オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第61話 火星人処刑宣言

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「出たぞ、それでどうするんだ!?」

 デランはユリーシャに訊く。

「迎えの輸送機が来る手筈よ」

 ユリーシャが答えるやいなやブースターをふかした輸送機がやってくる。

『隊長! 早く乗ってください!』

 ユリーシャの仲間のものと思われる声がスピーカーから聞こえてくる。

「ええ、あなた達も!」

 ユリーシャの呼びかけにダイチとデランは頷く。

ゴロゴロゴロゴロ!!

 まだ滑走路の方では雷鳴が響き、衝撃の振動がこちらまで伝わってくる。
 ここも安全ではない。グズグズしていたら戦いに巻き込まれる
 ダイチとデランは迷いなく、その輸送機に乗り込んだ。
 ユリーシャ達はレジスタンスといわれていた。それが何なのかわからなかったが、今確かめる余裕はない。

「その人達の手当てをするわ」
「ああ……頼んでいいですか?」
「もちろん」

 ユリーシャは気持ちのいい答えをくれる。

「医療班はいる?」
「はい!」

 白衣を着こんだ女医がやってくる。

「サブリナ先生よりは顔色いいな」

 デランはボソリとダイチに耳打ちする。それによりダイチは思わず顔がほころぶ。

「二人を診せてくださいね。おろしてください」
「はい」

 ダイチとデランは女性を下ろす。

ダダダダダダダダダダ!!

 機内が揺れる。
 戦いの衝撃がここまで届いているのか、あるいはそこから全速力で離脱しているせいなのか。

「あ~揺れますね~」

 女医は呑気に言う。

「おい、大丈夫なのか?」

 デランは不安になる。

「大丈夫です。ちゃんと診ますから。あ、申し遅れました私リッセル・アーリアンといいます。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」

 ダイチはリッセルと握手する。

「そちらの人もよろしくお願いしますね」
「あ、ああ……」

 デランは差し出された手に戸惑い、その手を返すのが遅れた。

ズダーン!!

 輸送機が揺れて、握手することが出来なかった。

「ああ、大変です~」
「あ……」

 リッセルはすぐに女性を触診する。

「打撲と出血ですね。包帯を巻いて大丈夫ですよ」
「本当に大丈夫なのか、それ!?」

 ダイチは思わず突っ込む。

「一応、代謝向上サプリを飲ませましょう」

 身体の代謝能力を上げることで、体力回復を促すのが代謝向上サプリ。傷の治りにも影響するとイクミに聞かされたことがあった。
 ダイチはサプリと言われて、薬じゃないから大丈夫なのかと不安になった。

(傷にきくのかどうかわからないけど、医者が言うんだったら……)

 それもまたダイチの知る『人』とは身体のつくりが違うからなのだろう、と言い聞かせる。

「戦域からの離脱は完了したわ」

 ユリーシャがやってくる。

「ということはもう揺れませんね」
「ええ、治療に専念できるでしょ」
「ユリーシャちゃんは医者想いで助かりますよ」

 そう言いながら、リッセルは女性達にサプリを飲ませて、包帯を受け取る。

「あなた達と話がしたいわ、ついてきて」

 ユリーシャは言う。

「あ、ああ……」

 包帯を巻くために女性の服を脱がす。ダイチとデランが居心地が悪くならないよう配慮したのかもしれない。

「隊長、ご苦労様です!」

 輸送機の廊下をユリーシャの後をおって歩いているとすれ違う度に敬礼される。

「まるで軍隊だな」

 デランはその様子を見て言う。

「そんな大層なものじゃないわ」

 ユリーシャは自嘲めいた笑みを浮かべる。

「レジスタンス……そう言われていましたね?」
「ええ……私達はこのクリュメゾンで、皇族(こうぞく)体制の打倒を目的に掲げるものよ」
「皇族……?」

 聞き慣れない単語が入ってきた。

「ジュピターとその血を継ぐ子供達のことよ」
「子供達……? さっき、向こうで戦ってた奴らもそうなのか?」

 滑走路での凄まじい雷鳴を耳にした。

「ええ、彼等はクリュメゾンの北と西の国をそれぞれ治めている領主よ」
「ちょ、ちょっと待ってください! その領主の二人はジュピターの子供ってことですよね?」

 こんがらがって混乱してきたダイチは確認をとる。

「ええ」
「金星にいたアングレスって野郎もジュピターの子供だってきいたぜ」
「そっちの方は詳しくないからわからないけどね」
「いや、大事なのはそこじゃないんだ。あいつもジュピターの子供で、あの連中もジュピターの子供! ジュピターの子供って一体何人いるんだよ?」

 デランの問いかけで、ユリーシャは得心を得たかのように答える。

「六十三人」
「……え?」

 その予想以上の多さに、ダイチは呆気にとられる。

「えぇっと、それってジュピターの子供が六十三人ってことですよね?」

 確認をとる。

「ええ、現在の木星皇ジュピター・アレイディオス・ポスオール、その子供は六十三人いるのよ」
「ろ、六十三人……!?」

 ダイチにとって、あまりにも現実離れした数の兄弟であった。それは金星人のデランからしても同じらしい。

「あの野郎、そんなに兄弟がいたのか……」
「まあ、他の星のヒト達はよく驚くわね。でも、歴代のジュピターは代々そうやって多くの子供を産みだし、その中で最も優れた子供を次のジュピターにしてきたのよ」
「最も優れた子供……それはどうやって決めるんですか?」

 ダイチは率直に疑問を投げる。

「詳しいことは公表されてないけど、端的に言って所有する領地で決めるそうよ」
「領地?」
「このクリュメゾンは中央都市国家の一つだから、その領地としての価値はかなり高い」
「なるほどな」

 デランは納得するが、ダイチはまだ理解が追いついていない。

「それで連中は領地争いに乗り出して、俺達はそれに巻き込まれたってわけか」
「そういうことね」
「領地争い……? 巻き込まれた……?」

 ダイチはあっさりと言われたその言葉に違和感を抱かずにはいられなかった。
 あれはそんなものだったのか。
 空港にいたヒトがいっぱい死んで、自分達も一歩間違えれば命を落としていた。あんな大惨事が領地争い、巻き込まれた、の一言ですまされていいものじゃないはずだ。

「あれは戦争じゃなかったんですか?」
「戦争よ。間違いなくね」

 投げかけたダイチの問いかけに、ユリーシャはあっさり答える。――そんなこと聞くまでもないと言わんばかりに。

「ジュピターの後継が領地で決まるから、取り合いして、戦って、それで……そんなことのために、あんなにヒトが死んで……!?」

 ダイチはそこまで言って思い出す。
 二つのケラウノス――二つの雷を激突した衝撃でたくさんのヒトが巻き込まれ、命を散らしていく瞬間を。
 思い出しただけでも、吐き気をもよおし、震えで立つのが厳しくなってくる

「ダイチ、落ち着けよ」

 デランはダイチの肩に手をかける。

「あ、ああ……」
「あれは、私のミスよ」

 ユリーシャは謝罪するように言う。

「もう少し早く駆け付けることが出来れば、空港にいたヒト達をもっと救えたかもしれない」
 拳を震わせる。その姿に悔しさが伝わってくる。
「あんたのせいじゃないよ」
「……え?」

 デランは声を掛ける。

「あんなのどうしようもなかったんだ。二人も救えたんだ、いいじゃないか」
「そうね、ありがとう」

 ユリーシャは笑って礼を言う。

「改めて、私はユリーシャ・シャルマーク。レジスタンスの第一部隊長を務めているわ」
「デラン・フリース。金星の騎士候補生だ」
「ダイチです。……火星人、です」

 ダイチはためらいがちに答える。本当は地球人だということを考えると嘘をつくのに躊躇いが出た。

「よろしく。君達だけでも無事に脱出出来て本当によかった」
「あんたのおかげで助かったぜ。……で、レジスタンスってなんだ?」

 デランに聞かれて、ユリーシャは綻んだ顔を引き締める。

「さっきも言ったけど、レジスタンスの目的は皇族体制の打倒よ。あなた達が感じた憤りこそ私達の原動力といってもいいわ」
「憤り?」
「ええ、皇族の領地争いに巻き込まれる犠牲は後を絶たない。私達は皇族を打倒することでその犠牲を無くすために戦っているのよ」
「なるほどな。それで俺達を助けようとしてくれたんだ」
「ええ、本当は第二部隊も出動させられればよかったのだけど、今大きく動くのは危険だって言われてね」
「事情があるなら仕方ないですよ。だけど、助けられたヒトもいます」
「ええ、ありがとう」

ピコーン

 ここで、通話のウィンドウが開き、リッセルが出てくる。

『二人の治療終わりましたよ~』
「はや!?」
「リッセルは優秀な医者だからね」

 ユリーシャは誇らしげに言う。

『フフ、ユリーシャちゃん、自慢の幼馴染ですよ~』
(ああ、そういう関係なんだ)

 ダイチは感心する。

「いや、それは言うほどのことじゃないと思うけど」
『それじゃ、他の負傷者を見て回りますね~』

 リッセルは通話を切る。

「診てくれてどうもありがとうございます」
「礼を言われるほどのものじゃないわ。君達も疲れただろうから休むといいわ」

 ユリーシャは廊下の奥を指す。

「あっちの休憩所があるから利用するといいわ」
「あ、助かります」
「私は他の部隊長へ報告があるからまた後で」

 ユリーシャはそう言って別の方へ去っていく。
 そうして、二人は休憩所で一息つく。
 みると、周囲には同じように人心地着いたように休んでいる男達がいる。物珍しそうにこちらを見てくることもあって、少しだけこそばゆい。

「ようやく一息つけたな」
「ああ、なんだかとんでもないことに巻き込まれてきた気がする」
「結局、空港がぶっ壊れちまって土星行きのシャトルは欠航だからな」

 デランにそう言われると気が重くなる。
 土星は先送りでもう少しこのクリュメゾンに留まることになるのか。

(まあ、エリス達を置いていけるわけもないからな)

 そのあたりは気持ちを切り替わる。

「あ、そうだ!」
「どうした?」
「マイナとフルートは無事か!?」
「ああ!」

 衝撃的な光景を目の当たりにしたうえ、あわただしかったもので二人のことを完全に忘れていた。
 もし、あの戦いに巻き込まれたとあっては……!

「頼むぞ、出てくれよ」

 ダイチはすぐにディスプレイを操作して、通話をかける。

『おお、ダイチ!!』

 一瞬でフルートは出てくれた。
 よかった。無事だったかと一安心する。

「フルート、マイナはいるんか?」
『ん、なんじゃ? 妾の前で別の女子(おなご)の心配か?』
「いや、そういうわけじゃなくてな」
『私なら大丈夫だけど』

 マイナが顔を出す。

「よかった……」
『妾の心配はせぬのか?』
「いや、お前も心配だったよ」
『うむ、殊勝な心掛けじゃ』

 フルートは満足してくれたようだ。

「お前等、今どこにいるんだ?」
『ゆそーきとやらに乗せられているのじゃ』
「輸送機?」
『レジスタンスの人達に乗せられてね。おかげで助かったわ』

 マイナがホッと一息ついているのが聞こえてくる。

「俺達も輸送機に乗せられているんだ」
『なんと!? じゃが、近くにダイチを感じられぬぞ。一区間分の隔たりがあるぞ』
(一区間って……数十キロぐらいか……)

 どうにも距離の変換はやりづらい。

「ってことは、別の輸送機か。ユリーシャさんに訊いてみるか」

 また後で、と言っていたから話す機会はあるだろう。
 一時間ほど経ったら、ユリーシャが休憩所にやってきた。さっそくダイチはフルート達のことを話した。

「ああ、それは二番機の方ね。今回の出動で三番機まで使ってやってきたのよ」
「ここが確か一番機でしたね」

 待っている間にダイチは休憩室の兵士と会話して、情報交換していた。デランは木星人と会話をするのは苦手らしく隅で精神統一をしていた。

「彼女達とは拠点で合流できるでしょうね」
「今、拠点に向かっているんですよね?」
「ええ、ひとまず司令の元に戻って、今後の対策を立てないといけないからね」
「そうですか」
「もし……」

 ユリーシャは提案する。

「もし、あなた達がよければ司令に紹介したいのだけど」
「え……?」

 思ってもみなかった提案に理解が追いつかない。

「俺達を紹介、ってなんで?」

 デランの方が訊くのが早い。

「あなた達には助けられたし、迷惑をかけてしまった。レジスタンスの方で何か協力できることがあればと思ってね」
「それは建前ですね?」

 ダイチが指摘すると、ユリーシャは一瞬苦い顔をする。

「……見透かされるなんて、私もまだまだね」

 自嘲してから、本題に入る。

「――どうか力を貸してほしい」

 そうくるような予感があった。

「俺達が力になれるとは思えませんが」
「いや、君達の力なら十分戦力になる。正直こちらの戦力は領主達に比べて心もとないからね」
「正直にそんなことを言われましても……」

 ダイチは困る。

「ま、領主達はいけすかないし、あんた達を応援したい気持ちはあるけどな」

 ダイチとデランは「どうする?」と顔を見合わせる。
 ダイチは地球人で、デランは金星人。木星の領地をめぐる争いに関わっていっていいものか、はかりかねている。

「すみません、俺達は天王星に行く事情があるので」

 エリスやミリアがいないのにそんなことを言い訳のように使って、なんだか後ろめたい気持ちがある。

「そうか」

 ユリーシャは納得してくれたようだが、少々落胆の色が浮かんでいる。

「いや、すまない。無理を言ってしまったわ」
「こちらこそ力になれなくて……」

 ダイチが謝ろうとする。

ピコーン

 通話のウィンドウが開く。

『ユリーシャちゃん、緊急ですよー』

 かけてきたのはリッセルだ。

「どうしたの?」
『今、領主が声明を出しているところみたいなんですよ』
「なるほど」

 ユリーシャは納得して、休憩室の大モニターが出る。

「ファウナ・テウスパール……」

 忌々しそうにユリーシャは映し出された現当主の名前を呼ぶ。

『皆様の協力で四百三十人もの火星人を捕らえることが出来ました』
「よ、四百三十人……」

 とてつもない人数であり、その中にエリスやミリアがいるとなると他人事ではない。

『兄を殺した卑劣なる火星人は必ずやこの中にいることでしょう』

「そういうってことは、まだ誰に殺されたのかわかってねえってことなんじゃないのか」

 デランは悪態をつく。

「ああ、手当たり次第、しらみつぶしに捕まえたんだろう」

 ダイチもファウナに文句を言ってやりたい。
 しかし、その気分もファウナの憎悪に塗れた形相を見て消し飛ぶ。

(なんて顔つきだ……)

 そんなにも兄を殺されて憎いのか。火星人全てに矛先を向ける程に。
 ダイチにはそれがわからなくて、それだけに計り知れない恐ろしさを感じる。そして、次にファウナが発せられた一言はその恐ろしさをまさに体現したものであった。

『なので、――全員処刑いたします』
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