ほら、こんなにも罪深い

スノウ

文字の大きさ
8 / 24

たくさん食べて大きくなってね



 そう……サフィールって天才だったのね。
 基礎教育も受けているというなら、私が彼に教えられることはないわね。


「サフィールが優秀だということはわかったわ。これなら問題なく伯爵家を継ぐことができそうね」

「──問題なく……?」

「あ……」


 サフィールが表情を一変させ、私に攻撃的な視線を向けてくる。
 私は己の失言を悟った。


「あの女が伯爵家にいる限り、僕が当主になることなど不可能ですよ。無理に事を進めようとすれば、きっと僕は消される。それに、いいんですか姉さん。僕が当主になっても」

「いいわよ」

「……っ」

 私は間髪いれずに即答した。
 サフィールは言葉を失っている。
 これは偽りない私の本心だから、胸を張って言えるわ。


「サフィールが伯爵家を出ていきたいと思うなら話は別だけど、そうでないなら私はあなたが当主になることを応援するわ」

「……僕が当主になれば、権力を使って姉さんとあの女をこの屋敷から追い出すかもしれませんよ」

「私は初めからそのつもりよ。サフィールが伯爵家の当主になるのを見届けたら、私はあなたの前から消えるつもり」

「っ、何故です……?」

「だって、サフィールにとって私は加害者だもの。罪深い私が、いつまでもあなたのそばにいていいはずがないでしょう」

「……屋敷の中の狭い世界しか知らない姉さんが、外の世界で一人で生きていけるとお思いですか?」

「ふふ。私のことを心配してくれるなんて、サフィールは本当に優しいわね。でも、それは私がなんとかすることよ」

「……っ」


 サフィールは私をただの引きこもり令嬢だと思っているからそう言うのだろうけれど、前世の記憶がある今のルディアなら、案外うまくやっていけるのではないかと思っている。

 貴族のご令嬢よりも、ただの平民として自由に生きていくほうが気楽だとさえ思える。
 だから、本当にサフィールが心配することなんて何もないのよ。


「でも、当分の間は出ていくわけにはいかないと思ってる。今はサフィールの立場が弱すぎるから。だから、あなたの立場が安定するまでは我慢してね」

「……」


 サフィールは何故か納得がいかないような顔で考え込んでいる。
 やっぱりすぐに出ていってほしかったのだろうか。
 そうしてあげたいのはやまやまだけど、今は我慢してもらうしかない。今私がいなくなれば、サフィールは食事すらままならなくだろうから。

 私は昨日と同じようにからのお弁当箱に血のりを塗ると、サフィールに挨拶をして部屋をあとにした。
 サフィールは難しい顔で何かを考え込んでいる様子だったが、挨拶はきちんと返してくれた。




 自室に戻った私はお弁当箱に生活魔法を使い、ささっときれいな状態に戻す。
 そしてそれを見えない場所に隠すと、ようやくひと息ついた。


「お父様……ちゃんとサフィールのことを考えてくれていたのね」


 サフィールを連れてくるだけ連れてきて、あとは放置しているのかと思っていたが、最低限のことはしてくれていたようだ。

 家庭教師を雇い、必要な教育を受けさせてくれていたのなら、サフィールに無関心というわけではないのかもしれない。

 でも、お父様は今では伯爵家にほとんど戻ってこなくなってしまった。

 お父様が必要な説明をしないから、いつまで経ってもサフィールの立場が弱いままなのだ。
 何も説明する気がないなら、せめて家に留まってサフィールを守るべきだったのよ。

 ……なんて、加害者の私がお父様を責める権利なんてないか。

 なんにしろ、次にお父様が帰ってきた時は絶対に話をしなければいけないと思っている。

 サフィールが受けてきた仕打ちも全部報告するし、私の罪も隠さずに打ち明けるつもりだ。

 それでもまだお父様が逃げ回るつもりであれば、さっさとサフィールに当主の座を譲ってもらう。脅しでも何でも、使える手は全部使うつもりだ。絶対に引くつもりはない。


「さて、考え事はこれくらいにして、『やさしい回復魔法』の続きを読もうかしら」


 私は全然やさしくない回復魔法の書物を開き、続きを読み始めるのだった。






 それからも私は、毎日お弁当箱を持ってサフィールの部屋に通った。

 ガリガリに痩せていたサフィールの身体は日が経つにつれ健康な肉体に近づき、最近では少し背も伸びはじめてきたように思う。
 栄養が満足に行き渡るようになったことで、成長期がきたのかもしれない。

 最近の私の楽しみは、サフィールが美味しそうにお弁当を食べるのをにこにこしながら見守ることだ。
 サフィールが日に日に健康になっていくのを感じられて、とても嬉しい。


 そんなある日、私がいつものようにサフィールの部屋に行き、お弁当を手渡すが、彼は何故か受け取ろうとしない。

 心配した私が「どうしたの?具合が悪いの?」と聞くと、サフィールは私の姿を上から下まで眺め、こう言った。


「……もっと早くに気づくべきでした。姉さん、あなたが毎日僕に持ってくる食事、本当は姉さんの昼食なんじゃありませんか?」

「んな!?」


 私はサフィールの不意打ちに対応できず、思わず彼の言葉に反応してしまった。ああ、ここはしらばっくれるのが正解でしょうに。

 サフィールにはこのお弁当が私の昼食であることは教えていない。
 当然よね。そんな恩着せがましい真似はできないもの。

 私はサフィールにバレてることを承知の上で、それでもシラを切った。


「……何のことかしら。この料理は私がお母様に内緒で料理人に作らせているのよ」

「しらばっくれても無駄ですよ。今の姉さんはかなり体重が落ちているでしょう。最初は気のせいかと思いましたが、ここまで痩せれば僕でもわかる」

「……それは」

「認めましょうよ姉さん。でなければ、僕はもうあなたからの食事は受け取りません」

「っ、……ええその通りよ。でも、そのおかげでこんなにスリムになれたし、サフィールが気にすることなんてないわ」

「……服の中には何か詰め物をしているんですか?」


 サフィールの鋭い洞察力に、私は白旗をあげた。


「……さすがにここまで痩せると服がぶかぶかになってしまったのよ。だから、サフィールの言う通り、詰め物をしたり重ね着をしたりして誤魔化しているわ」


 私が素直に白状したからか、サフィールはため息を吐いたあと、お弁当箱の蓋を開けた。

 良かった。食べてくれるのね。

 私はそう思い、肩の力を抜いて成り行きを見守っていると、サフィールはお弁当箱を私に差し出した。そしてひと言「食べてください」と言った。

 私はサフィールの行動にうろたえる。


「サフィール、それはできないわ。あなたは優しいから私を心配してくれているのでしょうけれど、私は朝食と夕食はきちんと食べてるの。だから大丈夫よ」

「なら、どうしてそんなに痩せるんです?」

「それは……」


 そう言われても困る。
 私が言ったことは本当だ。朝食と夕食はきちんと食べている。


「きっと、食べ過ぎだったのが改善されたことで、余分なぜい肉が落ちているのだと思うわ。このままガリガリになるまで痩せることはないと思う」

「……体調に変化は?」

「体調は以前より良いくらいよ。以前は少し歩くだけでも息切れしていたくらいだもの」

「……そうですか」


 私が嘘を吐いていないことが伝わったのか、サフィールはようやく私に差し出していたお弁当箱を引っ込めた。


「もしガリガリになったら、料理を強制的に姉さんの口に突っ込みますからね」

「ふふ。そんなことをすれば、今度はサフィールがガリガリになってしまうじゃないの。本当にあなたは優しい人ね」

「……っ、もういいです!」


 サフィールはやけになったようにお弁当をバクバクと食べ始めた。その顔はほんのり赤い。

 良かった。もう私の差し入れは受け取らないと言われたらどうしようかと思ったわ。

 私の体調を心配してくれるなんて、やっぱりサフィールは優しい子ね。
 そんな優しい彼に暴力を振るっていた昔の私を殴り飛ばしてやりたいわ。

 私は、美味しそうに料理を頬張るサフィールをにこにこしながら見守った。


「ふふ。たくさん食べて大きくなってね」


 


あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

彼女が微笑むそのときには

橋本彩里(Ayari)
ファンタジー
ミラは物語のヒロインの聖女となるはずだったのだが、なぜか魔の森に捨てられ隣国では物語通り聖女が誕生していた。 十五歳の時にそのことを思い出したが、転生前はベッドの上の住人であったこともあり、無事生き延びているからいいじゃないと、健康体と自由であることを何よりも喜んだ。 それから一年後の十六歳になった満月の夜。 魔力のために冬の湖に一人で浸かっていたところ、死ぬなとルーカスに勘違いされ叱られる。 だが、ルーカスの目的はがめつい魔女と噂のあるミラを魔の森からギルドに連れ出すことだった。 謂れのない誤解を解き、ルーカス自身の傷や、彼の衰弱していた同伴者を自慢のポーションで治癒するのだが…… 四大元素の魔法と本来あるはずだった聖魔法を使えない、のちに最弱で最強と言われるミラの物語がここから始まる。 長編候補作品

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【長編版】欲しがり王女の侍女はつらい

碧井 汐桜香
ファンタジー
『王女殿下は欲しがり王女』の長編版です。侍女視点。 短編未読でも読めるように書いていく予定ですが、 短編もお読みいただけたら嬉しいです! 我が国の王女は欲しがり王女だ。 王女の欲しがりを断った、先の宰相はその立場を失ったという噂すら流れている。 微笑みのまま行われる王女の欲しがりは断ってはならない。そんな不文律から、各貴族家は多くのものを差し出した。 伯爵家の家宝、辺境伯家の家畜まで。 王女は欲しがって欲しがって欲しがって、誰かを守ってきた。 しかし、本人も周りも真実を公にはしない。 だからこそ、悪名高い王女殿下。そんな王女殿下から、子爵令嬢に招待状が届いて? 関連小説 『王女殿下は欲しがり王女』 『公爵閣下、社交界の常識を学び直しては?』