どこかで誰かが地球を救う

neochi3

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オリエンテーション

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 朝、ドアを開けたらスーツの人間が三人立っていた。三人、と認識した瞬間に目隠しをされ後ろ手にくくられ運ばれた。放り込まれた車が走り出すのを感じながら、なぜこんな目に遭ったのかを考える。
 父親も母親も多額の金を請求されることをするような人では無い。いや、人間何があるかわからない。母が腹の出た父に愛想をつかしてホストに入れ込んだとか。いや、父が見てはいけない現場を偶然に見てしまい関係者全て始末されることになったとか。そもそも自分自身のせいか。いつかちょっと見た大人な動画が実は高額な料金で、どこかに催促がきていた……とか。だがそんなことがあれば何人もの若者が急に行方をくらますことになるだろう。
 本当に心当たりが無い。恐怖のせいなのか、朝にコーヒーを飲んだのかトイレにも行きたくなってきた。だが下手な発言をすると命が危なさそうなので、膀胱に力を入れてじっと耐える。いや、よく考えると一つだけ心当たりがある。とはいえ普通に考えるとばれるはずがない。相手がストーカーでもない限り。

 恐怖と尿意の区別がいよいよつかなくなったころ、車が停まった。そのままどこかに運ばれる。外に出て少し光を感じた後、どこかに入っていく。殺されるのかなぁ。拷問されるのかなぁ。犯人は誰だとか拷問されたら嫌いな上司の名前をとりあえず出しておこうか。
 自分を抱えた人間の足が止まる。手の紐を外し、目隠しをくるくると取られる。久しぶりの電気の光に目が痛くなる。うっかり手を付いた床は毛足が長くふかふかしていた。
 「複永君だね」
 目の前には見知らぬスーツの中年。とっさに手元を見るが、銃の様なものは無い。
 「いきなり、そして強引に連れ出してすまなかった。事は一刻を争う。それに周りにあまり見られるのも避けたかったものでね。とりあえずお茶でも出すから掛けて話をしよう」
 殺されたり強制労働をさせられる訳ではなさそうだ。安心したところで、意識からそれていた欲求が再び主張を始める。
 「お茶の前に、お手洗いを貸して下さい……」
 消え入りそうな声に足は内またになっていた。

 目の前に高そうなカップが置かれる。安いコーヒーばかり飲んでいるせいか出されたコーヒーはやたら濃く、飲み込むのが困難だった。スティックシュガー入れるも解決せず試しにもう一本入れたが癖が強い水あめのようなものができた。水が欲しい。
 向かいに座る中年はずずずと砂糖も入れず半分ほど飲む。こちらも一応カップを口に持って行って不味い汁を舐めた。後頭部が軽く痺れた。
 「君に頼みたいことがある」
 「どこの臓器ですか……」
 「臓器を取るならコーヒーより水を出す方が良くないか?」
 毒とまではいかないけど、それなりに刺激物も多いじゃないかと笑う。
 「君も知っている……というよりこの件に関しては地球人全てが当事者だ。君の付けているマスクもその一つ」
 そう言われてハッとする。今、世界中で新種の感染症C-02猛威を奮っている。とにかく感染者を懸命に治療し、健康なものは感染を防ぐ為に外出時のマスク着用は服を着るくらい当たり前のことになっていた。
 「君、と言うと少し違う。訂正しよう。君たちに世界を、手始めにこの国を救って欲しい」
 そういって中年は名刺を渡す。田中という普通の苗字の上には聞いたこともない肩書がのっていた。
 「C-02対策特別執行部本部長……」
 作り直す時間が無かったのかわざとなのか、名刺のフォントがどう見ても創英角ポップ体だった。
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