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第13話

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 先月に比べて一段と寒くなったと感じる11月中旬の祝日の朝。
 それでも日中は天気が晴れてさえいれば、そこまで厚着をしなくても過ごせるくらいの陽気だ。

「......う~ん! ちょっと肌寒さはあるけど、お日様が気持ちいいね」

 黒のワンピースにベージュのコートを羽織ったロコが、俺の横で思いきり深呼吸する。

 ロコは結局昨日も俺の部屋に泊まった。
 気がつけば、次の日に学校が休みの時はほぼ毎回泊まるようになっており、ロコとはちょっとした半同棲状態になっていた。
 ロコの両親が特別放任主義であるらしい?   から可能なだけで、一般の家の女子高生がそ
んなことをやったら絶対ヤバイと思う。

「そうだな......にしてもお前、こんなに朝早く出かけなくても」
「何言ってんの。お休みの日に浴びる朝のお日様は格別なんだから。それにこの時間に少し散歩してから『くらべる』に行けば、丁度朝のタイムセールに間に合うし☆」

 ロコは唇を尖らせ、手をペンギンのようにパタパタと動かしながら言った。
 『くらべる』とは、俺とロコの家の近所にあるスーパーのことである。
 商店街の中にあるスーパーよりも大きく品ぞろえが豊富で、特に肉類に関しては値段も質も良い。
 申し訳ないが、俺の勤務先の店舗よりも力を入れているのがよく分かる。

「さようで」
「さようです......それじゃあ、行こうかー♪」

 ロコに連れられるように、俺は家を後にした。
 休日の朝に出歩くなんて久しぶりのことで、何か特別な日のような気がして若干心が
そわそわしている。

「ところで『くらべる』の前にどこに散歩しに行くんだ?」
「へへ~☆ ナーイショ!」

 こうして、ロコとの数十年ぶりの朝の散歩が始まった。
 ほぼ毎晩JKのロコとは自宅までのボディガードという名目で散歩しているが、陽が出ている日中、それも朝に散歩するのは初めてだった。
 こいつが柴犬の時は、今みたいに一緒に横に並んで歩くなんてことは一度もなかった。

 いつも俺を引っ張るように、元気に勇ましく前に進んでいたロコ。
 JKに生まれ変わった今でも、それは変わらないな。

「なーにニヤニヤしてんの。残念だけど、剣真が期待しているようなエッチな場所じゃないからね」
「言ってろ」
「ふふっ。朝から剣真けんまは冷たいなー」

 言葉ではそう言っているが、ロコはくすくす微笑んでいる。
 天気の良い祝日の朝ということもあって、外は人目を多く見かける。
 特に早朝からやっているホームセンターの前を通ると、駐輪場にはもう既にかなりの数の自転車が止まっていた。
 
「第一目的地到ちゃ~く☆」

 ロコに連れられてやってきた場所は、家から7・8分くらい歩いた場所に位置する、小さいとも特別広いとも言えないような、丁度いい感じの広さの公園だった。
 祝日ということもあって、サッカーボールの蹴り合いをしている親子や、仲の良さそうな夫婦がベビーカーを引いて散歩している姿等が見受けられる。

「ねぇ剣真。ここってどこかと似てない?」

 ロコにそう言われて、俺は今思っていることを口にした。

「......ここって、俺とロコが昔よく散歩で行ってた近所の公園に、雰囲気がそっくりだな......」
「でしょー? だから剣真と再会してから、いつか二人で来てみたいなぁ~って思ってたんだよね~☆」

 俺と柴犬だった時のロコが毎日のように行っていた近所の公園。
 多少違いはあるものの、ブランコやベンチの位置、地面の質感等は思い出の″あの公園″と驚くほど一緒だ。

「せっかくだから、中をちょっと歩いてみようよ?」
「そうだな。ぐるっと回ってみるか」

 俺達は公園の中を少し散歩してみることにした。
 脚を踏み入れると、『ジャリジャリ』と地面の砂の音が聞こえる。
 祝日の公園は、朝から子供達の遊ぶ声や保護者達の話し声で賑わっていた。
 これを騒音だと感じる一部のクレーマーの考えが、俺にはとても理解できない。

 一箇所、雑草が多く生えている場所の前を通った時、ふと昔の記憶が頭をよぎった。

「そういやお前、あの公園行くと必ず草食ってたな」
「だってあそこの公園の草、道端に生えてる草と比べて特別美味しかったからさ」 
「いつだか調子に乗って食べ過ぎて、その場でリバースしたこともあったな!」
「あの時は興奮しててつい......ていうか剣真、レディに向かってリバース言うのは
お姉ちゃん的にどうかと思うよ?」
「別に柴犬の時のことなんだからいいだろ」
「良くないの! それだから副店長さんを怒らせちゃうんだよ」

 先日の天条さんとの一件を思い出し、俺は苦笑いを浮かべる。
 この件があった当日の夜、事の顛末てんまつをロコに話したところ。

「......再会してから何となく思ってたけど......剣真って結構鈍感だよね」

 と言われる始末だった。
 串田さんといいロコといい、酷い言われようだな俺は。

「ところであの公園ってまだあるのかな? あったらまた一緒に散歩したいな~☆」

 ロコに訊かれて、俺の表情は曇った。
 思い出の″あの公園″は、ロコと別れてから2年後に無くなってしまい、今は8階建ての
マンションが存在している。

「実はさ......今はもうないんだ。だいぶ昔に取り壊されて......」
「......そっか。残念だなぁ......」

 ロコは嘆息し、遠くを見ながら寂しい口調で呟いた。

「......でもさ、あの公園とよく似たこの場所で、こうしてまた剣真と散歩できたんだから......それだけでも嬉しいよ」

 ロコはそう言って、俺にニコリと微笑む。

「......私と剣真、周りの人達から見たら、どんな関係に見えるんだろう?」
「ペットとその飼い主じゃないか」
「もー! 剣真のいじわる!」
「さっきの仕返しだ。......そうだな.........歳の離れた兄妹って感じかな」
「......やっぱりそうだよね」

 ロコは頷くと、不満そうに視線を地面に落とした。

「他に何に見えるっていうだよ」
「それは......こ......」
「こ?」
「......こころの友よー! とかさ?」
「なんだよそれ」
「......ですよねぇ」

 わけの分からないことを言い出すロコに、俺は思わず鼻を鳴らしながら笑顔が零れる。

「でもこうしてさ、剣真とまた公園を散歩することができるなんて、ホント夢にも思わなかったなぁ」
「そりゃあ俺もだ。しかもこんな可愛い女子高生の姿になったロコとだなんて、誰が想像できるよ」
「ほめてくれてありがとー☆」
「どういたしまして.........あ、言っとくけど、草、食べるなよ?」
「食べないよーだ! 剣真のバカ!」

 ロコが俺の右肩に目がけて軽くグーパンチを入れる。 
 なんとなくロコをからかいたい気分だったので、つい。
 気づけばあっという間に公園を一周してしまい、想像以上に広くなかったことに少し驚いた。

 もしも無くなってしまった″あの公園″を今歩いたとしたら、やっぱり同じことを思うのだろうか。 
 なんてことを思いながら、俺は自分の成長をひしひしと実感した。
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