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第七章
無言の審判
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扉がノックされた。
「失礼します」
現れたのは、早崎みずき。
営業部に配属されて三年目、沙紀の高校の後輩でもあり、若手の中でも群を抜いて勘がよく、しっかり者として知られていた。
みずきは、部屋に入った瞬間に空気を読み取ったようだった。
沙紀と卓、そして押し黙った栄一――この組み合わせが意味するものを、瞬時に理解していた。
「みずきさん、ありがとう。いま呼んだのはね、乾さんが作ったこの資料について、少し確認したくて」
沙紀はそう言いながらも、その声の裏には明確な“試し”が込められていた。
「はい……もしや、役員会議で使う件でしょうか?」
「そう。それ、どうしてわかったの?」
「私、正直少し不安だったんです。役員向けの資料を、わたしなんかが手伝ってもいいのかって」
「なるほど。じゃあ、手伝ったということね」
「はい。乾さんから、グラフの作成などを依頼されて……」
沙紀は、わかりやすく頷きながら、目だけで卓と栄一を見据えた。
言葉はなくとも、その視線がすべてを語っていた。
「ねえ、みずきさん。この資料、あなたが作ってて、何か気になる点はなかった?」
少し逡巡したあと、みずきは小さく息を吸い込み、はっきりと口を開いた。
「正直に言いますと……文面の構成や、グラフの内容が、やや的外れだと感じていました。
ですが、あくまで乾さんの指示どおりでしたので、そのままに……」
「そうよね、あなたに非はないわ。ありがとう、率直に言ってくれて」
沙紀の声は穏やかだった。だが、芯には氷のような冷たさがあった。
「でね、みずきさん。急で悪いのだけど、この資料、16時の会議までに作り直したいの。手伝ってくれる?」
「はい。実は、念のために修正版をひとつ用意していたのですが……」
「えっ……もうできてるの?」
「はい。ご確認いただけますか?」
みずきが差し出した修正案は、要点が整理され、図やグラフも明確で説得力があった。
まるで、本来こうあるべきだったという“模範解答”のような資料。
沙紀は静かに目を通し、満足そうに頷いた。
「完璧ね。ありがとう、みずきさん。本当に助かったわ」
「お役に立ててうれしいです。では、失礼します」
みずきが去ると、沙紀は資料を机に置き、二人をじっと見た。
「今回は完全に、みずきさんの個人能力に助けられましたね」
静かな声だったが、その一言が、何よりも重く響いた。
栄一も卓も、言葉が出なかった。
みずきという若手が、自らの上司たちのミスを、無言で正していた。
「部長……申し訳ありませんでした」
卓が頭を下げる。
その隣で、栄一も、ただ無言のまま、深く頭を垂れていた。
沙紀は、静かに頷いた。
「……次はありません」
それだけを言い残し、沙紀は資料を持って部屋を出ていった。
ヒールの音が、再び会議室の床を叩いた。
その音は、まるで“判決の鐘”のように、栄一の心に鳴り響いていた。
「失礼します」
現れたのは、早崎みずき。
営業部に配属されて三年目、沙紀の高校の後輩でもあり、若手の中でも群を抜いて勘がよく、しっかり者として知られていた。
みずきは、部屋に入った瞬間に空気を読み取ったようだった。
沙紀と卓、そして押し黙った栄一――この組み合わせが意味するものを、瞬時に理解していた。
「みずきさん、ありがとう。いま呼んだのはね、乾さんが作ったこの資料について、少し確認したくて」
沙紀はそう言いながらも、その声の裏には明確な“試し”が込められていた。
「はい……もしや、役員会議で使う件でしょうか?」
「そう。それ、どうしてわかったの?」
「私、正直少し不安だったんです。役員向けの資料を、わたしなんかが手伝ってもいいのかって」
「なるほど。じゃあ、手伝ったということね」
「はい。乾さんから、グラフの作成などを依頼されて……」
沙紀は、わかりやすく頷きながら、目だけで卓と栄一を見据えた。
言葉はなくとも、その視線がすべてを語っていた。
「ねえ、みずきさん。この資料、あなたが作ってて、何か気になる点はなかった?」
少し逡巡したあと、みずきは小さく息を吸い込み、はっきりと口を開いた。
「正直に言いますと……文面の構成や、グラフの内容が、やや的外れだと感じていました。
ですが、あくまで乾さんの指示どおりでしたので、そのままに……」
「そうよね、あなたに非はないわ。ありがとう、率直に言ってくれて」
沙紀の声は穏やかだった。だが、芯には氷のような冷たさがあった。
「でね、みずきさん。急で悪いのだけど、この資料、16時の会議までに作り直したいの。手伝ってくれる?」
「はい。実は、念のために修正版をひとつ用意していたのですが……」
「えっ……もうできてるの?」
「はい。ご確認いただけますか?」
みずきが差し出した修正案は、要点が整理され、図やグラフも明確で説得力があった。
まるで、本来こうあるべきだったという“模範解答”のような資料。
沙紀は静かに目を通し、満足そうに頷いた。
「完璧ね。ありがとう、みずきさん。本当に助かったわ」
「お役に立ててうれしいです。では、失礼します」
みずきが去ると、沙紀は資料を机に置き、二人をじっと見た。
「今回は完全に、みずきさんの個人能力に助けられましたね」
静かな声だったが、その一言が、何よりも重く響いた。
栄一も卓も、言葉が出なかった。
みずきという若手が、自らの上司たちのミスを、無言で正していた。
「部長……申し訳ありませんでした」
卓が頭を下げる。
その隣で、栄一も、ただ無言のまま、深く頭を垂れていた。
沙紀は、静かに頷いた。
「……次はありません」
それだけを言い残し、沙紀は資料を持って部屋を出ていった。
ヒールの音が、再び会議室の床を叩いた。
その音は、まるで“判決の鐘”のように、栄一の心に鳴り響いていた。
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