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たくさん食べて大きくなってね
そう……サフィールって天才だったのね。
基礎教育も受けているというなら、私が彼に教えられることはないわね。
「サフィールが優秀だということはわかったわ。これなら問題なく伯爵家を継ぐことができそうね」
「──問題なく……?」
「あ……」
サフィールが表情を一変させ、私に攻撃的な視線を向けてくる。
私は己の失言を悟った。
「あの女が伯爵家にいる限り、僕が当主になることなど不可能ですよ。無理に事を進めようとすれば、きっと僕は消される。それに、いいんですか姉さん。僕が当主になっても」
「いいわよ」
「……っ」
私は間髪いれずに即答した。
サフィールは言葉を失っている。
これは偽りない私の本心だから、胸を張って言えるわ。
「サフィールが伯爵家を出ていきたいと思うなら話は別だけど、そうでないなら私はあなたが当主になることを応援するわ」
「……僕が当主になれば、権力を使って姉さんとあの女をこの屋敷から追い出すかもしれませんよ」
「私は初めからそのつもりよ。サフィールが伯爵家の当主になるのを見届けたら、私はあなたの前から消えるつもり」
「っ、何故です……?」
「だって、サフィールにとって私は加害者だもの。罪深い私が、いつまでもあなたのそばにいていいはずがないでしょう」
「……屋敷の中の狭い世界しか知らない姉さんが、外の世界で一人で生きていけるとお思いですか?」
「ふふ。私のことを心配してくれるなんて、サフィールは本当に優しいわね。でも、それは私がなんとかすることよ」
「……っ」
サフィールは私をただの引きこもり令嬢だと思っているからそう言うのだろうけれど、前世の記憶がある今のルディアなら、案外うまくやっていけるのではないかと思っている。
貴族のご令嬢よりも、ただの平民として自由に生きていくほうが気楽だとさえ思える。
だから、本当にサフィールが心配することなんて何もないのよ。
「でも、当分の間は出ていくわけにはいかないと思ってる。今はサフィールの立場が弱すぎるから。だから、あなたの立場が安定するまでは我慢してね」
「……」
サフィールは何故か納得がいかないような顔で考え込んでいる。
やっぱりすぐに出ていってほしかったのだろうか。
そうしてあげたいのはやまやまだけど、今は我慢してもらうしかない。今私がいなくなれば、サフィールは食事すらままならなくだろうから。
私は昨日と同じように空のお弁当箱に血のりを塗ると、サフィールに挨拶をして部屋をあとにした。
サフィールは難しい顔で何かを考え込んでいる様子だったが、挨拶はきちんと返してくれた。
自室に戻った私はお弁当箱に生活魔法を使い、ささっときれいな状態に戻す。
そしてそれを見えない場所に隠すと、ようやくひと息ついた。
「お父様……ちゃんとサフィールのことを考えてくれていたのね」
サフィールを連れてくるだけ連れてきて、あとは放置しているのかと思っていたが、最低限のことはしてくれていたようだ。
家庭教師を雇い、必要な教育を受けさせてくれていたのなら、サフィールに無関心というわけではないのかもしれない。
でも、お父様は今では伯爵家にほとんど戻ってこなくなってしまった。
お父様が必要な説明をしないから、いつまで経ってもサフィールの立場が弱いままなのだ。
何も説明する気がないなら、せめて家に留まってサフィールを守るべきだったのよ。
……なんて、加害者の私がお父様を責める権利なんてないか。
なんにしろ、次にお父様が帰ってきた時は絶対に話をしなければいけないと思っている。
サフィールが受けてきた仕打ちも全部報告するし、私の罪も隠さずに打ち明けるつもりだ。
それでもまだお父様が逃げ回るつもりであれば、さっさとサフィールに当主の座を譲ってもらう。脅しでも何でも、使える手は全部使うつもりだ。絶対に引くつもりはない。
「さて、考え事はこれくらいにして、『やさしい回復魔法』の続きを読もうかしら」
私は全然やさしくない回復魔法の書物を開き、続きを読み始めるのだった。
それからも私は、毎日お弁当箱を持ってサフィールの部屋に通った。
ガリガリに痩せていたサフィールの身体は日が経つにつれ健康な肉体に近づき、最近では少し背も伸びはじめてきたように思う。
栄養が満足に行き渡るようになったことで、成長期がきたのかもしれない。
最近の私の楽しみは、サフィールが美味しそうにお弁当を食べるのをにこにこしながら見守ることだ。
サフィールが日に日に健康になっていくのを感じられて、とても嬉しい。
そんなある日、私がいつものようにサフィールの部屋に行き、お弁当を手渡すが、彼は何故か受け取ろうとしない。
心配した私が「どうしたの?具合が悪いの?」と聞くと、サフィールは私の姿を上から下まで眺め、こう言った。
「……もっと早くに気づくべきでした。姉さん、あなたが毎日僕に持ってくる食事、本当は姉さんの昼食なんじゃありませんか?」
「んな!?」
私はサフィールの不意打ちに対応できず、思わず彼の言葉に反応してしまった。ああ、ここはしらばっくれるのが正解でしょうに。
サフィールにはこのお弁当が私の昼食であることは教えていない。
当然よね。そんな恩着せがましい真似はできないもの。
私はサフィールにバレてることを承知の上で、それでもシラを切った。
「……何のことかしら。この料理は私がお母様に内緒で料理人に作らせているのよ」
「しらばっくれても無駄ですよ。今の姉さんはかなり体重が落ちているでしょう。最初は気のせいかと思いましたが、ここまで痩せれば僕でもわかる」
「……それは」
「認めましょうよ姉さん。でなければ、僕はもうあなたからの食事は受け取りません」
「っ、……ええその通りよ。でも、そのおかげでこんなにスリムになれたし、サフィールが気にすることなんてないわ」
「……服の中には何か詰め物をしているんですか?」
サフィールの鋭い洞察力に、私は白旗をあげた。
「……さすがにここまで痩せると服がぶかぶかになってしまったのよ。だから、サフィールの言う通り、詰め物をしたり重ね着をしたりして誤魔化しているわ」
私が素直に白状したからか、サフィールはため息を吐いたあと、お弁当箱の蓋を開けた。
良かった。食べてくれるのね。
私はそう思い、肩の力を抜いて成り行きを見守っていると、サフィールはお弁当箱を私に差し出した。そしてひと言「食べてください」と言った。
私はサフィールの行動にうろたえる。
「サフィール、それはできないわ。あなたは優しいから私を心配してくれているのでしょうけれど、私は朝食と夕食はきちんと食べてるの。だから大丈夫よ」
「なら、どうしてそんなに痩せるんです?」
「それは……」
そう言われても困る。
私が言ったことは本当だ。朝食と夕食はきちんと食べている。
「きっと、食べ過ぎだったのが改善されたことで、余分なぜい肉が落ちているのだと思うわ。このままガリガリになるまで痩せることはないと思う」
「……体調に変化は?」
「体調は以前より良いくらいよ。以前は少し歩くだけでも息切れしていたくらいだもの」
「……そうですか」
私が嘘を吐いていないことが伝わったのか、サフィールはようやく私に差し出していたお弁当箱を引っ込めた。
「もしガリガリになったら、料理を強制的に姉さんの口に突っ込みますからね」
「ふふ。そんなことをすれば、今度はサフィールがガリガリになってしまうじゃないの。本当にあなたは優しい人ね」
「……っ、もういいです!」
サフィールはやけになったようにお弁当をバクバクと食べ始めた。その顔はほんのり赤い。
良かった。もう私の差し入れは受け取らないと言われたらどうしようかと思ったわ。
私の体調を心配してくれるなんて、やっぱりサフィールは優しい子ね。
そんな優しい彼に暴力を振るっていた昔の私を殴り飛ばしてやりたいわ。
私は、美味しそうに料理を頬張るサフィールをにこにこしながら見守った。
「ふふ。たくさん食べて大きくなってね」
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