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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ
第76話 足手まとい
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――がっかりしたわ。
暗闇の中からそんな声がした。
「何がよ……!」
エリスは言い返す。
――負けちゃうなんてね
「私は負けていないわ」
――だったら、それを証明してよ
嘲笑する声が何が言いたいのか、エリスは直感で分かった。
「証明……! いいわよ、やってやるわよ! 今度こそあいつに勝ってやるわよ!!」
エリスは声を張り上げ、宣言する。
――フフ、それは楽しみね
「それで、あんたは一体誰よ? いい加減、正体を現しなさいよ!!」
声はしばらく沈黙を保つ。
エリスが辛抱の限界だと感じ出した頃、声は答える。
――いいわよ、頃合いだから教えてあげる
ピカッと暗闇が光り、一瞬だけ白く染まる。
「これは……!」
エリスは驚愕する。
その光に見覚えがあった。
ゴロゴロゴロゴロ!!
その音も聞き覚えがあった。
――私はね
そうして、声の主は姿を現す。
シーツをひるがえして、エリスは頭を抱える。
「またあの夢……」
夢の内容を思い出してみる。
「なんだって、あんな夢を……!」
最後に姿を現したのは紛れもなく、あの女だった。
「ファウナ・テウスパール……」
その名前を口にする。
「嫌な名前ですね」
不意に隣のベッドからミリアの声がする。
「ミリア、あんた起きてたの!」
「ええ、ゆっくり休ませてもらいましたよ」
「全く呑気なもおね」
エリスは呆れる。
「あんた、私をかばってくれたのよね?」
「………………」
ミリアはしばし沈黙する。
「当たり前のことをしただけです」
「……何言ってんだか」
いつもの調子だったら恩着せがましいことの一つや二つ言ってくるはずなのに、こういう時だけしおらしくて、それがエリスの調子を狂わせた。
「一応、礼を言っておくわ……ありがと」
「まあ!」
ミリアはシーツで顔を隠す。
「エリスがお礼を言うなんて……槍の雨でも降ってくるんでしょうか!?」
「失礼ね! 血の雨を降らせてやろうか!?」
「フフ、エリスはそうでなくてはいけませんよ」
「……まったく」
エリスはため息をつく。
「おお、二人とも起きたか」
ソロンがやってくる。
「思ったより治りが早いな。これも若さというものか」
そう言ったソロンはそれなりに年を重ねているが、木星人ということで、エリスの十倍以上は生きているだろう。木星人はおよそ十一.八年で一歳、年をとるのだから。
それはファウナも同じはずであった。
「そんなんじゃないわよ」
「まあ、ゆっくりしていくといい」
「そうもいってられないわよ」
エリスはムッとして言い返す。
「じっとしていたら、このまま処刑するつもりなんでしょ?」
「まあ、御上が決めたことだしな。俺がどうこういう問題じゃない」
「それなのに、私達を診てくださったんですか?」
ミリアの指摘にソロンは頭をかく。
「それは患者は見捨てておけんからな」
「あなた、いい人ですね」
「……そうでもねえ」
ソロンは嘆息する。
「あの医者が騒ぐからよ」
ウィルのことだ。
彼に耳打ちされたことをエリスは思い出す。
――我々はこのまま大人しく殺されるつもりはない。協力して欲しい。
そう持ち掛けられたが、正直どうしたらいいかわからない。
「照れなくてもいいですのに」
ミリアはクスクス笑う。
「その分だともう心配なさそうだ。俺は他の患者を診てくる。姫様、いや新領主様のケラウノスにやられたのはあんた達だけじゃないからな」
「それは火星人、ですか」
「いや、木星人もいる」
ソロンは苦い顔をして答えてから部屋を出る。
「面倒見のいい方ですね」
「ええ、手当ても的確だったし、」
エリスは腹に巻かれた包帯を見せる。
そこにはケラウノスの火傷があり、塗り薬が練られている。おかげで治りの早さが実感できている。あと数時間もしないうちに完治するだろう。そうでなくても、動くつもりだが。
「それなら、エリスだけでも脱出できますね」
「……は?」
ミリアの一言に、エリスは信じられない顔つきになる。
「ですから、エリスだけでも」
「私だけでも?」
ミリアの言葉をエリスがさえぎる。
「逆の立場だったら、あんたは私を見捨てられる?」
「足を掴んで、ひきずりまわしますね」
「はいはい、あんたはそう言うでしょうね。私はね、あんたを腕づくでもひっぱっていくから」
「……私、エリスの足手まといにはなりたくありませんから」
「どっちにしても、私達は手も足もないんだから似た者同士じゃない」
エリスがそう言うと、ミリアはクスクス笑う。
「フフ、そうですね」
「それになんだかなんとかなる気がするのよ」
「なんとかなる気ですか」
ミリアはそう言われて気がつく。
「私もそんな気がします。どうしてでしょうか?」
「さあ……あのウィルって奴のことをあてにしてるつもりはないんだけどね」
「ああ、あれは失敗の方の危険性が高いですから」
「毒づくわね」
「でも、協力するんでしょ?」
「もちろん、確率は少しでも高くあげないとね」
エリスは握り拳を上げる。
「でも、それだけじゃないのよね。なんていっていいのかわからないけど……」
腕組みをして考える。
「ダイチさん、ですかね?」
「はあ、あいつがどうかしたの?」
「助けに来てくれる、とか」
「え、ダイチが……?」
エリスが首を傾げて考えてみる。
「いや、無理でしょ。そりゃ、どんどん強くなって、ちょっとぐらい頼もしくなってる気はするけど、でもでも、こんな収容所に乗り込むとかさすがに実力不足というか……とにかく、ダイチがここまでやってくるのはありえないでしょ」
「フフ、ダイチさんのこと、とても認めてるんですね」
「ど、どこが!?」
エリスとしては力一杯否定しているつもりなのが、ミリアにはかえって微笑ましい。
「でも、ダイチさんならあるいはって気になってきませんか?」
「ないない。そりゃないでしょ」
「そうですか」
ミリアは笑みを浮かべたままであった。
「ダイチ……ダイチね」
エリスは名前を言いつつ、顔を浮かべる。
「あいつが来るなんて、ちょっと想像できないわね」
「でも、時々想像もしてないことをやってくれるのがダイチさんですよ」
「………………」
エリスは顔を背けて、一言だけ答える。
「そう、かもね……」
それは、エリスなりの照れ隠しなのかもしれない。
ミリアはそれを微笑ましく見つめるだけであった。
ガタ
そこへ突然灯りが消え、部屋が暗闇になる。
「何!?」
エリスは身構える。
「――!」
いつの間にか、誰かが入ってきた気配を感じる。
入室の音も無く、足音も無く、入ってきたというよりいきなりそこに現れたかのように、それはいた。
「落ち着いて。私は様子を見に来ただけよ」
女性の声だ。
だが、外套を羽織っている物騒な出で立ちをしているせいで女性らしさは感じられない。
落ち着いて、と言われても、臆面通りに受け取れるほどエリスもミリアも呑気ではなかった。
(……先手必勝!)
エリスは挨拶代わりに拳を見舞う。
パシ!
しかし、その者はエリスの拳打をあっさりと受け止める。
「物騒な挨拶ね」
女性は挨拶するかのように軽い調子で言ってくる。
「……あんたの恰好ほどじゃないわよ」
エリスは拳を引っ込める。
「様子を見に来たって、どういうこと?」
「言葉通りよ。新領主に負けたエリスとかいう女の様子を見に来ただけよ」
エリスはキィと睨みつける。
「あからさまな挑発です。乗らないでください」
ミリアがベッドの上からそれを諫める。
「わかってるわよ!」
荒い返答だが、意外にもエリスの心は冷静であった。
挨拶代わりとはいえ、拳をあっさりと受け止められていることに加え、音や気配を殺していきなりやってきたことから只者ではないと分析している。だからといって、危険人物ではないかといわれると別問題だが。
「元気そうでよかったわ」
「なんのつもり?」
「言葉通りのつもりよ。このまま大人しく処刑されるつもりだったらどうしようかと思ったわ」
「大人しく処刑されるつもりなんてないわよ」
「結構。その意気込みは大事よ」
「上から目線ね……」
エリスには腹立たしいことであった。
「だから、チャンスを与えてあげるわ」
女性は指をパチンと鳴らす。
すると、立体スクリーンが起動する。
バゴーン!
いきなり、爆音が鳴る。
「ここに捕らえられた火星人が暴れ出したのよ」
火星人達が能力を使って、衛兵を倒し、武器を奪い、暴れまわっている。
「この停電も彼等が起こしたものよ」
「火星人……あのウィルってやつがやってるの」
「ああ、彼なら陣頭に立って指揮をとってるわね」
女性はそう言うと、ウィルが火星人達を率いて突撃している様が映し出されている。
「ただの親切なお医者さんかと思ったのですが……」
エリスもまったく同じ意見であった。
しかし、今戦っている様を見ると、どうみても生粋の軍人で銃や剣を振り回している姿が似合っている。
「ウィルソン・テイラー。今でこそ医者をやっているけど、かつての戦争で木星や土星を相手取って戦果を上げた元軍人よ」
「……意外ですね」
「ええ」
エリスは目を細める。
「ちょっと、戦ってみたいかも」
「エリス、冷静になってください」
ミリアはやや呆れ気味になって諫める。
「ああ、つい、ね……んで、こんなものを見せてどうしようっての?」
「これを見て、何かしたいと思わない?」
「………………」
そう言われて、エリスは再びスクリーンの戦いを見る。
木星人の衛兵と火星人の捕虜が互いに能力を駆使して戦う。一方の火星人は武器は衛兵から奪ったものしかなく乏しいものの生命がかかっているのだから、文字通り必死に食らいついていた。
その戦いぶりを見て、エリスの眼に闘争心の火が灯りはじめる。
「エリス、怪我が……」
「だからなに?」
エリスはギィと睨んでくる。
「止めるだけ無駄ってものですね」
ミリアは呆れる。
「それと、もう一つ見て欲しいものがあるわ」
女性はそう言って、別の場所をモニターで映し出す。
雲海を背景に進軍している海賊船、その次に収容所に敷かれている幾多のソルダやシュヴァリエ、さらにはそれらを収容している大量の戦艦の防衛網。それらを見せられて、これから二つの勢力がぶつかり合うことは容易に想像がつく。
「この海賊船……!」
エリスとミリアには見覚えがあった。
宇宙海賊キャプテン・ザイアス率いる海賊船ボスランボ。以前、アステロイドベルトに行った時乗せてもらったことがある。
「なんで、キャプテンが……?」
エリスがそんな疑問を浮かべていると、艦首にさらに見覚えあるマシンノイドが見えた。
「ヴァ―ランス! しかも、これイクミがカスタマイズしたやつ!」
金星のテクニティス・フェストで、エリスとハイスアウゲンの調整相手としてイクミが用意した。とはいえ、調整期間中にイクミはマイスター・ラウゼンの意見を取り入れたりして、とんでもない改造を施していたのを目の当たりにしていたので、いやがおうにも目に焼き付いてしまっていた。
それが海賊船の艦首に立っている。
「どうなってんのよ、これ!?」
エリスはスクリーンに食いつく。
「……ダイチさん、ですね」
「え?」
「これに乗ってるのが、ですよ」
「イクミやマイナじゃなくて?」
「いいえ、これはダイチさんです」
ミリアは確信を持って言う。
「……あんたがそう言うんならそうなんでしょうね」
エリスはため息をついて言う。
「あいつ、時々とんでもない無茶しでかすものね」
以前、木星でテロに巻き込まれたときとか、火星で賞金首を追っていた時とかもそうだった。
「ま、エリスは時々なんかじゃなくて常々ですけど」
そう言われてムッとする。
「フフ、それは言えてるわね」
女性も同意する。
「あんた、私のこと知ってるの?」
まるで昔からの友人であるかのような物言いだったことにエリスは違和感を覚える。
「ええ、よく知ってるわよ」
女性は肯定する。
「……あんた、誰よ?」
「知りたいのならついてくることね」
「私に命令しないで」
女性へ殴りかかる勢いで返す。
「命令じゃないわ、提案よ」
女性がそう言うと、扉が一人でに開く。
あの扉は、医者や衛兵達しか開けないとソロンは言っていた。現にエリスは開けようかと試してみたが、うんともすんともいわなかった。
(無理矢理にだったら、蹴り破って脱出するところなんだけど……)
怪我で万全でないうえに、ミリアを抱えたままではさすがに危険だと判断して、エリスは踏みとどまっていた。
それがあっさり開いて、出口への道が開けた。
実際、この先には衛兵や防衛システムがあるだろうから、決して簡単にはいかないだろうが、ともかくただ黙って処刑されるのではなく、戦って脱出を勝ち取る道が提示されたのだ。
このいきなり現れて、正体どころか顔さえわからない女性の手によって。
「――さあ、どうするの?」
女性は問いかけてくる。
「そんなの決まってるわ」
「エリス?」
「行くわよ、ミリア。必ず脱出してみせるわ」
その判断に、ミリアは身を委ねようと思った。
暗闇の中からそんな声がした。
「何がよ……!」
エリスは言い返す。
――負けちゃうなんてね
「私は負けていないわ」
――だったら、それを証明してよ
嘲笑する声が何が言いたいのか、エリスは直感で分かった。
「証明……! いいわよ、やってやるわよ! 今度こそあいつに勝ってやるわよ!!」
エリスは声を張り上げ、宣言する。
――フフ、それは楽しみね
「それで、あんたは一体誰よ? いい加減、正体を現しなさいよ!!」
声はしばらく沈黙を保つ。
エリスが辛抱の限界だと感じ出した頃、声は答える。
――いいわよ、頃合いだから教えてあげる
ピカッと暗闇が光り、一瞬だけ白く染まる。
「これは……!」
エリスは驚愕する。
その光に見覚えがあった。
ゴロゴロゴロゴロ!!
その音も聞き覚えがあった。
――私はね
そうして、声の主は姿を現す。
シーツをひるがえして、エリスは頭を抱える。
「またあの夢……」
夢の内容を思い出してみる。
「なんだって、あんな夢を……!」
最後に姿を現したのは紛れもなく、あの女だった。
「ファウナ・テウスパール……」
その名前を口にする。
「嫌な名前ですね」
不意に隣のベッドからミリアの声がする。
「ミリア、あんた起きてたの!」
「ええ、ゆっくり休ませてもらいましたよ」
「全く呑気なもおね」
エリスは呆れる。
「あんた、私をかばってくれたのよね?」
「………………」
ミリアはしばし沈黙する。
「当たり前のことをしただけです」
「……何言ってんだか」
いつもの調子だったら恩着せがましいことの一つや二つ言ってくるはずなのに、こういう時だけしおらしくて、それがエリスの調子を狂わせた。
「一応、礼を言っておくわ……ありがと」
「まあ!」
ミリアはシーツで顔を隠す。
「エリスがお礼を言うなんて……槍の雨でも降ってくるんでしょうか!?」
「失礼ね! 血の雨を降らせてやろうか!?」
「フフ、エリスはそうでなくてはいけませんよ」
「……まったく」
エリスはため息をつく。
「おお、二人とも起きたか」
ソロンがやってくる。
「思ったより治りが早いな。これも若さというものか」
そう言ったソロンはそれなりに年を重ねているが、木星人ということで、エリスの十倍以上は生きているだろう。木星人はおよそ十一.八年で一歳、年をとるのだから。
それはファウナも同じはずであった。
「そんなんじゃないわよ」
「まあ、ゆっくりしていくといい」
「そうもいってられないわよ」
エリスはムッとして言い返す。
「じっとしていたら、このまま処刑するつもりなんでしょ?」
「まあ、御上が決めたことだしな。俺がどうこういう問題じゃない」
「それなのに、私達を診てくださったんですか?」
ミリアの指摘にソロンは頭をかく。
「それは患者は見捨てておけんからな」
「あなた、いい人ですね」
「……そうでもねえ」
ソロンは嘆息する。
「あの医者が騒ぐからよ」
ウィルのことだ。
彼に耳打ちされたことをエリスは思い出す。
――我々はこのまま大人しく殺されるつもりはない。協力して欲しい。
そう持ち掛けられたが、正直どうしたらいいかわからない。
「照れなくてもいいですのに」
ミリアはクスクス笑う。
「その分だともう心配なさそうだ。俺は他の患者を診てくる。姫様、いや新領主様のケラウノスにやられたのはあんた達だけじゃないからな」
「それは火星人、ですか」
「いや、木星人もいる」
ソロンは苦い顔をして答えてから部屋を出る。
「面倒見のいい方ですね」
「ええ、手当ても的確だったし、」
エリスは腹に巻かれた包帯を見せる。
そこにはケラウノスの火傷があり、塗り薬が練られている。おかげで治りの早さが実感できている。あと数時間もしないうちに完治するだろう。そうでなくても、動くつもりだが。
「それなら、エリスだけでも脱出できますね」
「……は?」
ミリアの一言に、エリスは信じられない顔つきになる。
「ですから、エリスだけでも」
「私だけでも?」
ミリアの言葉をエリスがさえぎる。
「逆の立場だったら、あんたは私を見捨てられる?」
「足を掴んで、ひきずりまわしますね」
「はいはい、あんたはそう言うでしょうね。私はね、あんたを腕づくでもひっぱっていくから」
「……私、エリスの足手まといにはなりたくありませんから」
「どっちにしても、私達は手も足もないんだから似た者同士じゃない」
エリスがそう言うと、ミリアはクスクス笑う。
「フフ、そうですね」
「それになんだかなんとかなる気がするのよ」
「なんとかなる気ですか」
ミリアはそう言われて気がつく。
「私もそんな気がします。どうしてでしょうか?」
「さあ……あのウィルって奴のことをあてにしてるつもりはないんだけどね」
「ああ、あれは失敗の方の危険性が高いですから」
「毒づくわね」
「でも、協力するんでしょ?」
「もちろん、確率は少しでも高くあげないとね」
エリスは握り拳を上げる。
「でも、それだけじゃないのよね。なんていっていいのかわからないけど……」
腕組みをして考える。
「ダイチさん、ですかね?」
「はあ、あいつがどうかしたの?」
「助けに来てくれる、とか」
「え、ダイチが……?」
エリスが首を傾げて考えてみる。
「いや、無理でしょ。そりゃ、どんどん強くなって、ちょっとぐらい頼もしくなってる気はするけど、でもでも、こんな収容所に乗り込むとかさすがに実力不足というか……とにかく、ダイチがここまでやってくるのはありえないでしょ」
「フフ、ダイチさんのこと、とても認めてるんですね」
「ど、どこが!?」
エリスとしては力一杯否定しているつもりなのが、ミリアにはかえって微笑ましい。
「でも、ダイチさんならあるいはって気になってきませんか?」
「ないない。そりゃないでしょ」
「そうですか」
ミリアは笑みを浮かべたままであった。
「ダイチ……ダイチね」
エリスは名前を言いつつ、顔を浮かべる。
「あいつが来るなんて、ちょっと想像できないわね」
「でも、時々想像もしてないことをやってくれるのがダイチさんですよ」
「………………」
エリスは顔を背けて、一言だけ答える。
「そう、かもね……」
それは、エリスなりの照れ隠しなのかもしれない。
ミリアはそれを微笑ましく見つめるだけであった。
ガタ
そこへ突然灯りが消え、部屋が暗闇になる。
「何!?」
エリスは身構える。
「――!」
いつの間にか、誰かが入ってきた気配を感じる。
入室の音も無く、足音も無く、入ってきたというよりいきなりそこに現れたかのように、それはいた。
「落ち着いて。私は様子を見に来ただけよ」
女性の声だ。
だが、外套を羽織っている物騒な出で立ちをしているせいで女性らしさは感じられない。
落ち着いて、と言われても、臆面通りに受け取れるほどエリスもミリアも呑気ではなかった。
(……先手必勝!)
エリスは挨拶代わりに拳を見舞う。
パシ!
しかし、その者はエリスの拳打をあっさりと受け止める。
「物騒な挨拶ね」
女性は挨拶するかのように軽い調子で言ってくる。
「……あんたの恰好ほどじゃないわよ」
エリスは拳を引っ込める。
「様子を見に来たって、どういうこと?」
「言葉通りよ。新領主に負けたエリスとかいう女の様子を見に来ただけよ」
エリスはキィと睨みつける。
「あからさまな挑発です。乗らないでください」
ミリアがベッドの上からそれを諫める。
「わかってるわよ!」
荒い返答だが、意外にもエリスの心は冷静であった。
挨拶代わりとはいえ、拳をあっさりと受け止められていることに加え、音や気配を殺していきなりやってきたことから只者ではないと分析している。だからといって、危険人物ではないかといわれると別問題だが。
「元気そうでよかったわ」
「なんのつもり?」
「言葉通りのつもりよ。このまま大人しく処刑されるつもりだったらどうしようかと思ったわ」
「大人しく処刑されるつもりなんてないわよ」
「結構。その意気込みは大事よ」
「上から目線ね……」
エリスには腹立たしいことであった。
「だから、チャンスを与えてあげるわ」
女性は指をパチンと鳴らす。
すると、立体スクリーンが起動する。
バゴーン!
いきなり、爆音が鳴る。
「ここに捕らえられた火星人が暴れ出したのよ」
火星人達が能力を使って、衛兵を倒し、武器を奪い、暴れまわっている。
「この停電も彼等が起こしたものよ」
「火星人……あのウィルってやつがやってるの」
「ああ、彼なら陣頭に立って指揮をとってるわね」
女性はそう言うと、ウィルが火星人達を率いて突撃している様が映し出されている。
「ただの親切なお医者さんかと思ったのですが……」
エリスもまったく同じ意見であった。
しかし、今戦っている様を見ると、どうみても生粋の軍人で銃や剣を振り回している姿が似合っている。
「ウィルソン・テイラー。今でこそ医者をやっているけど、かつての戦争で木星や土星を相手取って戦果を上げた元軍人よ」
「……意外ですね」
「ええ」
エリスは目を細める。
「ちょっと、戦ってみたいかも」
「エリス、冷静になってください」
ミリアはやや呆れ気味になって諫める。
「ああ、つい、ね……んで、こんなものを見せてどうしようっての?」
「これを見て、何かしたいと思わない?」
「………………」
そう言われて、エリスは再びスクリーンの戦いを見る。
木星人の衛兵と火星人の捕虜が互いに能力を駆使して戦う。一方の火星人は武器は衛兵から奪ったものしかなく乏しいものの生命がかかっているのだから、文字通り必死に食らいついていた。
その戦いぶりを見て、エリスの眼に闘争心の火が灯りはじめる。
「エリス、怪我が……」
「だからなに?」
エリスはギィと睨んでくる。
「止めるだけ無駄ってものですね」
ミリアは呆れる。
「それと、もう一つ見て欲しいものがあるわ」
女性はそう言って、別の場所をモニターで映し出す。
雲海を背景に進軍している海賊船、その次に収容所に敷かれている幾多のソルダやシュヴァリエ、さらにはそれらを収容している大量の戦艦の防衛網。それらを見せられて、これから二つの勢力がぶつかり合うことは容易に想像がつく。
「この海賊船……!」
エリスとミリアには見覚えがあった。
宇宙海賊キャプテン・ザイアス率いる海賊船ボスランボ。以前、アステロイドベルトに行った時乗せてもらったことがある。
「なんで、キャプテンが……?」
エリスがそんな疑問を浮かべていると、艦首にさらに見覚えあるマシンノイドが見えた。
「ヴァ―ランス! しかも、これイクミがカスタマイズしたやつ!」
金星のテクニティス・フェストで、エリスとハイスアウゲンの調整相手としてイクミが用意した。とはいえ、調整期間中にイクミはマイスター・ラウゼンの意見を取り入れたりして、とんでもない改造を施していたのを目の当たりにしていたので、いやがおうにも目に焼き付いてしまっていた。
それが海賊船の艦首に立っている。
「どうなってんのよ、これ!?」
エリスはスクリーンに食いつく。
「……ダイチさん、ですね」
「え?」
「これに乗ってるのが、ですよ」
「イクミやマイナじゃなくて?」
「いいえ、これはダイチさんです」
ミリアは確信を持って言う。
「……あんたがそう言うんならそうなんでしょうね」
エリスはため息をついて言う。
「あいつ、時々とんでもない無茶しでかすものね」
以前、木星でテロに巻き込まれたときとか、火星で賞金首を追っていた時とかもそうだった。
「ま、エリスは時々なんかじゃなくて常々ですけど」
そう言われてムッとする。
「フフ、それは言えてるわね」
女性も同意する。
「あんた、私のこと知ってるの?」
まるで昔からの友人であるかのような物言いだったことにエリスは違和感を覚える。
「ええ、よく知ってるわよ」
女性は肯定する。
「……あんた、誰よ?」
「知りたいのならついてくることね」
「私に命令しないで」
女性へ殴りかかる勢いで返す。
「命令じゃないわ、提案よ」
女性がそう言うと、扉が一人でに開く。
あの扉は、医者や衛兵達しか開けないとソロンは言っていた。現にエリスは開けようかと試してみたが、うんともすんともいわなかった。
(無理矢理にだったら、蹴り破って脱出するところなんだけど……)
怪我で万全でないうえに、ミリアを抱えたままではさすがに危険だと判断して、エリスは踏みとどまっていた。
それがあっさり開いて、出口への道が開けた。
実際、この先には衛兵や防衛システムがあるだろうから、決して簡単にはいかないだろうが、ともかくただ黙って処刑されるのではなく、戦って脱出を勝ち取る道が提示されたのだ。
このいきなり現れて、正体どころか顔さえわからない女性の手によって。
「――さあ、どうするの?」
女性は問いかけてくる。
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魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
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