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04「原因と対策」
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レイラ=ヴァルヘイムーー
ラムダス=ヴァルヘイム王の、二番目の側室から産まれた子。王家の中では末っ子にあたる。
王家には、次代の王となる男の子が一人しかいなかった。そのため、待望の第二男子の誕生を期待された中産まれたレイラは、女子だったという事もあり、あまり目をかけて貰えなかった。
父であるラムダス王も、レイラとの接触はかなり少なかったようだ。それでも、母からの愛情はしっかりと受けたと言っていたのが幸いだ。
それからすくすくと育ち、十歳を迎えた時だったーー
「お初にお目にかかります、第"三"王女殿下。私、宮廷魔導士を務めるグレゴリー=マキャベスと申します」
「よろしくお願い致します……」
魔法の才に目覚めたレイラは、宮廷魔導士の指導の元、魔法を学ぶ事になる。
分厚い眼鏡をかけた七三分けの真面目そうな男。
レイラが感じた第一印象は、そんなイメージだったようだ。
だが、自分を見つめるその瞳に、底知れぬ不気味さも感じたと言っていた。
第一印象通り、最初の一年は、真面目に指導にあたっていたという宮廷魔導士グリゴリー。
問題が起きたのは、二年目からだった。
「レイラ様、貴女は何度言ってもご理解されないようだ。もう、辞めましょうか?」
「もう一度教えて下さいっっ! どんな方法でも頑張りますので……」
魔法の基礎は上々だったレイラだが、いかんせん座学が苦手で、思ったように進まなかった。
宮廷魔導士の男は、レイラが勉強を苦手としていると分かっていても、指導の方法を変えず、自分の教えが理解出来ないのが悪い! というスタンスだったようだ。
「やはり側室の子は、いくら王の血が入っていてもダメですね。王家から離縁し、平民として畑でも耕していた方が貴女のためでは?」
「それは……」
一年目とは打って変わり、レイラに対して当たりが強くなっていくグレゴリー。気の弱いレイラが告げ口する事はないと踏んでなのか、嫌味も増えていた。
「どうせ政略結婚の道具にされるだけ。その前に、自分から王家を離れたらどうですか? もし平民になれば、私が貰ってやっても良いのですよ」
「……」
レイラは返す言葉が出て来なかった。
十一歳になったレイラは、少し早いものの初潮を迎え、胸も膨らむ時期に来ていた。だからなのか、グレゴリーのレイラを見つめる瞳が、明らかに劣情を含むものになっていたのだ。
気持ち悪い。
ハッキリそう言いたかったレイラだが、この男を敵に回したら母に迷惑が掛かると思い、口を噤んでしまった。
そして、グレゴリーの元で学ぶようになって三年目ーー
とうとう事件が起きる。
「さて、そろそろ中級魔法の訓練にも取り掛かりましょうか。人目があると危ないので、移動しましょう」
「はい、よろしくお願い致します!」
座学は嫌いだが、魔法の実技は好きだったレイラは、グレゴリーの言葉をなんの疑いもなく受け入れてしまっていた。
城の裏手のちょっとした森を抜けると、花が咲き誇る原っぱがある。
そこで訓練は行われる事になった。
人目はなく、レイラとグレゴリーの二人だけ。
「では、始めましょうか」
「はい! 最初は風の中級魔法で宜しいですか?」
「ええ。と、その前に……昔ながらの杖を使って唱えて下さい。その方が安定しますからね」
「分かりました!」
杖を渡されたレイラが魔法を唱えようとした時、それは起こった。
「ひゃっっ!?」
「杖を振るのは初めてですからね。特別に私が動かしてあげますよ……ヒヒッ」
レイラの背後に立ったグレゴリーは、最もらしい言葉を吐きながら抱きついてきたのだ。
「腰をもっと引いて」
「わ、私一人で大丈夫ですから……」
「何を言ってるのです! 貴女のためにしている事ですよ! 胸ももう少し張らないとですね……」
「そ、そこは……」
最早セクハラの域を超えようとしていたグレゴリー。流石のレイラも我慢の限界が来ていた。
「ほら、早く唱えて下さい」
「ミ、ミドルウィンドッッ」
グレゴリーに胸を触られ、虫唾が走る中で放った風の中級魔法は想像通り酷い出来だった。
「数秒も保ちませんな。それなら、もっと胸を張ってお尻も支えて上げましょう。ククククッ」
いくら気の弱いレイラでも限界だった。
「ヤメロォォォォッッ!!」
気づいたら魔法を放っていた。
先ほどと同じ風の中級魔法。
ただ、その威力と規模はドンドン大きくなっていく。
「な、な、なんですかこれは!? 早く止めなさい!」
慌てたグレゴリーは、レイラから飛び退き魔法を止めるように言うが、
「全部壊してやる……お前も、壊してやるぅぅっっ!!」
目が座り、グレゴリーに敵意を剥き出しにするレイラ。それに応えるように、風の魔法は小さな竜巻となり草花を散らしていく。
「ば、化け物だっっ!」
自分に向かってくる殺意を持った竜巻に恐れをなしたグレゴリーは、レイラに捨て台詞を吐きながら逃げて行った。
「絶対逃さないんだからぁぁっっ!!」
「ひぃぃぃっっ!」
木々を薙ぎ倒し進む竜巻。
逃げるグレゴリー。
そしてとうとう、レイラの意識は途絶えてしまう。そう、竜巻にエネルギーを与え続けたレイラは、魔力切れを起こしたのだ。
その後ーー
グレゴリーはレイラの指導を辞め、宮廷魔導士としても退職し、どこかに去って行ったという。
きっと、レイラにした事が発覚する前に逃げたのだろう。全く卑怯な奴だ。
被害者のレイラも、グレゴリーにされた事は結局誰にも言えなかったみたいだ。
そんな訳で、無垢な少女は最悪のタイミングでトラウマを植え付けられ、中級魔法を使うと暴走してしまうという訳だ。
恐らく、暴走は自分を守ろうとする防御反応みたいなものだと推測している。人格が攻撃的になるのも、幼少期にトラウマが発生した子が、別人格を作り出してしまうのに似ている。
さて、これらの事から、暴走を防ぐにはトラウマの克服が必要になってくる。問題はどうやって克服させるかという事。
まあ、ちょっと試したい事があるので、先ずはそれを試してみる事にするか。
そして次の日。
放課後に空き教室へと向かうと、レイラが不安そうな顔で待っていた。
「おう、待ったか?」
「あっ、ジェス君! さっき来たばかりなので、全然待ってません!」
「そうか。今日はどんな一日だった?」
「それがですね!」
いきなり核心から話すのも味気ないので、少し世間話をしてレイラの緊張を解していく。
そんなふうに数分会話を続けていると、落ち着いた表情に戻ったレイラは、自分から本題について尋ねてきた。
「それで……なんとか出来そうですか?」
「なんとか出来るか分からないが、試したい事がある」
「試したい事?」
「ああ、先ずは試して様子を見たい。ダメなら違う方法を考えるさ」
「因みに、試したい事ってなんですか?」
「うーん、内緒」
「えー、教えて下さいよ~」
「言ったら効果が無くなるかもしれないから。後、一つ言っておきたい事がある。もしかしたらトラウマを抉る事になるかもしれない……それでも、試してみるか?」
「試します! ジェス君が考えた事なら、信用出来ますから!」
「そうか……分かった。じゃあ、早速実習室に向かおう」
俺の問いに即答するレイラ。
ここまで信用されてしまうと、少しプレッシャーだが、信じてくれているなら、それに応えたくもなった。
連れ立って空き教室を出た俺達は、地下の実習室に向かい、さっそく対策案を試す事にした。
「なんだか緊張します……」
「俺も少し緊張してるな」
「ジェス君も緊張する事があるんですか!?」
「当たり前だろ……レイラは、俺をなんだと思ってるんだ?」
「超絶スーパーウルトラ人間?」
「最早、人じゃないぞそれ……美化してるとこ悪いが、俺だって緊張もするし苛々もする。哀しくなるときだってある。そんな、ただの人間だ」
「ごめんなさい……じゃあ、女の人と触れ合ったらドキドキするし、恋もするって事ですか?」
また答えずらい質問を……。
「まあ、そうだな……」
「初恋は!?」
間髪入れずに質問を浴びせて来るレイラ。
初恋か……この世界で初めて恋をしたのは、あの時だったな……。
「十歳の時だ」
「どんな人に!?」
「教えない。まぁ、レイラが初恋の相手を教えてくれるなら話しても良いが」
「それは……内緒ですっっ」
急にモジモジとしながら顔を赤くするレイラ。
きっと、当時を思い出して恥ずかしくなったのだろう。
「因みに、何歳の時だ?」
「えーと……去年ですっ、かね」
去年って言うと、この学園に入る前って事か。
なら、学園の生徒ではないな。
貴族? それとも、他国の王族か?
人の恋路を聞くのは割と楽しい。
後で根掘り葉掘り聞いてやる。
「じゃあ、今から試す事は、その相手にされていると思って受けてくれ」
「い、一体何をするつもりなんですか!? こんな密室に連れ込んでっっ」
「いやいや、変な想像はするな! 別に変な? 事はしないから」
「あっ、今疑問系でしたよ! そろそろ教えて下さいよーっ」
「始まればすぐ分かるから。はい! じゃあ、そこに姿勢を良くして立って」
「は、はい!」
「次は目を瞑って」
「えっ、あ、分かりました……」
姿勢を正し、目を瞑って大人しく立っているレイラ。俺は気配を消してその背後へと近づいた。
「じっとしてて」
「っ……!?」
俺が試したかったのは、トラウマが植え付けられた時と同じような状況を作り出す事。
レイラを後ろからそっと抱きしめ、俺の体と密着させる。
「怖いし嫌だろうが、我慢してくれ。俺は"あいつ"と違って絶対に君を穢したりしない」
「ジェス君……」
体が強張り微かに震えるレイラ。
俺はそれが治るまでじっと待った。
「少し落ち着いてきた?」
数分そのまま待っていると、レイラの震えが治ってきた。
「……はい。でも、まだ怖いのでお願いしたい事が……」
「なに?」
「その……片手はお腹に当てたままで、もう片方の手で頭を撫でてくれませんかっ」
「お、おう、分かった」
意外なお願いに少し焦ったが、お姫様のご希望通り、片方の手で頭を優しく撫でる。
「はぅぅっ……ふげぇぇぇ」
だらしない声を出しながら体を預けるレイラ。
「もう良いか?」
「だ、ダメですっっ! 私が良いと言うまで続けて下さい!」
「了解しましたよ"姫"」
「あぅっっ」
それから数分後にようやくOKが出た。
きっと、頭を撫でなれる事で父性を感じたかったのだろう。レイラは父である王から、あまり目を掛けられていなかったと聞く。
父から得られなかった愛情を、初めて出来た男友達の俺に求めたのかもしれない。
これでも精神年齢はアラサーだし、それに応えてやる度量は持っていると自負している。
仕方ない。
この際、思いっきり甘えさせてやるか。
「俺の大事なお姫様。次は何をご所望かな?」
「つ、次は……耳元で好きって言って下さいっっ」
なるほど、父からの直接的な愛情表現を求めているのか。よし、なら張り切って表現してやる。
「よしよし……愛してるぞレイラ……お前は俺の宝物だ」
「はわぁぁぁーっっ……!!」
「だ、大丈夫か!?」
「……」
少し張り切り過ぎて愛情表現がオーバーキルしてしまったか? まあ、これだけやればレイラも満足してくれただろう。
「ズルいです……」
「え?」
「ジェス君はズルいですっっ!! これ以上募ったら、私どうしたら良いか分かんなくなっちゃうじゃないですか!!」
「一体なんの話だ?」
「鋭いのか鈍感なのかハッキリして下さいよ!」
「……! もしかして、俺のーー」
「わあぁぁぁぁっっ!! ミドルウィンド!!」
「えっ!? 急に放つのかよ!?」
その先は言わせねえぞと言わんばかりに、急に魔法を放つレイラ。実習室の中央に巻き上がる背丈より少し小さな竜巻。
数秒経っても形や規模は安定している。
これはもしかして……。
「克服したのか?」
「凄い……暴走しないで中級魔法が使えました!」
「ああ、俺も驚いてる……これなら、何回も辛い思いをさせなくて済むな」
「え、それって……」
たった一回のトラウマを克服する訓練で、上手くいくとは流石に思わなかった。これなら、嫌なトラウマを何度も思い出させずに済む。
「つかぬ事をお聞きしますが、これで次も成功したらこの訓練?は、一回で終わりですか?」
「ああそうだ。嫌な思いを何度もさせずに済みそうで、安堵しているよ。この調子でもう一度魔法を唱えてみてくれ!」
「ああ、はい……ミドゥルウィンドォォ……あれれー、今回は上手くいかないみたいですねー」
「そうか……やっぱり、たった一回じゃそう上手くはいかないか」
「ソウデスヨー、こういうのは、回数をこなしてこそ効果が出るってモノデスヨー」
「なんでそんなに棒読みなんだ?」
「な、なんでですかね!? 多分、暴走しなくて安心したせいで変になってるのかも! よし、この訓練は毎日しましょう! 毎日しないと意味がない!」
「毎日か……辛い思いを毎日する事になるが、大丈夫か?」
「全然大丈夫! 寧ろ楽しみ!」
「楽しみ?」
「いやっ、そう思えば! って、事です!」
「なるほどな、確かに一理ある」
「そうです! 一理も二理も三理もあります!」
「それは流石に多いだろ……」
こうして、トラウマを克服するために行った試みは、希望を持って一回目を終える事が出来た。
中級魔法が暴走せずに使えた事で、レイラもやる気が出たみたいだし、トラウマを克服する日も近いと予想している。
それに、ダメだった時用に考えていた二の矢も、合わせて試してみれば、完全にトラウマを克服する事が出来るかもしれない。
「今日はもう疲れただろうから、これで終わりにしよう」
「いえ! まだまだ全然やれますよ! イヤー、これはハマってしまいますね!」
なんだか、レイラのテンションがおかしくなってしまったようだ……。
ラムダス=ヴァルヘイム王の、二番目の側室から産まれた子。王家の中では末っ子にあたる。
王家には、次代の王となる男の子が一人しかいなかった。そのため、待望の第二男子の誕生を期待された中産まれたレイラは、女子だったという事もあり、あまり目をかけて貰えなかった。
父であるラムダス王も、レイラとの接触はかなり少なかったようだ。それでも、母からの愛情はしっかりと受けたと言っていたのが幸いだ。
それからすくすくと育ち、十歳を迎えた時だったーー
「お初にお目にかかります、第"三"王女殿下。私、宮廷魔導士を務めるグレゴリー=マキャベスと申します」
「よろしくお願い致します……」
魔法の才に目覚めたレイラは、宮廷魔導士の指導の元、魔法を学ぶ事になる。
分厚い眼鏡をかけた七三分けの真面目そうな男。
レイラが感じた第一印象は、そんなイメージだったようだ。
だが、自分を見つめるその瞳に、底知れぬ不気味さも感じたと言っていた。
第一印象通り、最初の一年は、真面目に指導にあたっていたという宮廷魔導士グリゴリー。
問題が起きたのは、二年目からだった。
「レイラ様、貴女は何度言ってもご理解されないようだ。もう、辞めましょうか?」
「もう一度教えて下さいっっ! どんな方法でも頑張りますので……」
魔法の基礎は上々だったレイラだが、いかんせん座学が苦手で、思ったように進まなかった。
宮廷魔導士の男は、レイラが勉強を苦手としていると分かっていても、指導の方法を変えず、自分の教えが理解出来ないのが悪い! というスタンスだったようだ。
「やはり側室の子は、いくら王の血が入っていてもダメですね。王家から離縁し、平民として畑でも耕していた方が貴女のためでは?」
「それは……」
一年目とは打って変わり、レイラに対して当たりが強くなっていくグレゴリー。気の弱いレイラが告げ口する事はないと踏んでなのか、嫌味も増えていた。
「どうせ政略結婚の道具にされるだけ。その前に、自分から王家を離れたらどうですか? もし平民になれば、私が貰ってやっても良いのですよ」
「……」
レイラは返す言葉が出て来なかった。
十一歳になったレイラは、少し早いものの初潮を迎え、胸も膨らむ時期に来ていた。だからなのか、グレゴリーのレイラを見つめる瞳が、明らかに劣情を含むものになっていたのだ。
気持ち悪い。
ハッキリそう言いたかったレイラだが、この男を敵に回したら母に迷惑が掛かると思い、口を噤んでしまった。
そして、グレゴリーの元で学ぶようになって三年目ーー
とうとう事件が起きる。
「さて、そろそろ中級魔法の訓練にも取り掛かりましょうか。人目があると危ないので、移動しましょう」
「はい、よろしくお願い致します!」
座学は嫌いだが、魔法の実技は好きだったレイラは、グレゴリーの言葉をなんの疑いもなく受け入れてしまっていた。
城の裏手のちょっとした森を抜けると、花が咲き誇る原っぱがある。
そこで訓練は行われる事になった。
人目はなく、レイラとグレゴリーの二人だけ。
「では、始めましょうか」
「はい! 最初は風の中級魔法で宜しいですか?」
「ええ。と、その前に……昔ながらの杖を使って唱えて下さい。その方が安定しますからね」
「分かりました!」
杖を渡されたレイラが魔法を唱えようとした時、それは起こった。
「ひゃっっ!?」
「杖を振るのは初めてですからね。特別に私が動かしてあげますよ……ヒヒッ」
レイラの背後に立ったグレゴリーは、最もらしい言葉を吐きながら抱きついてきたのだ。
「腰をもっと引いて」
「わ、私一人で大丈夫ですから……」
「何を言ってるのです! 貴女のためにしている事ですよ! 胸ももう少し張らないとですね……」
「そ、そこは……」
最早セクハラの域を超えようとしていたグレゴリー。流石のレイラも我慢の限界が来ていた。
「ほら、早く唱えて下さい」
「ミ、ミドルウィンドッッ」
グレゴリーに胸を触られ、虫唾が走る中で放った風の中級魔法は想像通り酷い出来だった。
「数秒も保ちませんな。それなら、もっと胸を張ってお尻も支えて上げましょう。ククククッ」
いくら気の弱いレイラでも限界だった。
「ヤメロォォォォッッ!!」
気づいたら魔法を放っていた。
先ほどと同じ風の中級魔法。
ただ、その威力と規模はドンドン大きくなっていく。
「な、な、なんですかこれは!? 早く止めなさい!」
慌てたグレゴリーは、レイラから飛び退き魔法を止めるように言うが、
「全部壊してやる……お前も、壊してやるぅぅっっ!!」
目が座り、グレゴリーに敵意を剥き出しにするレイラ。それに応えるように、風の魔法は小さな竜巻となり草花を散らしていく。
「ば、化け物だっっ!」
自分に向かってくる殺意を持った竜巻に恐れをなしたグレゴリーは、レイラに捨て台詞を吐きながら逃げて行った。
「絶対逃さないんだからぁぁっっ!!」
「ひぃぃぃっっ!」
木々を薙ぎ倒し進む竜巻。
逃げるグレゴリー。
そしてとうとう、レイラの意識は途絶えてしまう。そう、竜巻にエネルギーを与え続けたレイラは、魔力切れを起こしたのだ。
その後ーー
グレゴリーはレイラの指導を辞め、宮廷魔導士としても退職し、どこかに去って行ったという。
きっと、レイラにした事が発覚する前に逃げたのだろう。全く卑怯な奴だ。
被害者のレイラも、グレゴリーにされた事は結局誰にも言えなかったみたいだ。
そんな訳で、無垢な少女は最悪のタイミングでトラウマを植え付けられ、中級魔法を使うと暴走してしまうという訳だ。
恐らく、暴走は自分を守ろうとする防御反応みたいなものだと推測している。人格が攻撃的になるのも、幼少期にトラウマが発生した子が、別人格を作り出してしまうのに似ている。
さて、これらの事から、暴走を防ぐにはトラウマの克服が必要になってくる。問題はどうやって克服させるかという事。
まあ、ちょっと試したい事があるので、先ずはそれを試してみる事にするか。
そして次の日。
放課後に空き教室へと向かうと、レイラが不安そうな顔で待っていた。
「おう、待ったか?」
「あっ、ジェス君! さっき来たばかりなので、全然待ってません!」
「そうか。今日はどんな一日だった?」
「それがですね!」
いきなり核心から話すのも味気ないので、少し世間話をしてレイラの緊張を解していく。
そんなふうに数分会話を続けていると、落ち着いた表情に戻ったレイラは、自分から本題について尋ねてきた。
「それで……なんとか出来そうですか?」
「なんとか出来るか分からないが、試したい事がある」
「試したい事?」
「ああ、先ずは試して様子を見たい。ダメなら違う方法を考えるさ」
「因みに、試したい事ってなんですか?」
「うーん、内緒」
「えー、教えて下さいよ~」
「言ったら効果が無くなるかもしれないから。後、一つ言っておきたい事がある。もしかしたらトラウマを抉る事になるかもしれない……それでも、試してみるか?」
「試します! ジェス君が考えた事なら、信用出来ますから!」
「そうか……分かった。じゃあ、早速実習室に向かおう」
俺の問いに即答するレイラ。
ここまで信用されてしまうと、少しプレッシャーだが、信じてくれているなら、それに応えたくもなった。
連れ立って空き教室を出た俺達は、地下の実習室に向かい、さっそく対策案を試す事にした。
「なんだか緊張します……」
「俺も少し緊張してるな」
「ジェス君も緊張する事があるんですか!?」
「当たり前だろ……レイラは、俺をなんだと思ってるんだ?」
「超絶スーパーウルトラ人間?」
「最早、人じゃないぞそれ……美化してるとこ悪いが、俺だって緊張もするし苛々もする。哀しくなるときだってある。そんな、ただの人間だ」
「ごめんなさい……じゃあ、女の人と触れ合ったらドキドキするし、恋もするって事ですか?」
また答えずらい質問を……。
「まあ、そうだな……」
「初恋は!?」
間髪入れずに質問を浴びせて来るレイラ。
初恋か……この世界で初めて恋をしたのは、あの時だったな……。
「十歳の時だ」
「どんな人に!?」
「教えない。まぁ、レイラが初恋の相手を教えてくれるなら話しても良いが」
「それは……内緒ですっっ」
急にモジモジとしながら顔を赤くするレイラ。
きっと、当時を思い出して恥ずかしくなったのだろう。
「因みに、何歳の時だ?」
「えーと……去年ですっ、かね」
去年って言うと、この学園に入る前って事か。
なら、学園の生徒ではないな。
貴族? それとも、他国の王族か?
人の恋路を聞くのは割と楽しい。
後で根掘り葉掘り聞いてやる。
「じゃあ、今から試す事は、その相手にされていると思って受けてくれ」
「い、一体何をするつもりなんですか!? こんな密室に連れ込んでっっ」
「いやいや、変な想像はするな! 別に変な? 事はしないから」
「あっ、今疑問系でしたよ! そろそろ教えて下さいよーっ」
「始まればすぐ分かるから。はい! じゃあ、そこに姿勢を良くして立って」
「は、はい!」
「次は目を瞑って」
「えっ、あ、分かりました……」
姿勢を正し、目を瞑って大人しく立っているレイラ。俺は気配を消してその背後へと近づいた。
「じっとしてて」
「っ……!?」
俺が試したかったのは、トラウマが植え付けられた時と同じような状況を作り出す事。
レイラを後ろからそっと抱きしめ、俺の体と密着させる。
「怖いし嫌だろうが、我慢してくれ。俺は"あいつ"と違って絶対に君を穢したりしない」
「ジェス君……」
体が強張り微かに震えるレイラ。
俺はそれが治るまでじっと待った。
「少し落ち着いてきた?」
数分そのまま待っていると、レイラの震えが治ってきた。
「……はい。でも、まだ怖いのでお願いしたい事が……」
「なに?」
「その……片手はお腹に当てたままで、もう片方の手で頭を撫でてくれませんかっ」
「お、おう、分かった」
意外なお願いに少し焦ったが、お姫様のご希望通り、片方の手で頭を優しく撫でる。
「はぅぅっ……ふげぇぇぇ」
だらしない声を出しながら体を預けるレイラ。
「もう良いか?」
「だ、ダメですっっ! 私が良いと言うまで続けて下さい!」
「了解しましたよ"姫"」
「あぅっっ」
それから数分後にようやくOKが出た。
きっと、頭を撫でなれる事で父性を感じたかったのだろう。レイラは父である王から、あまり目を掛けられていなかったと聞く。
父から得られなかった愛情を、初めて出来た男友達の俺に求めたのかもしれない。
これでも精神年齢はアラサーだし、それに応えてやる度量は持っていると自負している。
仕方ない。
この際、思いっきり甘えさせてやるか。
「俺の大事なお姫様。次は何をご所望かな?」
「つ、次は……耳元で好きって言って下さいっっ」
なるほど、父からの直接的な愛情表現を求めているのか。よし、なら張り切って表現してやる。
「よしよし……愛してるぞレイラ……お前は俺の宝物だ」
「はわぁぁぁーっっ……!!」
「だ、大丈夫か!?」
「……」
少し張り切り過ぎて愛情表現がオーバーキルしてしまったか? まあ、これだけやればレイラも満足してくれただろう。
「ズルいです……」
「え?」
「ジェス君はズルいですっっ!! これ以上募ったら、私どうしたら良いか分かんなくなっちゃうじゃないですか!!」
「一体なんの話だ?」
「鋭いのか鈍感なのかハッキリして下さいよ!」
「……! もしかして、俺のーー」
「わあぁぁぁぁっっ!! ミドルウィンド!!」
「えっ!? 急に放つのかよ!?」
その先は言わせねえぞと言わんばかりに、急に魔法を放つレイラ。実習室の中央に巻き上がる背丈より少し小さな竜巻。
数秒経っても形や規模は安定している。
これはもしかして……。
「克服したのか?」
「凄い……暴走しないで中級魔法が使えました!」
「ああ、俺も驚いてる……これなら、何回も辛い思いをさせなくて済むな」
「え、それって……」
たった一回のトラウマを克服する訓練で、上手くいくとは流石に思わなかった。これなら、嫌なトラウマを何度も思い出させずに済む。
「つかぬ事をお聞きしますが、これで次も成功したらこの訓練?は、一回で終わりですか?」
「ああそうだ。嫌な思いを何度もさせずに済みそうで、安堵しているよ。この調子でもう一度魔法を唱えてみてくれ!」
「ああ、はい……ミドゥルウィンドォォ……あれれー、今回は上手くいかないみたいですねー」
「そうか……やっぱり、たった一回じゃそう上手くはいかないか」
「ソウデスヨー、こういうのは、回数をこなしてこそ効果が出るってモノデスヨー」
「なんでそんなに棒読みなんだ?」
「な、なんでですかね!? 多分、暴走しなくて安心したせいで変になってるのかも! よし、この訓練は毎日しましょう! 毎日しないと意味がない!」
「毎日か……辛い思いを毎日する事になるが、大丈夫か?」
「全然大丈夫! 寧ろ楽しみ!」
「楽しみ?」
「いやっ、そう思えば! って、事です!」
「なるほどな、確かに一理ある」
「そうです! 一理も二理も三理もあります!」
「それは流石に多いだろ……」
こうして、トラウマを克服するために行った試みは、希望を持って一回目を終える事が出来た。
中級魔法が暴走せずに使えた事で、レイラもやる気が出たみたいだし、トラウマを克服する日も近いと予想している。
それに、ダメだった時用に考えていた二の矢も、合わせて試してみれば、完全にトラウマを克服する事が出来るかもしれない。
「今日はもう疲れただろうから、これで終わりにしよう」
「いえ! まだまだ全然やれますよ! イヤー、これはハマってしまいますね!」
なんだか、レイラのテンションがおかしくなってしまったようだ……。
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