オービタルエリス

jukaito

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第2章 マーズ・マン・ハンター

第16話 初操縦

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 エリス達は家に戻って、イクミに今日あったことを伝える。

「随分進展したな、これは賞金も目の前やで」

 話し終えるとイクミは上機嫌でそう言った。

「ですが、私達はまだデイエス本人に会っていません。まだ賞金を手にできるときまったわけではありません」
「そうね……あの捜査官達に横取りされたら賞金はパアよ」
「まあ、それは心配やけど、大丈夫や。うちはエリスを信頼してるからな」
「そ、そういう恥ずかしいことは面と向かって言わないでよ」
「照れてますね、普段からそうなら可愛げもあると思うのですが」

 ミリアはまた憎まれ口を叩く。
 平常運行のため、ダイチはもう注意する気も起きない。それよりも気になることがある。

「なあ、エリス。一つ頼みがある」
「ん、なに?」
「俺とスパーをしてくれないか?」
「はあ!?」

 突然の申し出にエリスは驚かされる。

「ダイチさん、いきなり何をトチ狂ったことを!? まさか、目覚めてしまったのですか!?」

 ミリアは大げさに天を仰いで言う。

「そ、そういうことッ!? 私が殴ったせいでそういうことになるなんて!」
 エリスも申し訳ない顔をダイチに向ける。

「って、違うぞ! 断じてそういうわけじゃねえからな!」
「じゃあ、どういうわけよ?」
「いや、なんていうか……負けっぱなしじゃ悔しいからな」

 ダイチがそう言うと、ミリアは納得する。

「なるほど、男の子なんですね」
「え、どういうこと? 負けるのが悔しいってのは、私も一緒よ」
「では、エリスも男の子なんでしょ」
「んなわけあるかッ! ダイチに代わって、あんたがスパーにあがりなさい!!」
「いや、待て。それじゃ困るんだが」
「ええ、わかってるわ。むしろ、新しい義手の実験台にこっちが頼みたいぐらいなんだから」
「じゃあ、俺は実験台ということで」
「フフフ、覚悟しなさいよ」
 拳を握って笑うエリスの顔を見て、ダイチは少しばかり後悔の念がこみ上げてきた。

サクッ!

 ダイチはエリスの拳を見切ってかわす。
 右に左に飛んでくるフックをかわす。
 反撃まではできない、交わすだけで精一杯だ。
 エリスは義手の実験台ということで、蹴りは使ってこない。拳だけでエリスを攻撃してくる。対するダイチは何でもありだ。蹴りを打とうが、頭突きを打とうが構わない。とはいうものの、こうも容赦のない連打にさらされては反撃のしようがない。

ドシュゥッ!

 とうとうかわしきれずにエリスの拳に捉えられる。

「グッ!」

 思いっきり息を吐き出す。
 それとともに痛みがこみ上げてきて、たまらず片膝をつく。

「大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だ。それより、まだラウンド一だろ」

 ダイチは立ち上がる。
 この程度で負けてたまるか。
 エリスに勝ちたいわけじゃない。だけど、負けたくはない。
 何故なら、弱い自分が悔しいから。エリスに守られている自分が情けなくて許せないから。
 この先、例の賞金首と相対することになるだろう。その時になって、エリスにまた守られるのだろうか。
 そんなことは絶対にあってはならない。
 せめて、エリスと一緒に戦えるぐらい……いや、エリスが守る必要がないくらい、強くならなくては!
 その想いがダイチを突き動かしていた。



「いっつぅ……」
 風が吹くと身体が痛み出す。
「ちょっとは遠慮してくれって頼めばよかったかな」
 痛みのあまり、よろめく。
 結局あの後、ダイチは言い様に殴られ続けた。
 おかげである程度エリスの動きはわかるようになってきた。
 能力を使った場合、どこまで戦えるのかまではわからないが一歩前進といったところか。
「千里の道も一歩からっていうしな」
 ところで千里ってどのくらいの距離なのだろうか、と考えてみた。
 千里……ようするにとてつもなく長い道のりなんだろう。果てしない道のりに対してたった一歩しか進めてないのだと思うと気分が重くなった。

ガシャン!

 そこへけたたましい金属音が聞こえて、ダイチは鼓膜をやられかけた。
「くふうッ!?」
 それによって巻き上がったであろう粉塵によってダイチは砂まるけになる。
「なんだってんだよ、もう!」
 文句を言いながら、ダイチは音のした方向へ駆けていった。

「おお、すげえ!」

 その先にあった物を目にして、思わず声を漏らす。
 それは全長にして18メートルほどある機械の巨人であった。
 木星でテロリストに捕らえられた時に追ってきたのに比べて若干小振りに見えるがその分、スマートで無駄のない印象を受けるl
 ああいったものに襲われ続けたせいで手放しではあまりいい想いはしないが、じっくり見るとかっこいい気がする。
 木星で見かけたソルダという機動兵器に比べたら、小振りで小柄な印象を受けるが、その分、俊敏力に優れてそうに見える。
 それにしても、なんであんなものがこの街に来ているんだろう。
 ダイチが火星のこの街に来てから一度も目にしたことがなかった。
「けほ、けほ! 勘弁してくれ、私まで砂まみれではないか」
 咳払いしているフーラが見えた。
 顔見知りがいるということで、ダイチは即座に駆け寄った。
「フーラさん、どうしたんですか?」
「ああ、ダイチ君か。ちょうどいいところに来たね、一緒にあのバカに文句を言ってくれないか?」
「バカ? 文句?」
『すみません、フーラさん! まさかこんなに粉塵が巻き上がるなんて知らなかったんです』
「ちょっと考えればわかるだろう。ここはヘラスじゃないんだぞ。おかげでほら、ダイチ君も迷惑してクレームを出したがっている」
「え、俺?」
『ああ、君か』

 機械の巨人のヘソのあたりからハッチが開く。そこからビムトが降りてくる。

「悪かった、こいつの稼働テストで外に出てみたんだが、どうにも勝手がわからなくてな」
「そんな雑な謝り方じゃ、ダイチ君は許してくれないよ。何よりも私が許さない」

 フーラは楽しそうに言う。

「え、い、いや、いいですよ! それより稼働テストってこれのですよね?」
「ああ……今朝本庁からようやく届けられたんだ」
「デイエスを捕縛するために役立つかもしれないと思ってね、私が使用申請を出しておいたんだ」

 フーラは得意気に言うと、ビムトは少しだけ困った顔をする。

「へえ、保安ってこんなのを持ち出すんですか?」
「ああ、それだけデイエスを捕まえることに執心なんだよ、上は」

 ビムトは愚痴をこぼすようにダイチに言う。

「私達もね、賞金が欲しいし」
「だから、俺達が捕まえても賞金は出ませんよ」
「世知辛いわね……じゃ、ダイチ君達が捕まえて山分けね」
「保安としては問題発言ですよ、それ」

 ビムトが釘を刺すと、ダイチは苦笑いするしかなかった。フーラみたいな人間が保安官をやっていて火星の治安は大丈夫なのかとも思った。

「ところでこの機体って保安のものなんですね?」
「ああ、ヴァーランスといって保安に配備されている機体だ」
「ヴァーランス……かっこいいな」
「む、なんだ。ダイチ君はそういうことが好きな男の子だったのか」

 「そうかそうか」とフーラは一人納得したようにブツブツと呟く。

「あの……フーラさん?」
「気にしないでくれ。ああいう人だから」
「はあ……でも、ビムトさんの上官でしょ?」
「認めたくないがな……事実なんだよ」

 ビムトはため息をつく。

「よし、ダイチ君も稼働テストに協力してもらおう」
「どういうことですか?」
「ヴァーランスに乗せてあげるってことだよ」
「……え?」

 何を言っているのか、ダイチには一瞬理解できなかった。

「ちょ、フーラさん! 何を言ってるんですか!?」
「本気よ」
「冗談の方がまだいいですよ。民間人を乗せて稼働テストなんて!」
「あら、ふれあいなんとかってイベントでよく子供乗せてるじゃない」
「あれはイベントだからですよ……」
「じゃあ、これもイベントだと思えばいいんだよ」
「そんな無茶苦茶な……」
「ダイチ君、乗ってみたくはないか?」
「え、俺……?」
「ロボット、好きなんだろ?」
「は、はい……」

 それは否定できない事実であった。
 軽やかに動き回る巨体に、一度地面を踏みしめると一変して圧倒されるどっしりとした重量感。見上げるだけで浪漫を感じずにはいられない。
「否定しない素直さ……ますます気に入ったよ」
 フーラはニコリと笑う。

「お、俺が乗っても良いんですか?」
「乗ってもいいか、じゃなくて、乗りたいか乗りたくないか、だよ」
「……乗りたいです」

 少し迷った末、ダイチは素直に答えた。

「うん、素直でよろしい」
「俺も素直なつもりなんですけどね」
「君の場合、少し反抗的だから気に食わない」
「……納得がいきません」
「まあ、君の気持ちはどうだっていいんだよ。さ、ダイチ君にレクチャーしてあげなさい」
「本気で乗せるんですか?」
「私は本気だよ。つべこべ言ってると」
「仕方ありませんね」

 観念してビムトはダイチの方を見る。

「乗る気があるならついてこい」
「は、はい」

 ダイチはビムトについていき、ヴァーランスのコックピットに乗り込む。

「これがコックピットですか……」

 ダイチは座席に着く。
 目の前にディスプレイが表示される。
 「ウェルカム!」と書かれている。

「歓迎されてるみたいだ」
「え、そうなんですか?」
「冗談だ。起動させると必ず出てくるんだ」
「からかったんですか……」
「ん、いや、憂さ晴らしだ。そうでもしないとやってられない」
「何気にあなたも性格悪いですね」
「そうか……そう言われたのは初めてだ」

 ビムトは落胆しているように見えた。

「なんかすみません」
「いや、気にしないでくれ。そうでないとやりづらい」
「はは、そうですね」
「さて、操縦だな」
「あの、これ、俺が操縦していいんですか?」

 ダイチは恐る恐る訊いてみた。

「……ああ、そうだな。フーラさんはそのつもりで乗せたんだろう」

 それは思って見なかった肯定の返事であった。

「え? いいんですか?」
「動かせるのか? というか、動かしたことがあるのか」
「え、いや……」

 ダイチは曖昧に答える。

「まあいい、ひとまず設定からだ。これには俺の遺伝子パターンが登録されているから、まずはそれを解除からだな」
「い、遺伝子が登録されているんですか?」
「当然だろう。誰にも扱えたら危険だし、誰かの手に渡って街中で暴れられでもしたらどうする?」
「それもそうですね」

 ダイチは頭にこのヴァーランスという機体が街中で暴れる姿を浮かべる。
 この大きさならビルだって簡単に打ち壊して街を大パニックにさせることができるのが簡単に想像できる。

「それに、これはGFSのためにも必要なことなんだ」
「ジーエフエス?」
「ああ、それも知らなかったか。
ゲノム・フィードバック・システムといって操縦者の能力に合わせて機体が適応してくれる。言うなれば操縦者の遺伝子を機体へ伝達させ、機体は身体の延長となるシステムだ」
「す、すごいシステムですね」
「そうか? マシンノイドには標準で搭載されているシステムだぞ」
「知らなかったです」
「ま、そうそう手に入るものでもないしな。
さて、ダイチ君の遺伝子情報も登録しておくか」

 ビムトはディスプレイに映るボタンを一つ一つ押していく。

「手をかざして」
「はい」

 ダイチはディスプレイに手を置く。

「これで君の遺伝子情報が登録される」
「こんな簡単に?」
「そんなに驚くことか。まあ、簡易登録だからそこまでのことはできないがな」
「あ、いえ……」
 ダイチは驚かされる。いや、火星に来てから驚かされることの連続だ。

ピコン

 ディスプレイから小気味いい音が聞こえる。

「これで完了だ」

 本当に簡単に済んだな、とダイチは感心する。

「ん?」

 ビムトは怪訝そうな顔をする。

「何かあったんですか?」
「いや、ちょっと気になる信号が出ていて……いや、いいか。気にしなくていい」
「は、はい」
「さて動かしてみようか」
「もう出来るんですか?」
「そうだな、まずは立ってみようか」
「ど、どうやって?」
「もう起動はしている。あとはそこのレバーを握って自分が立ち上がる感覚をイメージするんだ」
「そんなんで出来るんですか?」
「出来るよ、まあ案じるより生むが易しだ。とりあえずやってみろ」
「はい……やってみます」

 ダイチは右のレバーを掴んで立ち上がるイメージを頭に浮かべる。

「おお!」

 機体はきっちり立ち上がって、当然のことながらダイチ達が座るコックピットは上がっていく。
 その感覚はエレベーターに乗っている時に近いが、機体の揺れ、身体が浮き上がる感覚のせいで臨場感は桁違いだ。

「すげえ! すげえ!」

 興奮を隠しきれずに思わず叫んでしまう。

「じゃあ、次は歩いてみよう」
「はい!」

 同じように左のレバーを操作して歩くイメージをする。
 するとヴァーランスが足を上げて火星の大地を一歩一歩踏みしめる。
 ドシン、ドシンと一歩踏みしめる度にその重厚な足取りが全身に伝わってくる。

「いいぞ、飲み込みが早いな」
「そ、そうですか?」
「初めてでここまでやれるやつなら立派なパイロットになれるだろう」
「じょ、冗談ですよね? 俺、おだてには弱いんですよ」
「俺は冗談は苦手だ。素直にそう思ったから言っただけだ」
「そうですか、へへ!」
「あとは機体状況の把握だな。携行武器やブースターでどんなことができるのかわかれば案外すぐに実戦できるかもな」
「携行武器ってこの一覧ですか」

 ダイチの目の前に浮かぶ機体の全体図とそこかしこについているカーソルのことを訊く。

「ん、ああ、そうだ。飲み込みが早いな」
「ここに、サーベルがあって、銃と一緒に携行していて……すげえ、ブースターの出力でこんなにスピードがでるんですか!?」

 次々と浮かび上がってくる情報にダイチは驚嘆する。

「ああ、これ以上は教える必要ないみたいだな」

 ビムトは苦笑する。

「とりあえず、こいつを格納庫まで歩かせるところまでやってみようか」
「は、はい」

 ダイチはヴァーランスを歩かせる。
 もう自分の足のように使えるようになっていた。
 初めて自転車に乗ったときよりも簡単だ。何しろ、自分の足と同じ感覚なのだから転ぶわけがない。
 スキップでもしてしまいそうになるほど軽やかにダイチは格納庫までヴァーランスを操縦する。

「………………」

 それが完了したところでビムトは無言でこちらを見つめている。

「あの、何か……」

 調子に乗って、どこか壊してしまったのかと不安になった。

「いや、なんでもない。いい操縦だったよ」
「そ、そうですか……」

 素直に褒められた気がしない。
 何か気に障ることでもしたのだろうか。と考えてみたものの心当たりがまったく見当たらなかった。せいぜい、機体をちょっと雑に扱ったんじゃないかなって思うぐらいで。

「さあ、操縦はこれで一通り終わりだ、機体から降りよう」
「はい」

 ダイチは指示通り、機体を座らせてハッチを開ける。
 それで機体を降りて、フーラが駆け寄ってくる。

「凄いじゃない、ダイチ君! 正直初めてであそこまで完璧にできるなんて思っていなかったよ」

 フーラははしゃいでいる。こんなにはしゃぐ人だとは思わなかったのでダイチは驚く。

「そんなによかったんですか?」
「ええ、初めてだとまともに立ち上がることさえできないものよ。ビムト君なんて初めては、それはもう豪快にぶっ倒れたものよ、フフフ」

 その時のことを思い出したのか、フーラは悪戯な笑みを浮かべる。

「や、やめてください! その話は!」

 ビムトは狼狽する。
 その様子を見ても、ダイチは自分が上手く動かせた実感が湧いてこなかった。
 ただ立って歩いただけだというのに、なんでここまで物珍しいのか。
 まだこんなのでまともに戦えないのだから、役に立たないというのに。

「焦っているね、ダイチ君」

 そんな心境を見透かされたかのようにフーラは言う。

「そんなにいきなり全部出来るようにはならないよ。まずは立って歩く。それだけで十分だよ。それさえ出来ない人は多いんだよ、特にこのビムト君は」
「もう蒸し返さないでください」

 ビムトは心底嫌そうな顔をして言う。

「いや、別に俺は焦っているわけじゃないんですが」
「満足いっていない顔をしているからそうだと思ったんだけどね」
「いや、動かせてもらって十分すぎるくらい満足してますよ」
「そうか……君も男の子だからな、ああいうのに憧れると思ってな」
「それは、まあ……ありがとうございます」

 ダイチは一礼する。

「また乗りたくなったらいつでも来てね。私は歓迎するよ」
「俺は勘弁して欲しいですがね」

 ビムトは面白くない顔で言ってくる。

「ああ、ビムト君も男の子だからね、簡単に操縦技術で抜かれたら立つ瀬がないからね」
「本気で勘弁してください」

 ビムトはこちらにまで睨みつけてくる。
 そんな状態なので、さっさと退散しようと思った。

「本当にありがとうございました」

 ダイチはまた一礼して去る。

「まったく、どういうつもりですか?」
「いや、ああいうつもりだったんだけどね」
「俺が言いたいのは、」
「そういうことじゃなくて、と言いたんだね」
「ん、く……」

 先に言われて出鼻をくじかれて口をつぐむ。

「それで、ビムト君は気づかなったのかね?」
「気づかなったというと?」
「彼の遺伝子情報だよ」
「それなんですが……」

 ビムトは悩ましい顔をする。

「彼は少し特殊な気がします」
「少し……?」
「データバンクに登録されていない、稀な遺伝子配列といいますか」
「ほうほう」

 フーラは興味津々に相槌を打つ。

「データバンクに登録されていないとは……少々妙だね」
「はい……もっともデータバンクが全ての惑星系の人間の遺伝子配列を網羅しているというわけではありませんが」
「そうだね……火星人は当然として、水星人と金星人はあるだろうが、天王星人や海王星人まではさすがにね。
――あるいは地球人かも……」
「ご冗談はやめてください」

 フーラはフフッと笑うだけであった。

「まあね、さすがに地球人とまでは思っていないが、そう思わせるだけの何かをあの少年は持っていると私は考えるんだよ」
「ちょっと買いかぶりすぎじゃないですか。たまたま初めてマシンノイドの操縦を上手くやっただけだというのに」
「そうか……ふむ、そうかもしれないな」
「あなたは本当に適当ですね」
「そうした方が世の中、楽しいよ」

 フーラはまた楽しそうに笑う。

「それはいいんですが……次はフーラさんの番ですよ」

 ビムトはヴァーランスを指す。

「ああ、そうか。どうもこれは苦手だ、代わってくれないか」
「その中尉の位を譲ってくれるのならやりますよ」
「却下だよ。これはそう簡単に譲れるものじゃないんだよビムト曹長君」

 フーラはそう言ってヴァーランスのコックピットに乗り込む。

「えっと、私の遺伝子情報もちゃんと登録されているな。これならスムーズに出来るね。
ああ、あとダイチ君の遺伝子情報ね……うーん……」

 そのデータを見てフーラはますます興味を深める。

「該当の類似パータンのエヴォリシオンの情報無し……ふむ、興味深いね。」

 愉快げにフーラはディスプレイのボタンを押していく。

「さて、グラ君に連絡してみるか。彼はどういう顔をするかな?」
 ヴァーランスのコックピットの中でフーラは悪戯っ子のように楽しげに笑った。



「普通に殴る分には問題ないわよ」

 エリスが新しい義腕の感触について言う。
 ダイチを練習台にしてまで、確かめてみた感想がこれなのだから、彼も報われないのではないか。

「あったりまえや。そう簡単に壊れたら、うちの商売あがったりや!」

 イクミは眼鏡を立てて、言う。

「せやけど、やっぱり能力を使ったら保証できへんで」
「ああ、やっぱりそうなるのね」

 エリスは落胆する。

「じゃ、どうするのよ。相手は六人も殺した凶悪犯よ、殴り合いになったら能力無しじゃきついわよ」
「殴り合いにならないように持ち込む……いや、そんな考えはないか。まあ、それでも勝ち目がないなんて言わない辺り、エリスらしいで」

 能力を使えば勝てる、そう言っているように聞こえるほどのエリスの自信に、イクミは関心する。

「ですが、相手が真正面から殴り合いに応じてくれるとは限りませんわ」

 ミリアはそう行って、光線銃をスカートの内に入れる。

「……ましてや一対一だなんて」

 さらに付け加えて言う。

「まあ、そのときは上手く逃げてくれや」
「冗談、敵前逃亡なんて死んでもゴメンだわ」
「向こう水ね。もうちょっと計画性をたてたほうがいいんじゃない」
「いや、あんさんにだけは言われたくないで」

 イクミはマイナにツッコミを入れる。

「ちょっとお使い頼んだだけで一日迷子ってどういうこっちゃ? 目と鼻の先のスクラップ山やで、どうやったら迷子になるんや」
「スクラップの山で右も左もわからなくなったのよ」
「開き直って言うな。ああ、もうおかげで間に合わなくなったらあんさんのせいやで、帰りのシャトル代も出さへんからな」
「ちょっと! それじゃ約束と違うじゃない!」
「成功報酬やて、最初に言ったやろ」
「詐欺!」

 マイナは文句を言っているが、出せないものは出せない。

「あの二人、楽しそうね」
「賑やかになっていいですね」
「ダイチは早く帰ってこないかしら?」
「恋しいのですか」
「そうじゃなくて、さっき殴りすぎちゃったのを謝ろうかと思って」
「気にしなくていいって言ってましたよ。エリスが乱暴なのはいつものことだって、半ば諦めるように」
「そんな風に言ってないでしょ! いい加減にしなさい!」
「ただいま」

 そこへダイチが帰ってくる。

「あ、おかえり……ダイチ、どこか痛むところない?」

 エリスのらしくない心配するような声にダイチは違和感を憶えた。

「な、なんだよ? 妙に優しいじゃないか」
「私が優しかったらおかしい?」

 エリスは不機嫌顔で訊いてくる。

「いや、別におかしくないけど」
「ダイチよ、あまり妾以外の女と馴れ馴れするものでないぞ」

 そこへフルートが口を挟んでくる。

「そなたは妾の旦那になるべき男なのじゃぞ。浮気は厳禁じゃ」
「いや、俺はお前の旦那になるって言ったわけじゃ……」
「ああ、そういうことね。誤解されちゃ悪いから私は退散するわね」

 エリスはスタスタと奥の方へ行ってしまう。

「……変な奴だな」
「女の子なんですよ、エリスは」
「女の子……?」

 ダイチは首を傾げる。
 女の子って言葉が似合わないってわけではないが、違和感がそれなりにある。その中には自分よりも遥かに強くて頼もしいからという憧憬の感情が混ざっていた。

「ところで今日の食事当番はエリスでしたね」

 ミリアはニコリと笑ってそう言った。
 その笑顔にどんな想いが込められているのか、ダイチには想像がつかなかった。
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