女帝の遺志(第三部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語/完結編

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第十一章・最終決戦

誇り、そして涙

修平が控室へ戻ったあとも、
会場の空気は重く沈んでいた。
怒りと無力感。
それが、観客席にも、ブレバリーズ側にも残っている。

リング上では、新堂翔がロープにもたれ、
勝ち誇ったように笑っていた。

「へへ……一人目、終了だな」

ブーイングが降り注ぐ。
だが新堂は、まるで気にしない。
それどころか、マイクも持たず、挑発するように両腕を広げた。

「次、誰だ?
 まだ残ってんだろ? ブレバリーズさんよぉ」

---

リングアナウンサーの声が響く。

「続きまして――
 ブレバリーズ、第二の選手……
 Satomi!!」

その名が呼ばれた瞬間、
会場の空気が、わずかに変わった。

花道に現れたSatomiは、
いつも通り、静かな表情をしていた。
派手な感情は見せない。
だが、その歩みは揺るがない。

(……修平)

一瞬、控室の方角を見たあと、
彼女は前だけを見据えた。

(ここで止まるわけにはいかない)

ロープをくぐり、リングに立つ。

新堂は、品定めするようにSatomiを見た。

「……おい、おばさん!女が、何とかできると思ってんのか?」

Satomiは、答えない。
ただ、構えを取った。

ゴング。

――カァン!

---

Satomiは、間合いを詰めすぎない。
新堂の出方を見る。

踏み込んできた瞬間――
鋭い前蹴り。

「ぐっ!」

さらに、回し蹴り。
掌底。
肘。
一撃一撃が、正確で、無駄がない。
Satomiが最も大切に、地道に培ってきた空手の技が、この日は一段と冴えていた。

「おぉ……!」
「Satomi、いいぞ!」

観客席が沸く。
新堂は、思わず距離を取った。

(……ちっ)

修平ほどのパワーはない。
だが、この女――
技が“読めない”。

Satomiは感情を表に出さない。
淡々と、確実に、新堂を削っていく。

(これが……本物の空手かよ)

新堂の額に、汗が滲む。

---

ロープ際。
新堂が、レフェリーに文句を言うふりをした。

「おい!
 さっきから、こいつ反則だろ!」

レフェリーが視線を向けた、その瞬間。
新堂の手が、素早く動いた。

ガッ!

鈍い音。
Satomiの額に、衝撃が走る。

「……っ!」

視界が、赤く染まった。
観客席が、凍りつく。

「なにやってんだ!!」
「凶器だろ!!」

新堂は、手に持っていた金属片を、さりげなくリング下へ落とした。
Satomiの額から、血が流れている。
ぽた、ぽた、とマットを赤く染める。

---

Satomiは、額を押さえた。
指先が、赤くなる。

(……出血)

だが、構えを解かない。

「……まだ、行ける」

新堂が、嘲笑う。

「へへ……
 美しい顔になってきたじゃねぇか」

新堂が襲いかかる。
拳、蹴り、頭突き。

Satomiは、必死に受け、返す。
空手の技で、反撃する。

だが――
血は、止まらない。
視界が滲む。

(……まずい)

レフェリーが、近づき、揉み合う二人の間に入る。

「ドクター!チェックだ!」

Satomiは、首を振った。

「……大丈夫です。まだ……戦えます」

しかし、ドクターは首を横に振る。

「出血がひどすぎる。続行は危険です」

---

レフェリーが、両手を交差した。

「――ストップ!!」

ゴングが鳴る。
その音が、Satomiの心を切り裂いた。

「……え?」

新堂が、即座に手を挙げる。

「勝ちだな?」

会場は、怒号の嵐。

「ふざけるな!!」
「止めるな!!」

Satomiは、レフェリーに詰め寄った。

「……まだ……、まだ戦えます……!」

声は、震えていた。
だが、判断は覆らない。

――レフェリーストップ。
勝者、拳激・新堂翔。

---

Satomiは、その場に立ち尽くした。
額から流れる血が、
床に落ちる音だけが、やけに大きく聞こえる。

「……私……
 負けた……?」

膝が、崩れた。
そのまま、マットに座り込む。
涙が、頬を伝った。

「……ごめん……
 みんな……
 また勝てなかった……」

観客席から、拳激への怒号が、容赦なく浴びせられる。
だが、それはSatomiの耳には、ほとんど届いていなかった。

絶望で花道を去る、Satomi。
涙が絶えることがなかった。

控室では、欠場中の環が迎えていた。
そして、静かにSatomiを抱きしめた。

「……よく戦ったわ」
「……環……」

その声で、堰を切ったように泣き崩れた。

---

ブレバリーズ――0勝2敗。
残るは、たった一人。
拳激は、まだ三人。

新堂は、余裕の笑みを浮かべ、
リング中央に立っていた。

「終わりだな、ブレバリーズ」

会場全体が、重苦しい沈黙に包まれる。
誰もが思った。

――もう、無理だ。

だが、その沈黙を、
次のコールが切り裂くことになる。

物語は、“絶望”の底から――
“伝説”へと、動き出そうとしていた。

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