まほカン

jukaito

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第48話 同行! 未来を視た少女の瞳に映る死神の鎌 (Aパート)

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 真夜中のオフィスで、資料を整理するのも一段落した。
「……ふう」
 今夜の仕事はここまで。
 来葉は一息ついてから、座椅子につける
「――!」
 その瞬間に首筋から全身に寒気が走る。
 何かが首に当てられている。
 死神の鎌だ。
 私の生命を刈り取るために、死神がやってきた。
 ああ、私はここで死ぬ。
 不思議なほど自然にそれを受け入れてしまった。
 鎌はすぅっと首筋をなぞり、綺麗に入っていく。
 斬られた、と感じる間もなく、私は天井を見上げ、床を見下げ、背後に立っていた者まで見えてしまった。
 そして、私は床に転がり、そっと目を閉じた。



 ハァッと目が開いた。
 すぐに首筋を指でなぞり、確かめる。
 繋がっている。まだ生きているという実感が湧く。
 それと同時に、あの鎌の冷たさが現実にあったものだとも気づく。
「あれは、私の未来なのかしら……」
 来葉はメガネを折りたたんでケースにしまう。
 そして、手鏡を見てみる。
 瞳の色は黒。未来を視る時に輝く虹色ではなかった。
 こんな確認したところで何になるのか、わからないわね……と、来葉は自嘲する。
 現在いまは未来を視ていなくても、過去に未来を視てしまったのかもしれないのだから。
「彼女は今もこうして私の首を狙っているのかしらね」
 窓から見下ろす、街の灯りと人のシルエットが全て遠い世界の景色に見えて仕方がなかった。



「一体どんな魔法使ったんですか!?」
 かなみは驚愕して、あるみを問い詰める。
 かなみだけではなく、翠華やみあ、紫織も驚いていた。
 何しろ、記憶の中にいる全壊したはずのオフィスビルがそのまま建て直されているのだ。魔法でも使わない限り、こんなに忠実に再現できないと思うのは無理もない。
「札束っていう魔法」
 あるみはさらりと答える。
「生々しい!?」
「そんなわけないでしょ、うちの会社にそんな金ないっての」
「あはは、みあちゃん。厳しいこと言うね」
「実は予算オーバーしちゃったのよね。これで晴れて会社ごと借金持ちになっちゃったわけ」
「「「えぇッ!?」」」
 特にかなみは一番驚いた。
「というわけで、これからかなみちゃんは、自分だけじゃなくて家族と会社の借金も返していかなくちゃならないことになったわけね」
「嫌です!」
「会社が潰れたらお給料出なくて路頭に迷うけどいいの?」
「う、うぅ……」
 それを言われると、かなみは心だけでも路頭に迷いそうであった。
「しっかし、あんたに関わると家族も会社も借金持ちになるのね!? まさか、あんた、借金の死神なんじゃ!?」
「ち、ちがうよ!? っていうか、変なニックネーム付けないで」
「……称号みたいでかっこいいかも」
 紫織は呟く。
「寄るな、借金がうつる!」
「だから、人をウイルスみたいに言わないで!」
「ウイルスじゃない! 家族に会社に次はどこを借金まみれにすれば気が済むわけ!?」
「ぜ、全部私のせいじゃないわよ! ね、そうでしょ、翠華さん!」
「え!?」
 いきなりかなみから話を振られて、翠華は驚く。
「借金は私のせいじゃない、そうでしょ、翠華ちゃん?」
「え、ええ……?」
 借金のウイルスなんて聞いたことが無いし、しかし、家族のことといい、今回の会社のことといい、かなみには何かにつけて借金がまとわりついている。それこそウイルスと言われても仕方がないくらいに。
「私はウイルスじゃありませんよね!?」
 かなみは必死の形相で迫る。
 翠華はそんな風に迫られて、大いに困る。
 こんなとき、かなみに対してどう接していけばいいのかわからない。頭の方もパニックになってまともに直視することさえかなわなくなる。
 ある意味、試されているのかもしれない。
 いや、試されているのだ。かなみへの想いがどれほどのものか、今、ここで試されているのだ。
「かなみさん!」
 そうとなると、一大決心して想いの丈を込めて返すしか無い。
「私はかなみさんから借金うつされても嫌いになんかならないわ」
「えぇッ!?」
 かなみが否定して欲しいのはそこではなかった。
 おかげで、みあと紫織はすっかり「向こういこうか」という雰囲気になってしまった。
「……借金っていうのは嘘だから」
 あるみのこの一言で事態は落ち着いた。



 オフィスへ入ってみるとそこはすっかり元通りになっていた。本当に一体どんな魔法を使ったのだろうか。
「はあ、これでうちの部屋を間借りされなくてもすんだわね」
 かなみは自分のデスクについてホッと安堵する。
「あんな手狭なところで仕事なんてやってられないわね」
「でも、みあさんはちゃんと仕事こなしていましたよね」
「みあちゃんはそういうところ、なんだかんだでしっかりしているから」
「先輩として当然よ」
 みあは紫織とかなみに向かって胸を張って言う。
 しかし、背丈はどうみても小学三年生で、一番子供っぽい。
「先輩か……うん、みあちゃんはやっぱり頼りになるわね」
 かなみは素直に言う
「ば、バカ、当然よ!」
 みあは慌てふためく。
「……私も先輩なんだけど」
 翠華はみんなに聞こえないようにぼやく。
「賑やかね」
 そこへ来葉が花束を持ってやってくる。
「来葉さん、来てたんですか?」
「ええ、オフィス修繕のお祝いにね」
 来葉はかなみに花束を渡す。
「あ、どうもありがとうございます」
 さっそく課長のデスク横にある花瓶に飾ろうかと思った。
「社長なら社長室ですよ」
「ええ、わかってるわ。仕事も持ってきたから込み入った話になるわね」
 そう言って来葉は社長室へ向かう。
「来葉さん、どうしたんでしょうか?」
 かなみは首を傾げる。
「なんだか様子が変だったっていうか、思い詰めたような……」
 かなみの疑問に、三人は目をキョトンとさせる。



「修繕のお祝いね……そんな殊勝なことをするとは思わなかったわ」
 あるみはそう言って、来葉にコーヒーを差し出す。
「それで、何の相談にきたわけ?」
「あるみはごまかせないわね」
 来葉はコーヒーを一口つけてから言う。
「最近殺される夢をよく見るの」
「夢っていうのはまた穏やかじゃないわね」
 来葉は未来を視る魔法が使える。
 それによって、事前に最悪の未来を視ておき、それが現実に起きることを未然に防ぐことが出来る。
 最悪の未来。例えば、誰かが殺されるとしたらそこにいたる過程やどう殺されるか結果といったことを鮮明に記憶出来ればそれだけ防げる確率は上がるのだ。
 だが、夢というのは酷く曖昧なもののため、どう殺されるか特定がしづらい。
「一度や二度くらいならただの夢ですまされるのだけどね」
「それもそうでどうかと思うけど……ま、夢を見るなっていう方が無理な方だけどね」
「時々この魔法の制御がきかないのよね、困ったことに」
「予知夢ね。あなたの魔法があなたに警告を発してくれたのだと思えばいいのよ」
「相変わらずね、あるみは。安心できるわ」
 そう言って、来葉はコーヒーを飲み干す。
「………………」
 いつもより飲むペースが早いことに、あるみは眉をひそめる。
「こりゃ深刻ね」
「だから相談に来たのよ」
「まあ、あなたが相談に来たって時点でそうなのよね。わかったわ、手立てを考えましょう」
「頼りにさせてもらうわ」
 そう言って来葉は空になったコーヒーカップに視線を移す。「おかわり」のサインだ。
 あるみは遠慮なくカップに溢れんばかりに注ぎ込む。
「というわけで、あるみに護衛を頼みたいんだけど」
「――却下!」
 単刀直入な提案にあっさり斬り捨てる。
「ダメなの?」
 来葉は少しシュンとする。
「ダメ。私だって忙しい身なんだから」
「仕方ないわね……」
 明らかに落胆したため息を出す。
「代わりにかなみちゃんあたりをつけるわ」
「あ、それいいわね」
 来葉は手を叩いて喜ぶ。
「ちょっと待って下さい!」
 かなみはバタンと勢い良く入ってくる。
「あら、かなみちゃん。聞いていたのね」
「気づいてたくせに白々しいわよ」
 「あはは」と来葉は軽く笑ってごまかす。
「え、わかっていたんですか?」
「あのね、私達が何年魔法少女やってると思ってるのよ?」
「え……?」
 かなみは受け答えに困った。
 魔法少女って何年もやるものなのか?
 魔法少女をやっていると気配に敏感になるのか?
 そもそもこの二人は何年魔法少女をやっているのか?
 疑問はつきないが、ひとまずかなみはこう答えた。
「ひゃ、百年ぐらいですか……?」
「………………」
 あるみは頭を抱え、来葉は今度は顔をそらして笑う。
「……減給は免れないわね」
「なんでですかぁぁぁッ!?」
 かなみは悲鳴を上げる。
……と、まあ冗談を程々にしたところで、あるみはかなみへ事情を説明する。
「……というわけで、今日一日来葉のボディガードについてほしいのよ」
「………………」
 来葉の生死がかかっているだけに、かなみはこの内容を重く受け止め、沈黙する。
 来葉の生命が何者に狙われている。それだけでも、由々しき事態だというのにそれを自分の手で防がなくてはならない。責任が重すぎるし、自分なんかでどうにかなるようなことなのかまったくもって自信がない。
 そもそも来葉は自分よりも遥かに実力が上の魔法少女。その来葉を殺せる敵に対して自分ができることなんてないんじゃないか。
「あ、あの……私でいいんでしょうか?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、私強くありませんし、来葉さんを守るだなんて全然自信がありませんから」
「かなみちゃん、あなたは強いわ。自信を持って」
 来葉はかなみの手をとってそう勇気づけてくれる。
「来葉さん……」
「それでも、私の方が強いけどね」
「えぇ!?」
「そのあたりは事実なんだから。しっかりと受け止めなさい」
「は、はい……」
 あるみにそう言われてかなみは納得する。
「でも、かなみちゃんなら十分護衛を務められると思うわ」
「本当でしょうか?」
「自信持ちなさいよ」
 あるみはかなみの肩を叩く。
「でも、どんな敵が来るのか、わからないことにはどうにも……」
「心当たりならあるんだけどね、来葉を殺せる怪人っていうとかなり限られてくるわ」
「それって、凄い話ですね……」
「大丈夫よ、かなみちゃんを殺せる怪人も限られているから」
 来葉がフォローを入れる。
「それはそれで怖いんですけど……」
「うーん、確かに『かなり』のところに差があるわね」
「そういう問題じゃありません!」
 あるみに対してツッコミを入れる。
「とりあえず護衛は一日二十四時間ね」
「たった二十四時間でいいんですか?」
 敵はいつ来るかわからないのだからもっと長い時間必要なのではないかと思った。具体的に言うと一週間ぐらい。
「学校生活は犠牲にできないでしょ、まだ中学生なんだから」
「来葉さんの生命がかかってるんですから、私の学校なんてどうでもいいですよ」
「――よくないわよ」
 来葉は鋭く言う。
「え……?」
「あるみが一日といったら一日よ。よろしくお願いね」
「は、はい……」
 有無を言わせない迫力であった。



「んで、なんであたしまで呼ばれるわけ?」
 車に乗り込んだみあは疑問を口にする。
「敵がどこから来るかわからないから、みあちゃんの感知能力があると助かると思って」
「私も賛成したのよ」
 運転する来葉が答える。
「ふうん、まあいいけど。でも、あんたを殺せる奴がいるなんてね」
「あ、それ、私も思った。来葉さん、私やみあちゃんなんかよりずっと強いのに」
 かなみの物言いにみあはムッとする。
「そうね、二人は知らなかったわね」
 来葉は、前戦争で最高役員十二席の一人グランサーと出来事を話す。
「最高役員十二席の一人・グランサー……」
「大物が出てきたわね」
「大物どころじゃないわよ! 支部長よりもさらに上じゃないですか!」
「そうね……局長・六天王に次ぐ立場だからね」
「よくそんなのと出くわして無事でいられたわね。化物の社長もそうだけどあんたも大概ね」
 みあは呆れる。
「それほどでもないわよ。あなた達の方が伸び代があるし」
「若いからね」
「みあちゃん!」
 それはいくらなんでも失礼過ぎる、とかなみは窘める。
「いいのよ、本当のことだから」
 来葉はそれに対して全く動じず答える。
「お、大人ですね……」
 かなみは感心させられるばかりであった。
「――ただ、この次言った時は杭が飛ぶかもしれないわね」
 ニコリと笑って言う来葉に寒気が走った。
「以後気をつけます!」
 かなみが言ったわけではないが、反射的に謝罪してしまった。
「………………」
 みあの方も今のはさすがに怖かったらしく青ざめた顔をしてガクガク震えていた。
「さて、最初の目的地に着いたわ」
 車を駐車場に停めて、入った先は病院であった。
「来葉さん、どこか身体が悪いんですか?」
 かなみは心配になって訊く。
「いえ、知り合いのお見舞いに来ただけよ」
「知り合い?」
「仕事相手よ」
 そう言って、かなみ達はその病室に入る。
 その病室は個室になっていて、ホテルを思わせる清潔感溢れる一室であった。
「こんにちは」
 来葉はベッドの上で起き上がってこちらを見ているその仕事相手に挨拶する。
「こんにちは、先生」
 その人は、かなみよりも年上の少女で一礼すると長い髪が前へと垂れ下がる。
 落ち着いた雰囲気、というより元気がないようだ。
「私は医者じゃないから先生はやめてって言ってるでしょ」
 そう言いながら、来葉は花束を出す。
「綺麗な花、ですね」
 少女は目を輝かせる。
「うちのついでかしら?」
 みあはかなみに耳打ちする。
「さあ……」
 そんなやり取りをしていると、少女はかなみ達に気づいたらしく目を向ける。
「ああ、彼女達は私の助手よ」
 来葉はそう紹介する。
「可愛い助手ですね、お子様かと思いました」
「そんなに歳に見えるのかしら?」
 立て続けに年齢のことを言われて、さすがに来葉も気にしだす。みあは笑いを堪えるのに必死であった。
「こんにちは」
 少女はかなみに向かって言う。
「こんにちは」
 かなみもそう返す。
「野原藍花のはらあいかです、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします! 結城かなみです!」
「阿方みあよ」
 かなみとみあは揃って自己紹介する。

コンコン!

 そこへ病室をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
 藍花がそう返すと、初老の男性が入ってくる。
「おお、先生! もう来ていてくれたのですね!」
 男性は来葉の姿を確認するやいなや歓迎する。
「野原さん、ご無沙汰しています」
「いやはや、よく来てくれました。私ももう少し早く駆けつける予定だったのですが、自治体の会合が長引いてしまいまして」
 男性はそう言いながら、ハンカチを取り出し額の汗を拭う。
「お父さん、お仕事が忙しいなら無理してこなくてもいいのよ」
「何を言ってるんだ。娘のためだ、このくらいは当たり前だ」
「もう……」
 そう言いつつ、藍華は嬉しそうにする。
「それで、先生。娘の容態はどうなのですか?」
「野原さんがそう言うから先生って呼ばれるんですよ」
 来葉がぼやく。
「……はあ」
 野原はキョトンとする。藍花はクスリと笑う。
「それと前にも言いましたが、私は医者ではなくあくまで占い師です」
「何を言いますか。百発百中の占い師・黒野来葉といえば業界で知らぬものはいないほどの評判なんですよ。そのあなたに占っていただければ娘も安心して手術を受けられます」
「私はただの占い師です。手術を成功させるだけの力なんてありません。――ただ」
 来葉は藍花の方を見て言う。
「私の一言で、娘が……藍花ちゃんが安心できるのなら、力になります」
「ありがとうございます」
 野原は礼を言う。
「さあ、視るわよ」
 来葉はそう言って、藍花の手を取り、目を覗き込む。
「――フィクシス」
 来葉の瞳が虹色に輝く。
 しかも、あの魔法は無数に分岐する未来から一つの未来を確定させるものだ。
 つまり、手術が成功する未来にこれで辿り着ける。
 数秒間、病室が静寂に包まれた後、来葉は目を瞑る。
「はあ……」
 来葉は一息つく。
「藍花ちゃん、あなたは病気を治して、無事に学校に通えるようになるわよ」
 そう言われると、藍花の顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「ええ」
 そんなやり取りを見ているとかなみ達まで暖かさに包まれる。



「ありがとうございます」
 病室を出た廊下で、野原は来葉に礼を言う。
「これで娘も安心して手術を受けられます」
「私は何もしていませんよ、娘さんの心の強さが良い占いの結果を出したに過ぎません」
「ですが、娘はあなたの言葉に勇気づけられました。そのお礼はさせてください」
「いえ今回は娘さんの件なので、お礼はいいです。それでは次の案件があるので」
「そうですか。お忙しい中、どうもありがとうございました」
「また何かありましたら是非連絡を」
 社交辞令の挨拶をしてから来葉は立ち去る。かなみとみあも後に続く。
「実質、あんたが助けたようなもんじゃない」
 病院を出たところで、みあは言う。
「そうでもないわよ。彼女は意志の強さのおかげよ」
「早く良くなるといいですね」
「ええ、手術は成功するからもう心配いらないのだけど」
「野原元二のはらげんじ……衆議院議員の一人ね、大物じゃない」
「ええ、お得意様の一人よ」
「衆議院!? さっきのお父さん、そんなに偉い人だったの!?」
「まあ、そんなに偉い人でも娘の前じゃいいお父さんってわけよ」
「ちょっと親バカっぽかったしね」
「みあちゃん!」
「フフ、さ、次に行きましょう」
 そんな会話をしつつ、車に乗り込む。
「藍花ちゃんは心臓の病気でね。難しい手術になるだろうって言われたから成功するか占って欲しいって野原元二議員に頼まれてたのよ」
「そうだったんですか。国会議員さんに頼まれるって凄いですね」
「それだけ未来が視える魔法って便利なのね」
「ええ、まあ人を利用する分にはね」
「利用って……」
 ちょっと悪い言い方な気がした。
 人の病気を治せるかどうか未来を視る。それはとても正しくて良いことだというのに。
「来葉さんにはいつも助けられていると思います。見えないところ、気づかないところで来葉さんが最悪の未来にならないように動いてくれているから私達もこうして生きていられると思います」
「ありがとう、かなみちゃん。私もこの魔法は正しいことに使おうと心掛けているわ。あるみのようにね」
「社長のドライバーも凄いですよね」
「折れた腕とか治すんだから、接骨院やった方が儲かるんじゃないの」
「フフ、そうね」
 来葉は笑って言う。
「社長と来葉さんと母さんって昔からの付き合いなんですか?」
 かなみは気になって訊く。
「ええ、本当に長い付き合いよ。あなた達が生まれる前からのね」
「百年ぐらい?」
 みあは本当に失礼だとかなみは思った。
「フフ、そんなに長くないわね。せいぜい十五年ぐらいかしらね」
「それでも十分長いです」
 かなみは今十四歳だから本当に生まれる前からの付き合いだということになるのだが、自分が今まで生きてきた時間よりも長く過ごした仲間と言われても凄すぎてピンとこない。
「あなた達もそのぐらい長い付き合いの仲間になるんじゃないかしら?」
「あたしとかなみが?」
 みあは自分とかなみを交互に指差す。
「先のことなんてわからないわね、こいつなんていつ借金で闇に消えるかわからないし」
「ひどいよ、みあちゃん!」
 かなみは反射的に答えてから、少し考えてから自分の気持ちを言う。
「いえ、私は十年と言わず、二十年も三十年もみあちゃんと仲良くしたいと思ってるよ」
「は、はあ……!?」
 みあは驚きのあまり、かなみから視線を逸らす。
「フフ、かなみちゃん、凄く素直ね」
「え、そうですか。普通だと思うんですけど」
「それを普通だと思えるのがかなみちゃんのいいところよ」
「そ、そうですか……」
 かなみはよくわからず照れる。
「そうなれるように、早く借金返しなさいよ」
 みあはポツリとぼやく。
 それを機に会話は途切れ、来葉は次の目的地へと車を停める。
 そこは高層ビルの地下駐車場で、薄暗くどこか冷たさを感じさせた。
「さ、行きましょう」
 来葉に呼びかけられて、ビルの中へ入る。
「………………」
 眼鏡をクイッと音を立ててなおす。それはあたかもスイッチのようであり、かなみ達に緊張感を与えた。
 無言で清潔感はあるものの無機質なビルの廊下を歩き、エレベーターで上がる。
(どこなんだろう?)
 かなみは疑問に思ったが、来葉に訊くのははばかられた。
 今の来葉には人を寄せ付けない雰囲気で、さっきまでとは違う人みたいであった。
 そのまま奥にある扉に入っていく。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 小太りの中年男性が一礼する。周囲に黒服の男がその彼を守るように囲っていて、なんだか物騒な雰囲気であった。
「おや、お連れの方は?」
 中年男性が、かなみとみあに目を向ける。
「私の助手よ」
「いやはや、なんとも可愛い助手ですね」
 ネットリとした、身震いするような視線であった。
 できれば関わりたくない手合いだ。かなみは来葉を頼るように早くここを出たい、と想いを投げかける。
「それで、今日はどのようなご用件で呼んだのですか?」
「まあ、立ち話もなんですからこちらに腰をかけてじっくり話しましょう」
 中年男性はソファーを差す。
 かなみ達はそこへ腰をかける。すると、周囲を黒服の男達が後ろに周る。
 簡単には出させない、そういう圧力を感じる。
「君ならもう知っているんではないか?」
「あいにくと仕事以外で占いはしないもので」
 来葉は冷たく言い返す。
 それは方便だとかなみは密かに思った。
 来葉は自分に対してこういった仕事を抜きにしてもちゃんと視てくれる。
「そうか……まあ、あまり表沙汰にはできないものでな、知られているのもあまり好ましいことではないのだがね」
「そうですか……」
 来葉は淡々と答える。
 気分が悪くなってくる。たった、これだけのやり取りなのにこの場から離れたくてたまらなくなる。
 中年男性のねっとりとした嫌味ったらしい喋りに、周囲を取り囲む黒服の男達からの圧迫感。いるだけで不快感が募っていく。
 直接会話している来葉ならその気持ちは尚更だろう。その証拠に返答する声にすら氷のような冷たさを感じる。
「なあに、ちょっとした商談取引の成功を占って欲しいだけだよ」
「――外国密輸の、ですか」
 来葉は鋭く答える。
 それによって雰囲気が一変する。圧迫していた空気が割れたかのように黒服の男達が身構える。
「フフフ」
 しかし、中年男性は笑っていた。
「これは先生も人が悪い。ちゃんとご存知じゃないですか」
「たった今、占った結果を答えたまでです」
「どう占えばそこまで正確な結果が出るのか、興味がつきないところだ」
 ねめつけるような視線。ゾクリと背筋に寒気が走る。
「企業秘密ですのでお教えできません」
「でしょうな」
「それで、成功を占えばよろしいのですか?」
「ああ、報酬はたっぷりと用意してあるよ」
 中年男性は首をクイッと傾け、合図を送る。
 合図を受けた黒服の男は、テーブルに札束をポンと置く。
「――!」
 かなみは驚きの声を上げそうになったが、すんでのところでこらえた。
「現金で五百万ある」
「お話の通りですね。ですが、口止め料も含めるとなるといささかすくないかと思いますが」
(少ない、五百万で?)
 それは、さっき野原議員に「お礼はいらない」と言った来葉と同じ人の言葉とは思えなかった。
「先生にはこれからも我々の行く末を占ってほしいものでね。今回は挨拶がわりということで」
「なるほど。贔屓にするから安くまけてもらえないか、そう仰りたいのですか?」
「察しが早くて助かるね。どうですか?」
「お断りします」
 来葉ははっきりと言ってやる。
「ほう」
 中年男性の顔から笑みが消える。
「五百万じゃどうあっても受けられないと」
「ええ、表沙汰にはできない案件に関わるとなると、それ相応の金額でなければ受けられません」
「噂ではあなたの方も相当綱渡りをしていると聞いているが……」
「だからこそ、余計にです」
「………………」
「………………」
 来葉と中年男性は無言で睨み合う。
「……わかりました」
 先に音を上げたのは来葉の方であった。
「五百万でお引き受けします」
「そうですか!」
 中年男性は手を叩いて喜ぶ。
「いや、先生も人が悪い! 最初からそうと決めていたのならダダをこねることもなかったでしょうに!」
 ハハハ、と中年男性は豪快に笑う。
「おかげでこちらも余計なことをしなければいけないと腹をくくるところだったよ。いやそれこそ余計なことでしたな、ハハハ!」
 余計なこととは何なのか、かなみは気になったが、あまり知ってもいいことがなさそうだったのでやめた。
「それでは、五百万確かに受け取りました」
 来葉はそう言ってテーブルのご百万を手に取り、かなみに渡す。
「――!」
 渡されたかなみは、思わぬ重量に落としそうになる。
(げ、現金の五百万ってこんなにも重いものだったのね!?)
 感動していいのか、呆れていいのか、わからなかった。
「フフフ、お引き受けしたからにはよろしくお願いするよ。今回の取引がうまくいけば私の未来は安泰だからね、フフフ!」
 来葉はクイッと眼鏡を立てる。その瞳は黒のままであった。
「それで今回の取引ですがね……――失敗しますよ」
 来葉の一言に中年男性は絶句する。
「行くわよ」
 来葉はかなみとみあに呼びかけ、さっさと立ち去ろうとする。
「ちょっと待て、どういうことだ!」
「言ったとおりです。この取引は失敗します。やめた方がいいですよ」
「き、貴様! あれだけ渋っておいて、大金を受け取っておきながら、その言い草はなんだ!?」
「言い草も何も私は事実しか言いませんよ」
 来葉は冷たく突き放すように言う。
 中年男性はだんだん怒気で顔が真っ赤に染まっていく。
「もしも外れるようなことがあれば、お金は全額返却します」
「し、信用できるものか!」
「いえ、私は正直ですよ。あなたが組織に黙って横長している裏取引先よりかは」
「――!」
 その一言で中年男性の顔が一気に青ざめる。
「何故、そのことを?」
 疑問を投げる中年男性に対して、来葉は何も答えずに外へ出た。
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