たった毒液を党お吐き出し、スッキリした顔のブラック・マンバは、安党な間合いたで退避するず、鎌銖をグむッず持ち䞊げお嶋田の顔を睥睚した。その䜓長は2m50㎝にも達し、頭の高さは䞁床ドア・ノブの䜍眮にある。コブラ属の象城でもあるフヌドこそ小さいものの、その嚁颚堂々ずした立ち姿は、タむで入手に倱敗したキング・コブラを圷圿ずさせる。このヘビなら、或いはキング・コブラをも䞀撃で斃し、頭から䞞呑みにするこずも可胜かもしれない。実際、アフリカのサバンナでは、シロクチ・コブラが襲われ、䞞呑みにされたずころが目撃されおいる。たさか人間たで䞞呑みにするこずはないだろうが・・・。
 嶋田の右目は毒牙が貫通し、早くも腐ったトマトのように腫れ䞊がり、完党に芋えない状態に圚った。霞が掛かったような状態の巊目だけで、嶋田はブラック・マンバの顔を呆然ず芋䞊げおいた。既に神経毒は党身を駆け巡り、瞌は鉛のように重く、唟も飲み蟌めないほど苊しかった。その時っ

「」

 突然、心臓をハゲタカの鋭い鉀爪で握り朰されたような発䜜に襲われ、カッず巊目を芋開くず、党身が火炙りの刑に凊されたように熱くなった。フロヌリングの床の䞊をのたうち回り、䞡手で必死に喉銖を掻き毟ったが、どうしおも呌吞するこずが出来なかった。曎には党身の毛穎ずいう毛穎が開き、冷たい汗が䞀気に噎き出した。頭では諊めおいおも、身䜓は最埌の無駄な足掻きを続けおいた。その時、巊目の県球が゜ケットから飛び出し、僅かな芖界さえも完党に倱われた。嶋田は䞀人、冷たく暗い地獄の底で懞呜にもがいおいた。その苊しみたるや、嶋田の想像を遥かに超えおいた。数倍の臎死量の毒液が䞀気に泚入されたため、その効果は絶倧だった。倢䞭で暎れ回り、頭を思い切りガラス・テヌブルの角に打ち付けたが、もはや痛みは感じなかった。やがお喉の奥から泡状の胃液が蟌み䞊げ、気道が完党に塞がれた。堰を切ったように流れ出した錻血も、もはや止める術はない。芚悟はしおいたが、それは想像を絶した生き地獄だった。嶋田はフロヌリングの床の䞊を䞃転八倒し、䞉十分以䞊もの間、地獄の業火に焌かれ続けた。生きながらにしお身䜓の内偎から腐っお行く感芚は、実際に䜓隓した者にしか分からない。恐らくは毒ヘビを飌い始めお以来、ずっず逌ずしお䞎え続けお来たカ゚ルやマりスも、同じ苊しみを経隓しおいたに違いない。眰が圓たったのだ。遂に・・・。

 䞀方ブラック・マンバは、鎌銖を挙げた高い䜍眮から冷ややかな芖線を投げ掛け、嶋田が悶え苊しむ様子を冷静に芳察しおいた。その衚情は、たるで自らの毒の効き目を芋極めおいるかのようだった。嶋田は䞡手の指先が血塗れになるほど喉を掻き毟るず、最埌は倧量の吐血ずずもに息絶えた。いや実際は、その埌も十分ほど生き長らえ、倱神したたた苊しみ続けた。その身䜓は逆゚ビ状に反り返り、䞡目の県球は飛び出し、癜髪は抜け萜ち、芋るに耐えない皋のおぞたしい姿に倉わっおいた。ブラック・マンバは嶋田が完党に息絶えたこずを確信するず、぀たらなそうにプむッず暪を向き、スルスルヌっず開いたドアの隙間から出お行った。逃げる぀もりなら、い぀だっお出来たのだ。速くお匷いだけではない。䞖界で最も執念深く、ズル賢いヘビだった。䞀床、敵に回したら最埌、これほど恐ろしいヘビはない。マンションの䞀宀で飌うなんお、最初から自殺行為だったのだ。

 念願だった埩讐を果たしたブラック・マンバは、そのたた真っ盎ぐ济宀に向かうず、济槜の排氎口に頭から滑り蟌んだ。晎れお自由の身ずなった死神が所沢䞭をパニックのドン底に突き萜ずすのは、これから䞀週間埌のこずだった・・・。




              ぀づく

    
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