ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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お母様は魔王ですか?



 日本では20歳の大学生だった私は、どちらかというと楽観的な性格で、友人からはいつも「アンタ、悩みがなさそうでいいわね」なんて言われていたっけ。

 そうは言っても本当に悩みがない人間なんているはずがないし、実際私にだって悩み事のひとつくらいあった。

 それでものほほんと笑っていられたのは、やっぱり私が楽観的だったからなのかもしれないわね。

 さて、そんな私でも転生先で弟に暴力を振るっていたことをのほほんと笑い飛ばすのはさすがに無理だ。

 正直、何故弟にこんなひどいことができたのか、自分で自分がわからないという心境よ。

 今の私は日本人だった私の意識がルディアを完全に乗っ取っているのか、ルディアとしての思考がどんなものだったのかがいまいち掴めない感じだ。

 ルディアとして生きてきた記憶はちゃんと私の中にあるようだけど、それは誰かが書いた伝記を読んだ時のような、あるいは誰かの半生を描いた映画を観た時のような、どこか他人事のような気がしてしまう。

 いや、実際にサフィールを痛めつけたのは私よ。そこから目を背ける気はないの。今の私はルディア。それはちゃんとわかっているつもり。

 え、私ルディアよね?

 心配になった私は、思わずベッドからおりて鏡を覗き込んだ。


「ああ、ちゃんと記憶通りのルディアだわ。……それにしても今の私、いくらなんでもふっくらしすぎよね」


 今の私はお母様譲りのダークブラウンの髪に、これまたお母様譲りの紫色の瞳をもつ15歳のご令嬢……なんだけどね。
 まあ、はっきり言って太っている。

 これが痩せにくい体質だとか、飲んでる薬の副作用でこうなったのなら仕方のないことだと思うけれど、ルディアの場合はただの不摂生、暴飲暴食が原因なのよ。
 
 前世を思い出したからには、暴飲暴食はやめて、スリムなご令嬢になりたいところね…って、そんなことを考えている場合じゃなかったわ。


「そうよ。私、サフィールに謝らないと。そして、これからはいい姉になれるように地道に努力するのよ!」


 善は急げとばかりに部屋を出て、サフィールがいるであろう使用人部屋に向かう。

 ……これも早くなんとかしたいわね。弟を使用人部屋に入れるなんて、それだけでも虐待だと思うわ。
 まったく、以前のルディアはどうしてこれが平気だったのかしらね。

 ルディアの記憶を頼りに屋敷の廊下を進んでいくと、その途中で屋敷で働くメイドに出くわした。
 彼女は私の存在に気づくと焦ったように早足で近寄ってくる。


「お嬢様、お身体はもうよろしいのですか?まだベッドでお休みになられていたほうがよろしいのでは」

「あ」


 そういえば私、今まで流行り病で何日も苦しんでいたのよね。意識が朦朧として、もう助からないかもしれないと覚悟していたはずよ。

 それが、何故だか全快している……?

 いや、待って。
 全快している気はしていても、確実なことは医者でもなければわからないはずよ。

 流行り病なら、誰かにうつしてしまう可能性があるわよね。こんな廊下を彷徨うろついていてはいけなかったわ。

 私はメイドに医者を呼ぶように言いつけたあと、急いで部屋に戻った。あのメイドに流行り病がうつっていないことを願う。


 私を診てくれていた医者はまだ伯爵家にとどまっていたようで、すぐに私の部屋まで来てくれた。


「これは……信じられませんな。流行り病は完全に治っておるようじゃ。しかし、ひたいに真新しい傷があるようじゃな」

「ひたいの傷…?ああ」


 それなら何も問題ないわ。
 あれは私が壁に頭を打ち付けた時にできた傷だからね。当然の報いってヤツよ。

 ……なんてことを正直に言うわけにもいかず、私は笑ってごまかすしかなかった。


「怪我は治癒師を呼んで治癒魔法をかけてもらうほうが治りは早いと思うが、これくらいであれば塗り薬でも問題なかろうて」

「ではそれでお願いします」


 お気づきの方もいるかもしれないけれど、ここは地球ではないみたい。いわゆる異世界ってヤツね。

 この世界では魔法が存在していて、治癒魔法を使えば短時間で怪我を治すことも可能だ。
 熟練の治癒師のなかには身体の欠損まで治せる人もいて、この世界は地球の常識では考えられない独自の発展を遂げているようだ。

 ただし、治癒魔法にも欠点はある。
 それは、病気を治せないことだ。

 怪我は治癒師、病気は医者というように、互いに住み分けができているみたい。今回のように軽傷であれば、医者が対処することもあるようね。

 医者は役目を終え、一礼して部屋を出ていった。

 流行り病は完全に治ったというお墨付きをもらったから、これで堂々と部屋を出ていけるわ。早くサフィールに謝りに行かなければ。

 そう思って部屋を出ようとした私は、ドアを開ける前にノックの音が聞こえたことで出鼻を挫かれてしまった。


「ルディア、わたくしよ」


 この声はお母様ね。
 私はそのままドアを開けようとして、すぐに思いとどまる。

 危ない危ない。今の私は貴族令嬢だったわ。まずは入室の許可を出すのが正解よね。


「どうぞ」


 すぐにドアが開けられ、お母様が部屋に入ってくる。
 お母様は髪や瞳の色は私とそっくりだが、私と違ってスリム体型だ。怒ってさえいなければ儚げ美人と言ってもいい容姿だと思う。

 お母様は私がベッドで寝ておらず、元気に動いているのを見て、嬉しそうに笑った。


「まあ!本当に流行り病が治っているわ。あの医者が言っていたことは本当だったのね」

「お母様、ご心配をおかけしました」

「いいのよ。母親が娘を心配するのは当然のことよ。ああ、元気になって本当に良かったわ!」

「お母様…ありがとうございます」


 なんだか、こうして話をしてみれば、娘を心配する優しい母親にしか見えないなあ。

 でも、この人がサフィールを折檻して痛めつけているのは以前のルディアがしっかりと見ている。外見に惑わされてはいけない。

 でも待って。
 娘の私がお母様に『サフィールにひどいことしないで』と言えば、それで全部解決したりしない?
 こんなに娘を大事にしているんだもの。いける気がする。うん、きっと大丈夫。

 私はいつもの調子で楽観的に判断し、お母様にサフィールの話を切り出した。


「あのね、お母様。お願いがあるの」

「まあ、何かしら」

「私達、今までサフィールにつらく当たりすぎていたでしょう?だから、これからは──っ!?」


 最後まで言いきることはどうしてもできなかった。サフィールの名前を出した途端にお母様の形相ぎょうそうが一変してしまったからだ。
 
 そう…これがお母様の本性ってわけね。

 まるで悪魔にでも取り憑かれたかのようなお母様の醜悪な表情に、私はすっかり怖じ気づいてしまった。


「これからは……なんですって?」

「い、いえ。なんでもありません」

「そう、それならいいわ」

「……」


 う、怖いぃいいいい!!

 ダメね。今はやめておきましょう。
 まともな話し合いができるようには思えないもの。

 お母様はしばらく私と会話したあとに部屋を出ていった。
 お母様を見送り、すぐさま扉を閉める。


「はあーーーーー」


 思わずベッドに突っ伏す私。口から長いため息が漏れてしまうのを止められない。

 ナニアレ。魔王?

 私、今までよくあの母親と普通に話ができていたわね。ある意味凄いと思うわ。

 きっと以前の私はお母様と一緒になってサフィールにつらく当たっていたから、お母様の逆鱗に触れることもなかったのだろう。
 それはまったく誉められたことではないけれど、子どもなりの処世術だったのかもしれない。

 だからといって以前の私を正当化するつもりはないけれど。

 とにかく、お母様と直接対決するのは無謀だろう。
 本当はお父様にすべてを打ち明けられればいいのだけど、お父様はめったにこのお屋敷に寄りつかなくなってしまった。
 次にいつ帰ってくるのか予想もつかない。


「お父様…本当にどうしてサフィールをうちに連れてきたのかしらね」
 

 やはり、伯爵家を継がせるためだろうか。
 それが一番しっくりくる理由だ。


「でも……」


 お父様は知らないのだ。この家の現状を。

 サフィールにはまともな教育など施されていないし、そもそもそれ以前の問題だろう。

 
「うん。やっぱり一度サフィールに会って話をしないといけないわね。その前に土下座して謝るのが先かな」


 私はベッドから勢いよく飛び出すと、自室を出てサフィールの部屋を目指して歩き出した。
 

 



 

 

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