4種族9人の主人公の運命が絡み合い、凍える大陸を目覚めさせる!王道ファンタジー『オルダニアの春』

武濤大洋@鴻鵠ブラザーズ

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第1章 ヒルダとウォルター

第12話 約束と使命

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 ウォルターの眼差しに、ヒルダはハッとして止めにかかった。

「だめだ。ウオルター。そんなことはさせられない」

 しかし彼は先を急いだ。

「ギアルヌは、約束と使命を重んじる。一度交わした約束は最後まで守る。そして生涯に一度、この世に生まれた使命を見つける」

「だめだ。待て。ウォルター、早まるな」と、ヒルダも必死で説得した。「お前にはなんの関係もないことだ。第一、壁は? 修理するのがお前の仕事だろ?」
「使命は仕事よりも尊い」
「使命なものか。勘違いしてるだけだ。考え直せ。私は、そんなことをしてもらいたくて言い出したんじゃない」
「一人では行かせられない。きみはこの町から出たことがない。たとえ道や旅の仕方を教えても、それでは十分じゃない」
「だからって、お前がついてくる理由もないだろう」
「ある」
と、ウォルターは言った。

「僕がきみを見つけたから」

 二人の間に静寂が訪れた。

 ヒルダは恐ろしくなっていた。

 一度決意したとはいえ、壁の外になど出たことのない自分が、遠い北の『白鷹の森』まで行かれるとは、本気では思っていなかった。明日目が覚めたら、急速に萎んでいるかもしれない決心だった。

 だが、彼と一緒なら?
 彼は選択肢を示した。

「僕らはどのみち『金の鉱山』へ帰る。『白鷹の森』とは途中まで同じ道だから、それまでに考えてもいいと思う。もしも迷いが生じるなら、元来た道を戻ればいいし、僕らと一緒に『金の鉱山』へ来てもいい。それならどうだい?」

 魅力的に聞こえた。

 だがヒルダにはわかっていた。ひとたびヒルダが壁を越えれば、ウォルターはどんなことがあっても、最後にはヒルダを『白鷹の森』へ届けるだろうと。

 今、頷けば、彼の貴重な「一生に一度」を、自分のせいで使ってしまう。

「明日、親方に聞いてみるよ。使命は、親方に許可をもらう必要があるから」
「親方って、どんな人?」
「ギアルヌは十歳になると親から離れて、親方について仕事を覚えるんだ。だから親代わりであり、仕事のボスであり、旅のリーダーでもある。親方になれる人は本当に凄い人だけなんだ」

 ウォルターは夜空の星のような瞳で語った。もしかしたら、彼は「親方」になりたいのかもしれないと、ヒルダは思った。それこそが彼の使命かもしれない、と。

「仕事が誰よりも出来る事はもちろん、みんなの父親的存在でなければならないし、オルダニア中の町の長と、修理の交渉をしなきゃならない」
「それが親方の使命ってこと?」
「親方になることを、本人が使命と捉えれば、そうだね」

 難しい言い回しに、ヒルダは首を捻った。

「親方ってのは、どれくらい偉いの? エドマンドさんやエドワード王くらい?」
「オルダール人のいう『偉い』とは、少し違うんだ。偉いから尊敬されるんじゃない。仕事や集団をまとめるだけじゃなく、町から町へ旅する間の、団の安全も確保しなきゃいけない。仕事中に死傷者が出ないように注意するのも親方の役目。全部、親方が責任を持っている。その生き様を見て、尊敬する人は尊敬するし、しない人は違う団に移る」
「ウォルターは親方を尊敬してる?」
「もちろん」
「ふーん」

 ヒルダには、そんな相手はいない。
 ウォルターは自分の長い髪を持ち上げた。

「僕らは、自分の使命を見つけ、親方に許可がもらえたら、髪を切るんだよ。だからギアルヌで髪が短い人は、なにかの使命に目覚めて生きている。それが人の優劣を決めるわけじゃないけれど」
「でも、親方が許せば、でしょ。親方の気分次第じゃないのか?」
「気分で決めたりしない人物だからこそ、親方になれるんだよ。エルフの『占い』に似てるのかもしれないね。親方は、それが見抜ける人物じゃなきゃなれないってことだよ」

 ヒルダは安堵した。
 それなら問題ないだろう。親方が、こんな話を間に受けるとは思えない。町で出会ったばかりの、しかもエルフなどという訳の分からない生き物のために、自分の部下を差し出すだなんて。



 翌日、ヒルダはウォルターに言われたとおり、浜辺でゴーガの話し合いを待った。

 明け方の海辺に、昨日まで肉体労働に勤しんでいた屈強なゴーガ人が集まり、その中心にウォルターと彼の親方が向かい合っているのが、護岸されて高くなった岸から眺められた。

 来たときの彼らは感情の抜け落ちた、ただ厳しいだけの獣のように見えていたのだが、ウォルターと会話を重ねるうち、その見方も変わった。

 特に親方に対しては、あれがウォルターの親代わりで、彼の尊敬する男なのだと思ってみれば、百人からのゴーガ族の中でもひときわ威厳のある、筋骨逞しくも思慮深そうな佇まいである。

 話は、あっという間にまとまって、こちらを見上げるウォルターは、満面の笑顔だった。

 これから出発前に「使命の儀式」を行うのだと周囲は活気づき、ウォルターは熱風にさらわれて渦の真ん中へ行ってしまった。

 ここで待っていればいいのか戸惑うヒルダに、輪の外に出てきた親方が手招きする。

 恐る恐る砂浜に降りると、出迎えた彼はオルダール語で「ヘンリー」と名乗った。

「私はウォルターを信じている」と、彼は言った。「心配することはない。エルフのお嬢さん。ウォルターは必ず君を『白鷹の森』まで届ける」

 流暢でありながらも、ウォルターのそれと違って、どこか恐ろしく響いたのは、ヘンリーの表情が変わらないからだと気づいた。

 ヒルダが落ち着かないことを、彼も察したのだろう。ようやくぎこちない微笑みを顔に浮かべた。

「きみやオルダール人たちは不思議に思うだろうが、我々は意思伝達に『笑顔』を使わない。相手に微笑みかけるのは、敵意がないと示すためであるのは知っているが、我々にその必要はないからだ」

 ウォルターの話し方を、もっと硬くしたような言葉遣いだった。

「興味深いことに、最近はウォルターのような若者が増えてきている。彼はきみたちと同じように、笑う」

 浜辺ではしゃぐ、同じ年頃と思われるゴーガ人たちは、ウォルターを中心にして、町の人と同じように笑っていた。パッと見ただけでは、オルダール人と変わらないとヒルダは思った。

 ヘンリーは続けた。一定調子で聞き取りにくいところもあったが、長く、難しく、そして大切な言葉だった。


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