上 下
5 / 5

第5話 優水の婚約者

しおりを挟む
 みなさん、こんにちは。
 私は妖精の国の女王フェアリークイーンです。
 三つの世界の一つ、妖精の国を治めています。
 三つの世界というのは、人間の国、妖精の国、そして悪魔の国があります。
 妖精の国の女王は、人間から選びます。
 まず、魔法を扱う素質のある人間の少女を候補として、妖精少女フェアリーガールを選びます。
 私は人間の国に花の妖精リリ、水の妖精ミミ、土の妖精ツツを送り出しました。
 それで三人のフェアリーガールを見つけてきてくれました。

 桃園愛花ももぞのあいか
 リリが見つけたフェアリーフラワー。友達想いで元気いっぱいの子です。

 青神優水あおがみゆみ
 ミミが見つけたフェアリーアクア。生徒会を務める真面目で賢い子です。

 原地黄唯はらちきい
 ツツが見つけたフェアリーソイル。病気の弟さんがいて、苦労している子です。

 三人ともとてもいい子です。
 三人のフェアリーガールから一人だけ妖精の王女フェアリープリンセスになれます。
 これから三人には妖精の王女になるための試練を受けてもらい、それで誰がフェアリープリンセスに相応しいか選びます。
 晴れてフェアリープリンセスになれれば、次の妖精の国の女王です。
 正直言って誰がフェアリープリンセスに選ばれても不思議ではありません。まあ、選ぶのは私なんですけどね。
 三人のこれからを期待してみてください。

 一方で、悪魔の国にも動きがありました。
 悪魔の国の方でも、悪魔の王・デビルキングの候補を人間の男子から選びます。
 アビ、デク、マル、三匹の悪魔が三人の少年を見つけてきました。

 黒原正義くろばらまさよし
 愛花達と同じ学校の生徒で生徒会長を務めています。
 とても礼儀正しく真面目な子のようです。ですが、彼はアビが見出したデビルボーイ、オニキスデビルです。

 赤坂秀人あかさかひでと
 高校生で三人の少年達の中では一番の年長者みたいです。
 そのせいか、リーダーシップを発揮していています。デクが見つけてきたデビルボーイ、スピネルデビルです。

 原地葉太はらちようた
 黄唯の弟で、身体が弱くて入院しています。
 家族に苦労をかけて心苦しく思っていて役に立ちたい健気さがあります。マルが見つけ出したデビルボーイ、エメラルドデビルです。

 三人の中で次代の悪魔の王である悪魔の王子デビルプリンスになれるのは一人だけです。デビルキングは誰を選ぶのでしょうか、気になるところです。

 さて三人のフェアリーガール、三人のデビルボーイがそれぞれ揃い、今から試練が始まります

 フェアリーガールの中から一人のフェアリープリンセスを、
 デビルボーイの中から一人のデビルプリンスを、
 選びます。

 選ばれれば願いを叶えられます。
 その願いを叶えるために彼女ら、彼らは戦うでしょう。

 私は妖精の国から見守ります。


******************


「ふあああああ」

 通学路を歩いていくうちに愛花はあくびをしました。

「今朝は早起きだったリリ」

 カバンに引っ付いたリリが言います。

「私だって、毎日いっつも遅刻寸前ダッシュしてるわけじゃないんだから」

 愛花はとっても得意気です。当たり前のことなのに。
 肛門の前まで来ると、優水と顔を合わせます。

「あら、愛花ちゃん」
「おはよう、優水ちゃん」
「今日は早起きなのね」
「リリと同じこと言ってる…… 」

 愛花にそう言われて、優水は笑います。

「だって、いつもより早いじゃない。今日は雨が降るかしらね」

 優水はわざとらしく顔を見上げる。

「こんないい天気なのに、降るわけないじゃない」
「予報だと午後から天気は崩れるって言ってたミミ」

 優水のカバンからミミが出てきて言います。

「こら、ミミ。人まで出てきちゃダメだって言ったじゃない」

 優水が諌めます。

「でも、雨が降るってことを教えてくれてありがとう」
「私が早起きすると雨ってことはこれから毎日雨だね」

 愛花は前向きに捉えています。

「……梅雨にはちょっと早いわね」

 今は四月です。


******************


「おはよう、黄唯ちゃん!」

 愛花と優水は教室に入って、しばらくして黄唯が入ってきます

「黄唯ちゃんも今日は早いわね」
「今日はなんだか早く目が覚めちゃって……黄唯ちゃんも?」
「私も今日は早起きなんだよ!!」

 凄まじく得意顔です。当たり前のことなのに。

「黄唯ちゃんまで早起きということは、今日は雨じゃなくて雪でも降ったりして」

 優水は窓の外を見てみます。

「優水ちゃん……さすがに四月に雪は降らないと思うんだけど……」

 黄唯は苦笑いします。

「え、ああ、冗談よ。本気にしないでね!」
「雪が降ったら楽しいのに」

 愛花は本気にしていたみたいですね。

「だったら、魔法で雪を降らせてみせる?」
「あ、それいいね!!」

 優水は冗談半分に言ったのを、愛花は本気で返します。
 その様子に、優水は目を丸くします。
 そして、お互いに笑い合います。


******************


キンコーンカンコーン

 そして、あっという間に放課後になりました。

「愛花さん、部活は決めた?」

 優水は愛花に訊きます。

「ううん、まだ全然決まらない」
「そうなの。それじゃ今日は……」
「黄唯ちゃんと魔法の練習するよ」

 愛花は黄唯を指して言います。

「愛花ちゃんに誘われて」

 黄唯は楽しそうに言います。

「優水ちゃんは生徒会?」
「今日は生徒会は休みなの?」
「それじゃ、一緒に魔法の練習だね」
「ええ、それで今日なんだけど……」

 優水は一息ついてから意を決して言います。

「私の家で魔法の練習、しない?」


******************


「凄い! 凄い凄い!!」
「これが優水ちゃんの家……!」

 愛花は大はしゃぎで、黄唯は圧倒されています。
 優水は洋館のような大きな家で、一般の家とはいえないほど豪華です。

「ゴーテイ! ダイゴーテイだよ!」
「愛花ちゃん、そんなに大声ださないで」

 優水は恥ずかしそうに言います。

「あ、うん、ごめん」
「さ、早く入って」

 優水は玄関の戸口を開けます。

「お邪魔します!!」

 愛花は遠慮なく入っていきます。

「……おじゃまします」

 黄唯は対称的にかなり遠慮して入ります。

「わあ、すごい!?」

 内装も外観に負けないぐらい綺羅きらびやかです。

「優水ちゃんんってすごいお金持ちなんだね!」
「え、ええ……」
「それで魔法の練習はどこでやるの?」
「普段使っていない客間よ」
「おかえりなさいませ」

 女性の使用人がやってきます。

「メイドさん!?」

 愛花と黄唯は顔を見合わせて驚きます。

「ここでメイドを勤めさせてもらっています桂木かつらぎと申します」

 桂木は礼儀正しく一礼します。

「こちらこそよろしくお願いします、桂木さん! それで下の名前はなんていうんですか?」
恵子けいこと申します」

 愛花の問いかけに、桂木は丁寧に答えます。

「それじゃ、恵子さんって呼んでいいですか?」
「恐縮です」

 それは彼女なりの「イエス」ということでしょう。

「それでは、こちらです」

 そのまま桂木は案内してくれます。

「「おおぉぉッ!?」」

 優水の言う「普段使っていない客間」に入ると、愛花と黄唯は三度みたび驚嘆の声を上げます。

「私の家より百倍豪華です」

 黄唯は言います。アパートの部屋ですからね。
 ベッドとクローゼットくらいしかない部屋でも、百倍豪華は誇張表現ではありません。

「本当に使ってないの?」

 愛花が訊きます。

「ええ」
「いつでも使えるように清掃はしています」

 桂木は当然のように答えます。
 使用人としての矜持がそうさせるのでしょうか。

「私の部屋よりキレイ……」
「それじゃ、ここで練習しましょう」
「少しくらい荒れてもちゃんとお掃除しますから」

 桂木はそう言い残して退室します。
 どうやらダンスか何かの練習をするということになっているのでしょう。
 確かにそのくらいのスペースはありますね。

「よし、それじゃさっそく練習してみよう!」

 愛花は張り切っています。

「まずは何からしようっか?」

 黄唯はツツに訊いてみます。

「まずは石を出してみるツツ」
「石?」
「石だね、フェアリーマジック!」

 愛花は勢いよく魔法の言葉を唱えます。

パラパラ

 出てきたのは石ではなく、砂利じゃりでした。

「あ、あれ?」
「それじゃ、次は私がやってみる。フェアリーマジック!」

 今度は優水が魔法の言葉を唱えます。

パシャン

 水が出てきました。
「あら……」
「優水ちゃん、すごいすごい!」
「石を出すつもりだったのに……魔法って上手くいかないものね」
「それじゃ、最後は黄唯ちゃんだね!」
「え、えぇ……フェアリーマジック」

 黄唯は控えめに魔法の言葉を唱えます。

コトン!

 石が出ました。

「あ、出た」
「黄唯ちゃん、すごい! 石出た!」

 リリとミミとツツの三匹の妖精が出てきて集まります。

「この魔法は黄唯は一歩リードツツ」
「優水は水を出すのが得意ミミ」
「愛花は、愛花は……リリリリ!!」

 リリは思いきってごまかします。

「そこはフォローいれてよ、リリ!」
「リリは正直ツツ」
「そこがリリのいいところミミ」
「確かにそうだね!」

 愛花は同意します。

「リリのことはいいから魔法の練習リリ!」
「うん、そうだね! フェアリーマジック!」

 それでもやっぱり出てくるのは小砂でした。

「「愛花ちゃん……」」

 優水と黄唯は憐れむように言います

「上手くいかないな……」
「愛花はそういう魔法をするのが向いてないリリ」
「そもそも魔法に向き不向きってあるの?」

 優水が訊きます。

「何の魔法に向いているのか人それぞれミミ」
「それじゃ私は何の魔法が向いてるの?」

「それを知るための練習リリ」
「あ、そうだった、アハハハハ!」

「私だったら、水ね。フェアリーマジック」

 優水の指から水が噴水のように出ます。

「わあ、すごい!?」
「水鉄砲みたい……!」
「水鉄砲ね……これじゃ大したことは出来ないけど」

 優水は笑ってそう言います。

「千里の道も一歩からミミ! フェアリープリンセスの道の第一歩ミミ!」
「よおし! それじゃその第一歩だよ! フェアリーマジック!!」

 愛花は元気よく魔法の言葉を唱えます。

「あれ、水が出ない……?」
「愛花は水を出す魔法を向いてないリリ」
「うーん、それじゃ何が向いているの?」
「砂、水……それじゃその次は……」

 リリは考え込みます。

「風リリ!」
「風! 風だね! フェアリーマジック!!」

ヒューン

 優水の前髪が揺れます。

「そよかぜ?」

 でも、部屋の中だから風は吹きません。ということは……

「やったー魔法の風が吹いたー!」

 愛花は飛び上がって喜びます。

「愛花は風が得意リリ!」
「風……風ね、確かにそうね」

 優水はフフッと笑います。

「愛花ちゃんは風みたい」
「え、え、えぇ? どういうこと!?」
「風みたいに落ち着きがないってこと?」

 黄唯は愛花のことをそういう風に見ていたのですね。

「それもあるけど」
「あるんだ……」

 優水も一部肯定します。

「いや~それもほどでも~」

 愛花は照れます。
 褒めてません。

「この調子で魔法をどんど使っていくリリ!」
「オッケー! フェアリーマジック!!」

ヒューン

「あ、またそよ風……」


******************


 そこから二時間ほど魔法の練習をしてみました。
 水を出したり、風を吹かせたり、砂を振らせたり、火をつけたり……火が出たときには三人ともびっくりしました。

「優水ちゃんも黄結ちゃんもどんどん上手になっていくね」
「水を出せたら次は赤い水とか青い水とか色のある水を出せるようになったわ」

 優水は指先から色々な色の水を出します。
 かき氷のシロップみたいでおいしそうと、愛花は密かに思っていました。

「上達が早いミミ!」

 ミミは嬉々として、優水に言います。

「砂から小石とか出せるようになったけど」
「成長してるツツよ」
「だったら嬉しい」

 黄結は嬉しそうに言います。

「……私の風、ちょっとは強くなったかな?」

 優水とミミ、黄結とツツをみて、愛花は自分も褒めてほしくてリリに訊きます。

「まだまだミミ」
「ああ、そっか……ねえ、どうやったら魔法、上手になる?」
「魔法が上手になるには想像力リリ」

 リリは言います。

「魔法で何がしたいか、強く想うことで魔法はできるリリ! 想像が魔法の源リリ!!」
「想像だね! 強く強く想う!!」

 愛花は気合を入れます。

「なんていうか、愛花ちゃんはすごいね」

 黄唯はぐったりしています。

「そうね、元気いっぱいね」

 優水の顔にも疲れの色が見えます。
 二時間も魔法の練習をしていたら無理もありません。愛花はちょっと元気すぎるくらいです。
 強く想うということは精神を使うということです。精神は体力にも直結しています。
 二時間の魔法の練習ならもう立派な運動といっていいでしょう。

「フェアリーマジック! って、あれ……?」

 愛花は魔法を唱えます。
 しかし、何も起きません。

「疲れてきたリリ。一休みするリリ」
「あ~そうだったの」

 愛花はその場で座り込む。

「私、疲れてたみたい」
「そんなふうに見えないけど」

 笑って言う愛花に、黄唯は正直に言います。

「うん、自分でも気づかなかった」
「そういうのが愛花ちゃんらしいっていうのね」

 優水が言います。

「今日はこのくらいにしておくリリ」
「それがいいミミ」
「三人とももうヘロヘロツツ」


******************


 そういうわけで、魔法の練習はお開きになりました。

「もうちょっとゆっくりしていっていいのに」

 優水は引き止めます。

「今日も内職もあるので……」
「黄唯ちゃん、大変だよね。私手伝おうっか?」
「え、えぇ」
「愛花ちゃんが手伝うなら、私も手伝おうかしらね」
「ふ、ふたりとも……」

 黄唯は戸惑います。

「ありがとう。でも、これはうちの問題だから」

 黄唯は控えめに断りを入れます。
 三人は屋敷の入り口へやってきます。

「ようこそ、お越しくださいました」

 出入り口の方で桂木が誰かに挨拶していました。

「お客さん?」

 愛花は一歩前に出て、どんな人が来たのか確かめようとします。

「村崎さん」

 優水はやってきた男の人の名前を言います。

「お知り合い?」

 黄唯は訊きます。

「え、ええ……」

 優水は言いよどみます。どうしてでしょうかね。

「それじゃ、友達だね!」

 愛花は言います。どうしてその理屈になるのでしょうか。
 その村崎さんと呼ばれた男性は、優水の姿を見つけるとこちらへやってきます。

「優水さん、こんにちは」

 挨拶をします。

「こんにちは、今日は何の用でしょうか?」

 優水は挨拶で返して、問います。

「用があってこの近くまでやってきて寄ったのです」

 村崎は丁寧に答えます。好青年ですね。

「それで優水さん、そちらは?」

 村崎は愛花と黄唯を指して、問います。

「この子達は……」
「優水ちゃんの友達です!」

 愛花は嬉々として自己紹介を始めます。

「へえ、友達」
桃園愛花ももぞのあいかです!」
原地黄唯はらちきいです」

 黄唯は一礼します。

黒崎秀人くろさきひでとです」
「それで秀人さんは優水ちゃんの友達なんですか?」
「いえ、婚約者ですよ」

「「こ、婚約者!?」」

 愛花と黄唯は揃って驚きの声を上げます。息ピッタリです。

「あ、あまり、そういうことはおおっぴらに言わないでください」

 優水は恥ずかしがりながら、秀人を諌めます。

「ああ、すみません。友達の前だからちゃんと言っておこうと思いまして」
「何がちゃんとよ……」
「ですが、事実でしょう?」
「………………」

 優水は肯定しません。その事実は認めがたいようです。

「本当なんですか?」

 愛花は遠慮なく訊きます。

「優水さんと秀人さんが婚約って?」
「はい、そうですよ」

 秀人が答えます。

「婚約ということは結婚するってことなんですよね?」

 黄唯も興味津々に訊きます。

「学校を出てからの話ですが」
「学校を出てからって、卒業ってことですね。優水ちゃんは中ニで……あの、秀人さんはいくつなんですか?」

 愛花が訊きます。

「高校三年生です」
「それじゃ来年で卒業なんですね!」
「その後、大学がありますがね」
「黄唯ちゃん、大学って何年だっけ?」
「普通は四年だけど」
「それじゃ六年後に結婚なんですね! おめでとうございます!!」
「気が早いね、君は」

 愛花の発言に、秀人は笑います。

「………………」

 優水は顔を背けて無言になります。

「優水さん? どうかされました?」

 その様子を見て、秀人が訊きます。

「い、いえ……なんでもありません。愛花ちゃん、黄唯ちゃん、行きましょう」
「え、行くってどこに?」

 愛花は訊き返します。
 優水はこの場からはやく離れたいのに……。ちょっと煩わしいですね。

「私達、もう帰るところだったよね?」

 黄唯が言います。
 察しがいいですね。

「あ、そうだっけ?」
「玄関はこちらです」

 桂木も促します。
 三人はそのまま入り口へ行きます。

「………………」

 秀人は彼女達の様子をそのまま見つめていました。


******************


「優水ちゃんが結婚するなんてびっくりだよ!」

 外に出た愛花は優水へ言います。
 両手を広げて身体いっぱいびっくりを表現しています。

「愛花ちゃん、結婚じゃなくて婚約だよ。まだ結婚はしないよ」

 黄唯が訂正します。

「ええ、そうよ。結婚はまだ遠い先のことだから」

 優水は言い淀んでいます。
 とても話しづらそうです。

「もう結婚する話になってるなんて、優水ちゃんって凄いんだね!」
「私が凄いんじゃないわ。凄いのは青神の家よ」

 優水は屋敷を見て言います。

「そんなことないよ。優水ちゃんも凄いよ」
「そう……」

 愛花がそう言っても、優水は腑に落ちない顔をします。


******************


 翌朝、愛花はまたもや早起きして登校していました。
 もうお寝坊さんとはいえませんね。感心です。

「でもちょっと早くですぎちゃったかな」

 そのあたりは転校したてなのでまだわかっていないようですね。
 そんな愛花の目の前で車が止まります。見るからに高そうな黒塗りの車です。
 そこから見たことのある人が降りてきました。

「秀人さん?」

 昨日会った村崎秀人でした。

「確か桃園愛花さんでしたか」
「はい、愛花です!」

 愛花は元気よく答えます。
 秀人はそれをみて、フフッと思わず笑みを浮かべます。

「少し話がしたいので、乗っていただけますか?」
「え? でも、私学校ですよ?」
「本当に少しだけですから大丈夫ですよ」
「大丈夫? 大丈夫っていうんなら」

 愛花は素直に車に乗ります。

「フカフカで気持ちいいですね!」
「そうですね」
「これ、おうちにほしいですよ」
「よければ差し上げますよ」
「本当ですか!?」
「冗談です」
「ええッ!?」
「フフ、楽しい人ですね」

 秀人は笑みを浮かべます。
 車は走り出します。

「ところで話というのは優水さんのことです」
「優水ちゃん!」
「愛花さんは優水さんのご友人ですよね?」
「うん! 優水ちゃんとは友達です!」
「優水ちゃん、ですか……」

 秀人は、愛花が優水をそういう風に呼んでいることに関心を寄せます。

「優水さんは学校ではどういう感じなのですか?」
「学校? 優水ちゃんが?」
「是非聞きたいんです」
「優水ちゃんは凄いんですよ! すごく頭が良くて、昨日数学であてられてパッと答えちゃって!」
「へえ、それはすごいですね」
「他にはね、教科書を忘れた人にみせてあげて、すごく優しいんだよ!」
「それは優しいですね。なるほどなるほど」
「あ、学校に着いたよ」

 車が止まります。

「どうもありがとうございます!」

 愛花は車を降ります。

「いえいえ、こちらこそ。またお話を聞かせてください」
「はい! いつでも!」

 車が出ます。
 愛花は手を振って見送ります。

「愛花ちゃん? どうしたの?」

 優水は怪訝そうな顔つきをして問いかける。

「優水ちゃん、おはよう!」
「村崎さんの車から降りてきたみたいだけど」
「乗せてもらったんだよ! 話がしたいって言われて」

 愛花は正直に答えます。
 この子、隠し事とか絶対にできないし、しないタイプですね。

「話って何を?」
「優水ちゃんのこと!」

 優水はそう答えられて困惑します。

「どうして?」


******************


「おはよう」

 教室に入ってきた黄唯が愛花と優水に挨拶をします。

「あ、おはよう! 今日は早いね!」

 愛花は挨拶を返します。

「今日は早起きできてね。愛花ちゃんもそうなの?」
「うん、そうなんだよ。優水ちゃんが早いのはいつものことだけど」
「え、えぇ」
「優水ちゃん、何か考えごと?」

 黄唯は優水が難しい顔をしていることに気づきました。

「え、ああ、なんでもないわ」
「私が秀人さんに優水ちゃんのことを話したのがまずかった?」

 愛花なりに気遣っています。

「そんなことないわ。ただあの人がどうして私のことを愛花ちゃんに聞いたのか気になって」
「それは婚約者だから知りたかったからじゃないの」
「そういうものなのかしら……?」
「私、よくわからない」

 黄唯は素直に言います。

「でも、私だったら優水ちゃんのことをもっと知りたいから、友達に聞いてどうやったら仲良くなれるか考えるね!」
「愛花ちゃんだったらそうするわね。でも、あの人だったら……」

 そうするだろうか、と優水は疑問に思います。よくわかりませんでした。


******************


 ここは近々取り壊しが決まっているビルの中です。
 外装は既に剥がされて、文字通りもぬけの殻になっています。

「ここならちょうどいいですね」

 村崎秀人はそこに立ち入ります。
 人がいないので魔法の特訓にはもってこいです。

『あ、あまり、そういうことはおおっぴらに言わないでください』

 昨日会った優水の姿を思い出します。

「僕はあなたの婚約者にふさわしくないのでしょうか?」

 一人、廃屋のビルで寂しく疑問を投げかけます。
 答えてくれる人は誰もいません。

「ふさわしくなればいいだけのことですがね。そう決めたんです」

 秀人は一人決意を打ち明けます。

「いい覚悟ビビ。その想いがあればかならずデビルプリンスになれるビビ」
「デビルマジック!」

 秀人は黒い光を発して、変身します。

「紫の悪魔・スピネルデビル!」

 フォーマルスーツに身を包んだ紳士が現れます。

「さてそれでは試してみましょうか、デビルマジック」

 置かれた鉄骨に向けて魔法が放たれます。

「鉄の悪魔デビーメタル、デデ!」

 デクは新しく誕生した悪魔に名付けます。

「さあ、デビーメタル! その力を存分に奮いなさい!」


******************


キーンコーンカーンコーン

 終業の鐘が鳴ります。

「今日は黄唯ちゃんの家で魔法の特訓だよ」
「うち、狭いから大丈夫かな」
「大丈夫! 大丈夫! すごいことはしないから!」

 愛花は前向きですね。

「今日は私、生徒会の雑務があるから」

 優水は申し訳無さそうに言います。
 生徒会があるなら仕方ないですね。

「生徒会なら仕方ないよ」

 黄唯は優しく言います。

「生徒会でやることが終わったら絶対行くわ」

 優水はそう言います。
 そういうわけで愛花と黄唯は二人で下校します。
 まず黄結の弟・葉太が入院している病院にお見舞いに行きます。その後、黄唯のアパートに向かいます。

「葉太君、元気そうだったね」
「うん、このところ調子がいいみたい」
「退院できるかな?」
「それは、わからないけど……早く退院できたらいいな」

 黄結は願いを口にします。

「優水ちゃん、まだ生徒会のお仕事してるのかな?」

 愛花は学校の方を見ます。

「優水ちゃんも早く来れるといいね」
「そうだね、早くみんなで魔法の特訓をしたいね」
「リリ! リリ!」

 愛花のカバンに取りついていた妖精のリリが動き出します。

「どうしたの、リリ!」
「大変リリ! 悪魔が出てきたリリ!」
「悪魔が!? どっちに!?」
「あっちツツ!」

 ツツがカバンからジャンプして、地面に着地します。そこから走り出していきます。
 愛花と黄唯は追いかけます。
 そこは人気の無いビルの中で立ち入り禁止のテープがはられていました。
 もちろん、ツツは気にせず入っていきました。
 愛花と黄唯もためらいつつ、悪魔がそこにいるのならと入りました。

「メターメター!」

 そこに悪魔がいました。

「鉄の悪魔!」
「暴れてる……! 止めないと危ないよ!」
「よおし、黄唯ちゃん! 戦おう!」

「「フェアリーマジック!!」」

 魔法の言葉を唱えると、ブローチが光り輝き、二人を包み込みます。

「花の妖精フェアリーフラワー!」
「土の妖精フェアリーソイル!」

 二人のフェアリーガールが廃屋のビルに現れます。

「メタ―メタ―!」

 それを見つけたデビーメタルは敵と思って、突撃してきます。

「とう!」

 二人は横っ飛びしてそれをかわします。

ガシャン!

 デビーメタルはそのまま柱に衝突します。

「柱にぶつかって痛そう……」

 ソイルは心配します。

「メタ―! 」

 デビーメタルは全然元気そうです。
 どうやら痛い目にあったのは柱の方のようです。
 柱はバラバラと音を立てて崩れました。

「ひい!」

 ソイルはすくみ上がります。
 あの体当たりが当たったら、と思うと怖くなりますものね

「フラワーソード!」

 フラワーは花びらを剣に変えます。

「フラワリング・スラッシュ!!」

 一気に飛び込んで斬りかかります。

カキィィィィィン!!

 ですが、甲高い金属音が鳴っただけで剣は弾かれてしまいました。

「いったあああああああッ!!?」

 手がジンジンしびれました。
 鉄を思いっきり叩いたら痛いですよね。

「フラワー、大丈夫?」
「だ、大丈夫! でも、すっごく硬いよ!」
「剣で斬れないんだったら、どうしたら……」
「メタ―!」

 デビーメタルは体当たりしてきます。

「クレイシールド!」

 ソイルは魔法でシールドを出して防ごうとします。

バァァァァァン!!

「キャアッ!?」

 しかし、シールドごと弾き飛ばされてしまい壁に叩きつけられます。

「ソイル、大丈夫!?」
「大丈夫、だけどすごい力よ」
「メタ―!!」

 デビーメタルは得意げに叫びます。
 その戦いの様子を陰からスピネルデビルが見守っていました。

「フェアリーガールが出てきたことは予想外でしたが、私が生み出した悪魔がどれほどの力をもっているかテストするにはちょうどいいですね。あの悪魔がフェアリガールを倒すほどの力があるなら私の魔法がそれほど強いということになり、デビルプリンスに一歩近づきます」


******************


 一方その頃、もう一人のフェアリーガールである優水は生徒会の活動が思いの外早く終わったので黄結のアパートへ向かっているところでした。

「二人はもう魔法の練習を初めてるのかしらね。遅れをとらないように頑張らないと……」
「優水だったらそれくらいすぐ取り戻せるミミ」
「そうだといいけど」
「ミミ!」

 ミミはカバンから出ます。

「優水、悪魔ミミ!」
「悪魔!?」

 優水はミミが見た方へ目を向けます。

「確かに、悪魔の気配がするわね……」
「ミミ!? 優水はそこまでわかるようになったミミ!?」
「なんとなく、だけどね」
「十分凄いミミ! 悪魔はあっちミミ!」
「ええ! 近くでフェアリーガールも戦っているわ!」
「そこまでわかるミミ!?」

 成長著しいですね。
 ともかく、優水は廃ビルの方へ向かいます。

カキィィィィィン!!

 廃ビルの方では、再び金属音が鳴りました。

「あいたあああ!? かったああああい!?」

 フラワーが剣をデビーメタルに当てて、またジンジンしびれています。
 鉄は硬いので、簡単には切れないですね。

「メタ―!!」

 デビーメタルは体当たりを仕掛けてきます。

「クレイシールド!」

 ソイルがシールドを持って文字通り盾になります。

ガァァァァァァン!!

「キャアッ!?」

 ですが、盾ごと二人揃ってふっ飛ばされます。

「あいたたた」
「ソイル、大丈夫?」
「ま、まだ……大丈夫……」

 二人はフラフラになりながらも立ち上がります。
 かなりピンチですね。

「鉄の身体が固くて痛い……」

 フラワーの剣も折れかけています。

「でも、あれを斬らないと勝てないから」

 それでもフラワーの心が折れず、剣を構えます。

「フェアリーマジック!」

 そこへデビーメタルの背後から水玉が出現します。
 その水玉から水の妖精が飛び出してきます。

「水の妖精フェアリーアクア!」

 アクアはすぐさま銃を構えます。

「ウォーターブラスト!」

バシャァァァァァァン!!

「メタ―!!」

 しかし、デビーメタルはそれを弾き飛ばしてしまいます。

「弾かれた!?」
「あの悪魔は鉄だから硬くて強いんだよ!」

 フラワーが言います。

「鉄? たしかに鉄は硬いわね」
「私の剣もへなへなになっちゃって」

 愛花は文字通り枯れた花のようにしなびたフラワーソードを見せます。
 それを見て「まあ」と優水は思わず笑みをこぼします。

「アクア、笑ってる場合じゃないよ」

 ソイルは割れた盾をもって言います。

「あら、ごめんなさい。でもそれだけ鉄は硬いってことね、簡単な攻撃じゃ倒せない……それだったら、こうしましょ!」

 アクアは何かを閃いて、銃を構えます。

「レモン・シュート」

「「レモン!?」」

 アクアの銃から黄色の水が発射されました。

「メタ―!」

 ですが、デビーメタルはものともしませんでした。

「アクア、レモンなんてかけてどうするの!?」
「まあみてて」

 アクアはそのまま発射し続けます。

「メタ―メタ―!!」

 デビーメタルはいつまでも受け続けているわけではありません。
 アクアへ体当たりを仕掛けてくる。

「アクア、危ない!」

 ソイルがかばおうとシールドを盛って前に出る。

ガツゥゥゥン!!

 今度は吹き飛ばされませんでした。

「あ、あれ……?」

 ソイルは驚いて、シールドの向こうを見てみます。

「メ、メタ……!」

 そこには驚いて立ち尽くデビーメタルの姿がありました。
 そして、その身体はドロのように溶けかかっていました。

「鉄が溶けてる!?」
「ど、どうなってるの、アクア?」

 フラワーはアクアに訊きます。

「鉄は酸性の水で溶けるから、昨日水を出す魔法で色々試してレモンだったら溶けるかもしれないと思ったら狙い通りだったわ!」
「そうか! すごいねアクア!」

 フラワーに褒められて、アクアは満足気に笑います。

「さ、あとはお願いね、フラワー!」
「うん、任せて!」

 フラワーは剣を構えます。

「フラワリング・スラッシュ!!」

ザスン!!

 鉄がレモンの酸で溶けた今のデビーメタルの身体は、嘘みたいに簡単に斬れました。

「メタアアアアアッ!!」

 真っ二つにされたデビーメタルは悲鳴を上げて消滅しました。

「やったあ!」

 フラワーは飛び上がりました。

「ふう、危なかった……」

 ソイルはホッと一息つきます。

「ありがとう、ソイル。あなたがシールドでかばってくれなかったら危なかったわ」
「アクアが危ないと思ったら自然と身体が動いて……それより、アクアのおかげで勝てたわ」
「私はただ思いついたことをやっただけよ」

 アクアは謙遜する。

「でも、アクアじゃなかったら思いつかなかったよ」

 フラワーはそう言って、手を出します。

「チームワークの勝利だよ!」
「そう、そうね……!」

 フラワーにそう言われて、アクアも納得します。

パン!

 三人でハイタッチします。


******************


「まさか、私が生み出した悪魔がまたしても敗れるなんて……」

 戦いの一部始終を見ていたスピネルは悔しさで歯噛みします。

「フェアリーアクア……奴さえ出てこなければ……! フェアリーガールに勝っていたはずなのに…!」

 デビーメタルはフェアリーアクアの機転で敗けたようなものですからね。目の敵にするのも当たり前です。

「フェアリーガールを倒せばデビルプリンスになれるに違いないデデ」
「なるほど、フェアリーガールを倒すほどの強力な魔法を身につければ、自ずとデビルプリンスになる資格が得られるということですか?」
「そうデデ!」
「ですが、そうなるとフェアリーアクア、あの子を倒さなければ私の勝利は無いかもしれませんね」

 今回の敗因がアクアにあるのなら、アクアに勝てば他の二人にも勝てる。
 そう、スピネルデビルは考えました。

「スピネルデビル、あなたの願いを叶えるためにもフェアリーガールを倒すデデ」
「もちろんです。私はなんとしてでも願いを叶えるためにデビルプリンスになります。そのためにフェアリーアクア……いえ、フェアリーガールを倒します」

 スピネルデビルは決意を口にします。

「……必ず優水さんに相応しい男になります」




 そういえば一つお話しておかなければならないことがあります。
 フェアリーアクアはこのお話で魔法でレモンの酸性で悪魔デビーメタルの鉄を溶かしましたが、実際のレモンの果汁には鉄を溶かす酸性は確かに含まれていますが、いきなりドロのように溶かすほど凄いものではありません。
 もしそうだったら、人の口に入れたら口の中が大変なことになってしまいますものね。
 なので、アクアが撃ったレモンの果汁による水鉄砲は魔法で実際のレモンより強い酸性があったということです。
 そんな事情があるので、レモンの果汁を鉄にかけて鉄が溶けないからこの作品は嘘をついていた、と吹聴するのはどうかやめてください。お願いします。
 それでは次のお話でまたお会いしましょう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...