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第32話

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 夕食後、ロコがいれてくれたお茶を飲みながらテレビのニュースを見る。
 平日の夜に毎日放送している番組で、同じ時間帯の他局のニュースとは違ってビジネス関連の話題をメインに扱っていて、仕事上の情報収集に大いに役立っている。

 話題が今年の成人式へと変わると、毎年恒例ともなる『各地の荒れた成人式』の模様がテレビに映し出された。

「この人達、ホントバカだよねー。皆のお祝いの席にお酒飲んで暴れてめちゃくちゃにしてさ。痛い行為だって何で分からないかなー」

 みかんの皮を剥きつつ、テレビの中の新成人という名の星人達にド正論を吐く我が家の未成年。

「何やっても無礼講で許される・期待されてると勘違いさせる土地柄とちがらの雰囲気もあるんじゃないか。その証拠にテレビで報道されるのはほぼ毎年同じ地区だろ」

 日本列島の下の方、中でも最南端の地区は酷さの格も規模が違う。

 超が付く有名企業の社長が宇宙旅行する現代社会に、いい歳してボンタン狩りでもしてそうな風貌の泥酔した二十歳が市長のスピーチの場に乱入する姿は昭和のコントのよう。

「関東でもほんの極一部の地域では荒れるっていうけど、基本的にはどこも平和に終わるらしいぞ」
「だよねー。こっちの方で成人式が荒れたって話、聞いたことないもん」

 ロコは頷き、美味しそうにぱくぱくとみかんを口に入れる。
 俺の二倍の食事量を摂取したあとでまだ食べるとは。
 甘いものは別腹という言葉が良く似合う。

剣真けんまの時はどうだったの?」

 不意にロコが俺に訊ねた。

「俺か? 俺、成人式出てないんだよ」
「えー。どうしてー? いろんな同級生と久しぶりに再会できるチャンスじゃん」
「別に成人式は強制参加のイベントってわけじゃないし。二十歳になってまで長丁場で退屈な校長先生のお話を聞きに行く奴の方がどうかしてるだろ」

 茶柱を拡散させるように湯呑ゆのみで軽く円を描く。

 親しい地元の友人も誰もいない。むしろ高校での一件以来、できれば当時の知り合いとは会いたくなかったので、行かないのは必然だ。

「あと丁度今の仕事初めたばかりでさ、まだバイト扱いだったけど。働いてる方が楽しくてお金も入る、まぁ選ぶよなぁ」
「そっか......剣真みたいな考えの人もいるんだね」

 誰もが学生時代に青春を送ってきたわけではない。
 大人になるということは選択肢が増えるということ。
 だったら成人式を参加しないというのも個人の自由。自己責任だ。

「――大人って、どうすれば早くなれるのかな?」

「急にどうした?」
「いやさ、二十歳になれば世間的には大人扱いなんだろうけど......本当の意味での大人になるにはどうすればいいんだろうって」

 予想外の真面目な質問に目を丸くする。
 一度その質問を自分の中で咀嚼そしゃくし、深呼吸して。

「やっぱり自立した生活を送れるようになることじゃないか? 親元から離れて自分一人で立てるようになる。動物と一緒だよ」

 母さんが亡くなって一人で生活してみて、知らず知らずのうちに自分がいかに親のすねをかじっていたかを痛感した。

「もちろんそれだけが条件じゃない。自分の行動に責任を取れる人間。大人っていうのは何をするにもどうしたって責任が付きまとうんだ」

 そこが子供と大人の最大の違い。
 子供では笑って許されることでも、大人ではそうはいかない。
 仕事等で見た目は大人・中身は子供の人間と接する度に、教育がいかに人間を構成する上でどれだけ大事なプログラムなのかを再確認させる。

「......大人って大変なんだね」
「大変だけど、その分いろんなことができるぞ。お酒も飲めるし、気軽に居酒屋にも入れるし」
「飲むことばっかりじゃん」
「だな」

 俺はタバコもギャンブルもやらない人間なので、二十歳になってから始めたことといえばお酒を解禁したのみ。

「――私はまだ、子供でいたいかな」

 寂しそうな瞳で視線を下に落とす。

「子供でいられるうちは子供でいた方がいい。誰かに甘えるなんて子供の時にしかできない
ぞ......って、俺は最後まで母さんのすねをかじっちまったが」

 自嘲気味に笑う。ロコはどう反応していいか分からないようで愛想笑いを浮かべていた。

「しっかし、お前がこんな真面目な話をするなんて珍しいな。明日また雪でも降るんじゃないか?」
「むぅぅぅ。どういう意味ー?」

 リスのように頬袋を作り不満の表情を露わにする。
 さしずめ、皮を剥いたみかんは保存食といった感じか、と一人想像して鼻を鳴らす。

「でも雪は降ってほしいなぁー。その時は今度こそ剣真と雪合戦してロコスペシャルをお見舞いしてあげるんだから」

 パ〇スペシャルと響きが似ていてどんな技なのかとても気になるんですが。
 おどけたロコに俺は。

「――進路のことで悩んでんだったら、いつでも相談に乗るぞ?」
「ううん。そういうわけじゃないんだ。ありがとね、心配してくれて」

 みかんの白い繊維が付着した両掌を左右に振った。
 ほんのり茶色の肌も相まって、白さが余計に目立つ。

 ロコも今年で高校三年生。進学するのであれば受験勉強で毎日俺の家には来られなくなるだろう。
 仮に就職の道を選んでも、今までみたいな生活は続けられないかもしれない。

 いつかロコとの生活も終わりを迎える。
 想像して、胸の奥が苦しく、久しく忘れていた感覚に襲われた。
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