お前が居ないと生きていけないって言えばよかった

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お前が居ないと生きていけないって言えばよかった

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俺の人生はある意味では最悪で、ある意味では最高なものだった。

小さい頃からこの国では珍しく、ストリートチルドレンのような生活を送っていた。
夜でも母親の住むボロアパートに入れて貰えない日も多々あった。
だが中学生になった頃、俺が周りと違うと気づいたのは、タワマンに住む女に飼われた時。

大した努力もしていない、愛想を振りまいた覚えもない、だが手元には遊んでも有り余る金、家、服、食事。
最初こそ感謝をしたのかもしれないが、高校生になり俺を称える女の母数は増えていき、これが当たり前なのだと思うようになった。

俺を照らすライト、これも嫌いではないが好きでもない。

「そらくん、さっきのリハ…凄く…かっこよかったよ!凄いね!」

「……大樹」

何もかもが当たり前。
俺がアイドルとして大成したのも、この男が側にいるのも。

たっぷりと満たされた砂糖水の中から俺を這い上げたのはこの男だ。

砂糖水の中でその甘さを、もう感じる事もなく肥えていく俺を。

毎日、毎日…それこそどの女よりも必死に…俺が入り浸るヤク中ばかりのBARに来ては、俺を連れ出し……アイドルをやってみないかと声を張り上げた。

アイドル事務所に事務として入社し、俺と一緒に夢を叶えたい…なんてアホみたいな事を言っていたのに、今じゃ俺という売れっ子アイドルのマネージャーだ。

「大樹(たいじゅ)、今日俺ん家来い」

そう言うと、大樹は表情を曇らせるが…今から撮影を控えた俺の機嫌を損ないたくないようで、わかった…と返事を返す。

大樹は、パッとしないスーツに似合いもしないネクタイを身に付けては、いつもパタパタと走り回っている。
ある種、俺がこうしてアイドルなんかやっているのは大樹の為なのだ。

こいつがそれを望んだから…そして、今日の撮影もこの間の新曲も…こいつがお願いするのなら、やってやらない事もないだけ。

だから、大樹が俺の為に生きるのだって当たり前だ。友人と遊ぶ?知った事か。冠婚葬祭?俺より大事なのか?

俺が大樹の為に生きていて、大樹が俺の埋まらない何かを満たす為に生きる…これが俺の当たり前。


大樹なんて、俺にだけ全部与えられて媚びへつらえばいい。俺のマネージャーになれた事を喜んで、俺にだけその意識を向けるべきだ。

あのBARから救い上げたこいつの為に俺はアイドルになった。デカイ夢を叶えるとか、クソみたいな夢に手を貸してやったのだから。

マネージャーだから、というしょうもない理由が邪魔をするのか、大樹は俺に抱かれる度に罪悪感に顔を歪めるのは気に入らないが。





「っ、はぁ…えろ」

そらくんは、僕が部屋に入るなりスーツの形が崩れるのも気にせずに袖を思い切り引っ張った。

スーツだって安くない、そらくんのように年間億稼ぐようなアイドルとは違うのだから…大事に着ているのに。

確かに、女の子と遊ぶのは止めてくれと言ったのは僕だ。誤魔化しきれるような過去じゃなかったから、そらくんはアウトローなセクシー路線で売っているが……流石に現在の遊びは許容出来ない。

『そらくん…女の子と遊ぶのは…絶対にダメだよ、せめて…彼女として発表するならまだしも…毎回違う子なんて……』

『なら大樹がやれよ、性欲処理』


そう言われたのはもう数年前か…。

そらくんは…非常に手のかかるアイドルだ。
僕にはほとんどプライベートなんか無くて、お盆に実家に帰ると言えば…なら次のライブはやらないとか、僕が友人と遊ぶなら事務所を変えるとか…ずっとずっと振り回されてきた。

でも、ここまで来たのだから…そらくんには頑張って欲しいのだ。


そこまで大きくないこの事務所で、僕の手掛けたアイドルを大成させたいという野心を持った僕が見つけたのがそらくん。

冷たい目で、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくないような店の隅で酒を煽る。
もちろんその時は未成年だったし…アイドル云々の前に彼が心配だったから。

毎日毎日そらくんを迎えに行っては僕の家で料理を振舞い、まだ十六歳だった彼を寝かし付ける。何が起因するのか…パニックを起こせば抱き締め、ミルクを温めると落ち着くまで側にいた。

僕自身も大切な子だと思っていたが、今ではどうだ。こうして身体を性欲処理に使われ、明らかに用事など無いのに呼び付けられ、僕のプライベートはめちゃくちゃ。

とめどなく口から嬌声が漏れ出て、そらくんからうわ言みたいに可愛いという言葉を振り掛けられる…こんな人生じゃなかった。

後ろのアナだって感じなかったし、こんな情けなく射精を乞う男でもなかった。僕はヘテロなのに、今では女性を抱く事は無理だろう。

「っ、おねが、お願い…そらくん、いかせ…」

そらくんは僕にいつも意地悪をする。
執拗に責め気持ちいい所ばかりをじっくりと舐め、触れるのにこうしてイかせてはくれない。

ただ処理に使われるだけなら僕も許容範囲なのだが、この拷問のような弄びが耐えられない。

「っはぁ、大樹ぐずぐず……ほんと、仕方ねぇやつ。お前何も出来ないんだからさ、俺がいないと射精も出来ない……」

そんな事ない、一人だって後ろを触れば自分でも射精出来るし、そらくんが居なくても…十分に生きられる。

「おねが、もう……やだ、これぇ、そらくん、そらく、」

「俺の名前呼んだら助けてくれるって?そういう学習だけはするんだよな、仕事は出来ないのに。俺が大樹の為にアイドルやってやんなきゃ男娼でもやらねぇと生きていけなかったんじゃねえの?」

違う。

「俺が居ないと、会社にも居られない…俺が歌わなきゃ金も貰えない……お前の人生俺のじゃん」

違う。

ずちゃずちゃと音を立て、そらくんの性器が僕の前立腺をゴリゴリ削り…コックリングで締め付けられた性器が痛くて射精の事ばかりが頭を占める。

僕はそらくんを救いたかっただけなんだ。
そんな綺麗事を言うから、こんな目に遭っているのかな、大きな夢の為に…二人で頑張りたかったのに。

現実は、あっさり決まったメジャーデビュー…その一年後には、これまた簡単に決まった万単位の動員数のコンサートだったのだが。

「はは…身体中マーキングだらけ、どう見ても俺のじゃん。ほら、言って大樹……アレ」

嫌だ、言いたくない。
唇も真っ赤に腫れ上がるくらいに吸われ、身体中噛まれ、その事をそらくんに蔑まれ、恥ずかしくて気持ちよくて頭の中がぐちゃぐちゃになる。

僕は一人でも生きていける、こんなはずじゃなかった。おしりの穴にちんこを突っ込まれて女の子みたいに喘いで、十個も下の何も敵わない男の子に見下され……言うはずがない。

言うはずがない。

「……~~ぁう、ぁあ、あ…あ、そらく、ぼくは、そらくんが居ないと、いけていけな、ぁ、僕は、なにもでき、ない、からっ…そらくんの為にぁ、あ、生きてます、からぁ……」

『そらくんがいないと生きていけません』
この言葉は幾度と無く言わせられてきた。

射精を何時間も我慢させられ、断続的に快楽を与え続けられ、もう自我もプライドもめちゃくちゃにされ…最後にはおしりのナカを精液で汚される。

女の子ならきっと誰もが喜ぶこの行為を、小鳥遊宙蘭というアイドルは何故かマネージャーの僕にぶつける。

芸能人専用の風俗店ならば使用してもいいと言った時は酷かった。思い出したくないくらい……ぐちゃぐちゃになった。

僕の言葉に気を良くしたのか、そらくんの顔に笑みが差す。僕は…彼が女性とセックスしている所を見ていた事もあるが、こんな顔はしなかった。

何をしていてもそらくんは笑わない、この時以外は。

こんな関係なのに、僕はそらくんが笑ってくれた事を少しだけ…嬉しくなってしまうのだからお人好しも極まっている。


とぷりと精液を零しながらそらくんの性器を抜かれた。大体このまま一頻り抱き締め、キスの雨を降らせると一緒に眠るのだが……今日のそらくんは違った。

「大樹、今日家帰れよ」

それは願ってもない事だ。
いくらそらくんが一世を風靡するアイドルとはいえ、愛おしそうに唇を合わせるのも…ベタベタとくっついて来るのも…抵抗がないわけじゃない。

「え、あ……うん!」

「で明日……処分していい物以外は全部持ってこの家に来い。処分は業者にやらせるし、契約の解除も事務所に頼む。あそこ社宅だろ?」


帰れという一言に花が咲いたのも束の間、その言葉に…先程咲いた花の棘が、僕の心臓をギリギリと締め上げる。

「………え?」

「だから、お前なんかろくな生活してないんだろうし、この家住んでいいから」

頭が真っ白になるのを感じた。
僕がそらくんと暮らす?

確かに、社会人の中では稼いでる僕でも到底住めないようなマンション。


「……でも、そらくん人と住むの嫌だからって…女の家で暮らすより公園のベンチのがゆっくり出来るくらい…もう何年も一人暮らしだし……僕はちゃんと生活出来てるから大丈夫だよ」

口には出せない、一番の問題。
僕のプライベートはどうなるんだ。

「は、いいって…言ってんじゃん。そしたら毎日こうやってキスしてやれるし、髪の毛も洗ってやる。乾かして…俺がお前の口に食事も運んでやる。着替えも…排出も、お前が自分でちゃんと出来てんのか考えると、哀れでさ。とにかく、金の事とか何も考えなくていいし、明日荷物持って来い」

そらくんの吐いた言葉が日本語じゃないみたいに僕の頭が理解を拒む。

「……いや、だよ」

「あ?」

僕は……流石に付き合いきれない。
仕事の一環なら耐えられた事の全てがプライベートの全てになるのが怖い。
これ以上自分が自分でなくなるのが。

そらくんという人間が。

僕をどうしたいのか、どこにつれていくのか。

言うならば、やたらと親切にしてくる詐欺師の先輩にお金をポケットに入れられた時みたいな得体の知れない恐怖。

「嫌………?意味分かんねえ…俺が一緒に住むって言ってんだぞ?中学出てからはどんなに頼まれても、いくら積まれてもしなかったし、お前なんか俺がいないと何も……」

そらくんは、きっと今まで自分を好きな女性に囲まれすぎたんだ。

女性が喜ぶ事をすれば、僕が喜ぶと思っているのかもしれない。だが、そこに僕へのヘイトが混じったこの感情を正す事は不可能に思えた。

「はは…ま、いいや。大樹、いいの?明日からここ……来ないなら俺辞めちゃうよ?アイドル。冬には事務所から初めての番組出るんだろ?あんなに喜んでたじゃん、またそらくんが大舞台に立てるって……」

この子は、この引き止め方しか知らない。
優しくする方法も、溜めたストレスの解消法も、周りの人間へのヘイトの向き合い方も。


「そらくん」

「大樹……」

「今日は、一旦帰るよ」

僕がにこりと笑えば、引越しを肯定したと思ったようでそらくんがほっとしたように僕を抱き締めた。

母親の愛は貰えず、外で暮らすうちに年上の女性に何でも与えられたこの子。
多分僕がしつこく声を掛けなかったら、クスリや悪い遊びにどんどんハマっていっただろう。

だから後悔はしていない。
でも、十六歳に初めて会ったそらくん…もう五年になる頃か。

今の君に……僕は邪魔なんだという免罪符、そして……ずっと夢だったマネージャーという仕事との決別。

「じゃあね、そらくん」

振り返ると、少し寂しそうなそらくんが居た。
君の事が僕は大好きだった。

今も到底嫌いではないが、僕は少しだけ疲れてしまったんだと思う。

「大樹、明日……楽しみにしてるから」

今日に限ってそらくんは僕にそう言った。
いつも、お前なんか…が口癖なのに。

パタンと閉じるドア。
僕は、その足で退職代行に電話をすると社宅の中の荷物を全て捨てた。

本当に全て。
大きい家具は備え付けだし、そこまで荷物は多くない。給料だけは十分に貰っていた、ボーナスだけでそらくんが来る前の年収を超えるほど。

僕はATMで引き出せる限界の額を引き出すと、清掃代にとテーブルへ置く。

事務所から引き留められる事は目に見えていた。そらくんは本当に僕じゃないとダメな子だったから。

水を持っていくのだって僕じゃないと機嫌が悪くなる、僕が立ち合えない現場をドタキャンしてからは…僕はそらくんのご機嫌取りが最優先の仕事になって……移動するだけの車だって僕がいないとダメだった。

そらくんも、確かに僕が大好きだったと思う。
僕も、そらくんがどんどん有名になるのが嬉しくて…楽しい事もたくさんあった。

置き手紙にぽたりと涙が落ちるが、僕はもう決めたのだから。

そらくんには…僕が居なくても輝けるアイドルとして、さらに大成して欲しい。



僕はそうして…着の身着のまま、携帯も解約し、社会人としては最低だが僕は即日仕事を辞めたわけだ。

退職代行を頼み、欠勤の連絡は入れたとは言え次の日からそらくんの仕事がどうなるかなんて考えずに飛んだんだ。

退職代行にはうんざりするくらい、事務所から僕を出せという連絡が来たらしい。


そんな僕の足が向いたのは沖縄だった。

そらくんのマネージャーになってからの五年、旅行なんて一度も出来てなかったし、高校生の時来てからずっと憧れの場所だったから。

そらくんは、怒っただろうか、憤っただろうか。

もしかしたら、次の日の仕事はいかなかったかもしれない。そのそらくんを社長はうまく説得して…代わりにわがままを聴けるマネージャーを置いたのか……何もかもから解放されてもやはり考えしまう。

一週間程はホテルを取って、海を見て過ごしていた。現地の人は、明らかに訳ありの僕にフレンドリーかつ、どこか一線を引いた距離で見守ってくれている。

釣りをしたり、ボートに乗ってみたり…観光気分の遊びも、長期滞在ならではの遊びも、僕にはどれも新鮮。

もう秋なのに暖かい気候、優しい人達、僕にわがままを言うそらくんもいない、慌ただしいスケジュールも、仕事もない。

毎日をただのんびりと過ごした。


だが、誰も僕を邪魔しに来ない……こんな素晴らしい生活にも飽きは来る。

やる事が無くて退屈……人とは何ともわがままだ。あんなに最高だった何も無い生活は、僕に苦になっていた。

それは、沖縄での生活がひと月程の頃。
とうとう寝るのも飽きて、外に出る気概もない僕は…テレビのスイッチが目に入る。

そういえば、今日は前に撮影したバラエティーの放送日だ。

珍しく慌てるそらくんの画が撮れて楽しかった…と思い出すとふと、手が動いた。

久々に聞くピッという電子音、ニュースキャスターのナレーション。

『小鳥遊 宙蘭 電撃休業』

冬の歌番組やオファーは全てキャンセル、いきなりの休業を告げる文字たち。

どの番組に変えてもこの話で持ち切りだった。

休業とは謳っているが、事務所がそう世間に出しただけで、本人は引退を表明したのではないかと告げるアナウンサーの声。

僕は……あの時引っ越してこいと言われた日みたいに、脳みそが停止した。

だけど、僕が僕に問いかける。

あの時、そらくんは僕が引っ越さないならアイドル辞めるって言ってたじゃん。
それを脅しとしか捉えずに、全部放置して逃げた人間に悲しむ権利はある?

アイドルのそらくんが好きだった。
かっこよくて、わざとらしく口角を上げるだけで歓声が上がる、キラキラのライトを浴びて揺れる金髪はまるでそらくんだけのものみたい。

どの角度から見ても整った顔、高潔な表情…どこを取ってもかっこいいのにワガママで…でも、僕が言えば大概の事は聞いてくれる。

僕は……その姿をテレビ越しでも見られる事を心のどこかで当たり前だと思ってたのだろう。

世界が崩れる、僕の……アイドル小鳥遊宙蘭にもう会えなくなる世界。





大樹が消えた。
俺は浮かれきっていた、一緒に住める事を。

全部を管理して本当の意味で俺がいないと生きていけなくなる未来に猛り、何度も大樹のナカに射精したのに、その事を考えながらまた一人で慰めた。

大樹が俺の家に来るまでの時間を指折り数える………だがそんな日は来なかった。

最初は無理をさせたから拗ねているだけだと思った。すぐに俺の身体と顔を思い出したら会いたくなるだろうと。

そして、その余裕は一日と持たない。


「社長、大樹と連絡が付かないんだけど」

「あ、あぁ…彼は…風邪を拗らせたようでしばらく休むと……」

俺が向かったのは事務所だ、このおっさんは風邪だとか最初抜かしたが、もちろん社宅などとっくに行っている。

「ものけのからだった、お前も分かってんだろ!」

「っひ…!っ昨日……退職代行から電話が来て…辞めると一方的に…君のスケジュールや留意点が一方的に送られてきて……っでも、必ず引き留める…だから……!」


大樹がマネージャーを辞めた?
おっさんの悲痛な声を背中に浴びながら事務所を出ると、未だに信じられず携帯を開く。

想像もしなかった、確かに俺は……大樹に俺をいつも優先させた。だけどその俺もまた…どんなに時間が無くても、あいつと過ごす時間を大事にしたのも確かだ。

マネージャーが夢だと言っていた、俺と叶える大きな夢なのだと。そう笑う……大樹に問いただしたくてもどこにもその大樹がいない。


最初は怒った。
もう許してやらないとか、今ならお仕置は軽くしてやるとか、今思うとくだらない事を考えては当てつけみたいに女を抱いて、あいつが悲しむ姿を想像して少し気を晴らす。


だが数日も経てばそんな気力も起きず、食事もろくに摂れなくなっていた。

俺は解りたくない。
俺の人生が間違いだったと。

全く教わっていない試験で0点を取ったみたいな理不尽さと、後悔と、自分の人生への絶望。

俺は全てを失くした。
どこを探してもいなかった。
どんな業者を使っても、誰に聞いても…叫んでも、泣いても。

事務所は、代わりの人間を……とかほざいていたが俺に代わりはいない。

もちろんアイドル活動なんかするつもりもない、大樹がいないのだから。

そうだ、俺は大樹がいないと生きていけない。
だから、大樹にもそうなってもらわないと怖い。

こんな日が怖かった。
そうならないようにしたらよかったじゃないか?と俺の中の俺が問う。

「……今からでも、頼むから、答えを教えてくれ……大樹、たいじゅ、たいじゅたいじゅたいじゅ、」

冷たい雫が頬を伝う。

「なんで、なんで俺を連れ出したの…あの暗いところから。お前があの日BARに来なきゃ、こんなに辛い思いしなくて済んだのに」





酒をあびる。

俺は人と住むのは嫌いだが、一人で居るのはもっと苦手だ。すとんと、初めてのアイドルの給料で買った指輪が指から落ちる。
二ヶ月程、ろくな暮らしをしていないから。

大樹が選んだんだ、そらくんに似合うって。

どれくらい食事を摂れているのか…酒が周り何も考えられてはいない。何も……何も分からない。

なぁ大樹、俺はどうしたらずっとお前の側に居れたんだ。

セックスで意地悪したのがダメだった?
お前が風俗で女抱けなんて可愛くねー気遣いするからムカついてお仕置した事が嫌だった?

もっともっとキスしたら良かったのか、そもそもそういうの好きじゃなかったのかな。

好きな奴が出来たのか。

分からない、五年も大樹と居たのに……。


死んだように酒を煽っている俺の目に入ったのは、昔入り浸っていたBARだった。

昔よりは大分客層は良くなったようだが、相変わらず暗く鬱屈で…俺にとっては思い出の場所だ。

大樹と初めて会った場所。

もちろん居るわけなどないが、その扉を開けると店員と目が合う。
けたたましい悲鳴にも似た、叫び声。

面倒な事になりそうだったので、俺は踵を返そうとするが、本当に小鳥遊宙蘭が来た!という店員の声に歩みを止めた。

「…小鳥遊宙蘭ですよね!!突然辞めちゃった!うわ~~かっけ~~~!」

やはりただのミーハーなのかと顔を歪め振り向くと、その手には手紙が握られている。

「なんか地味な男にさ、小鳥遊宙蘭がもし来たら渡してってひと月くらい前に言われてさ!小鳥遊宙蘭がこんなBAR来るわけないじゃんって言ったんだけど、もし来たらでいいって金まで握らされて……一応持ってたら本当に来た!」

その言葉を聞くと、ひったくるように手紙を奪う。そらくんへ、と柔らかい見慣れた文字。

その場に崩れ落ちると、目からはとめどなく涙が流れた。

「わ、小鳥遊宙蘭?!」

「っ、う…あの、これを……持ってきた…男のこと、何も知りませんか…っ」

何か事情があるのだと踏んだのか、おしぼりを渡すと少し憐れむようにしゃがみこむ。

「……それ、持ってきてくれた男性も悲しそうな顔してた。連絡先も名前も知らない……でも、折角書いてくれたんだから、くしゃくしゃになる前に……読んでみたら?」

その言葉にハッとし、シンプルな便箋を開いた。


『そらくんへ

いきなり居なくなってごめんね。
僕は今沖縄に来ています。
1ヶ月も経ってやっと、そらくんの休業を知りました。ごめんね、僕がいなくなってまさかアイドルを辞めるなんて思わなくて。
どうしても、いても立ってもいられなくて…筆を取りました。ちゃんとそらくんに届くか分からないけれど。
そらくんは、きっと僕を大好きでいてくれたんだよね。それが分かってたのに、そらくんに向き合う事から逃げてしまった。

初めてエッチする時に、それは…好きあった2人になったらする事だとちゃんと教えてあげればよかった。

僕の何処が好きなのか、どういう2人になりたいのか…これから僕たちがどうなるのか、ちゃんと聞けばよかったんだよね。
そらくんは、何も知らないだけだから……。

僕もね、そらくんが大好きだった。
特にアイドルだったそらくんが。

もう逃げた僕がマネージャーに戻ることはないけれど、もしまた会えるなら…ステージの上の君に会いたい。そしたら……どこに居ても見つけて欲しい。
なんてわがままな願いなんだろう。
でも、そらくんのわがままたくさん聞いたからおあいこだよね。

そらくんはそらくんで…あまりにやり方がよくなかった、僕はうまく向き合えなかったし、そらくんとうまくやれるか今でも分からない。

でも…もし、そらくんが本当に僕を大好きで居てくれるなら、また会おう、そらくんのステージで。

佐藤 大樹』


俺は何時間も、何時間も……泣き崩れた。
悲しい事があったのならと酒を勧められたが、俺は代わりにあの日みたいなホットミルクを頼む。

お酒を飲むと浮腫んじゃうから…と心配そうに笑う大樹が浮かんだのだ。

俺は、浮腫んだ顔でいるわけにはいかない。

そう必ず、大樹に会う為に……。

次は絶対に絶対に、俺から逃がさない為に。





『お次は、小鳥遊宙蘭の報道です。電撃休業から電撃の復活……そして、復帰から一年、人が変わったように芸能活動を精力的に行っていた歌手の小鳥遊宙蘭さんですが、昨夜念願の復帰ライブではアンコール終了後、いきなりステージから降り……一般男性を抱え退場したとの事です、事務所からは説明はまだなく…男性との関係や理由の憶測で…世間は……』




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