4種族9人の主人公の運命が絡み合い、凍える大陸を目覚めさせる!王道ファンタジー『オルダニアの春』

武濤大洋@鴻鵠ブラザーズ

文字の大きさ
45 / 60
第4章 オルダニアの春

第2話 婚礼

しおりを挟む
「手紙を書こうと思う」と、リチャードは視線を外して言った。「父に。私がなぜ逃げ出したのか。そして今どこにいて、何を成そうとしているのか」

 それは今思いついたことだった。

「それからギャラン様にも。私にも父にも敵意がないことを書くのだ。父が裏切りから娘を隠したのではなく、酔狂な娘が一人でしでかしたことだと。父に反乱の意図がないと知れば、ギャラン様の気持ちは収まるだろう」

「そう簡単には進まんぞ。最悪お前は反逆者として処罰される」
 タイレルは一人、まだ大反対だった。頭に血が昇っているのか、肌寒い部屋で顔を赤くしている。

 リチャードは暖炉まで行って火を強めた。
「イーディス、どう思う?」

 意見を求められて、彼女は床の一点を見つめていた視線を彷徨わせた。
「ここに三人でいることの意味を感じ取ろうとしていた」

 考えていた、ではなく、感じ取ろうとしていた、という言葉に、リチャードは関心を持った。

「誰かが何かをするとき、そこには彼らの考えとはまた別の、大いなる意志が働く。物事に偶然など一つもない。その意味を感じ取り、その先を読み取るのが魔法使いだ」

 イーディスは椅子に背中を戻した。

「ところがアデリーンの話を聞いてからというもの、私の勘は全く働くなくなっている」

 それを聞いたリチャードは、失望の色を隠しきれなかった。
 イーディスはさらに続けた。

「機運の流れからいえば、城主の申し出を受けるべきだろう。だが、それが本当に最良の選択なのか……」
「最良じゃなくてもいい」と、リチャードは言い切った。「私がそうしたい。だからそうする。ただ」

「ただ?」
 イーディスとタイレルの質問が重なった。

 リチャードは急に、内気な少年のように身を捩って言った。
「イレーネが、私でいいと言うのなら」

 タイレルは唖然とし、イーディスは苦笑しながら言った。「私は、この縁談に乗ろう」



 翌朝、話はあっという間に進んで、夜には婚礼の宴が開かれることになった。
 イレーネの返事は「喜んでお受けします」だった。

 リチャードは、父の許しを得ずに縁をまとめることに、本当にこれでよかったのだろうかと思い返して気が咎めるところがなかったわけでもない。

 せめて、「私はこの女性と結婚するつもりです」と、宣言だけでも先に送ろうかと思いもしたのだが、それで否定され、軍を差し向けられて戻ってこいと言われたらどうするのかと考え直した。

 結局、父がどのような反応をしようとも貫き通したいと思うのなら、報告など後でも先でも変わらない、と腹を括ったのだ。

 いったん決意が固まれば、あとは心が湧いた。

 妻を娶る。

 イレーネ。

 どのようなひとなのだろう。

 アデリーンは、栗色の豊かな髪と、澄んだ瞳はまるで湖畔に煌めく星のように輝いている。侍女でありながら見そめられたのも、聡明さだけでなく美しさあってのことだ。その一人娘。

 急拵えに用意された婚礼の衣装は、『鷹山』を思わせる深緑の生地で、金糸があしらわれた立派なもので、男というには薄い、少年然としたリチャードの体にピッタリだった。随分前からこの日のために用意されていたのではないかと思われた。

 イーディスとタイレルにも正装が貸され、二人は立会人としての役目を務めることになった。まさに図ったかのようにおあつらえ向きだ。
 鏡に自身の姿を写したリチャードは、ガスと母フィオナを思った。

「この姿を、見せたかった……」

 甘ったるい感傷に浸っている状況ではない。ガスが今頃どんな目に遭わされているか。そして、まさか母までが裏で共謀していたと知られていたら……。

 しかし、それでもリチャードはこのとき、人生の晴れ舞台に心弾ませずにはいられないのだった。

 儀式は速やかに、簡易的に執り行われることになった。クルセナ教によらない、昔ながらのやり方だ。アデリーンのときと同じ形式が良いとされた。
 それがイレーネからの、たった一つの願いだったのだ。リチャードはますます彼女に好感を覚えた。

 城の裏手にある森の、一番古い聖なる巨木の前で、母と立会人に見届けられ先祖の霊に宣言する。

 先に巨木の前に案内されたリチャードは、固まった肩を何度も上げてはおろしていた。
 やがて深緑色のドレスを引きずって、純白のベールを被った花嫁が現れたとき、リチャードは思った。

 自分はずっと、彼女を待っていたのだと。

 イレーネが隣に立つ。小柄で、腕は小枝のようだ。母譲りの栗色の髪を結いあげ、頬と唇に紅を差している。ベールの奥からチラリとリチャードを伺う子鹿のような視線に、金縛りにあったように動けなくなった。

 式を取り仕切る重臣の男が、咳払いしてリチャードを促す。

 そっと彼女のベールを持ち上げた。

 目が合う。

 たぶん今、自分はだらしない顔をしているだろうと、リチャードは恥ずかしくなった。だが、緩む口元を引き締める術を忘れた。

「先祖の樹に誓いなさい」と言われ、まずは彼から宣言した。

「オルダニア、『東の鉄壁城』エセルバートの息子リチャードは、『鷹ノ巣城』アデリーンの娘イレーネを妻として……」
と、そこから先は、自身の言葉で結婚を誓うように言われていた。リチャードは短時間で頭を捻った美句を失った。

「必ず、彼女を最後のときまで妻として、ただ一人愛し、守り通すと誓います」

 リチャードはアデリーンを見た。それは彼女への誓いでもあった。

 次にイレーネが同じように宣言した。はにかみながら、「彼を一人の男として、永遠に付き従い、彼を支えます」と。

 それから立会人の名の下に、二人は正式に夫婦として認められた。少なくとも、この『鷹ノ巣城』の威光の届く範囲では。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

処理中です...