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従順なルディア
たった1日とはいえ、食事抜きは病み上がりの身体にはつらすぎた。
それまでだって流行り病で何日もろくに食べていなかったわけで、私は空腹でふらふらになってしまい、あえなくベッドの住人に逆戻りすることになった。
一夜明け、部屋に朝食が運び込まれた時は、思わずマナーも忘れてがっついてしまった。反省反省。
朝食が終わるとお母様が私の部屋にやってきた。
私は心の中では最大限の警戒をしつつ、表面上は反省している娘を装った。
「ルディア、おはよう。調子はどうかしら」
「……おはようございますお母様。さきほどまでは空腹でふらついておりましたが、今は大丈夫です」
「まあ、それは大変だったわね。でもルディア、これはあなたへの罰なのです。次に同じことをしたら……わかるわよね?」
くっ……これが娘に対する発言ですか!?
完全に脅しでしょ、コレ。
以前のルディアならこれで従順な娘に逆戻りしただろうけれど、今の私はそう簡単には操れないわよ!
私は内心を悟られないように注意しながら、お母様が望むルディアを演じる。
「お母様……私、流行り病のせいでどうかしていたみたいです。あの居候に食事なんて必要ありませんのにね」
「まあ!流行り病のせいだったの?気づかなくてごめんなさいね。おかしいと思ったのです。わたくしのルディアが突然あのようなことを言い出すなんて」
「ええ本当に。流行り病は恐ろしいですね」
ごめん、流行り病。すべての責任はあなたに背負ってもらうわ。今お母様に私の本心を悟られるわけにはいかないの!
私は『お母様に従順なルディア』の演技を続ける。
「それもこれも、すべてあの居候のせいですわ!私、今回ばかりはあの男にキッチリと仕置きをしなくては気が収まりません」
「ふふ。存分に仕置きをするといいわ。あの居候に身の程というものを教えて差し上げなさい」
「はい、お母様」
よし。これで堂々とサフィールの部屋に向かえるわ!
さすがに謹慎が解けた後に何の理由もなくサフィールの部屋に通っていては、お母様に怪しまれる可能性もあったものね。
お母様は私の発言に満足したのか、上機嫌で部屋を出ていった。
ひとりになった部屋で、私は大きく息を吐く。
「はあーーーーー」
なんとか誤魔化せた、かな?
アレを毎日続けるのかと思うと気が重くなってしまうけれど、今はまだ従順な娘を演じる必要があるものね。仕方がないわ。
本当は今すぐにでもサフィールの部屋に行きたいところだが、残念ながら朝食は食べ尽くしてしまった。これではサフィールに食事をさせてあげられない。
向かうなら昼食のあとね。
私の昼食はすべてサフィールに譲ることにしましょう。
恥ずかしながら私の昼食はかなり量が多い。
あれだけあれば、普通の人間の1日分の栄養くらいは余裕でまかなえるんじゃないかしら。
問題は屋敷の使用人にバレないように食事を運ぶ方法よね。
目に見える状態で食事を運んだりすれば、即座にお母様に報告されることが目に見えているもの。
そうなれば、今度はただの謹慎では済みそうにない。うう、想像しただけでも恐ろしい。
調理場から食器を持ってくる?
いや、料理を別の食器に移しかえても何も解決しないわよね。
なら、見た目は食器に見えないものの中に料理を詰める必要があるわね。
私は部屋の調度品を見渡した。
視線の先には大きな花瓶があった。
「この中に料理を詰める?」
……いやいや、いくらなんでも無理があるでしょう。
いろんな料理が花瓶の中で混ざるだろうし、単純に花瓶に入った料理なんて食べたくないだろう。
自分の立場なら絶対に嫌だ。
それに、花瓶をサフィールの部屋に運び込むのを誰かに見られれば、かなり不審がられると思う。
「うーん……」
かくなる上は、自分で作るしかないかしらね。
私は少しなら魔法を使える。
残念ながら回復魔法は習得していないけれど、生活魔法全般と水魔法、それに加えて珍しい植物魔法が使える。といっても、本当に少しだけどね。
私は部屋の隅に飾ってあった木彫りの置物を手に取った。
これは昔お父様が外国に行った時にお土産として買ってきたもので、以前のルディアはこれを大切にしていたようだが、今の私にとってはただの置物でしかない。
私は木彫りの置物に向けて植物魔法を使った。
『木よ。我の呼びかけに応え、我の望む姿へとその身を変えよ!』
木彫りの置物はズズ……とその形を変化させ、やがて大容量のお弁当箱へ変わった。
想像した通りに仕切りまでついている。
「良かった。一度で成功したわ」
この魔法は魔力よりもイメージ力が必要な魔法で、明確なイメージができていなければ魔法は失敗する。
私が前世の記憶を取り戻していなければ、お弁当箱なんてものを作ることは不可能だっただろう。
イメージできないものは作れないのだ。
「あとは昼食を待つだけね。……でも、どうやってこれをサフィールのところへ持っていこうかしら」
この世界にお弁当の概念はないから、これを見てもただの木製の四角い箱にしか見えないだろう。
ただ、どうしてそんなものをサフィールの部屋に持っていくのかと疑問に思われることは確実だ。
「これは鈍器よ!サフィールにお仕置きするのに使うの。……って言ったら信じてくれるかしら」
うーん、厳しい?いや、いけるでしょ。
以前のルディアもその辺の適当な道具でサフィールをぶったりしていたし、今回もそうだと思ってくれることを願う。
さすがに使用人達はお弁当箱を確認したりはしないだろうし、大丈夫でしょ、きっと。
……念のために、血のりを用意しておこうかな。帰りにお弁当箱に塗れば、それっぽく見えるかもしれない。
はあ。悪知恵ばかり働いて嫌になるわ。
昼食の時間になり、メイドが部屋に食事を運んでくる。テーブルに料理の皿を並べ終えると、メイドは一礼して部屋を出ていった。いつもの光景だ。
「それにしても、本当に凄い量ね」
貴族のご令嬢の食事とはとても思えない。
どこかの騎士団でバリバリ働く成人男性の昼食のようだ。
毎日この量を食べていれば、こんな体型になるのも無理はない。
私は思わず自分の身体を見下ろした。
そこには贅肉がたっぷり乗ったお腹があった。これでも流行り病で体重が減ったはずなのに、見た目の変化はあまり感じられない。
「ま、まあいいわ。さっそくこの料理をお弁当箱に詰めましょう」
思った以上に量が多く、すべてをお弁当箱に詰めることはできなかった。
残りは私の昼食としていただいた。これでサフィールの前でお腹が鳴ることもないでしょう。
昼食の時間が終わり、メイドが空になった皿をワゴンに乗せ、部屋を出ていく。
それを黙って見届けた私は、さっそくサフィールのところへ向かうことにした。早く食事を食べてほしいからね。
お弁当箱を小脇に抱え、なんでもないふうを装いながら使用人部屋に辿り着く。幸いお母様と鉢合わせることはなかった。
サフィールの部屋の前で一度深呼吸し、軽くドアをノックする。
「サフィール、私よ」
今回はちゃんと名乗ったが、サフィールからの返事はない。もう一度ノックすると、無感情な声音で「どうぞ」と短い返事が返ってきた。
入室の許可ももらったことだし、使用人に変に思われないうちにさっさと部屋に入ることにする。
「サフィール、聞いて。今日はたくさん料理を──」
持ってきたのよ。と言いたかったのだが、最後まで言葉が続かなかった。
サフィールの目が私を拒絶していたから。
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