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回復魔法はやさしくない
サフィールは私の胸でひとしきり泣いたあと、少しばつが悪そうな顔で私から離れた。
ここでの用事が終わり、帰り際に私が空のお弁当箱に血のりを塗りつけていると、サフィールが「それ、何の意味があるんです?」と聞いてきた。
隠すと話がこじれそうだったので、正直に「これでサフィールを痛めつけたように偽装しているのよ」と言うと、彼は神妙な顔で「…そうですか」と言った。
サフィールもお母様の怖さは知っているから、あの人に逆らうことが得策でないことはわかっているのだろう。
サフィールに挨拶をして部屋を出ると、ちょうどいいところに使用人が歩いていた。
私はすかさず血のりのついたお弁当箱を使用人から見えるように持ち直す。
「なっ……!?」
ベットリと血がついたお弁当箱を見た使用人は、私のことを殺人犯を見るような怯えた目で見てきた。
……うん。その気持ちはわからないでもないわよ。
あとはこの使用人がこのことをお母様に報告してくれれば、お母様からサフィールとのことを疑われる危険は少なくなるはず。頼んだわよ、そこのあなた。
使用人は私の狙い通りお母様に報告してくれたようだった。
お母様は私の部屋にやってきて「存分に仕置きができたようでなによりです」と言って満足そうに笑っていた。
……娘が暴力を振るったことを嬉しそうに誉める母親なんて、どうかしてるわね。
私が暴力を振るうようになったのはお母様を真似たからだし、今さらか。
とりあえず、これでお母様は私が以前の従順なルディアに戻ったと考えてくれたはずだ。
私がサフィールの部屋に通ったとしても怪しまれたりしない…よね?
食事の問題があるから、せめて一日に一度はサフィールの部屋に行きたい。長居が難しい時は、彼にお弁当箱を渡すだけでもしておきたいところだ。
あとは…回復魔法と勉強、か。
サフィールはいずれ伯爵家を継ぐことになるはずだ。お父様がサフィールを伯爵家に連れてきた理由がそれ以外に考えられないから。
彼の母親が亡くなった、もしくは重い病気でサフィールを育てられなくなったことも考えられなくはないけれど、それなら母親の住む家に医者やメイドを派遣すればいい。
お母様と私に受け入れてもらえないことが容易に想像できるのにわざわざサフィールをここに連れてきたということは、やはりそういうことなのだと思う。
私はこんな引きこもり令嬢だし、『ルディアにはとても伯爵家を任せられない』とお父様が考えたとしても無理はないわよね。
ホント、私っていいとこナシだわ。
……とにかく、お父様がサフィールに伯爵家を継がせたいなら、なんとかして私がサフィールを教育しなければならないだろう。
そうしなければ、サフィールがお飾りの伯爵にされてしまう可能性が高いから。
といっても、当主としての仕事はお父様から教わるしかないだろうし、私が教えられることといえば、一般教養くらいかしらね。
私の基礎教育は去年終わっているし、家庭教師からも優秀だとほめられた。簡単なことなら私でもなんとかなるはず。
あとは……回復魔法ね。
これに関しては実は心当たりがある。
お父様の書斎で魔法関連の書物がたくさん並んでいるのを見たことがあるのだ。
お父様が屋敷に帰らなくなって以降、お母様と私はお父様と居場所の手がかりを探るため、よく書斎を漁っていたのよね。
手がかりのほうは散々だったけど、書斎に行けば回復魔法の書物が手に入るかもしれないのは嬉しい情報だ。
今ならお父様に持ち出し許可をもらう必要もないしね。
「そうと決まれば、さっそく行ってみましょうか」
私は勢いよく椅子から立ち上がり、自室を出ていった。
お父様の書斎に入ると、私の記憶通りの場所に魔法関連の書物がずらりと並んでいた。
私は興奮のあまり急いで駆け寄る。
「おお!!あるある。『土魔法の基礎』、『魅了魔法の危険性』『魔法と呪いの違い』『あこがれの上級魔法』」
どれも興味を引かれるけれど、今必要なのは回復魔法の書物だ。私は見逃しのないように真剣にタイトルを追った。
「『検証!回復魔法で死者の蘇生は可能なのか』……メチャクチャ興味をそそるタイトルだけど、コレジャナイわね。サフィールは生きてるし」
でも、回復魔法関連の書物があることはわかった。あとはこのあたりを重点的に探せば──
「──あった!『やさしい回復魔法』。…やさしくない回復魔法もあるのかしら」
とにかく、目的のものは手に入った。ここにはもう用はない。
私はそそくさと書斎を出て、真っ直ぐ自室へと戻った。
「うう、全然やさしくないぃぃぃ!!」
自室に戻り、さっそく『やさしい回復魔法』を読んでいるのだが、内容はかなり難しい。
いや、もしかしたらこれでも数ある回復魔法の書物の中ではやさしい部類なのかもしれない。恐るべし、回復魔法の世界。
これは、読み終わるのにかなりの時間がかかりそうだ。焦らず、少しづつ読み進めていくしかないだろう。
「はあ。これでサフィールを治せると思ったけれど、そう簡単にはいかないようね」
私はひとつため息を吐き、再び『やさしい回復魔法』の続きを読み始めるのだった。
次の日も私は自分の昼食を手製のお弁当箱に詰めなおし、サフィールの部屋を訪れた。
一心不乱に料理をがっつくサフィールにお水を手渡しつつ、私は彼の食事が終わるのを待った。
食後、満足そうにお腹をさするサフィールに私は話を切り出した。
「サフィール、あなたは前の家でどれくらい教育を受けているの?文字の読み書きはできるのよね」
私の質問に、サフィールは身を強ばらせ、こちらを警戒するような視線を向けてきた。
私は慌てて言葉を補足する。
「あ、違うの。あなたの出自を詮索するつもりはないからね。安心してちょうだい」
「そう、なんですか?」
「そうなの。私の言い方が悪くて誤解させてしまったみたいね。ごめんなさい」
「いえ……」
私の言葉に、サフィールはようやく警戒を解いてくれた。
そうよね。サフィールの身元が割れれば彼の母親に危害を加えられる可能性があるものね。警戒するのは当然か。
私はサフィールに信用されるようなことをこれまで何ひとつしてこなかったもの。
少しくらい食事を改善したくらいで信用を取り戻せるわけがなかったのよ。
信頼回復できるかは、これからの私の行動次第よね。頑張らなくちゃ。
それはそうと、私の話はまだ終わっていない。私は言葉を続ける。
「私が言いたかったのはね、サフィールが教育を受けていなければ、私がかわりに教えるのはどうかということだったの」
「……姉さんが?本当に?昨日の言葉は冗談ではなかったんですね」
これは『この引きこもりが僕に教えられることなんてあるのか?』という顔ね。くっ。
「私は家庭教師からひと通りの基礎教育は受けているわ。──それで、あなたのほうはどうなの?」
私の質問にサフィールは一瞬言葉を詰まらせたものの、やがて諦めたように口を開いた。
「僕もひと通りの基礎教育は受けています」
「え?」
「……」
そうなの?私はてっきり、まったく手付かずの状態かと思っていたのに。
「それって前の……いえ、なんでもないわ」
危なかった。ついうっかり前の家について尋ねるところだったわ。気をつけないと。
口には出さなかったものの、私の言いたいことはサフィールに伝わってしまったようで、彼はため息を吐いて首を横に振った。
「違います。僕は伯爵家に来てから一年間、家庭教師をつけてもらっていたんです」
「え、そうだったの……?」
その頃はまだお父様が屋敷にいたから、お父様が家庭教師を手配していたとすれば辻褄は合う。
その頃のお母様は毎日お父様と言い争っていて、サフィールにはノータッチだったし、私もサフィールを居ないもののように無視していたから気づかなかったのね。
「でも、たった一年で基礎教育を修了したの?サフィールは優秀なのね」
「正確には半年と少しですね。残りの期間は復習ばかりさせられていましたから」
「そ、そうなの……」
もしかして、サフィールって凄い子だったりする!?
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