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01「追放の乙男」
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「団長、不甲斐ない自分を許して下さい……」
「気にするなヴァン。国王の怒りを買った私の落ち度だ。騎士団を頼んだぞ」
良く整理された一室。悪く言えば質素。団長室と扉に書かれたその部屋には、二人の男が向かい合っていた。
悔し涙を流している壮健で体格の良いヴァンと呼ばれた男は、ブルジアス帝国の騎士団テンペストで副団長を任されている"ヴァン=ヘーデン"。
金髪碧眼で正に美男子という容姿だ。
子爵家の次男であり、身分もしっかりしている。
そしてもう一方の男こそ、帝国の盾と名高い"不屈のレイズ"こと、レイズ=マコールである。
戦争孤児として孤児院で育ち、騎士に憧れたレイズは騎士団の門戸を叩く。
数々の試練と試験を乗り越えて騎士となり、頭角を現すまで時間は掛からなかった。
とある戦で功績を残したレイズは、瞬く間に出世の道を駆け上がっていく。
そして手に入れた一代爵位と団長の座。
それが今、その手から溢れ落ちていた。
黒髪黒目、引き締まった体格。容姿はそこそこ悪くないが、年齢は三十半ば。中年と呼ばれる世代へ突入し、疲れた顔がそれを滲ませる。
「何故団長がこんな仕打ちを! 俺は悔しいです! 団長がどれほどこの国に身を捧げてきたのかを考えると……くっ! やはり晩年の陛下はーー」
「やめるんだヴァン。それ以上は、国に仕える者の発言ではないぞ」
若き獅子を諌めるルイズの表情は、穏やかだが見た者に緊張が走るような暗く冷たい瞳をしていた。
この顔をしたレイズにこれ以上喰ってかかるのは地獄へ堕ちるのに等しい。
若き頃、帝国の方針に楯突きレイズの諌める声に刃向かったヴァンの末路は散々なものだった。
寝ている間に拉致され、起きたら無人島でレイズと二人きり。二週間血反吐が枯渇するまで模擬戦をやらされたのは、ヴァンの苦い思い出になっている。
「……申し訳ありませんでした。ですが、やはり納得は出来ません」
「そうだな、私も納得はしていない。だが、国を護るとはそういうものだ。納得出来ない場面などいくらでもある。それを己の力で打破出来ぬなら、納得出来なくとも従うしかないのだ」
「組織とは不条理なもので成り立っている。それを"正"とするか"悪"とするかは、時代が決めるのだ。団長がいつも言っていた事ですね……」
「教えが身についているようで嬉しいぞ。それとな、これからはヴァンが団長なのだから、少しアレンジして団員に言い聞かせると良い」
「もしかして、元々誰かに言われた言葉なのですか?」
「ああ、私の前の団長だよ。この言葉は、長年団長の間で引き継がれてきた言葉だ。少しずつニュアンスを変え、その時代に合った言葉として団員に語り継ぐのが、団長の務めでもあるのだぞ?」
まさにこの時が、団長という組織の長を引き継ぐ瞬間であった。
レイズは今年三十五歳を迎えようとしている中年騎士。そんなレイズは、数日前に皇族の第二皇女から求婚されていたが、なんとそれを拒否。
いくら帝国最強と名高い第一騎士団の団長とはいえ、最底辺の一代爵位しか持たぬ騎士が、皇族の姫から求婚されるなど前代未聞。
そして、それを断るのもまた前代未聞の出来事だった。
二人の間でどんなやり取りがあったのかは分からないが、その一件をきっかけに皇帝陛下の怒りを買ったレイズは、騎士団追放にて帝国への侵入を禁ずるという重い処分が下されていたのだ。
普通なら納得出来ず抗議するところだが、レイズは甘んじてその処分を受ける事に同意。
しかし周囲、特にレイズを慕うヴァンや騎士団の面々は納得がいかず直轄の大臣へ猛抗議。
だが、渦中のレイズ自らが団員達を諌めた事で、不承不承ながらも納得した形となる。
「行く当てはあるのですか? 失礼ながら、団長は孤児と聞いております。団長が良ければ、俺の実家を頼ってください。食客として話は通しておきますゆえ」
「心配するな、後輩に迷惑をかけるなど出来るか。それに、ちゃんと行く当てはある。後、団長呼びはもう辞めろ。これからはヴァンが団長なんだから」
そう言ったレイズだったが、行く当てなど特になかった。独身で親族のいないレイズにとって、騎士団こそ我が家であり家族だったのだ。
そんな家から追い出されたレイズに、頼る場所などなかった。
「心配するに決まってるじゃないですか! だって団長は……いえ、レイズさんは"童貞"じゃないですか!!」
「お、おい! 声が大きいぞ!」
「俺は碌に恋愛もした事がないレイズさんが心配なんですよ! 懐が広くて紳士だから勘違いされるけど、中身は恋愛弱者の童貞! そんなレイズさんが変な女に誑かされないか心配なんです! レイズさんには幸せになって欲しいんですよ!」
「お前の気持ちは嬉しいが、余計なお世話だ! お前にそんな事を心配されるーー」
「俺は結婚して子供もいます」
「うっ!」
急所を見事に撃ち抜かれ息が止まるレイズ。暖かい家庭はレイズがなによりも欲しかったもの。
美しい奥さんと可愛い子供達。
想像だけなら何度もした理想の生活。
(う、羨ましくなんかないんだから!)
そんなルイズに、更なる死体蹴りが待っていた。
「ああ、どうせ皇女様からの求婚も、内心ビビリ散らかして思わず断ってしまったんだ! 一度断ってしまった手前、お友達からという選択肢さえ提案出来なくなってしまったんでしょ! なんてこった……そりゃ追放処分も甘んじて受けちまうよな……」
「そ、そんな事ないし! 俺と皇女様じゃ釣り合わないと思っただけだしっ!」
「ほら、素が出た。図星じゃないですか」
「う、煩い煩い! 別にそろそろ引退して遊びたかっただけだし! 結婚なんていつでも出来るし、顔は良いから恋人ぐらいすぐ作れるもん!」
「無理でしょ。中身は紳士の皮を被った乙男だし。趣味は料理と裁縫。女性と面向かうと緊張するから口数も少なくなるし。そんなレイズさんが、まともに恋人を作れるとは思えない」
「うぐっ!」
「良いですかレイズさん。もし恋人を作るなら、容姿は妥協してでも、優しくて団長を包み込むような人にして下さい。間違っても、年下のクールな美少女と! なんて、夢を見ないで下さいね!」
「ほんと煩い! ヴァンのヴァーか!」
負け犬も思わず二度見するほど稚拙な捨て台詞を吐いて団長室から走り去るレイズ。
残されたヴァンの手には、いつの間にか騎士団長の証である飛龍の翼が装飾された一振りの剣が預けられていた。
(本当に心配だ……念の為に密偵を雇って正解だったな)
レイズの行く末を心配したヴァンは、隠密を専門とする機関にルイズの見張りを頼んでいた。
純粋無垢なレイズを毒牙にかけようとする女豹から守るため。これらはヴァンと団員の総意である。
「ふぅー……ほんと、世話の焼ける人だ。まあ、精々骨を休めて下さい。貴方には必ず戻って来ていただく。それまでは、私がこの国を必ず護ってみせます」
団長から預けられた剣を眺め、ヴァンは深い溜め息を吐きながら思いを吐露した。
そんな彼に、肺から息を全部吐いてしまうような報告が来るのは、ちょっと先の事だったーー
「まったく大きなお世話だよヴァンの奴! 恋愛ぐらい好きにさせてくれてもいいじゃん!」
一方、ヴァンに図星を突かれてツンツンモードのレイズが向かったのは、隣国レザニアの首都アーキトン。
レザニアは帝国の属国ではあるが、友好国として自治を任された国だ。産業は農業と鉄の産出。
のんびりとした国だが、帝国に次いで発展した国でもある。
帝国を出入り禁止となったレイズが隣国へ最初に向かった理由は、王都から一番近くて栄えているというのもあったが、『冒険者ギルド本部』があるというのが一番の理由だった。
勿論、帝国や他の国にも冒険者ギルドはある。だが、冒険者ギルドの総本部が置かれたこの国でなければ、冒険者としての登録や試験が受けられないのだ。
レザニアのもう一つの産業と呼ばれる冒険者の輩出。ギルドと国の間には不可干渉の条約が結ばれているが、最初に結ばれた密約で他国での冒険者登録は行わない事が約束されている。
これによって冒険者ギルドの権力を削ぎ、冒険者を装ったスパイの監視も行われいた。
冒険者を志す者は全てレザニアを目指す。
上級クラスになれば地位と名誉が手に入る。そんな夢を見て、ルーキー達はアーキトンへ向かうのだ。
そんな冒険者だが、誰でもなれる訳ではない。
その昔は誰でもなる事が出来た冒険者という職業。だが、ならず者の隠れ蓑として悪名が高くなってからは、その門戸をかなり厳しくしてしまった。
正式な身分の証明や試験が導入され、ならず者を排除する改善を行い、知れ渡った悪名もここ数十年の間に回復するまでになっていた。
「ここか?」
アーキトンの大通りへ向かったレイズは、一際大きな建物の前で立ち止まる。
(ここが冒険者ギルド……冒険者と言えば、騎士団でも依頼を出す事がよくあったな)
兵士では厳しいが、騎士団が動くまでもない魔物の討伐などは、冒険者ギルドへ国から委託という形で依頼をしていた。
それを踏まえ、レイズが抱く冒険者というイメージ像はそう悪いものではなかった。
人々の困り事を積極的に解決する者達。
そんな風に思っていた。
だからこそ、第二の人生でやってみたいと思ったのが冒険者だった。歳を食ったとはいえ、力はまだまだ老いてはいない。
その力を、国ではなく直接人々のために振るいたい。レイズはそう考えていた。
そんな、冒険者の薄皮の甘い部分だけしか知らないレイズが、二階建てで総本部らしい大きな建物である冒険者ギルドの扉を開けると、中は予想以上に賑わっていた。
正面には受付があり、その後ろでは職員達が慌ただしく業務に励んでいる。
そしてギルドの左側には売店があり、そこでは薬草などの回復薬や、比較的安価な初心者用の装備品などが冒険者特価で売られていた。
売店の反対側、ギルド右側部分は食堂として賑わっている。丸いテーブルを囲み食事を楽しむ冒険者達や、情報交換などをする冒険者達で溢れていた。
(冒険者ギルドが賑わっているという事は、それだけ困り事や国の不都合が解決されていないという事か……うん、これはやり甲斐がある仕事だ! みんなのために頑張るぞ!)
「お嬢さん」
「はい! ご用はなんでしょうか?」
ちょっとだけ乙男が出たレイズが向かった先は、二十代そこそこの女性が座っている受付だった。
「冒険者の登録をしたい」
可愛い受付の子を前に、口数が少なくなるレイズ。
(可愛い子だなぁ。こんな子とお近づきになるにはどうすれば良いんだろ?)
女性を前にすると緊張で口数が少なくなるレイズ。当の女性達からは、寡黙な紳士なんだと思われていた。ただ恥ずかしいだけだとは口が裂けても言えない。
内心では女性と親しくなってお付き合いを。なんて考えているが、考えるのは自由である。実行するかは別として。
「はい! では、この書類に必要事項を記載してください! それと、身分が分かる物を提出して下さい」
ヴァンから貰った書状には、レイズの身分を保証する内容とヘーデン家の家紋が刻印されていた。
その書状を受付へと手渡したレイズは、交換で受け取った書類にツラツラと記載していく。
出来上がった書類を返却しようと顔を上げたレイズ。
「あ……」
その時、横の受付へやってきた人物にレイズは釘付けになった。
漂う香りは春に咲く花のように甘く、凛とした佇まいと切長のクールな瞳。腰まで伸びた髪は深い青。それはまるで海を思わせる。
思わずガン見してしまったレイズへ切長の瞳がチラリと覗く。
「なにか」
「すまない。見惚れただけだ」
(うわっ、俺なんて事口走ってんの!? 穴があったら引きこもりたいっ!)
「そう」
「失礼した」
クールビューティーとのやり取りはそれで終わってしまった。あまりにも呆気ない終わり。
(名前ぐらい聞くんだレイズ! 男だろ!)
なんて自分を鼓舞してみたレイズだったが、恋愛弱者の乙男には、ナンパなど無理があった。
「書類、書き終わりましたか?」
「あ、ああ」
「はい! 問題ありません! では、試験会場に向かって下さい。会場は一旦ギルドを出て、裏手に回って頂くと訓練所があります。試験の案内員が立っておりますので、お名前と試験番号が書かれたこの紙をお渡し下さい」
「分かった。すまない」
受付嬢に礼を言ってその場を離れる。視線の先には、クールビューティーがギルドを出る光景が写っていた。その背中を見送りつつ、レイズもその後を追った。
横で聞き耳を立てていたレイズは、彼女も冒険者になろうとギルドを訪れていた事を知っていた。
向かう先は同じ。
名前を聞くチャンスは、まだ残っていた。
(今度こそ名前を聞いて、出来れば食事に誘ったり……よし、頑張るぞ!)
ここに来て、見事なまでにクールな美少女に惹かれていたレイズ。こんな所をヴァンに見られたら、思いっ切り溜め息を吐かれるだろう。
だが、乙男は恋に盲目なのだ。せめてあの女性が、清らかな心を持っている事を祈るばかりである。
「気にするなヴァン。国王の怒りを買った私の落ち度だ。騎士団を頼んだぞ」
良く整理された一室。悪く言えば質素。団長室と扉に書かれたその部屋には、二人の男が向かい合っていた。
悔し涙を流している壮健で体格の良いヴァンと呼ばれた男は、ブルジアス帝国の騎士団テンペストで副団長を任されている"ヴァン=ヘーデン"。
金髪碧眼で正に美男子という容姿だ。
子爵家の次男であり、身分もしっかりしている。
そしてもう一方の男こそ、帝国の盾と名高い"不屈のレイズ"こと、レイズ=マコールである。
戦争孤児として孤児院で育ち、騎士に憧れたレイズは騎士団の門戸を叩く。
数々の試練と試験を乗り越えて騎士となり、頭角を現すまで時間は掛からなかった。
とある戦で功績を残したレイズは、瞬く間に出世の道を駆け上がっていく。
そして手に入れた一代爵位と団長の座。
それが今、その手から溢れ落ちていた。
黒髪黒目、引き締まった体格。容姿はそこそこ悪くないが、年齢は三十半ば。中年と呼ばれる世代へ突入し、疲れた顔がそれを滲ませる。
「何故団長がこんな仕打ちを! 俺は悔しいです! 団長がどれほどこの国に身を捧げてきたのかを考えると……くっ! やはり晩年の陛下はーー」
「やめるんだヴァン。それ以上は、国に仕える者の発言ではないぞ」
若き獅子を諌めるルイズの表情は、穏やかだが見た者に緊張が走るような暗く冷たい瞳をしていた。
この顔をしたレイズにこれ以上喰ってかかるのは地獄へ堕ちるのに等しい。
若き頃、帝国の方針に楯突きレイズの諌める声に刃向かったヴァンの末路は散々なものだった。
寝ている間に拉致され、起きたら無人島でレイズと二人きり。二週間血反吐が枯渇するまで模擬戦をやらされたのは、ヴァンの苦い思い出になっている。
「……申し訳ありませんでした。ですが、やはり納得は出来ません」
「そうだな、私も納得はしていない。だが、国を護るとはそういうものだ。納得出来ない場面などいくらでもある。それを己の力で打破出来ぬなら、納得出来なくとも従うしかないのだ」
「組織とは不条理なもので成り立っている。それを"正"とするか"悪"とするかは、時代が決めるのだ。団長がいつも言っていた事ですね……」
「教えが身についているようで嬉しいぞ。それとな、これからはヴァンが団長なのだから、少しアレンジして団員に言い聞かせると良い」
「もしかして、元々誰かに言われた言葉なのですか?」
「ああ、私の前の団長だよ。この言葉は、長年団長の間で引き継がれてきた言葉だ。少しずつニュアンスを変え、その時代に合った言葉として団員に語り継ぐのが、団長の務めでもあるのだぞ?」
まさにこの時が、団長という組織の長を引き継ぐ瞬間であった。
レイズは今年三十五歳を迎えようとしている中年騎士。そんなレイズは、数日前に皇族の第二皇女から求婚されていたが、なんとそれを拒否。
いくら帝国最強と名高い第一騎士団の団長とはいえ、最底辺の一代爵位しか持たぬ騎士が、皇族の姫から求婚されるなど前代未聞。
そして、それを断るのもまた前代未聞の出来事だった。
二人の間でどんなやり取りがあったのかは分からないが、その一件をきっかけに皇帝陛下の怒りを買ったレイズは、騎士団追放にて帝国への侵入を禁ずるという重い処分が下されていたのだ。
普通なら納得出来ず抗議するところだが、レイズは甘んじてその処分を受ける事に同意。
しかし周囲、特にレイズを慕うヴァンや騎士団の面々は納得がいかず直轄の大臣へ猛抗議。
だが、渦中のレイズ自らが団員達を諌めた事で、不承不承ながらも納得した形となる。
「行く当てはあるのですか? 失礼ながら、団長は孤児と聞いております。団長が良ければ、俺の実家を頼ってください。食客として話は通しておきますゆえ」
「心配するな、後輩に迷惑をかけるなど出来るか。それに、ちゃんと行く当てはある。後、団長呼びはもう辞めろ。これからはヴァンが団長なんだから」
そう言ったレイズだったが、行く当てなど特になかった。独身で親族のいないレイズにとって、騎士団こそ我が家であり家族だったのだ。
そんな家から追い出されたレイズに、頼る場所などなかった。
「心配するに決まってるじゃないですか! だって団長は……いえ、レイズさんは"童貞"じゃないですか!!」
「お、おい! 声が大きいぞ!」
「俺は碌に恋愛もした事がないレイズさんが心配なんですよ! 懐が広くて紳士だから勘違いされるけど、中身は恋愛弱者の童貞! そんなレイズさんが変な女に誑かされないか心配なんです! レイズさんには幸せになって欲しいんですよ!」
「お前の気持ちは嬉しいが、余計なお世話だ! お前にそんな事を心配されるーー」
「俺は結婚して子供もいます」
「うっ!」
急所を見事に撃ち抜かれ息が止まるレイズ。暖かい家庭はレイズがなによりも欲しかったもの。
美しい奥さんと可愛い子供達。
想像だけなら何度もした理想の生活。
(う、羨ましくなんかないんだから!)
そんなルイズに、更なる死体蹴りが待っていた。
「ああ、どうせ皇女様からの求婚も、内心ビビリ散らかして思わず断ってしまったんだ! 一度断ってしまった手前、お友達からという選択肢さえ提案出来なくなってしまったんでしょ! なんてこった……そりゃ追放処分も甘んじて受けちまうよな……」
「そ、そんな事ないし! 俺と皇女様じゃ釣り合わないと思っただけだしっ!」
「ほら、素が出た。図星じゃないですか」
「う、煩い煩い! 別にそろそろ引退して遊びたかっただけだし! 結婚なんていつでも出来るし、顔は良いから恋人ぐらいすぐ作れるもん!」
「無理でしょ。中身は紳士の皮を被った乙男だし。趣味は料理と裁縫。女性と面向かうと緊張するから口数も少なくなるし。そんなレイズさんが、まともに恋人を作れるとは思えない」
「うぐっ!」
「良いですかレイズさん。もし恋人を作るなら、容姿は妥協してでも、優しくて団長を包み込むような人にして下さい。間違っても、年下のクールな美少女と! なんて、夢を見ないで下さいね!」
「ほんと煩い! ヴァンのヴァーか!」
負け犬も思わず二度見するほど稚拙な捨て台詞を吐いて団長室から走り去るレイズ。
残されたヴァンの手には、いつの間にか騎士団長の証である飛龍の翼が装飾された一振りの剣が預けられていた。
(本当に心配だ……念の為に密偵を雇って正解だったな)
レイズの行く末を心配したヴァンは、隠密を専門とする機関にルイズの見張りを頼んでいた。
純粋無垢なレイズを毒牙にかけようとする女豹から守るため。これらはヴァンと団員の総意である。
「ふぅー……ほんと、世話の焼ける人だ。まあ、精々骨を休めて下さい。貴方には必ず戻って来ていただく。それまでは、私がこの国を必ず護ってみせます」
団長から預けられた剣を眺め、ヴァンは深い溜め息を吐きながら思いを吐露した。
そんな彼に、肺から息を全部吐いてしまうような報告が来るのは、ちょっと先の事だったーー
「まったく大きなお世話だよヴァンの奴! 恋愛ぐらい好きにさせてくれてもいいじゃん!」
一方、ヴァンに図星を突かれてツンツンモードのレイズが向かったのは、隣国レザニアの首都アーキトン。
レザニアは帝国の属国ではあるが、友好国として自治を任された国だ。産業は農業と鉄の産出。
のんびりとした国だが、帝国に次いで発展した国でもある。
帝国を出入り禁止となったレイズが隣国へ最初に向かった理由は、王都から一番近くて栄えているというのもあったが、『冒険者ギルド本部』があるというのが一番の理由だった。
勿論、帝国や他の国にも冒険者ギルドはある。だが、冒険者ギルドの総本部が置かれたこの国でなければ、冒険者としての登録や試験が受けられないのだ。
レザニアのもう一つの産業と呼ばれる冒険者の輩出。ギルドと国の間には不可干渉の条約が結ばれているが、最初に結ばれた密約で他国での冒険者登録は行わない事が約束されている。
これによって冒険者ギルドの権力を削ぎ、冒険者を装ったスパイの監視も行われいた。
冒険者を志す者は全てレザニアを目指す。
上級クラスになれば地位と名誉が手に入る。そんな夢を見て、ルーキー達はアーキトンへ向かうのだ。
そんな冒険者だが、誰でもなれる訳ではない。
その昔は誰でもなる事が出来た冒険者という職業。だが、ならず者の隠れ蓑として悪名が高くなってからは、その門戸をかなり厳しくしてしまった。
正式な身分の証明や試験が導入され、ならず者を排除する改善を行い、知れ渡った悪名もここ数十年の間に回復するまでになっていた。
「ここか?」
アーキトンの大通りへ向かったレイズは、一際大きな建物の前で立ち止まる。
(ここが冒険者ギルド……冒険者と言えば、騎士団でも依頼を出す事がよくあったな)
兵士では厳しいが、騎士団が動くまでもない魔物の討伐などは、冒険者ギルドへ国から委託という形で依頼をしていた。
それを踏まえ、レイズが抱く冒険者というイメージ像はそう悪いものではなかった。
人々の困り事を積極的に解決する者達。
そんな風に思っていた。
だからこそ、第二の人生でやってみたいと思ったのが冒険者だった。歳を食ったとはいえ、力はまだまだ老いてはいない。
その力を、国ではなく直接人々のために振るいたい。レイズはそう考えていた。
そんな、冒険者の薄皮の甘い部分だけしか知らないレイズが、二階建てで総本部らしい大きな建物である冒険者ギルドの扉を開けると、中は予想以上に賑わっていた。
正面には受付があり、その後ろでは職員達が慌ただしく業務に励んでいる。
そしてギルドの左側には売店があり、そこでは薬草などの回復薬や、比較的安価な初心者用の装備品などが冒険者特価で売られていた。
売店の反対側、ギルド右側部分は食堂として賑わっている。丸いテーブルを囲み食事を楽しむ冒険者達や、情報交換などをする冒険者達で溢れていた。
(冒険者ギルドが賑わっているという事は、それだけ困り事や国の不都合が解決されていないという事か……うん、これはやり甲斐がある仕事だ! みんなのために頑張るぞ!)
「お嬢さん」
「はい! ご用はなんでしょうか?」
ちょっとだけ乙男が出たレイズが向かった先は、二十代そこそこの女性が座っている受付だった。
「冒険者の登録をしたい」
可愛い受付の子を前に、口数が少なくなるレイズ。
(可愛い子だなぁ。こんな子とお近づきになるにはどうすれば良いんだろ?)
女性を前にすると緊張で口数が少なくなるレイズ。当の女性達からは、寡黙な紳士なんだと思われていた。ただ恥ずかしいだけだとは口が裂けても言えない。
内心では女性と親しくなってお付き合いを。なんて考えているが、考えるのは自由である。実行するかは別として。
「はい! では、この書類に必要事項を記載してください! それと、身分が分かる物を提出して下さい」
ヴァンから貰った書状には、レイズの身分を保証する内容とヘーデン家の家紋が刻印されていた。
その書状を受付へと手渡したレイズは、交換で受け取った書類にツラツラと記載していく。
出来上がった書類を返却しようと顔を上げたレイズ。
「あ……」
その時、横の受付へやってきた人物にレイズは釘付けになった。
漂う香りは春に咲く花のように甘く、凛とした佇まいと切長のクールな瞳。腰まで伸びた髪は深い青。それはまるで海を思わせる。
思わずガン見してしまったレイズへ切長の瞳がチラリと覗く。
「なにか」
「すまない。見惚れただけだ」
(うわっ、俺なんて事口走ってんの!? 穴があったら引きこもりたいっ!)
「そう」
「失礼した」
クールビューティーとのやり取りはそれで終わってしまった。あまりにも呆気ない終わり。
(名前ぐらい聞くんだレイズ! 男だろ!)
なんて自分を鼓舞してみたレイズだったが、恋愛弱者の乙男には、ナンパなど無理があった。
「書類、書き終わりましたか?」
「あ、ああ」
「はい! 問題ありません! では、試験会場に向かって下さい。会場は一旦ギルドを出て、裏手に回って頂くと訓練所があります。試験の案内員が立っておりますので、お名前と試験番号が書かれたこの紙をお渡し下さい」
「分かった。すまない」
受付嬢に礼を言ってその場を離れる。視線の先には、クールビューティーがギルドを出る光景が写っていた。その背中を見送りつつ、レイズもその後を追った。
横で聞き耳を立てていたレイズは、彼女も冒険者になろうとギルドを訪れていた事を知っていた。
向かう先は同じ。
名前を聞くチャンスは、まだ残っていた。
(今度こそ名前を聞いて、出来れば食事に誘ったり……よし、頑張るぞ!)
ここに来て、見事なまでにクールな美少女に惹かれていたレイズ。こんな所をヴァンに見られたら、思いっ切り溜め息を吐かれるだろう。
だが、乙男は恋に盲目なのだ。せめてあの女性が、清らかな心を持っている事を祈るばかりである。
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
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