まほカン

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第114話 赫赫! 在りし日々の過去と重なる少女の未来 (Dパート)

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「何じろじろ見てるの?」
 みあが来葉に問う。
「え、ううん、なんでもないの?」
 ついついぼんやりしてしまっていた。
 それにしても、助手席にみあが乗っていると、どうしてもあみのことを思い出してしまう。
「ふうん、なんでもいいけど、白昼夢でも視て事故らないでよ」
「フフ、そうね。気をつけるわ」
 口が悪いところは全然母親と似ていないけど、なぜだか心地良い。
「でも、もうすぐつくけどね」
 車は目的地に着く。
「このあたりで一番の大病院よ」
「………………」
 みあは何も答えない。
 不機嫌というわけではなく、何かを確かめるように真っ白にそびえる病棟を見ている。
「どうしたの、みあちゃん?」
「あたしさ、ここ初めて来たんだけど……なんか前にも来た気がする」
「え……?」
 来葉は驚きのあまり、固まる。
「何? そんなに驚くことなの?」
「え、あぁ、うん! なんでもないから! さ、行きましょう!」
 来葉はごまかして、先を行く。
 みあは訝しつつも、それを追いかける。辺りを見たりして、その違和感を拭いつつ。
 病棟に入って受付には目もくれず、中へと入っていく。
 最初は誰かの見舞いなのかと、みあは思ったけど、そうでもなさそうだ。一般病棟から関係者の出入り口へ入っていく。
 みあも父親の会社でそういった関係者口には入り慣れているから、おどおどすることはない。
 ただ行き交う医者や看護師がことあるごとにみあを見る。子供がこんなところにまで入り込んでくるのが珍しいのはわかる。
(そういえばこいつも白衣だったな)
 前を歩く来葉も白衣だった。
 ただ来葉の場合、医者が羽織るような白衣ではなく法衣といっていいものだった。いわゆる占い師という立場に合った神秘的な衣装でもあった。
 そのため、同じ白衣でも来葉はこの場で浮いていた。
 医者達がこちらを見て、時にはヒソヒソ話まで聞こえてくる。
「他所の医者、そういう格好じゃないな」
「魔法使いの仮装みたいだけど、似合ってるな」
「ああ、すごい美人だ。一体誰だ」
 そんな声が聞き取れた。
「あんた、噂されてるわよ」
「ええ、よくされるわ」
「自慢かよ」
 みあは嫌味で返したつもりだけど、それを微笑みで受け止める来葉に余裕を感じた。
(大人、かしらね……)
 そういったところは感心する。
「これでも、人気商売だからね」
「人気がないとは思えないけど」
 みあは素直に言う。
 未来視の魔法で百発百中の未来の占い。それに、美しい黒髪の美女で白衣のローブ。
 この組み合わせはどこか浮世離れしていて、人間じゃなくて天使だと言われたら、信じる人はかなりいそうである。
「まあ閑古鳥が鳴いたことはないわね」
「やっぱり自慢かよ」
「あなたのお父さんからも結構お客さんを紹介してもらったわ」
 また親父の話かと、みあはため息を漏らしかける。
「むしろ親父が紹介させてもらったって感じね」
「いいお父さんだと思うんだけどね」
「やっぱり、狙ってるんじゃないの?」
「ああ、そう見えるのね」
 来葉は苦笑する。
「あんた、お義母さんになるんじゃない?」
「それは――」
「お母さんがいるから無理っていうつもり?」
「………………」
 来葉は言いたいことを先に言われて、目をみあへと見開く。
「そうね。先に言われちゃったね」
「あんたの魔法に比べたら大したことないわよ」
「フフ、そうね」
 来葉は楽しそうに言う。
 今のやりとり、そんなに楽しかっただろうかとみあの方が疑問に思う。
「お母さんってどんな人だったの?」
 みあはとうとう直接訊いた。
「話したいことは色々あるけど……」
 来葉はみあの母について知っている。
 そのことを隠そうともせず答えつつ、唐突に足を止める。
「――まずは仕事ね」
 止まった先には『院長室』と表札があった。
「あんたのお得意さん?」
「そうね」
「いかにも占ってほしいような役柄の人ね」
「患者想いなのよ」
 来葉はフォローを入れてから、院長室をノックして、「どうぞ」と返事が返ってから入る。
「……君か」
 院長と思わしき初老の男性が来葉を見て言う。
「占いの依頼をした覚えはないが」
「別件の仕事でやってきました」
「別件……」
「クリムゾンです」
 院長の顔が険しくなる。
「そうか、君の耳にも入っていたか」
「そういう情報筋は持っているので」
「そう言われると納得するしかないか。それなら、君が解決してくれるのかね?」
「そのつもりできました」
 来葉は院長へ堂々と答える。
 一瞬、院長はその佇まいに圧されたような気がする。
 ただすぐに持ち直して、「ふむ」と感心したように来葉を見つめる。
「わかった、任せよう。病院内を好きに回ってくれて構わない」
「ありがとうございます」
「患者の生命のためだよ」
 院長は苦笑してそう答えた。



「クリムゾンって何?」
 院長室を出るなり、みあは来葉に訊く。
「この病院に巣食う病魔、っていったところかしらね」
 来葉はそう答える。
「回りくどい言い方ね」
「そういう言い方になってしまうの、ごめんなさいね」
「嫌いじゃないからいいけど」
 みあのその返答に、来葉は微笑む。
「そういってくれるみあちゃんが好きよ」
「……訂正、やっぱり嫌い」
「そんなあ……」
「んで、クリムゾンって何?」
 話題が戻る。



 外来にいた医者は言う。
「病院でそういうことが起きてるって噂はきいてるけど」
 ナースセンターの看護師は言う。
「あれは手術中に起きました。視界が明滅したと思ったら、意識がガクンと落ちました」
 事務室にいた外科医は言う。
「気づいたときには、患者は心肺停止していた。本当に何が起きたのか、わけがわからなかったんです」
 その同僚の外科医は言う。
「あれは本当に不思議なことでした。彼の手術中に突然赤い影がやってきて、彼や助手が倒れていって、患者に何かするでもなく、ただ眺めて……」



「まあ、まずは一杯しましょうか」
 休憩所のカフェスペースで、二人分のコーヒーを取る。
「さて、どこから話したらいいかしらね?」
 来葉とみあは病院を歩き回って得た情報を整理する。
 病院で起きている赤い影――クリムゾンにまつわる事件について。
「手術中に出来た赤い影ね……」
「十中八九、ネガサイドの怪人の仕業だけど……」
「何か引っかかることでもあるの?」
「いいえ……」
「そういえば、あのおばちゃん看護師も言ってたわね」
 みあは天井を見上げるように、その看護師の証言を言う。
「――こんなこと、十年くらい前にもあったわね、って」
「………………」
 来葉は神妙な顔つきで沈黙する。
 そんな来葉の様子に、みあはため息をつく。
「落ち着いているように見えるけど、あんた」
「あなたが聡《さと》いのよ。」
 来葉は感心する。
 聞き回ってた情報を整理して、以前この病院で似たような事件が起きた時、来葉が関わっていたことまで当てた。
「前の事件はどんな感じだったの?」
「今回と同じよ。手術中に赤い影が現れて、医者や看護師の意識を奪った上で、患者の前に立つ」
「前に立って何をしているの?」
「――生きようとする意志を喰らっていたのよ」
 みあが訊くと、来葉は苦い顔をして答える。
「生きようとする意志っていうのは強くてね。それはもう魔法のようにね」
「それを奪う怪人、って、相当質が悪いわね」
「ええ、生きるか死ぬかの瀬戸際にある手術で、その意志を奪われた患者は、――ただ死ぬしかない。
そうして、患者は亡くなったのよ。今回も前回もね」
「………………」
 来葉の真面目な物言いに、みあは沈黙する。
 一息つくように、コーヒーを一口含んでから続ける。
「医者や助手はわずかに残った意識の中で、赤い影が見えたことからこの怪人の名前は、クリムゾンと呼ぶようになったのよ」
「今回と前回の怪人って同じなの?」
「違うわ」
 来葉の返答に、やや語気が強かった。
「そう、そうなのね」
 それで、みあは察した。
「それじゃあ、今回の怪人は模倣犯ってことなの?」
「あるいは兄弟かもしれないわね」
「怪人の兄弟……怪人にも家族っているの?」
「怪人の生まれ方は、魔力の集積により自然から生まれてくる。そのときに同時に生まれた怪人を家族と思うようになる、らしいのよ」
「まるでリュミィとオプスみたいね」
「そうね。妖精と怪人はそういう近しいところがあるわね」
「怪人の家族……そんな質の悪い怪人が二人もいるなんてゾッとするわね」
「それは同感ね。一刻も早く倒してこれ以上犠牲者を出さないようにしないと。協力よろしくね、みあちゃん」
「ええ、でも、あたしはどう協力すればいいの?」
 来葉は未来を視る魔法ができる。
 それを抜きにしても、クギを飛ばす魔法は強力で、みあの出る幕がないのでは、と思う。
「あなたの探知能力が必要なのよ。今のところ、話を聞いた人達の未来を視てみたけど、赤い影は現れなかったわ。敵は慎重に動くタイプで、私の眼をかいくぐってくる可能性が高い。そうなったときにみあちゃんの探知能力の出番なのよ。千歳さんのお墨付きだしね」
「千歳のお墨付き……」
 そう言われるとなんだか気に食わない気分になった。
 来葉は本当は最初は千歳に協力を仰ごうとしたものの、千歳は今都合がつかないため、あるみはみあを同行させることを提案した。
 そんな経緯があったことを来葉はみあに話そうと思えない。不機嫌になりそうなだけだから。
「それじゃ、これから病院を回るのね」
「ええ。さ、行きましょう」
 コーヒーを飲み干して、来葉は立ち上がる。



 病院をひとしきり回って証言と未来を視た後、再び来葉とみあは休憩所のカフェスペースで休憩する。
「赤い影、視えたの?」
「何人かにね」
 来葉は未来に赤い影を視ることになる医者や看護師をまとめたリストを書いた手帳を広げる。
「よ、読めない……」
「あ、いつものクセで、速記術で書いちゃってたわ」
「そんなもので書いてたの!?」
「ついクセでね」
「それで何て書いてあるのよ?」
「クリムゾンは赤い影。現れた時には視界が赤く染まって医者の意識を奪う。次に気がついたときには、患者の心肺は停止している。生気を吸い尽されていたせいで生きる気力を奪い取られてしまったことが原因よ」
「結構詳しく調べたじゃない」
「昔、戦ったことがあるからね。みあちゃんはその対策のために来てもらったのよ」
「ふうん……」
 みあは頬杖をつく。
「まあ、現れるのを待ちましょうか。時間はたっぷりあるから」
 来葉はコーヒーをすする。
「お母さん」
「え?」
 不意にみあが問いただしてくる。
「お母さんの話をして」
「クリムゾンじゃなくて?」
「それは後で聞くからいい」
「まあ、どっちみち話すけどね。あなたのお母さんなんだけどね、――友達、だったのよ」
「……は?」
 みあは驚いて、コーヒーを飲もうとしていた手が完全に止まる。
「あれは、そう十年前だったわね」
 そうして、来葉はあみと会った時の事を話した。
 その時に、あみへ残酷な未来を視て告げたことは告げずに。
 明るくて物腰が柔らかくて、一緒にいると安心できる。そんな女性だったことを来葉はみあに伝えた。
「彼方さんとあみさん、スキあらばいちゃつくのよ」
「なんとなく想像つくわね……」
 みあにはその光景が目に浮かんだのか、しかめ面になる。
「ねえ、あんたから見て、あたしってお母さん似? それとも、親父似?」
「え……?」
 みあの問いに、来葉はちょっと驚いた。
「考えたことなかったわね……そうね……」
 来葉は見る。
 確かに、みあにはあみの面影がある。でも、態度や性格はぜんぜん違う。どちらかというと彼方に近いかもしれない。具体的にどっちがより似ているかなんて比べられない。
「でも、玩具が好きなところはお父さん似かしらね」
「ふうん……」
 みあはあからさまに不機嫌そうな顔をする。
(お母さんに似てるって言った方がよかったかしらね?)
 しかし、そんな不機嫌そう顔をするみあも愛おしく思える来葉だった。
「でも、あんたがうちにあがったことがあるなんてね」
「あみさんによく招待されたからあがってただけよ」
 あれからあのマンションに行くことは大分ご無沙汰で遠のいていた。
「今度来ればいいじゃない」
「え? 私が来てもいいの?」
「いつも遠慮なしにあがってくるやつもいるんだから、今さらよ」
「……フフ、かなみちゃんのことね。仲がいいわね」
「そんなこともないわよ。まあ、向こうは仲良くしたいと思ってるみたいだけど」
「それは結構なことよ」
 昔、あみをかなみのおゆうぎ会に同行して歌を聞いた。
 そうすることで自分の子供もあんな風に、と未来に希望をもてるように、と来葉は思った。
 結果、あみは奇跡を掴み取って、みあを産んだ。
 そんな二人が今、仲良くやっている。
(運命の巡り合せ……なんて、一言で済ませて良いものじゃない……)
「今、気持ち悪いこと考えてなかった?」
「き、気持ち悪い……」
 来葉はそう言われて苦笑する。
「あんたってそういうこと考えてるイメージがあるのよね」
「どういうイメージなのかしらね、ハハ。まあ、でもそういう遠慮なく言ってくる感じはお母さんに似てるかも」
「あ、そうなの……」
(あ、わりと興味ないのね)
 みあの反応を観察するのが少し楽しくなってきた。
「――そろそろ、時間ね」
 しかし、楽しい時間は過ぎるのが早い。
 来葉が視た、クリムゾンが現れる未来。その時間にとうとう近づいてきた。
「今度ゆっくりお話しましょう」
「今度があったらね」
「…………必ずあるわ」
 みあの皮肉に対して、来葉はそう言って席を立つ。



「ここね」
 来葉は確かめるような足取りで、その手術室へやってくる。
(あの時と同じ場所……運命なのかしらね)
 十年前、あみはこの手術室に運び込まれていた。
 あの時と同じように執刀医とともに来葉は入室する。今回はみあも一緒だ。
 祈祷の真似事でもしてみようか、と昔を思い出してみる。
(急に笑い出したりして、変な人……)
 みあはそんな来葉の様子を見ながら、そう思う。
(でも、なんでかすごく便りになるのよね。落ち着いてる、っていうか、余裕があるっていうか、そのせいかも……)
 みあは来葉のことを心中でそう評した。
 手術がしばらく時間が経つ。
 みあは来葉のひざをさする。
 それがクリムゾンがやってきたことを感知する合図だった。
 手術室に張り巡らしていたヨーヨーの糸にクリムゾンが引っかかったのをみあは感知した。
「「マジカルワークス!!」」
 みあはコインを投げ入れ、来葉は即座に変身をすませる。
 「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」
 赤色と黒色の魔法少女が手術室に舞い降りる。
 執刀医と助手は気にせずに施術を続けている。二人には何が起きても気を取られずに手術を続けて患者を救うこと、と言付けている。
 患者……あの時のあみと同じように、帝王切開で赤ん坊を救うために頑張っている。
 来葉もみあも一切面識のない患者だけど、クリムゾンの被害者をこれ以上出さないために力を尽くす。
「そんなの正義の魔法少女なんだから当たり前でしょ」
 来葉がその旨の話をしたら、みあは当たり前のようにそう答えた。
(あみさん、あなたの子供は気高く素晴らしい子になったわ)
 クルハは心中で手紙を送るようにあみへ送った。
 そんなミアがクリムゾンを察知して、ヨーヨーの糸を引っ張り上げる。
「ガアアアアアアアアッ!!」
 悲鳴とともに、赤い影――クリムゾンが手繰り寄せられる。
「ネイルアロー!!」
 クルハはクギを撃ち放って、クリムゾンが壁へ突き刺さる。
 十年前と違って、こちらが先手を取れた。
「な、なんで、俺がこんな目に!?」
「あなたがこの時間にこの手術室に現れるのはわかっていたわ。それにミアちゃんの感知能力があればあなたを完封できる!」
「なななな、なにぃ、俺がここに出るのがわかっていただと?!」
「あなたはお兄さんに比べて騒がしいわね。手術の邪魔よ」
「お兄さん!? そうか、兄貴を知ってることは兄貴を倒したのはお前かぁッ!?」
「ええ、そうよ。だからこそあなたも私が倒さなければならないのよ」
「ちくしょう、兄弟揃ってやられてたま、うぎゃあッ!!?」
 クリムゾン弟が言い終わる前に、ミアがヨーヨーをぶつけられる。
 執刀医は滞りなく手術を続けている。凄まじい集中力だとクルハは感心する。おかげで戦闘に集中できるからありがたかった。
「兄弟のことなんて知ったこっちゃないわよ。あたし、一人っ子だし」
「……そういう問題じゃないと思うけど」
 クルハは苦笑する。
「一人っ子なんざ知るかッ! 俺はそこの女の生気を吸うんだ! 俺は動けなくても生気を吸うことが出来るんだ!!」
「お兄さんと同じ物言いね」
 あみは知っていた。
 この後、クリムゾンが何をしてくるのか。
 それは、未来から視た情報ではなく、過去に戦って得た情報だ。
「ミアちゃん、手筈通りに!」
「了解! Gヨーヨー」
 ミアは巨大ヨーヨーでクリムゾン弟を推し潰す。
「ぐおおおおおおおッ!?」
 押し潰されたクリムゾン弟は悲鳴を上げて、ヒラヒラと倒れ伏す。
 その様は、影というより紙だった。
「こ、こんなことで、やられねえぞ!」
「いいえ、やられるのよ! ネイルアロー!!」
 クルハは見た。
 十年前に一度見た怪人の核。それとまったく同じ位置、まったく同じ形をしていた。
 そして、それをまったく同じ一撃で倒す。
「ぎゃあッ!?」
 小さい断末魔を上げて、クリムゾン弟は消滅する。
 あっけない戦いだった。
 一度戦った経験と敵の傾向、そして、あの場にはいなかったミアの協力があったからこその完勝だった。
「ありがとう、ミアちゃん」
「お礼を言われることはしてないと思うけど」
「いいえ、そんなことはないわ。ミアちゃんがいて、作戦をたてたからこんなにあっさり勝てたのよ。私一人じゃこうはいかなかった」
 実際、十年前の戦いはジリ貧で一か八かの賭けに出て勝ちを拾えたようなものだ。
 その苦戦のせいで、あみの生気を抜き取られる結果にも繋がった。

ピーーーーー

 あの時、鳴り出したアラートの音は今でも鮮明に思い出せる。
「おぎゃあーおぎゃあー」
 そして、その直後に響き渡った赤ん坊の元気な泣き声も。この手で抱き上げた感触も残っている。
(その時の赤ちゃんが……今はこうして……)
 そう考えると、言いようのない胸にこみ上げてくる。



「あなたは元気な赤ちゃんを産めます」
 来葉は未来を視て、事務所へやってきた妊婦へ告げる。
「本当ですか!? 本当に!?」
「はい。私が太鼓判を押します」
 そう言われた妊婦の表情に笑顔が浮かぶ。
「このところ、体調を崩してたから不安だったんです! 評判高い黒野さんに太鼓判を押してもらえて安心です!」
 妊婦は満足して、事務所を出て行った。
「喜んでもらえてよかった……」
 先ほど妊婦に告げた通りの未来を視れてよかった。
 あれがまったく別の、不吉な未来を視てしまうんじゃないかと不安はあった。
 それが杞憂だったことに安心する。
 そうして、視た未来を彼女に告げて、彼女は満足していった。
 自分の魔法で、満足と安心を得られたのならこの魔法を授かってきたことにも意義が持てる。
(私はこれからも未来を視ていく。それはより良い未来を手繰り寄せるために……)
 妊婦の笑顔の次に、あみの顔が浮かぶ。
 クリムゾンの戦い。あみも生気を吸われて、母子とともに危うかったけど、無事赤ん坊は取ることができた。
 幾多の未来からたった一つ視えたその未来を選び取った。
 それは、あみの「赤ん坊を産みたい」想いが為せる奇跡だった。
 あれから一年が経った。
 あみからたまにメールをくれることがある。
 赤ん坊は『みあ』と名付けたこと。
 首がすわるようになったこと。
 ミルクをたくさん飲んだこと。
 夜泣きで何度も起こされたこと。
 そのメールを貰うたびに、来葉は胸が苦しくなった。
 来葉はあみから貰ったメールに目を通し始める。

ピピピピピ!

 事務所の電話が鳴る。
 来葉はすぐに受話器を取る。
『阿方彼方です。たった今家内は、――あみは息を引き取りました』
「そうですか……」
 彼方から告げられた一言に、来葉はできるだけ感情を押し殺して答えた。
 来葉にはわかっていた。
 みあが産まれてから一年後の今日この日に、あみが息を引き取ることを。
 その未来を選び取ったのは他ならぬ来葉だから。
 あの時、たった一つ視えた、あみもみあも生きることができる未来。
 それは、あみの寿命を一年長らえただけの未来だった。
 あみの病気の進行はどうしようもなく、彼方もできるかぎり尽力した。
 それでもこの日を避けることはできなかった。
 来葉がこの未来を選んで確定させたから。
『ありがとう、くるは』
 それがあみからの最後のメールだった。
「お礼を言うのはこっちの方よ。ありがとう、あみさん」
 来葉は空を仰いで、天へ昇るあみへ届くように言った。



 それから程なくして、葬儀は執り行われた。
 来葉もあるみと一緒に参列した。
「この度はご愁傷さまでした」
 来葉は彼方へ挨拶する。
「いえ、どうもありがとうございました。家内が大変お世話になりました。こうして、子供の成長を見ることができました」
 彼方はそう言って、あみの遺影へ目を向ける。
「これ以上ないほど満足していました」
「そういう笑顔ですね」
 あみの遺影は、満面の笑顔で彩られていた。
「……本当にこれでよかったんでしょうか?」
 来葉は問いかける。
 赤ん坊を産んで、それから一年間しか生きることが出来なくて、果たしてその未来を選んでよかったのか。
 この一年間、来葉は自分自身に問いかけた。
 それをあみに訊くことは出来なかった。
 訊きたくて聞きたくなくて訊けなかった。
 その相反する想いがぶつかりあった結果、この場で彼方に問うてしまった。
「はい、本当によかったですよ」
 彼方はあっさりと当たり前のように答えてくれる。
「あみはこれを見ることが出来ましたから」
 そう言って、彼方は抱き上げていたみあを来葉に見せる。
「え……?」
 みあは二の足で立って、フラフラとしながらも一歩歩く。
「あ、ああ……!」
 来葉は思わずみあの手をとる。
 その手はあまりにも小さくて、あまりにも温かい。
「いーあーいーあー」
「――!」
 みあは驚きのあまり、言葉を失う。
 それは歌だった。
 言葉はまだ紡ぐことが出来ず、発声もまだままならないものの、まぎれもなく歌だった。
 あの日、幼稚園のおゆうぎ会で聞いた歌だった。
「あみはこれを視ることが出来て、満足して眠りました」
「う、うぅ……」
 彼方のその言葉に、来葉はこらえきれずに嗚咽を漏らした。
 この日が来ることは覚悟していた。
 だから、泣かないと決めていた。そんな資格は無いと思っていた。
 でも、ダメだった。
 今起きているこの奇跡を目の当たりにしては涙は止めようがない。
「これが、これが、あみが望んだ未来だったのね……」
 来葉はみあを抱きしめた。

『来葉さんには感謝してる』
『私の命はあと少しだと言ってくれたから、――自分が生きた証を残したいと思えるようになったから』

 生きている。
 あみは今こうしてここに生きているのだ、と実感できた。



 そして、時間は現在。
 来葉はその時のことを思い出して、半ば夢見心地でいた。
「来葉さん、どうしたんですか?」
 不意にかなみが来葉を覗き込んでくる。
「あ、ううん、なんでもないから」
「もしかして、疲れてるんじゃないですか? 来葉さんって平気で三日三晩働きそうな感じがしますから」
「あはは、それはかなみちゃんに言われたくないかな。昨日も徹夜したんでしょ?」
「うぅ、そうですけど……」
「ダメよ、ちゃんと寝ないと」
 思わぬ反撃をくらって、かなみは口をつぐむ。
「ほ、ほら、もう着きますよ」
 かなみは慌てて指差してごまかす。
 その先には、みあの高級マンションがあった。
『今度来ればいいじゃない』
 病院で話し合った時、みあはそう言ってくれた。
 それから数日後に、彼方からも「来てほしい」と促されて、かなみと一緒にやってきたわけだ。
「久しぶりね」
 マンションに入って、エレベーターで上がっていく時に、来葉は呟いた。
「来葉さん、来たことあるんですか?」
「え、えぇ……十年前にね……」
 来葉は感慨深くそう答えた。
 そうして、上がりきったエレベーターから部屋へと向かう。
「本当に来るなんて思わなかったわ」
 出迎えてきたみあは嬉しそうに来葉へ言った。
「みあちゃん、来て欲しいって言ったんじゃないの?」
 かなみは不思議そうに訊く。
「あたしは、来ればいいんじゃないって言っただけで来て欲しいなんて言ってないわよ」
「みあちゃん、素直じゃないね」
「うるさい! あんたはごはん抜き!」
「ウソウソ! みあちゃんは素直だから!」
「フフフ」
 来葉は思わず笑みがこぼれる。
「それで、買ってきたの?」
 みあは来葉へ訊く。
「ええ、バッチリよ」
 来葉は買い物袋を見せる。
 今夜、出張シェフは急遽休みをとってしまい、振る舞える夕飯の料理がなくなってしまった。
 そういう事情をきいて、来葉が夕飯を作ると提案した。
「それで何を作るの?」
「――肉じゃがよ」
 そうして、かなみ、みあ、来葉の三人でキッチンに立つ。
 まったく使われていないキッチンに来葉は懐かしさを感じつつも、材料を並べる。
「来葉さん、料理できるんですね」
「ええ、これでも自炊はしてるからね。たまに、あるみにも作ってあげてるし」
 来葉とかなみはじゃがいもの皮をむきながら会話をする。
「社長って全然料理を作るイメージがないですね」
「ええ、そうね。あるみってその気になれば料理くらいできるんだけど、サボるのよね。あんなに食べるのに、カップ麺じゃね」
「あははは、来葉さん、お母さんみたいですね」
「………………」
 人参の皮をむいていたみあの手が止まって、来葉を見つめていることに気づいた。
「どうしたの、みあちゃん?」
「あんた、本当にお母さんっぽいと思っただけよ」
「そんなことないわよ。みあちゃんのお母さんの方がよっぽど立派なお母さんよ」
「あたしは憶えてないから、比べようがないのよね」
「この肉じゃが、みあちゃんのお母さんと作ったことがあるのよ。このキッチンで」
「……え?」
「いわゆる、おふくろの味ってやつね。上手く再現できるかはわからないけど」
「ま、期待してるわよ」
 みあにぶっきらぼうにそう言われて、来葉は微笑む。
 そうして、出来上がった肉じゃがで食卓を囲む。
「「「いただきます」」」
 そして、食べ始める。
「おいしい! おいしいですよ、来葉さん!!」
 かなみは早速称賛する。
「ありがとう。みあちゃんは?」
「………………」
 みあは黙々と食べている。
「みあちゃん?」
「え、あ? まあまあじゃない」
「そう。よかった」
 ひとまず認められたのだろう。
 来葉は安堵する。
「ただいま」
 そこへ彼方がやってくる。
「今日は早かったじゃない」
「今日は仕事が空いてたからね。それに客人を招待させておいて、留守というのはあまりに失礼だろ」
「来葉が来てるから早く帰ってきてるんでしょ」
「そうとも言うね、あははは!」
 彼方は笑い出す。
「彼方さん、そういうこと言うとみあちゃんに嫌われるから控えた方がいいわよ」
「マジ?」
 来葉がそんなことを言うと、彼方は急に真顔になる。
「あ、肉じゃがか」
 彼方は食卓を見る。
「彼方さんの分もありますよ」
「いや、嬉しいな。そういえば、来葉さんとあみで作っていたね。……あ」
 彼方は「しまった」という顔でみあを見る。
 どうにも、みあの前で母親の話をするのはご法度らしい。
「ふうん……」
 みあは興味なさげにそういう態度を取る。
「……あれは、興味あるけど興味無さそうなフリをしている態度ですよ」
 かなみは来葉へこっそり耳打ちする。
「なるほどね」



「今日は来てくれてありがとうございます」
 食事が終わって、片付けが終わったところで彼方は来葉へ言う。
「いえ、こちらこそ招待してくれてありがとうございます」
「あみも喜んでいると思います」
 そう言って、彼方はある部屋へ来葉を案内する。
 その部屋にあったのは、あみの仏壇で葬式のときに飾られていた遺影もあった。
 来葉は思わず合掌する。
(あみさん、お久しぶりです。また会えて嬉しいです。あなたの生きた証のおかげで私はまたあみさんに会うことができました)
 来葉はひとしきりあみへ語る。
 話したいことはたくさんあった。
 それでも、時間はそれほど必要はないと来葉は思った。
 初めて会った時、何年も前から友達だったかのように距離を埋められたのだから、この十年近くの間の距離も一瞬で埋まるだろうと確信があった。
「たまにはこうして来てくださいね。遠慮はいりませんから……――昔みたいに」
「ええ、そうさせてもらいます」
 二人は部屋を出る。
「あ、来葉さん! 彼方さん! ボードゲームしましょう!」
 かなみが二人の姿を見つけて、声をかける。
「ボードゲーム? 面白そうね」
「ああ、これ。うちの新製品だね。遊んだことなかったな、やってみるか」
「いっとくけど、未来を視るのは禁止だからね」
 みあは来葉へ指差して言う。
「来葉さんはそんなズルしませんよ」
「未来視ってズルなのね」
「魔法はズルでしょ」
「そうだね。ボクは魔法が使えないからズルだよ」
「ズルしなくてもあんたには負けないから!」
 そういうやり取りをしているみあと彼方が微笑ましく見える。
「……あ!」
 来葉が視えた。
 その二人の背後に、二人を見守る優しい面影があった。
「来葉さん、ぼうっとしてどうしたんですか?」
「ううん、なんでもないわ。ゲームしましょう」
「はい!」
 そうして、四人は夜通しゲームをして楽しんだ。
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