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第26話 着彩! 彩る衣装と魔法の笑顔(Aパート)
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「紅茶、おかわりいる?」
「は、はい……是非お願いします」
かなみは恭しくカップを差し出すと、来葉は手馴れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいのに」
来葉は微笑んで言う。
しかし、かなみにとっては無理な話であった。
来葉は黒いスーツをピッチリ着込んだ大人の女性であり、眼鏡をカチリと立てる仕草に知的な雰囲気を感じずにはいられない。端的に言ってしまえば憧れる理想の大人像の一つなのだ。
そんな憧れを前にして、緊張するなというが無理な話だ。
特に紅茶を渡す際に見せる口元の緩みに女子であるかなみにもドキリとさせられる。
『来葉に憧れるのよね』
前に翠華はそう言っていたことを思い出す。
その気持ちはかなみもわかるし、こうして面と向かっていると同じ気持ちであることを自覚させられる。
「自分の家だと思ってくつろいでもらったいいのよ」
「そう言われましても……」
どうにもこの清潔感の整った事務室は落ち着かなかった。
それを察して来葉はため息をついた。
「まあ、仕方ないわね。」
かなみはそう言われて申し訳なくなるが、これはちょっとどうしようもない。
「ゆっくりしていってね。頼まれたモノを作るにはちょっと時間がかかるから」
「時間が、かかるんですか?」
かなみが頼んでいたのは、あるみから渡された情報を見て如何なる未来を招き寄せるかを観測してもらうことだ。
来葉は未来を視る魔法が使える。
それがどんなに凄いことか、かなみには想像がつかないし、それがどのくらい大変なのかもわからない。
(確か、前頼んだ時は小冊子ぐらいあったから……あれまた作るとなると時間かかるわよね……)
かなみは前に来葉のところへ行った時、そのぐらいの分厚い紙の束にその場で書いているのだが、すぐに出来るものじゃない。いくら速記術が使えようとも量が量なだけに時間はかかる。
――ゆっくりしていてほしい。
来葉のこの発言にはそういった時間のかかることに気を遣ってのことなのだが、どうにも別の意図も感じる。
どうしてだが、初対面から来葉はかなみに厚意的で、何かと世話を焼いてくれるし、時折母親のような温もりを与えてくれる。
どうしてここまでしてくれるのだろうか。
何度も疑問を抱き、実際本人にも訊いてみたこともある。
「それはあなたが結城かなみだから」
とよくわからない回答をもらっている。
それだけじゃわからないから、もっと詳しく教えて欲しい。
でも、それを問いただす勇気がかなみには無かった。
来葉はパソコンを操作している。
未来を視る魔法を使って得た情報は記す際は、必ずペンを使って紙で書くようにしているって教えてもらった。
「ずっと昔からそうしているから。魔法っていうのはね、そういう形式にこだわるものなのよ」
そう答えてくれた。
何かこだわりがあった方が、より魔法は強くなるってことなのかな。とかなみは思った。
――こだわるも何もあんたは借金って最凶の魔法持ってるじゃん
みあのそんな言葉が脳裏をよぎる。
「うう……」
認めたくない。けど、認めざるを得ない。
借金が自分のチカラになっている。
かつてネガサイドの元で怪物と戦わされたとき、一時的に借金から解放された。
負けこそしなかったものの、明らかに今と比べると魔力の調子は落ちる。というか、今が充実していて怖いほどなのだ。
(強すぎるチカラってのも考えものよね)
何しろ魔力が充実すれば、それだけ魔法の威力は増し、破壊力も上がる。
当然、それは周囲への被害も増すということだ。
それだけかなみの報酬も下がる。下がるということはまた借金完済が遠のく。
完済……借金は現在四億になっている。
そんな途方もない大金を本当に返せるのだろうか。
考えると不安ばかりが募っていく。
「どうしたの、暗い顔をして?」
突然、来葉が顔を覗き込んできた。
「のうわッ!?」
悲鳴のような奇声を発してしまった。
この人、来葉は突然こういった不意打ちをやってくる。
「そうそう、かなみちゃんにはそういう明るい顔が似合うわ」
「は、はは、あはは……」
何事もなかったかのように微笑む来葉に、かなみはただ苦笑することしかできなかった。
(この人、突然やってくるのよね……気づかずいきなり忍び寄る、まるで忍者……?)
「私は忍者なんかじゃないわよ」
「――!」
かなみは思わずビクッと震える。
心を読まれた。もしかして未来を視たのか。
かなみが心の声を思わず口にする未来。
「未来も視ていないわ」
また読まれた。しかもきっちりと否定の言葉までもらった
「――ただのカンよ」
フフ、と来葉は笑う。
「そ、そうなんですか……」
その笑顔がまた怖い、とかなみは思うのだが、これも読まれているのかと思うと余計に怖くなった。
「そんなことより、暗い顔していたってことはまた借金のこと考えてたの?」
「は、はい……」
そこまで読まれているのなら、隠しても仕方ない。
「うーん、気にするなっていう方が無理なのよね」
来葉は顎に手を当てて考える。
「決めたわ」
「決めたって何をですか?」
「借金は返せないけど、かなみちゃんの心を軽くするためのことをするわ」
「借金は返せないんですか」
それだけでかなみの心が重くなる。
「そう軽くならないで。給料上げるよう、あるみと交渉してあげるから」
「本当ですか!?」
あるみへ交渉するなんて命知らずというか命懸けのレベルなのだが、この女性は軽く言った。それだけで尊敬に値する。
「――そうすればあるみに会えるからね」
密かに呟いた来葉の声はかなみには聞こえなかった。
かなみは車に乗せられた。
来葉のイメージに合った黒い車である。
「ちょっと私の仕事に付き合ってもらうわ」
「来葉さんの仕事?」
前にかなみは来葉の仕事を見せてもらったことがある。
政治家に自分は次の選挙で当選するのか、どのような政策を打ち出せばいいのか、未来を見て、彼らが求める助言を言ってきた。
「世間じゃ、私のこと胡散臭い占い師だと言っているんでしょうね」
来葉は自嘲してそう言った。
「でもね、人はそういう胡散臭いモノを求めるってことなのよ。未来を見て欲しいって依頼は十年以上やってるけど途切れたことがないもの、フフ」
「十年……来葉はいつからこんなことやってるんですか?」
「それは今話すような話じゃないわね」
それではいつになったら話してくれるのか。
思った疑問を口にしかけたが、やめた。人には事情がある。十年以上前に何かあったとしたら気安くおいそれと話せるようなものではない。そう思うと簡単に訊けなくなってしまった。
「いつか……話せるときがきたら話すわ」
「いつか、ですね」
「長い話になるからね、コーヒーと紅茶をたっぷり用意してからにしないとね」
「コーヒーって社長も呼ぶんですか?」
「もちろんよ。あるみがいた方が話が弾むもの」
「社長にも訊いて欲しいからですか?」
「ええ、そうね。それとあの娘もいてくると……ううん、なんでもないわ」
「あの娘って誰ですか?」
かなみは気になって訊いてしまった。
「かなみちゃんもよく知ってる娘よ。名前はいえないけどね」
「名前は教えてほしいんですけど……」
「これも話せるときがきたらね。とにかく今は我慢の時だから」
「我慢の時ですか……それはいつまで続くんですか?」
「それはかなみちゃん次第かな」
「そ、そうですね……」
かなみは苦笑した。
「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「芸能事務所よ」
「へ?」
かなみはキョトンとする。
黒い車を止めて、かなみ達は車から降りる。
『金持かねもち芸能プロダクション』
と、目の前にせせこましくも堂々と書かれた看板がある。
「ほ、本当に……芸能事務所じゃないですか!」
「ファッション雑誌を買う余裕もないのによく知ってるね」
「あんたは黙ってなさい!」
「さ、行くわよ、かなみちゃん」
「この事務所に何の仕事で来たんですか? まさか来葉さん、モデルの仕事もしてたんですか!?」
綺麗でスラッとした体型の来葉はモデルをやっていてもすごくしっくりくる。
あるみも同じぐらい綺麗なので写真映りがいいのだから、この二人が並ぶとすごく絵になる。
――でも、私には縁が無いわよね
だって、借金していてみすぼらしくて綺麗な服とかそういうものがまったく似合わないのだから、ファッションなんてとてつもなく縁遠い。
「って、待ってください来葉さん!」
かなみは慌てて来葉を追いかけた。
そして社長と思われるお偉い方々が待ち構えている社長室に入った。
(な、なんなの、この状況……!?)
唐突に緊迫した空気になった。心の準備を一切していなかったかなみは焦って汗をダラダラ流す。
「ようこそ、お越しくださいました」
真ん中に立つ一番偉そうな男が丁寧に歓迎の言葉を述べる。
(意外に低姿勢!?)
「今日来てくださった御用というのは他でもない我が事務所の未来です」
コンコンとノック音とともに一人の少女が入ってくる。
「失礼しまーす」
眩い金色の髪をしたかなみと同じくらいの歳の少女だ。
「中学生モデルの金橋美依奈かなはしみいな、十四歳です」
かなみは見とれた。
十四歳ということはかなみと同じ歳。なのに、モデルというのはこんなにも輝くような髪に、クリッとした目にツ、ヤのある口……その何もかもをもってカワイイを主張している娘がいるなんて。
「どうもマネージャーの山倉です」
後から入ってきた青年がペコペコとお辞儀して自己紹介する。
「どうも私が占い師の黒野来葉です。こちらが付き人の結城かなみちゃん、こう見えてモデル志望なのよ」
「――へ?」
かなみは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
それはそうだ。こんな紹介をされるなんて思ってもみなかったのだ。
(え、ええぇぇぇぇぇッ!?)
この声を出すのもはばかれる空間で、かなみは代わりに心の声を精一杯張り上げて驚いた。
「はあ、モデル志望なんですか……どおりで可愛い娘だなと思いましたよ」
(さ、さすが、マネージャー(?)……お世辞がうまい……)
「ええ、本当に目に入れても痛くないぐらい可愛い娘なんですよ」
(やめてください、来葉さん! 恥ずかしいですから!)
かなみは精一杯声を出さずに外面だけでも平静を保とうとするが、顔が真っ赤にゆだっている為、焦っているのが一目でわかる。
「ふうん……」
その中でモデルの美依奈だけは冷ややかな目で見つめている。
それはそうだ。何しろこんなみすぼらしい少女がモデル志望なんて、ちゃんちゃらおかしくてモデルとしての自分を馬鹿にされているような気分になったのだろう。
「ま、悪くないんじゃない」
「……え?」
今度こそかなみは声を出してしまった。
美依奈は何やら気に食わない顔をしているようだが、それだけに今の発言は自分を認めているように思える。
――でも、なんで私なんかを?
その疑問のせいで来葉とマネージャーが何を話しているのわからなかった。
「あの社長さん、美依奈ちゃんのことを結構気にしているみたいなのよ」
「それはどーも」
車の中でぶっきらぼうに美依奈は答える。
「そりゃ、あなたは売れっ子だからね。でも、一年、二年もそのままでいられるかは限らないのが芸能界でしょ」
「あんた、そのあたり詳しそうね。昔モデルでもやってたんじゃないの、綺麗だしね」
「違うわ。こういう商売しているとその筋の客が来るものよ」
「ふうん、売れてるんだ。んで、その娘こはなに?」
美依奈はかなみを指して訊いた。
「娘みたいなものよ」
来葉はあっさり答えた。
「親戚? まあ、顔は似てなくもないけど……ちょっと無愛想すぎない?」
それは今の状況に混乱してどうすればいいのかわからないからだ。
というより、何か嫌がらせに思えてならない。
なんだって、かなみは中学生モデルと同じ車に乗せられているのか。しかも、これから行く場所が撮影所。自分とは縁のない世界だなって思う。
「そんなんじゃモデルにはなれないわね」
「……わたし、モデルになるつもりなんてないし」
ようやく出た言葉がそれだった。
小さくか細くて聞き取りづらい声だったが、美依奈にはちゃんと聞こえたのか、キョトンとしている。
「ははん」
しかし、すぐにイタズラッ娘に顔をして笑顔になる。
「悪くないって思ってたけど、取り消すわ」
一息ついてから美依奈はかなみへ向かって言い放つ。
「――可愛くないわ、あなた」
――カチン!
カチンときた。
いくらモデルだからって、いくら可愛いからって……言っていいこと悪いことがあるじゃないか。
いくら可愛くないからって、いくらみすばらしくたって……言われて我慢できることとできないことあるじゃないか。
「あんた……調子乗ってんじゃないの?」
「調子? 何言ってんの?」
かなみと美依奈……来葉を挟んで二人は睨み合う。
「自分が可愛いからって人のこと可愛くないとか言っていい権利あるわけないでしょ」
「権利? そんなの可愛くなくたって言ってやるわよ。ま、私は可愛いけど!」
「可愛いんなら自分だけ愛でてりゃいいでしょ! 可愛くない私はほうっておいてよ」
「自分で可愛くないって言ってるんだから可愛くないって言って何が悪いのよ!」
「人に言われるのは嫌なのよ!」
「勝手ね! わがままだから可愛くないのよ!」
「私のどこがわがままってのよ!?」
「そういうところだって言ってんのよ!」
やかましい口ゲンカをしている中、間に挟まれている来葉は涼しい顔をしている。
「ふ、二人共……そのくらいにしてください」
運転しているマネージャが仲裁に入る。
「フフ、楽しいわね」
「どこがですか!? 大体、来葉さんがモデル志望なんていうからこうなったんですよ!」
「あはは、ごめんね。でもかなみちゃんは可愛いからモデルにだってなれるわよ」
来葉はごく当たり前に笑顔で言ってくれる。
その魅力的な顔を見ると、思わずドキリとさせられる。
「そ、そんなことないですよ! 来葉さんこそなんでモデルやらないんですか!?」
「ああそれ、私も思ってた。まあ、綺麗な人がモデルやる義務はないんだけどね」
「美依奈ちゃんの言うとおりよ。私は義務を果たすだけよ」
「義務って、やっぱ占い?」
「ええ……」
「まあ、あんたならデタラメ言っても信じるでしょ」
「来葉さんはデタラメなんて言わないわよ」
思わずかなみは反論する。
しかし、来葉はかなみの肩を叩いて制する。
――世間じゃ、私のこと胡散臭い占い師だと言っているんでしょうね
ここに来る前に言われた言葉を思い出す。
普通の人は魔法が本当にあることを知らない。だから、来葉の未来を視る魔法を使ってそれで得た情報をいかに正確で信頼できる情報でも、魔法を知らない人からしたら雑誌の占いよりちょっと信用できる言葉程度でしかない。
とはいっても、それでも依頼は後が絶たないものだから、依頼人からはよく当たる占い師として一定の信頼を得ているのだろう。
けれど、それ以外の人からみたらやはり胡散臭い事を言う占い師なのだろう。
別に来葉さんはデタラメを言ってるわけじゃないのに。と思わずにはいられないかなみであった。
「さあ、撮影所につきましたよ」
マネージャー、そう言って車を止める。
「黒野さんと結城さんも見学されるんですよね?」
「はい。この娘の経験のためにお願いします」
「……なんで、私が?」
かなみはぼやいているところを、美依奈は面白くない顔をしていた。
撮影所の端でかなみと来葉は美依奈のファッション雑誌の撮影を見学することになった。
撮影中に衣装合わせをして、それに合わせた化粧が施された美依奈は可愛かった。
元々可愛かったが、衣装と化粧が合わさることでこうも段違いになるのか。
「来葉さん……」
かなみはたまらず隣にいる来葉に訊いた。
「なに?」
「あの娘この未来はどうだったんですか?」
「気になるの?」
「……はい」
「かなみちゃんはどうなっていると思う」
「うーん……」
かなみは美依奈を眺める。
可愛くて綺麗で、今着ている衣装は黒いブラウスのせいで大人らしくもあって、とても同い年に見えない。
一年や二年で仕事が無くなるとは到底思えない。
「いい未来だと思います」
「認めてるの?」
「そりゃ可愛いですし、……さっきは私もどうかしていました」
「そうね、私も今日のかなみちゃんはどうかしていると思うわ」
意外にも来葉ははっきりと言ってきた。優しいけど、グサリと胸を突き刺すような感じだ。
「かなみちゃんはもっと自分に自信と余裕をもって欲しいのよ」
「自信と余裕?」
そんなこと言われても、どちらも今の自分に縁遠いものだと思う。
「私のどこにそんな自信持てるところがあるっていうんですか?」
自分に自信なんてあるつもりはなかった。
ここに来て、モデルとして輝く星のような美依奈を見ていると余計にそう思うようになってしまった。
ただでさえ、借金のせいで余裕がなくて自分を磨くなんてことができないせいでオシャレなんてすっかりやめていた。
せいぜい以前あるみから譲ってもらった薬のおかげで髪の手入れがいらないサラサラした髪を保てていることでかろうじて体裁をもてているような気がする。
「それはかなみちゃんが気づいていないだけよ」
「そうなんですか?」
「さっき、美依奈ちゃんはかなみちゃんのことを悪くないって言ってたじゃない」
「あれは取り消したって言ったじゃないですか」
「一度言ったことは簡単に消えないわ。それにあの娘、結構素直だから」
「す、素直ですか?」
「かなみちゃんと仲良くなれるんじゃないかしら?」
「え? そ、そういう未来が視えたんですか?」
「ううん、そういう予感よ」
未来は視ていない。とはいっても、来葉が言うと無条件にそうなるような気がしてくる。
でも、あの美依奈とかなみが仲良くなる。
車内での口論を思い返す限り、そんなことにはならないだろうと思ってしまう。
「美依奈さんと仲良くなるですか……」
口にすると余計に信じられなくなる。
「あなたは仲良くなりたくないの?」
「仲良く、ですか……?」
仲悪くしたいなんて考えたない。
ただ仲良くなりたいかというとそれもはっきりわからない。
「あの娘はかなみちゃんと仲良くなりたいと思ってるんじゃないの?」
「ええ、そんなわけないじゃないですか」
仲良くなりたいと思っている相手に『可愛くない』なんて言うはずがない。
だから、かなみには来葉の言うことが信じられなかった。
「あの娘なりのアプローチなんじゃないの。それか、いじけているあなたが気になったか」
「私、いじけていましたか?」
「いじけているわね」
「……借金のせいですよ。それか来葉さんがこんなところに連れ回すからですよ」
「気分転換になると思ったのだけどね」
やっぱり、来葉は変わっている。
こんなモデルの撮影所にきたところで気分転換になるはずがない。
というか、さっきから妙に卑屈な考えばかり思い浮かぶのはここに来たせいなのかもしれない。
綺麗で可愛い人を見て、ついつい自分と比べてしまったせいだ。
「どうして、モデル志望だなんて嘘言ったんですか?」
「そう言った方がいいと思ったからよ。それに私はモデルになっても通じると思ったから、
――だって、かなみちゃんは可愛いから」
そう笑顔で言った来葉のせいで、かなみは言葉を失った。
この笑顔はずるい。
嘘や冗談なんて一切ない、本気の笑顔。むげに払うことができない、暖かい光。
「私は可愛くなんてないですから」
まぶしくて、かなみには目を背けることしかできなかった。
「あ、撮影が終わったみたいね」
来葉がそう言ったことで、かなみはセットの方を見る。
セットから出て、椅子に座ってリラックスしている美依奈の姿があった。
もう終わったのなら早く帰れる、とひと安心できるかなみ。
今、美依奈の元へ来葉が行った。それで、マネージャーとスタッフも入って何やら話している。
それが終わったら美依奈は着替えて変えることになる。
早く帰りたいな、と思いながら話している美依奈達を眺めた。
――あの娘です。
美依奈がかなみを指差してそう言った。
その声だけが妙にはっきりと耳に届いた。それを訊いてかなみはドキリとした。
(なんで私を?)
疑問を抱きつつ、胸が高鳴る。
スタッフやカメラマンの人達もこちらを見ている。
(え? なんでどうして?)
来葉がニコリと微笑んでかなみの元へやってくる。
「かなみちゃん、出番よ」
「え、えぇ、どういうことですか?」
戸惑うかなみの手を引っ張り、無理矢理連れ出す。
「あ、ちょ、ちょっと、来葉さん!?」
落ち着いた雰囲気だというのに、有無を言わす間を与えない強引さがある。
連れてこられた先にスタッフやらメイクの人やらカメラマンやら視線が一斉に集中する。
「なるほど……」
その中のスタッフの一人が何やら納得する。
「あ、あの、みなさん、あ、あんまりみないでください……」
「かなみちゃん、これチャンスなんだからやってみなさいよ」
「む、無理ですよ……! 私なんかが出来るわけないじゃないですか!」
「いつも動画で姿を晒しているのに?」
魔法少女での戦いをネットの動画に上げていることだ。
「え、あ、あれは!? 勝手に撮影されてるからですよ! 第一そんな人の目にふれるじゃないし!」
「大丈夫よ、物は試しってやつよ。――モデル料も一応出るみたいだから」
後半の囁き声にかなみは心を揺り動かされる。
「え? 出るんですか?」
思わずかなみは小声で訊き返す。
「上手くとれたらね」
「私、頑張ります!」
その一声で、トントン拍子で話が進んだ。
美依奈がさっき来た白いブラウスを着せられて、メイクもされる。
化粧なんていつ以来だろうか。親が帰ってこなくなってからかな。そんなことをする余裕もなくてただただ必死に毎日を頑張ることしかできなくて、忘れていた。
メイクが終わって、鏡を見せられると一瞬誰だかわからなかった。
「これが私……?」
「ええ、紛れもなくかなみちゃんよ」
白いブラウス、ちょっと大人っぽくて自分には似合わないと思ったけど、そんなことはなかった。
「サイズピッタリでよかった」
「スタイルもいいわね、特にウエストなんか。これなら衣装もバッチリ合うわ」
「いや、顔もいいよ。撮りがいがある素材だねえ」
カメラマンも張り切ってカメラを構える。
「私、そんな顔なんて……」
「認めなさいよ」
美依奈がぶっきらぼうに言う。
「これだけの人が認めてるんだから、
――あんた、可愛いわよ」
「……美依奈ちゃん」
かなみは感動のあまり名前で呼んでしまった。
「ちゃ、ちゃん……?」
予想外のちゃん付けに美依奈は驚きのあまり呆然としてしまった。
「さあ、撮影よ。頑張って!」
来葉に促されるまま、セット立つ。
「う……!」
緊張する。
いざ、こうして立ってカメラのレンズにさらされると、身体や顔が硬直してしまう。
「あ、かなみちゃん。笑顔、お願い!」
「え、笑顔……」
そんなこと言われても、緊張でどうしたらいいかわからない。
「いつものままの君でいいよ」
懐から声がする。
ああ、そういえば今回全然喋ってなかったわね。
いつも肩から憎まれ口を叩いてくるマニィの声を訊いて少し安心できた。
「いつもの、か……」
おかげでちょっと周りを見る余裕ができた。
来葉が微笑んで見守ってくれている。その横で美依奈がこちらを見ていることに気づく。
目と目が合った。互いにそれに気づくと美依奈は慌てて視線を逸らした。
(私、嫌われてるな……)
その仕草に少なからずショックを受けた。
――あんた、可愛いわよ
そう言われて素直に嬉しかった。
可愛い子に可愛いって言われるのがこんなにも嬉しいことだと思わなかった。
それに仲良くなりたいとも思った。
自分のことを認めてくれるし、自分だって認めたい。
あなたも可愛いわよ。そう言って友達になれたらどんなに素敵か。
声を掛けてみようかな。でもやっぱり嫌われているからな、どうしようか。
「かなみちゃん、笑顔笑顔」
来葉の声が聞こえる。
「あ……!」
これから撮影だということを忘れかけてしまった。
でも、今なら少し落ち着けた。
(美依奈ちゃんと同じように……)
それはできないことかもしれない。
でも、その美依奈が可愛いと言ってくれたのだから、可愛くなれるって信じられる。
パシャ!
シャッター音が鳴り出す。
「いつもと同じようにすればいいよ。魔法少女になったときを思い出すんだ」
マニィの声を訊いて、かなみは思い浮かべる。
(愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!)
心の中でいつも言っている口上をあげる。
すると、魔法がかかったみたいに、笑顔になれて、気持ちが羽が生えたみたいに何でも出来る気がした。
今だけは借金や仕事のことは忘れて、この気持ちに浸りたい気分だった。
いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思った。
そんな魔法があってもいいじゃないかな?
「は、はい……是非お願いします」
かなみは恭しくカップを差し出すと、来葉は手馴れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいのに」
来葉は微笑んで言う。
しかし、かなみにとっては無理な話であった。
来葉は黒いスーツをピッチリ着込んだ大人の女性であり、眼鏡をカチリと立てる仕草に知的な雰囲気を感じずにはいられない。端的に言ってしまえば憧れる理想の大人像の一つなのだ。
そんな憧れを前にして、緊張するなというが無理な話だ。
特に紅茶を渡す際に見せる口元の緩みに女子であるかなみにもドキリとさせられる。
『来葉に憧れるのよね』
前に翠華はそう言っていたことを思い出す。
その気持ちはかなみもわかるし、こうして面と向かっていると同じ気持ちであることを自覚させられる。
「自分の家だと思ってくつろいでもらったいいのよ」
「そう言われましても……」
どうにもこの清潔感の整った事務室は落ち着かなかった。
それを察して来葉はため息をついた。
「まあ、仕方ないわね。」
かなみはそう言われて申し訳なくなるが、これはちょっとどうしようもない。
「ゆっくりしていってね。頼まれたモノを作るにはちょっと時間がかかるから」
「時間が、かかるんですか?」
かなみが頼んでいたのは、あるみから渡された情報を見て如何なる未来を招き寄せるかを観測してもらうことだ。
来葉は未来を視る魔法が使える。
それがどんなに凄いことか、かなみには想像がつかないし、それがどのくらい大変なのかもわからない。
(確か、前頼んだ時は小冊子ぐらいあったから……あれまた作るとなると時間かかるわよね……)
かなみは前に来葉のところへ行った時、そのぐらいの分厚い紙の束にその場で書いているのだが、すぐに出来るものじゃない。いくら速記術が使えようとも量が量なだけに時間はかかる。
――ゆっくりしていてほしい。
来葉のこの発言にはそういった時間のかかることに気を遣ってのことなのだが、どうにも別の意図も感じる。
どうしてだが、初対面から来葉はかなみに厚意的で、何かと世話を焼いてくれるし、時折母親のような温もりを与えてくれる。
どうしてここまでしてくれるのだろうか。
何度も疑問を抱き、実際本人にも訊いてみたこともある。
「それはあなたが結城かなみだから」
とよくわからない回答をもらっている。
それだけじゃわからないから、もっと詳しく教えて欲しい。
でも、それを問いただす勇気がかなみには無かった。
来葉はパソコンを操作している。
未来を視る魔法を使って得た情報は記す際は、必ずペンを使って紙で書くようにしているって教えてもらった。
「ずっと昔からそうしているから。魔法っていうのはね、そういう形式にこだわるものなのよ」
そう答えてくれた。
何かこだわりがあった方が、より魔法は強くなるってことなのかな。とかなみは思った。
――こだわるも何もあんたは借金って最凶の魔法持ってるじゃん
みあのそんな言葉が脳裏をよぎる。
「うう……」
認めたくない。けど、認めざるを得ない。
借金が自分のチカラになっている。
かつてネガサイドの元で怪物と戦わされたとき、一時的に借金から解放された。
負けこそしなかったものの、明らかに今と比べると魔力の調子は落ちる。というか、今が充実していて怖いほどなのだ。
(強すぎるチカラってのも考えものよね)
何しろ魔力が充実すれば、それだけ魔法の威力は増し、破壊力も上がる。
当然、それは周囲への被害も増すということだ。
それだけかなみの報酬も下がる。下がるということはまた借金完済が遠のく。
完済……借金は現在四億になっている。
そんな途方もない大金を本当に返せるのだろうか。
考えると不安ばかりが募っていく。
「どうしたの、暗い顔をして?」
突然、来葉が顔を覗き込んできた。
「のうわッ!?」
悲鳴のような奇声を発してしまった。
この人、来葉は突然こういった不意打ちをやってくる。
「そうそう、かなみちゃんにはそういう明るい顔が似合うわ」
「は、はは、あはは……」
何事もなかったかのように微笑む来葉に、かなみはただ苦笑することしかできなかった。
(この人、突然やってくるのよね……気づかずいきなり忍び寄る、まるで忍者……?)
「私は忍者なんかじゃないわよ」
「――!」
かなみは思わずビクッと震える。
心を読まれた。もしかして未来を視たのか。
かなみが心の声を思わず口にする未来。
「未来も視ていないわ」
また読まれた。しかもきっちりと否定の言葉までもらった
「――ただのカンよ」
フフ、と来葉は笑う。
「そ、そうなんですか……」
その笑顔がまた怖い、とかなみは思うのだが、これも読まれているのかと思うと余計に怖くなった。
「そんなことより、暗い顔していたってことはまた借金のこと考えてたの?」
「は、はい……」
そこまで読まれているのなら、隠しても仕方ない。
「うーん、気にするなっていう方が無理なのよね」
来葉は顎に手を当てて考える。
「決めたわ」
「決めたって何をですか?」
「借金は返せないけど、かなみちゃんの心を軽くするためのことをするわ」
「借金は返せないんですか」
それだけでかなみの心が重くなる。
「そう軽くならないで。給料上げるよう、あるみと交渉してあげるから」
「本当ですか!?」
あるみへ交渉するなんて命知らずというか命懸けのレベルなのだが、この女性は軽く言った。それだけで尊敬に値する。
「――そうすればあるみに会えるからね」
密かに呟いた来葉の声はかなみには聞こえなかった。
かなみは車に乗せられた。
来葉のイメージに合った黒い車である。
「ちょっと私の仕事に付き合ってもらうわ」
「来葉さんの仕事?」
前にかなみは来葉の仕事を見せてもらったことがある。
政治家に自分は次の選挙で当選するのか、どのような政策を打ち出せばいいのか、未来を見て、彼らが求める助言を言ってきた。
「世間じゃ、私のこと胡散臭い占い師だと言っているんでしょうね」
来葉は自嘲してそう言った。
「でもね、人はそういう胡散臭いモノを求めるってことなのよ。未来を見て欲しいって依頼は十年以上やってるけど途切れたことがないもの、フフ」
「十年……来葉はいつからこんなことやってるんですか?」
「それは今話すような話じゃないわね」
それではいつになったら話してくれるのか。
思った疑問を口にしかけたが、やめた。人には事情がある。十年以上前に何かあったとしたら気安くおいそれと話せるようなものではない。そう思うと簡単に訊けなくなってしまった。
「いつか……話せるときがきたら話すわ」
「いつか、ですね」
「長い話になるからね、コーヒーと紅茶をたっぷり用意してからにしないとね」
「コーヒーって社長も呼ぶんですか?」
「もちろんよ。あるみがいた方が話が弾むもの」
「社長にも訊いて欲しいからですか?」
「ええ、そうね。それとあの娘もいてくると……ううん、なんでもないわ」
「あの娘って誰ですか?」
かなみは気になって訊いてしまった。
「かなみちゃんもよく知ってる娘よ。名前はいえないけどね」
「名前は教えてほしいんですけど……」
「これも話せるときがきたらね。とにかく今は我慢の時だから」
「我慢の時ですか……それはいつまで続くんですか?」
「それはかなみちゃん次第かな」
「そ、そうですね……」
かなみは苦笑した。
「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「芸能事務所よ」
「へ?」
かなみはキョトンとする。
黒い車を止めて、かなみ達は車から降りる。
『金持かねもち芸能プロダクション』
と、目の前にせせこましくも堂々と書かれた看板がある。
「ほ、本当に……芸能事務所じゃないですか!」
「ファッション雑誌を買う余裕もないのによく知ってるね」
「あんたは黙ってなさい!」
「さ、行くわよ、かなみちゃん」
「この事務所に何の仕事で来たんですか? まさか来葉さん、モデルの仕事もしてたんですか!?」
綺麗でスラッとした体型の来葉はモデルをやっていてもすごくしっくりくる。
あるみも同じぐらい綺麗なので写真映りがいいのだから、この二人が並ぶとすごく絵になる。
――でも、私には縁が無いわよね
だって、借金していてみすぼらしくて綺麗な服とかそういうものがまったく似合わないのだから、ファッションなんてとてつもなく縁遠い。
「って、待ってください来葉さん!」
かなみは慌てて来葉を追いかけた。
そして社長と思われるお偉い方々が待ち構えている社長室に入った。
(な、なんなの、この状況……!?)
唐突に緊迫した空気になった。心の準備を一切していなかったかなみは焦って汗をダラダラ流す。
「ようこそ、お越しくださいました」
真ん中に立つ一番偉そうな男が丁寧に歓迎の言葉を述べる。
(意外に低姿勢!?)
「今日来てくださった御用というのは他でもない我が事務所の未来です」
コンコンとノック音とともに一人の少女が入ってくる。
「失礼しまーす」
眩い金色の髪をしたかなみと同じくらいの歳の少女だ。
「中学生モデルの金橋美依奈かなはしみいな、十四歳です」
かなみは見とれた。
十四歳ということはかなみと同じ歳。なのに、モデルというのはこんなにも輝くような髪に、クリッとした目にツ、ヤのある口……その何もかもをもってカワイイを主張している娘がいるなんて。
「どうもマネージャーの山倉です」
後から入ってきた青年がペコペコとお辞儀して自己紹介する。
「どうも私が占い師の黒野来葉です。こちらが付き人の結城かなみちゃん、こう見えてモデル志望なのよ」
「――へ?」
かなみは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
それはそうだ。こんな紹介をされるなんて思ってもみなかったのだ。
(え、ええぇぇぇぇぇッ!?)
この声を出すのもはばかれる空間で、かなみは代わりに心の声を精一杯張り上げて驚いた。
「はあ、モデル志望なんですか……どおりで可愛い娘だなと思いましたよ」
(さ、さすが、マネージャー(?)……お世辞がうまい……)
「ええ、本当に目に入れても痛くないぐらい可愛い娘なんですよ」
(やめてください、来葉さん! 恥ずかしいですから!)
かなみは精一杯声を出さずに外面だけでも平静を保とうとするが、顔が真っ赤にゆだっている為、焦っているのが一目でわかる。
「ふうん……」
その中でモデルの美依奈だけは冷ややかな目で見つめている。
それはそうだ。何しろこんなみすぼらしい少女がモデル志望なんて、ちゃんちゃらおかしくてモデルとしての自分を馬鹿にされているような気分になったのだろう。
「ま、悪くないんじゃない」
「……え?」
今度こそかなみは声を出してしまった。
美依奈は何やら気に食わない顔をしているようだが、それだけに今の発言は自分を認めているように思える。
――でも、なんで私なんかを?
その疑問のせいで来葉とマネージャーが何を話しているのわからなかった。
「あの社長さん、美依奈ちゃんのことを結構気にしているみたいなのよ」
「それはどーも」
車の中でぶっきらぼうに美依奈は答える。
「そりゃ、あなたは売れっ子だからね。でも、一年、二年もそのままでいられるかは限らないのが芸能界でしょ」
「あんた、そのあたり詳しそうね。昔モデルでもやってたんじゃないの、綺麗だしね」
「違うわ。こういう商売しているとその筋の客が来るものよ」
「ふうん、売れてるんだ。んで、その娘こはなに?」
美依奈はかなみを指して訊いた。
「娘みたいなものよ」
来葉はあっさり答えた。
「親戚? まあ、顔は似てなくもないけど……ちょっと無愛想すぎない?」
それは今の状況に混乱してどうすればいいのかわからないからだ。
というより、何か嫌がらせに思えてならない。
なんだって、かなみは中学生モデルと同じ車に乗せられているのか。しかも、これから行く場所が撮影所。自分とは縁のない世界だなって思う。
「そんなんじゃモデルにはなれないわね」
「……わたし、モデルになるつもりなんてないし」
ようやく出た言葉がそれだった。
小さくか細くて聞き取りづらい声だったが、美依奈にはちゃんと聞こえたのか、キョトンとしている。
「ははん」
しかし、すぐにイタズラッ娘に顔をして笑顔になる。
「悪くないって思ってたけど、取り消すわ」
一息ついてから美依奈はかなみへ向かって言い放つ。
「――可愛くないわ、あなた」
――カチン!
カチンときた。
いくらモデルだからって、いくら可愛いからって……言っていいこと悪いことがあるじゃないか。
いくら可愛くないからって、いくらみすばらしくたって……言われて我慢できることとできないことあるじゃないか。
「あんた……調子乗ってんじゃないの?」
「調子? 何言ってんの?」
かなみと美依奈……来葉を挟んで二人は睨み合う。
「自分が可愛いからって人のこと可愛くないとか言っていい権利あるわけないでしょ」
「権利? そんなの可愛くなくたって言ってやるわよ。ま、私は可愛いけど!」
「可愛いんなら自分だけ愛でてりゃいいでしょ! 可愛くない私はほうっておいてよ」
「自分で可愛くないって言ってるんだから可愛くないって言って何が悪いのよ!」
「人に言われるのは嫌なのよ!」
「勝手ね! わがままだから可愛くないのよ!」
「私のどこがわがままってのよ!?」
「そういうところだって言ってんのよ!」
やかましい口ゲンカをしている中、間に挟まれている来葉は涼しい顔をしている。
「ふ、二人共……そのくらいにしてください」
運転しているマネージャが仲裁に入る。
「フフ、楽しいわね」
「どこがですか!? 大体、来葉さんがモデル志望なんていうからこうなったんですよ!」
「あはは、ごめんね。でもかなみちゃんは可愛いからモデルにだってなれるわよ」
来葉はごく当たり前に笑顔で言ってくれる。
その魅力的な顔を見ると、思わずドキリとさせられる。
「そ、そんなことないですよ! 来葉さんこそなんでモデルやらないんですか!?」
「ああそれ、私も思ってた。まあ、綺麗な人がモデルやる義務はないんだけどね」
「美依奈ちゃんの言うとおりよ。私は義務を果たすだけよ」
「義務って、やっぱ占い?」
「ええ……」
「まあ、あんたならデタラメ言っても信じるでしょ」
「来葉さんはデタラメなんて言わないわよ」
思わずかなみは反論する。
しかし、来葉はかなみの肩を叩いて制する。
――世間じゃ、私のこと胡散臭い占い師だと言っているんでしょうね
ここに来る前に言われた言葉を思い出す。
普通の人は魔法が本当にあることを知らない。だから、来葉の未来を視る魔法を使ってそれで得た情報をいかに正確で信頼できる情報でも、魔法を知らない人からしたら雑誌の占いよりちょっと信用できる言葉程度でしかない。
とはいっても、それでも依頼は後が絶たないものだから、依頼人からはよく当たる占い師として一定の信頼を得ているのだろう。
けれど、それ以外の人からみたらやはり胡散臭い事を言う占い師なのだろう。
別に来葉さんはデタラメを言ってるわけじゃないのに。と思わずにはいられないかなみであった。
「さあ、撮影所につきましたよ」
マネージャー、そう言って車を止める。
「黒野さんと結城さんも見学されるんですよね?」
「はい。この娘の経験のためにお願いします」
「……なんで、私が?」
かなみはぼやいているところを、美依奈は面白くない顔をしていた。
撮影所の端でかなみと来葉は美依奈のファッション雑誌の撮影を見学することになった。
撮影中に衣装合わせをして、それに合わせた化粧が施された美依奈は可愛かった。
元々可愛かったが、衣装と化粧が合わさることでこうも段違いになるのか。
「来葉さん……」
かなみはたまらず隣にいる来葉に訊いた。
「なに?」
「あの娘この未来はどうだったんですか?」
「気になるの?」
「……はい」
「かなみちゃんはどうなっていると思う」
「うーん……」
かなみは美依奈を眺める。
可愛くて綺麗で、今着ている衣装は黒いブラウスのせいで大人らしくもあって、とても同い年に見えない。
一年や二年で仕事が無くなるとは到底思えない。
「いい未来だと思います」
「認めてるの?」
「そりゃ可愛いですし、……さっきは私もどうかしていました」
「そうね、私も今日のかなみちゃんはどうかしていると思うわ」
意外にも来葉ははっきりと言ってきた。優しいけど、グサリと胸を突き刺すような感じだ。
「かなみちゃんはもっと自分に自信と余裕をもって欲しいのよ」
「自信と余裕?」
そんなこと言われても、どちらも今の自分に縁遠いものだと思う。
「私のどこにそんな自信持てるところがあるっていうんですか?」
自分に自信なんてあるつもりはなかった。
ここに来て、モデルとして輝く星のような美依奈を見ていると余計にそう思うようになってしまった。
ただでさえ、借金のせいで余裕がなくて自分を磨くなんてことができないせいでオシャレなんてすっかりやめていた。
せいぜい以前あるみから譲ってもらった薬のおかげで髪の手入れがいらないサラサラした髪を保てていることでかろうじて体裁をもてているような気がする。
「それはかなみちゃんが気づいていないだけよ」
「そうなんですか?」
「さっき、美依奈ちゃんはかなみちゃんのことを悪くないって言ってたじゃない」
「あれは取り消したって言ったじゃないですか」
「一度言ったことは簡単に消えないわ。それにあの娘、結構素直だから」
「す、素直ですか?」
「かなみちゃんと仲良くなれるんじゃないかしら?」
「え? そ、そういう未来が視えたんですか?」
「ううん、そういう予感よ」
未来は視ていない。とはいっても、来葉が言うと無条件にそうなるような気がしてくる。
でも、あの美依奈とかなみが仲良くなる。
車内での口論を思い返す限り、そんなことにはならないだろうと思ってしまう。
「美依奈さんと仲良くなるですか……」
口にすると余計に信じられなくなる。
「あなたは仲良くなりたくないの?」
「仲良く、ですか……?」
仲悪くしたいなんて考えたない。
ただ仲良くなりたいかというとそれもはっきりわからない。
「あの娘はかなみちゃんと仲良くなりたいと思ってるんじゃないの?」
「ええ、そんなわけないじゃないですか」
仲良くなりたいと思っている相手に『可愛くない』なんて言うはずがない。
だから、かなみには来葉の言うことが信じられなかった。
「あの娘なりのアプローチなんじゃないの。それか、いじけているあなたが気になったか」
「私、いじけていましたか?」
「いじけているわね」
「……借金のせいですよ。それか来葉さんがこんなところに連れ回すからですよ」
「気分転換になると思ったのだけどね」
やっぱり、来葉は変わっている。
こんなモデルの撮影所にきたところで気分転換になるはずがない。
というか、さっきから妙に卑屈な考えばかり思い浮かぶのはここに来たせいなのかもしれない。
綺麗で可愛い人を見て、ついつい自分と比べてしまったせいだ。
「どうして、モデル志望だなんて嘘言ったんですか?」
「そう言った方がいいと思ったからよ。それに私はモデルになっても通じると思ったから、
――だって、かなみちゃんは可愛いから」
そう笑顔で言った来葉のせいで、かなみは言葉を失った。
この笑顔はずるい。
嘘や冗談なんて一切ない、本気の笑顔。むげに払うことができない、暖かい光。
「私は可愛くなんてないですから」
まぶしくて、かなみには目を背けることしかできなかった。
「あ、撮影が終わったみたいね」
来葉がそう言ったことで、かなみはセットの方を見る。
セットから出て、椅子に座ってリラックスしている美依奈の姿があった。
もう終わったのなら早く帰れる、とひと安心できるかなみ。
今、美依奈の元へ来葉が行った。それで、マネージャーとスタッフも入って何やら話している。
それが終わったら美依奈は着替えて変えることになる。
早く帰りたいな、と思いながら話している美依奈達を眺めた。
――あの娘です。
美依奈がかなみを指差してそう言った。
その声だけが妙にはっきりと耳に届いた。それを訊いてかなみはドキリとした。
(なんで私を?)
疑問を抱きつつ、胸が高鳴る。
スタッフやカメラマンの人達もこちらを見ている。
(え? なんでどうして?)
来葉がニコリと微笑んでかなみの元へやってくる。
「かなみちゃん、出番よ」
「え、えぇ、どういうことですか?」
戸惑うかなみの手を引っ張り、無理矢理連れ出す。
「あ、ちょ、ちょっと、来葉さん!?」
落ち着いた雰囲気だというのに、有無を言わす間を与えない強引さがある。
連れてこられた先にスタッフやらメイクの人やらカメラマンやら視線が一斉に集中する。
「なるほど……」
その中のスタッフの一人が何やら納得する。
「あ、あの、みなさん、あ、あんまりみないでください……」
「かなみちゃん、これチャンスなんだからやってみなさいよ」
「む、無理ですよ……! 私なんかが出来るわけないじゃないですか!」
「いつも動画で姿を晒しているのに?」
魔法少女での戦いをネットの動画に上げていることだ。
「え、あ、あれは!? 勝手に撮影されてるからですよ! 第一そんな人の目にふれるじゃないし!」
「大丈夫よ、物は試しってやつよ。――モデル料も一応出るみたいだから」
後半の囁き声にかなみは心を揺り動かされる。
「え? 出るんですか?」
思わずかなみは小声で訊き返す。
「上手くとれたらね」
「私、頑張ります!」
その一声で、トントン拍子で話が進んだ。
美依奈がさっき来た白いブラウスを着せられて、メイクもされる。
化粧なんていつ以来だろうか。親が帰ってこなくなってからかな。そんなことをする余裕もなくてただただ必死に毎日を頑張ることしかできなくて、忘れていた。
メイクが終わって、鏡を見せられると一瞬誰だかわからなかった。
「これが私……?」
「ええ、紛れもなくかなみちゃんよ」
白いブラウス、ちょっと大人っぽくて自分には似合わないと思ったけど、そんなことはなかった。
「サイズピッタリでよかった」
「スタイルもいいわね、特にウエストなんか。これなら衣装もバッチリ合うわ」
「いや、顔もいいよ。撮りがいがある素材だねえ」
カメラマンも張り切ってカメラを構える。
「私、そんな顔なんて……」
「認めなさいよ」
美依奈がぶっきらぼうに言う。
「これだけの人が認めてるんだから、
――あんた、可愛いわよ」
「……美依奈ちゃん」
かなみは感動のあまり名前で呼んでしまった。
「ちゃ、ちゃん……?」
予想外のちゃん付けに美依奈は驚きのあまり呆然としてしまった。
「さあ、撮影よ。頑張って!」
来葉に促されるまま、セット立つ。
「う……!」
緊張する。
いざ、こうして立ってカメラのレンズにさらされると、身体や顔が硬直してしまう。
「あ、かなみちゃん。笑顔、お願い!」
「え、笑顔……」
そんなこと言われても、緊張でどうしたらいいかわからない。
「いつものままの君でいいよ」
懐から声がする。
ああ、そういえば今回全然喋ってなかったわね。
いつも肩から憎まれ口を叩いてくるマニィの声を訊いて少し安心できた。
「いつもの、か……」
おかげでちょっと周りを見る余裕ができた。
来葉が微笑んで見守ってくれている。その横で美依奈がこちらを見ていることに気づく。
目と目が合った。互いにそれに気づくと美依奈は慌てて視線を逸らした。
(私、嫌われてるな……)
その仕草に少なからずショックを受けた。
――あんた、可愛いわよ
そう言われて素直に嬉しかった。
可愛い子に可愛いって言われるのがこんなにも嬉しいことだと思わなかった。
それに仲良くなりたいとも思った。
自分のことを認めてくれるし、自分だって認めたい。
あなたも可愛いわよ。そう言って友達になれたらどんなに素敵か。
声を掛けてみようかな。でもやっぱり嫌われているからな、どうしようか。
「かなみちゃん、笑顔笑顔」
来葉の声が聞こえる。
「あ……!」
これから撮影だということを忘れかけてしまった。
でも、今なら少し落ち着けた。
(美依奈ちゃんと同じように……)
それはできないことかもしれない。
でも、その美依奈が可愛いと言ってくれたのだから、可愛くなれるって信じられる。
パシャ!
シャッター音が鳴り出す。
「いつもと同じようにすればいいよ。魔法少女になったときを思い出すんだ」
マニィの声を訊いて、かなみは思い浮かべる。
(愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!)
心の中でいつも言っている口上をあげる。
すると、魔法がかかったみたいに、笑顔になれて、気持ちが羽が生えたみたいに何でも出来る気がした。
今だけは借金や仕事のことは忘れて、この気持ちに浸りたい気分だった。
いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思った。
そんな魔法があってもいいじゃないかな?
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