憎き世界のイデアゼム

志賀野 崇

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6話『ちぎり男』

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「やめだ」
 突然そういい放ち俺に背を向けた超英雄ラフィリア。
「あ?」
 拍子抜けな彼女の行動に、俺は眉間に皺を寄せる。
 俺は炎をより激しく燃え上がらせ一歩前に出た。
「逃すと思うのかよ。俺たちは同族になった以上戦う運命にあるんだぞ」
 声を荒らげる俺に、彼女は答える。
「今じゃなくてもいい。運命ならば尚更いづれ戦う。リスクの少しでもある相手との戦いを渋ることくらい普通の話だ」
「テメェの意思について聞いてんじゃねぇよ。戦えって言ってんだ! 当て逃げできると思うなよ!」
 言うなり俺は、超重力により彼女を大地に叩きつける。続けて爆炎による壁で周囲を囲み、逃げ道を塞ぐ。
「……ほぅ」
 俺の拘束に嘆息を漏らした彼女は面倒くさそうな目をする。
「何があったかは知らんが、お前らしくないなぁアシレッド」
「うるせぇよ。アンタこそファントムになるとは堕ちたもんだな」
「……私が望んでなるわけがないだろう。間抜け。ましてや私はお前のような復讐の念に取り憑かれてなどいない」
「何?」
 俺は、彼女の言葉に眉をひそめる。
 彼女は続けた。
「いくつ削がれたかは知らんが、ファントムとなったことで判断力もろもろが欠如したようだな。昔のお前なら、こんな馬鹿げた話間に受けなかっただろうに……」
「なっ……」
「考えてみろ。他人を殺し願いを叶える? ましてや万象一切の願いとは妙な話だ。そんな話をいきなり糸に吊るすあの声も奇妙だ。何者か、何が目的かも知れない相手の話を信じるのか? それほどに余裕がないのか?」
「……」
 言われてみれば、確かにおかしい。いや、言われなくても本来なら不自然に感じるはず、それどころか警戒するはずの俺が何故にこうも……。
 だが、かと言って戦わない理由にはならない。例えこの話が何かの罠だとしても、復讐にはファントムとしての力が必須であり、復讐である以上これまで通り命の搾取が必要。さらにはその障害となり得る同族の排除は、願い云々に問わず己の利害と一致しているのだ。
「だがよ。ラフィリア。それでも俺はお前を殺す。そうする必要があるんだよ」
 そう言って俺は、手のひらにブラックホールを作り出す。
 すると、ラフィリアが馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「お前はまず、失った感覚をいろいろと取り戻した方がいい」
「どういう意味だ」
「私が貴様に迫った時、気配を感じなかったこと。もう忘れたのか? 私より200歳以上若い小僧がもぅボケ始めたか? えぇ?」
 次の瞬間、彼女の体が氷の破片となり砕け散る。
「氷で自立式のデコイを!?」
 驚愕する俺に彼女の声が聞こえる。
「舐めるんじゃないよ? いきなり本体で突っ込むほど馬鹿じゃないのさ私はね。……次、会うまで死ぬんじゃないよ。ついでに馬鹿も治しときな」
 それきり彼女の声は消えた。
 俺は歯ぎしりし、激しく地面に向けてブラックホールを叩きつけた。
 らしくないのは分かる。しかし、ファントムとなったことでどうも本能性が増している。同じファントムでも彼女と俺の間には海より広い差がある。
 矮小な自分と、欠如した感覚を渇望してしまう本能が苛立ちを湧き起こす。
 全身を切り刻みその傷を掻きむしりたいような感覚に苛まれるのを何とか我慢した俺は、夜の闇に向かって吼える。

「うぅぅぅおぉぁぁぁああああ!!」


×××××××××××××××××××××××


 その男は、微笑んだ。

 周囲にはまだ息のある人間の山。だが、いづれも致命的な傷を負っており身動きは取れないようだ。
 男はその筋肉質な巨体をゆっくりと動かす。
 赤みがかった白髪をかき分け、息を吐く。
 男は、一人の若い女を山から引きずり出す。
「た、助けて……」
 呻く彼女に優しく微笑んだ男は、躊躇なくその腕を千切った。
 絶叫する女。
 男はククと嬉しそうに笑い、舌なめずりをする。
 そして、次々に彼女の四肢を千切った男は、声が枯れ、虫の息となった彼女の頭を胴からちぎり取るとそれを尻の下に敷いていた男の頭と取り換える。
「もっと……壊れにくいものが、…………ちぎりたいなぁ」


 世界はこの狂人を「ちぎり男」と呼ぶ。
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