オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第86話 雷の激突

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 ブランフェール収容所の一角を占める闘技場。
 収容された囚人同士を戦わせて、それを見世物にする。ある種の名物と化している。
 だが、今この場所に観客はいない。皇族同士の戦いがあまりにも激しく、巻き添えで命を落としかねないので退避しているのだ。それでも見物したい物好きはいるにはいたが。

「久しぶりだな、ツァニス」
「前大戦振りだよな! あのときは味方同士だったが!」
「これもまた運命というものだ。皇族としてのな」
「ああ、お前は俺がジュピターになるための踏み台になってもらうぞ!!」

 【ヴィラージュ・オール】の槍の穂先を【アルジャン・デュシス】へ向ける。

「フフ、踏み台とは大きく出たな。
――だがな、ツァニス・ダイクリア! 私も既に北の兄弟ザグラス・グラジストを踏み台にしてここに立っているのだ!」

 【アルジャン・デュシス】もまた槍を返す。
 相対する二つの槍から電流が走り、きらめきを放つ。
 挨拶は終わった。
 あとは互いの全てを賭けて戦うだけ。
 チカラ、誇り、生命、そして、ジュピターの座を賭けて。

ピカーン!

 雷光が瞬き、

ゴロゴロゴロゴロゴロ!!

 雷鳴が轟く。
 それが開戦のゴングであった。
 ツァニス・ダイクリアとアルマン・ジェマリヌフ。
 【ヴィラージュ・オール】と【アルジャン・デュシス】
 黄金の竜と白銀の巨人が雷を纏って、激突する。

ドゴォォォォォォォォォン!!

 激突によってもたらされた大爆発で闘技場が揺れる。
 二つの雷光が闘技場を巡り回り、激突を繰り返す。





「二人ともやるわね……!」

 海賊船のブリッジから観戦していたエリスは目をギラつかせる。
 あの二人と戦ってみたい。そう言いたげなコメントであった。

「互角っていったところか。こいつは見ごたえあるぜ」

 デランはすっかり観客のコメントをする。

「確かにすげえけど……なんだか、なんて言っていいか……」

 ダイチは二人の戦いぶりを見て、単に凄いだけでは言い表せない何かを感じ取った。

「うむ、その気持ちわかるぞ」

 フルートは同調する。

「物悲しくて……胸が締め付けられる想いじゃ……」
「お前等の言いたいこともわかるぜえ」

 ザイアスが言う。

「母親は違えど同じ父親から生まれた兄弟の殺し合いだ。
他の星のヒトには理解できねえし、木星人でもついていけないだろう……
だが、皇族はこういう生き方しかできねえんだ!」

 ザイアスの発言から凄みを感じる。
 ツァニスとアルマンの戦いによってその説得力が増す。

「だからこそ、その生き方をとことん貫いて戦うしかねえんだ! それが今のあの二人だ!」

ピカーン

 見計らったかのように雷光が瞬く。
 この海賊船が入っているドッグと闘技場にはそれなりの距離があるはずなのに、雷光と雷鳴は届いてくる。

「存分に見ろ。あいつらの戦いぶりと生き様を」
「あ、ああ……」

ゴロゴロゴロゴロ!!

 雷鳴が轟く。
 それは二人の生命の叫びでもあり、生き様であった。
 ジュピターを目指す皇族そのものであるようにダイチには思えてならなかった。。

「あんたもそうだったのか?」

 ダイチはザイアスに問う。

「いや、俺は別の生き方を見つけちまったからな」

 ザイアスはニヤリと笑って、あっさり答える。





 レジスタンスの各部隊は西軍の襲撃に備えて、収容所の各所で待機していた。
 ユリーシャ率いる一番隊とコンサキス率いる二番隊は闘技場近くに控えていた。

ドゴーン!!

 ゆえに、戦いの激しさは間近で伝わってきた。

「おお、これが皇族同士の戦いか!!」
「え、ええ、そうみたいね……!」
「こいつらを倒さなくちゃ、俺達に自由はないんだ!」
「ええ」

 コンサキスの言葉にユリーシャは同意する。
 だが、これだけのチカラを放つ皇族達に果たして勝てるのだろうか。この戦争で嫌というほど見せつけられた。自分よりも遥かに強大なチカラ。
 皇の遺伝子を受け継いで生まれ、生まれながらにして得た神の権能ともいうべき雷。木星の平民に生まれ、戦うことを宿命づけられることなく、皇族に従って生きるように定められた平民の自分達が果たして届き得るのだろうか。
 ユリーシャの胸中には畏怖と不安が宿る。おそらくこうして強がって見せるコンサキスも同様に。

ドゴーン!!

 再び雷撃によって地鳴りが鳴り渡る。

「くそ、やっぱりすげえぜ!」
「……コンサキスさん、私達彼等に勝てるのでしょうか?」
「ユリーシャ、俺達は勝たなくちゃならねえだろ!!」

 コンサキスは強がってみせる。

「勝たなくちゃ……!」

 ユリーシャはその言葉を反芻する。
 今回のような戦争で、友達や両親は次々と死んでいってしまった。
 あの時、自分は何も出来なかった。その無力さ、悔しさをバネに、これまでレジスタンスでやってきた。

「ええ、勝たなくちゃならないわね」

 皇族打倒まで目前なのだ。
 ここまで来て諦めるわけにはいかない。たとえ、目の前の皇族がどれほど強大であっても。





 黄金の竜【ヴィラージュ・オール】と白銀の巨人【アルジャン・デュシス】からケラウノスが放たれ、そのあまりの威力による激突で装甲が剥がれ落ちていく。
 元々ヴィラージュ・オールは東の領主サレア・アンビュラスとの戦いで、半壊状態になっていたものを急ごしらえしたものだ。
 アルジャン・デュシスの方もまた西の領主ザグラス・グラジストとの戦いで満身創痍であった。
 互いに激闘を乗り越え、互いに駆け上がってきた。

「「トネールランス!!」」

 雷の槍が激突したことで、互いの機体は限界を迎える。

「アルマン!!」
「ツァニス!!」

 互いに名前を呼び、対抗意識を燃やす。
 絶対に負けられない。
 チカラの限り叫び、ケラウノスを迸らせる。

「「おおぉぉぉぉぉッ!! ケラウノスッ!!」」

 闘技場を破壊せしめんとする勢いで雷は轟く。
 凶悪な囚人同士の戦いでも安全に観戦できるよう頑丈に設計された闘技場がガタガタと悲鳴を上げる。
 皇族同士、それも互いに他を蹴落として駆けあがってきた者同士の戦いはそれほどまでに凄まじい。

「俺が!」
「私が!」

 互いの咆哮が重なる。

「「ジュピターになる!!」」

 遺伝子を受け継ぎ、座を継ぐために生まれた彼等にとってそれが存在意義であった。
 座は一つしかなく、兄弟であっても譲れない戦い。
 既に兄弟を殺し、後にはもう退けない。

 ならば突き進むのみだ。

 雷を纏った二人がその身体ごとを槍として、突撃する。

ドゴォォォォォォォォォン!!

 雲海にまで届かんばかりの雷光の柱が立つ。





 その光に吸い寄せられるかのように、クリュメゾン軍の艦隊がブランフェール収容所を包囲していく。

「包囲がまもなく完了します」
「奴等に逃げ場は与えない。なんとしてでも殲滅する、心してかかれ!」

 巨大殲滅戦艦【エテフラム】のブリッジからアルシャールは号令をかける。
 オペレーター達はキリッとした敬礼と共に、各部隊長に伝達する。
 その統率のとれた迅速な行動によって、瞬く間にブランフェール収容所への包囲網は完成しつつあった。誰一人逃がすことはない、完璧なものを。

「ファウナ様の御意思だ。
北軍も、西軍も、レジスタンスも、宇宙海賊も、火星人も、全て殲滅する!」

 アルシャールはファウナの意思に従って、軍を存分に展開させる。
 それがこの国の、クリュメゾンの繁栄に繋がると信じて。





ピピピピピピピピ!!

 緊急警報が鳴り響く。

「これは……!」

 リィータに嫌な予感がよぎる。
 西軍の襲来。皇族同士のケラウノスのぶつかり合い。
 警報が鳴る要素はいくらでも揃っている。
 ただそれだけじゃないとリィータは直感し、即座にレーダーを確認する。
 この直感こそ宇宙の広い海へ船一つで挑む。宇宙海賊に相応しいものといえる。

「――! キャプテン!」
「おいでなすったか!」

 ザイアスは即座にリィータの言いたいことを理解する。

「何があったんだ?」

 ダイチが訊く。

「クリュメゾン軍が包囲網を敷いてきたんだ。俺達を絶対に逃がさないつもりだぜえ」
「包囲網だって?」
「そいつはちょっと速すぎねえか?」

 デランの意見に他の面子も同感していた。
 ダイチ達やレジスタンスがブランフェール収容所を占拠してから、まだ木星の一日、八時間程度しか経っていない。
 それなのに、クリュメゾン一の敷地面積を誇るといわれるブランフェール収容所を包囲するにはあまりにも速すぎる。

「それが出来るのが、アルシャールという男だ」

 ザイアスはマントを翻す。

「俺達のお宝、奴等に渡すわけにはいかねえからな。全力で突破するぞ!!」
「ラジャー!」

 リピートとリィータはコンソールを操作して、海賊船の出撃準備を整える。

「キャプテン!」

 ダイチの呼びかけに、ザイアスは答える。

「お前ならわかってるだろ?
ヒトの生命は何よりのお宝だ。せっかく手に入れた火星人の生命というお宝を渡すのは海賊の名折れだ」
「ああ!」
「俺達も戦うぜ!」

 ダイチの返答にデランも同調する。

「ちょうど暴れたかったところよ!」

 エリスは拳を打ち鳴らす。

「ですが、火星人の収容はまだ完了していないのではありませんか?」

 ミリアの指摘にさすがのザイアスも苦笑する。

「ああ、完了するまでお前等が頼りだ! 頼むぞ!」

 ザイアスにはっきりそう言われて、ダイチの胸に誇らしさがこみ上げてきた。





「……またすぐこいつに乗ることになるとはな」

 海賊船の格納庫でダイチはヴァ―ランスを見上げて言う。

「フフン、こんなこともあろうかと万全に整備していた甲斐があったってもんや!」

 イクミが得意満面の笑みを浮かべる。

「助かるけど、お前いつ寝てるんだ?」

 ダイチはイクミの八面六臂の万能整備ぶりに疑問を口にする。

「まあ、今回はロバルトはんが寝ずに手伝ってくれたからな」
「ほ、本名でよ、ぶ、な……」

 隅のソファーで寝込んでいたロバルトがガクガクと訴えかける。その様子を見ると相当こき使われたことがうかがい知れる。
 気の毒だな、とダイチは同情した。

「さっき使ったばかりのブーストのデータに組み込んであるから、安心してつかぃや」
「あ、ああ、そいつは助かるぜ」

 ヴァ―ランスに組み込まれたブースト。ブランフェール収容所で二度使ったことを思い出す。
 限界を超えたブースターの噴射で機体がバラバラになるんじゃないかと不安を覚えるほどのやばさを感じた。

(出来れば、もう二度と使いたくねえが)

 それでも、いざという時や生き残る道がそれしか無い時は使うだろう。

「なあに、そなたなら使い時を見誤ることはないじゃろ」

 フルートは、思いっきり胸を張って言う。
 そして、当然のごとくヴァ―ランスにダイチと共に搭乗しようとしている。

「なあ、フルート」

 ダイチはそれとなく降りて欲しい意志を込めて呼びかける。
 フルートはそれを察して、ムッとする。

「みなまで言うな。夫婦というものは常に生死を共にするものじゃ」
「いや、そうじゃなくてな……」

 第一、俺達は夫婦じゃない。そう言おうとして、フルートは睨んでくる。

「共にいさせて欲しいのじゃ。妾もそなた達のチカラになりたい」

 どこまでも、まっすぐな眼差しで返す。

「フルート……」

 ダイチにはその眼差しを制止させる言葉が持っていなかった。

「わかった。チカラを貸してくれ」
「うむ! 存分に借りるがよい!」
「その代わり、いざとなったら俺が守るからな」
「んな……」

 フルートは絶句する。

「い、いい、いきなり、そそ、そういう台詞言うでない!」

 フルートは赤面してそっぽ向く。

「ん、どうかしたのか?」
「なんでもない! 男から言われてみたい台詞をいきなり言われたからといって胸ドキなどしとらんぞ!!」
「は、はあ……?」

 フルートに言われて、自分がなんて言ったのか思い出してみる。

「あ……」

 そこでダイチは気づく。
 自分が凄く恥ずかしい台詞を口にしたことを。

「いや、これは違うんだ!」
「違う? 何が違うというのじゃ!? 妻である妾を守ると言ったことがか!?」
「いや、そこじゃなくてだな!」
「では、何じゃ! 男が一度言った事を撤回するというのか!?」
「う……!」

 そう言われると弱い。
 それに、フルートを絶対に守るという気持ちは撤回したくはない。

「あんた達、何グズグズしてんのよ?」

 エリスが不審な顔つきで声をかけてくる。

「うわお、エリス!?」

 ここでややこしくなりそうな要因になる。

「何慌ててんの? やましいことでもしてたわけ?」
「べ、別にやましいことなんて何も!」
「そうじゃ、ダイチと童は――健! 全! な仲じゃぞ!」

 やたらと「健全」を強調して言っているせいで、逆に容疑は深まってくる。

(俺とフルートって……地球基準じゃ健全な仲とは言えないよな……)

 そもそもダイチの言う地球基準には、「千年生きても身体は五歳児並」という規格外の冥王星人は存在していないのでなんともいえない。
 それでも「身体は五歳児並」となると、どうにもいかがわしさを禁じ得ない。

「ふうん、健全ね……」

 エリスが怪訝そうな顔つきで診てくる。そのせいで、ダイチは言い知れぬ罪悪感が募ってくる。何故なのか。

「な、なんだよ?」
「別に!」

 エリスに強く言い返されて、気圧される。

(なんで、そう不機嫌なんだよ?)

 まったくもって理不尽だとダイチは思った。

「ほれ!」

 フルートはダイチの手を引く。

「さっさと行くぞ! グズグズしておると攻め込まれてしまうぞ!」
「あ、ああ……!」

 そのまま、ヴァ―ランスの操縦席まで駆け上がって入り込む。

「一体どうしたんですか?」

 エリスにミリアが訊く。

「なんでもないわよ……」
「そんなダイチさんにつっかからなくてもいいじゃないですか?」
「別につっかかるつもりじゃなくて、うーん」

 エリスの方からしてみても、なんでそうしてしまったのかわからない。

「もしかして、嫉妬ですか?」
「嫉妬!? 誰が誰によ!?」
「私の口からはとてもとても」

 ミリアははぐらかす。
 その態度にエリスは余計に苛立ってくる。

「一発殴っていい?」
「まあ、怪我人はいたわってください」
「怪我人だったら大人しくしていなさい」
「操縦席で大人しくしていますよ」

 それは大人しいといえるのか。甚だ疑問であったが、突っ込むだけ無駄なのは良く知っていた。

「……そうね、あんたの足ぐらいやってやるわよ」

 ぶっきらぼうに答えてみるが、ミリアはそれに十二分満足していた。

「うちの大事なフォルティスを貸すんやから、絶対に壊さんといてな」

 イクミが言う。
 その言葉には、エリスとミリアも無事に帰ってくるように、という意味も込められている。
 そんなことわざわざ言わなくてもわかっている。孤児院を出た時からの長い付き合いなのだから。
 フォルティス・デュオはイクミが作り上げた『夢とロマンのスーパーロボット』のマシンノイド。
 木星のテロリスト基地から脱出する際に、無理な戦闘をさせてしまったため、故障してしまい、宇宙海賊に預けていた。そこでイクミの頼みで海賊船の格納庫を間借りしてもらい、なおかつ修理と整備させてもらっていた。
 イクミ曰く「デュオはバージョンアップという意味や!」。
 どうしても戦いたいというエリスに、イクミはフォルティス・デュオを貸すことになった。

「ハイスアウゲンがここにあったら……!」
『ないものがねだってもしょうがないでー』

 エリスはフォルティスの操縦席に乗り込む。
 操縦席は複座になっており、三人まで乗り込めるようになっている。

「……武装の管理は任せてください」

 ミリアが申し出て一緒に乗り込んでくる。

「いらないって、言ってるのに」
「エリスが無茶せんように頼むで」
「って、あんたも乗るの!?」

 いつの間にかイクミまで乗り込んでいた。

「いやはや、こんなおもろいイベント、特等席でみないと損やろ」
「損得の問題じゃないでしょ」

 エリスは呆れる。
 とはいっても、これがイクミの性分なのだからしょうがないと思った。

「ところでエリス、フォルティス・デュオの乗り心地はどうや?」
「ん、そうね……」

 GFSが起動し、エリスは指先を動かして確認する。

「ちょっと重いわね」
「師匠のアウゲンに比べたら、そらそうやな」
「でも、その分パワーはあるわね。やってみせるわ」
「せやな! それでこそエリスや!!」

 エリスの意欲に満ちた一言に、イクミは満足に笑う。

「さて、それじゃあ行くわよ!」

 フォルティスの足が格納庫の区画から出る。

ドン!

 重量溢れるフォルティスの足取りで格納庫が揺れる。

「この重量とパワーが比例してくれればいいんですけど」

 ミリアが操縦席にまで伝わってくる。

「なあに、エリスがちゃんと引き出してくれるやろ」
「そうですね」

 ミリアはフフッと笑う。
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