ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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私の罪



 使用人部屋の一番奥、日の当たらないその場所でサフィールは暮らしている。

 別に鍵をかけられて監禁されているわけではない。
 しかし、勝手に部屋を出て屋敷をうろついているのを使用人に見つかるとお母様に報告されるので、結局部屋からは出られない。
 実質的には監禁されているのと変わらない扱いだと思う。

 私はサフィールの部屋の前で一度大きく深呼吸すると、部屋のドアをノックした。

 以前のルディアならノックなんてせずに勝手に入っていたけれど、私は心を入れ替えたのよ。
 まずは私の印象を少しでも良くするためにも、最低限のマナーくらいは守らなきゃね。


「……どうぞ」


 部屋の中からは無感情な声が聞こえてきた。
 私、まだ名乗ってないけど?入っちゃっていいのかな。まあいいか。

 私は思いきってドアを開けた。そのまま部屋の中に入り、ドアを閉める。

 サフィールは部屋に入ってきたのが私だとわかると、瞳を大きく見開き「どうして…」と呟いた。
 しかし、すぐにもとの無表情に戻る。

 うーん……

 私が歓迎されてないのは当然のこととして、今の「どうして」はどういう意味かしらね。

 単純に普段ノックをしない私がノックをしたから、私だと思っていなかった可能性が高いかな。

 もしくは、私が流行り病に罹っていたのをどこかで聞いていて、私がそのまま死んでくれることを願っていたとか?そして、そうならなかったから驚いたと。

 そうだとしたらへこむなあ。
 いや、ショックを受ける資格なんて私にはないんだった。

 私は当初の目的を思いだし、サフィールへの謝罪をするべく口を開きかけた…が、サフィールはその前にサッと上衣を脱ぎ、あらわになった背中をこちらに向けた。

 これは、以前の私がいつもサフィールに要求していたことだ。服の上からでなく直接痛めつけたくて、あえて服を脱がせていたのだ。

 でも……これはあまりにもひどい。


「どうして……どうしてこんなひどいことができたの…?」


 私は目の前の罪から目を逸らせずにいた。

 サフィールの背中はもうボロボロだった。
 青あざ、みみず腫れ、ケロイド状になった傷、深い切り傷まであった。

 そのどれもが満足な治療を受けさせてもらった形跡などない。
 傷がまだふさがりきっていないものは、今も傷口から生々しい赤を滲ませている。

 これが、私の罪……

 正確には私とお母様の罪だけど、だからといって私の罪が軽減されるとはとても思えない。

 私、ここに何しに来たんだっけ。
 ああ、サフィールに謝りにきたんだった。
 謝って、それで?

 私、サフィールに許してもらおうとしてなかった?許してもらって、これからは家族として仲良くやっていこうと──


「……できるわけない」


 そんなこと、できるわけがない。

 こんなことをされて、あとで謝られたくらいですべてを水に流せる人が、いったいどれくらいいるだろうか。
 少なくとも私には無理だ。

 こんなことを平気でできる相手を許せるわけがないし、その相手と家族になりたいなんて絶対に思わないだろう。


「ごめんなさい……ごめんなさいサフィール」


 私は床に手と膝をつき、床に打ち付ける勢いで頭を下げた。

 許されようなんてもう思わない。
 私の罪はそんなに軽くないのだから。
 これはけじめだ。二度とこのようなことをしないという私なりの決意のしるし。

 
「うう、グス。サフィール…ごめんなさい。ひっく」


 私に背を向けていたサフィールが振り向き、私の姿を見て困惑している様子がなんとなく伝わってくる。

 ごめんなさい、サフィール。
 泣きたいのはサフィールのほうだよね。
 でも止まらないの。ごめんなさい。

 それからしばらくの間、私はずっと土下座したままでサフィールに泣いて謝り続けた。


 ようやく涙が出なくなった頃、私は下げていた頭をゆっくりと上げた。

 私の瞳がサフィールの困ったような瞳とぶつかる。そのまましばらく無言で見つめ合った。
 
 私は今後サフィールが幸せになれるように行動するつもりだ。
 そして、いつかサフィールの人生が上手くいく目処が立ったなら、私は彼の前から消えよう。
 その決意が伝わるように、私はじっとサフィールを見つめ続けた。


「あの……ルディア様?」


 沈黙に耐えきれなかったのか、サフィールがおずおずと私に話しかけてきた。これはかなり珍しいことだ。

 ルディア様、か。これも私が呼ばせていたのよね。絶対に家族とは認めないという意味を込めて。ああ、本当に自分が嫌になるわ。


「『様』はいらないわ。姉さん…は言いたくないだろうし、ルディアでもお前でも、あなたの好きなように呼んでくれて構わないわ」

「それは…少し考えさせて下さい…」

「そう…わかったわ」


 いきなり呼び方を変えろと言われてもすぐには無理かもしれないわね。『お前』なんて言えば、私が逆上するかもしれないもの。
 つまり、まだ信用されていないというわけね。これも私の自業自得だわ。

 私は床に脱ぎ捨てられたサフィールの服を拾い、そのまま彼に返す。サフィールは困惑しつつもそれを受け取り、再び着用した。

 よし、とりあえずこれで元通りね。
 本当は治療師を呼んで治療を受けさせてあげたいところだけれど、お母様の許可は得られないでしょうね。

 かくなる上は私が治癒魔法を覚えるしかないかしら。一度治癒魔法について調べてみたほうがいいかもしれないわね。

 さて、とりあえず今確実にできることといえば、コレだろう。
 私はサフィールの前に正座した。

 わけがわからないといった様子のサフィールに、私は堂々と言い放つ。


「さあ、サフィール。好きなだけ私を殴りなさい」

「え!?」

「何を驚いているの?私がしたことをやり返すだけよ。あなたにはそうする権利があるわ」

「……」


 サフィールは先程までの困惑したような表情を消し、いつもの無表情に戻ってしまった。
 え……私、なにか間違えた?


「人を殴るのは、嫌?」

「……」


 コクン、と首を縦にふるサフィール。
 きっとサフィールは優しい子だったのね。
 

「そう…嫌なことをさせようとしてごめんなさい」


 私の謝罪に、サフィールは小さく言葉を返した。


「僕は、あなた達と同じにはなりたくありませんから……」

「!!」


 違った。

 私を殴らないのはサフィールの優しさからくる行動ではなかった。

 彼はただ、私とお母様のような最低の人間になりたくなかっただけなのだ。
 そうした瞬間、サフィールは私と同じクズの仲間に成り下がり、自分の正当性を主張することができなくなってしまう。そう考えたのだろう。
 たとえそれが、私自身からの提案であったとしても、だ。

 そして、サフィールの発言を受け、私はまたしても無意識に自分の罪が軽くなるように動いていたことを思い知った。

 サフィールに殴られることで罪が許されるとは思っていなかったけれど、私はそうすることで自分の罪悪感が軽くなることを望んでいたのかもしれない。

 サフィールのためなんて言って、結局私は自分のために動いていたわけだ。ああ、本当に最低だ。

 もうこれ以上自分に失望したくない。
 このまま自室に逃げ帰りたい気持ちだが、少しでもサフィールの生活を改善したい。

 サフィールの部屋を移動するのは私だけの力では無理ね。

 怪我の治療は治癒魔法を勉強しなければ話が進まない。

 ……勉強といえば、サフィールはまともな教育を受けていなかったはずよね。
 私は家庭教師から勉強を教わっているから、これなら力になれるかもしれないわ。もっとも、今は教材を持ってきていないから、また後日になるでしょう。

 あとは、食事の改善かしらね。

 今は残飯、もしくは食事抜きだったはず。
 料理長かメイドに頼んで、サフィールにまともな料理を出してもらいましょう。

 私は一度サフィールの部屋を出た。そして、ちょうど廊下を歩いていた使用人に料理長への伝言を頼んだ。
 内容は単純明快。
 これからはサフィールに毎食まともな料理を出してほしいという内容だ。

 使用人は怪訝な顔で私を見ていたが、それは私がサフィールを毛嫌いしていることを知っているからだろう。

 きっと私のサフィールへの態度が突然変わったことを不思議に思っているのね。無理もない。

 とにかくこれで食事の問題は解決ね。

 私はサフィールの部屋に戻り、食事が改善されることを伝えた。


「聞いて、サフィール。これからはまともな料理を出してもらえることになったわ」

「え…本当に……?」

「本当よ。今料理長に伝言を頼んだから大丈夫よ」

「そう、ですか……」


 サフィールは半信半疑といった表情だ。
 まだサフィールの私への評価が下がりきったままだから、これは仕方のないことだろう。


「私、これからは絶対にあなたを虐げたりしないと誓うわ。すぐには無理でも、いずれ伯爵令息として堂々と生活できるようにしてみせるから」

「……」

「……信じられないのも無理はないわ。でも私は本気よ。いつかサフィールが幸せになって、私の償いが終わったら、私はあなたの前から消えるわ」

「っ、どうして……?」

「最低な私がいつまでもサフィールのそばにいるわけにはいかないでしょう?まあ、なんとかなるわよ」


 じゃあまたね、と言って私はサフィールの部屋を出た。
 サフィールは無言だったけれど、その表情はいつもの無表情ではなく、どうしていいかわからない子どものような表情だった。

 それはまるで、幼い頃のサフィールが浮かべていた表情のようだった。


 

 

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