9 / 24
消えない傷
あれ以来、私がサフィールの部屋に行くたびに、彼は私の身体がひどい痩せ方をしていないか厳しくチェックするようになった。
幸い、サフィールが心配していたようなガリガリになることはなかった。
やはり、食べ過ぎが改善されたことで起きた身体の変化だったのだろう。
私としては、サフィールにまともな食事を食べさせるついでにダイエットできたようなものだから、一石二鳥で良いことづくめだと思っている。
服がぶかぶかになったことだけが悩みの種といえる。
私は毎日以前と変わらない量をもりもり食べていることになっているから、痩せたことが周りにバレるのはマズイ。
病気を疑われるくらいであればまだいいが、私の昼食をサフィールに食べさせていることを勘づかれるわけにはいかない。
そうなれば、お母様からどのような罰を受けるのか想像もつかない。いや、怖くて想像すらしたくない。
さて、私は今日も元気にサフィールの部屋に向かうが、今日はいつもと違うことがひとつだけある。
それは───
「サフィール、今日は回復魔法を実践してみようと思うの」
いつものようにサフィールの食事が終わるのを見守った私は、今日一番の笑顔でそう言った。
昨日、私はようやく『やさしい回復魔法』を読破し、なんとか回復魔法を使えるようになった……と思う。
私はもともとの魔力量が少ないし、回復魔法も初心者であるため、詠唱ひとつでパッと傷が治ったりはしない。
しかし、少しでも効果があるならやらない理由はないだろう。
私の満面の笑みを受け、サフィールがややたじろぐ。そして、おずおずと口を開いた。
「姉さん、気持ちはありがたいですが、適性がない魔法は、あなたがどんなに頑張っても絶対に使えないはずですよ。姉さんは回復魔法の適性があるんですか?」
サフィールの言葉は真実だ。
魔法には適性というものがあり、相性が悪い魔法はいくら努力しようとも絶対に習得できないといわれている。
専門機関で調べれば自分の適性を教えてくれたりもするが、ほとんどの人は自然に魔法が発現するのに身を任せている。
私の場合も同様だ。
子どもの頃に水魔法と植物魔法が発現し、それから魔法の訓練をしたものだ。
残念ながら私は魔力量が少なかったから、ろくな魔法を使えなくて、両親には落胆したような顔をされたっけ。
私はそれ以来なんとなく魔法を使うのが嫌になってしまい、今に至るまでほとんど魔法の訓練をしていなかった。
閑話休題。
とにかく、サフィールは私に回復魔法の適性がないかもしれないことを心配しているのだ。でも、そんな心配は不要よ。
「それなら問題ないわ。実は昨日の夜、一度自分の身体で試してみたの」
「っな!回復魔法を使うために、わざと自分の身体に傷をつけたのですか?」
私は軽く頷いた。
「だって、さすがにサフィールを実験台に使うわけにはいかないでしょう?それに、いざ実践する段階になって適性がないとわかれば、あなたをがっかりさせてしまうと思って」
サフィールはなんとも言えないような顔をした。
無茶をした私を叱りたい気持ちはあれど、私の話には一応筋が通っているため、怒るに怒れないという心境だろうか。
サフィールはひとつため息を吐いたあと、私に一歩近づいた。
「サフィール……?」
「どこですか?」
「え?」
「ですから、わざと傷をつけたという場所ですよ。見せてください」
「……いいけど、もう治っているわよ」
「いいから」
「……わかったわ」
特にサフィールに見せて困ることなどないので、素直に従うことにする。
私は左側だけ腕まくりをして、サフィールに左腕を見せた。傷のない、真っ白な腕がサフィールの眼前にさらされる。
そして、それを見て何故かたじろぐサフィール。
「サフィール、どうしたの?」
「どうしたの、って……姉さんには慎みというものがないのですか?男に堂々と肌をさらすなんて」
「ええ……?」
見せろと言われたから見せたのに、それは理不尽すぎやしませんか、サフィールさん。
確かに貴族女性は夫以外の男性に肌を見せたりはしないけれど、今のルディアは前世の人格が強く出ているため、腕を見せるくらいで大騒ぎしたりはしない。
前世では水着になることさえあったものね。これくらいで騒いでいられないわよ。
「傷をつけたのは左腕だったのよ。でも、きれいに治ってるでしょう?」
「……どうしてそんな場所を選んだんです?」
「だって、もし回復魔法が使えなかった時、見える場所に傷があると困るでしょう?できるだけ小さな傷をつけたけれど、誰かに見られる可能性もあるし」
「……一応考えてはいるようですね」
「そうよ。私だって考える頭はあるんですからね」
サフィールは、こうして時々私に憎まれ口をたたくことが増えてきた。
これは単純に私に気を許したからという理由だけではないような気がする。
サフィールは私を試しているんだと思う。
どこまでなら許されるのか。
本当に何を言っても私が怒らないのか。
また私が以前のような態度に逆戻りするのではないか、と。
私のしでかした罪は重い。
サフィールの心には消えない恐怖が今も根付いているのだろう。
サフィールは少し躊躇しながらも私の左腕を観察し、どこにも傷がないことを確かめると私から離れた。
私は腕まくりしていた服をさっと元に戻す。
「ね、きれいに治っているでしょう?」
「……そのようですね」
「それで、サフィールは私の治療を受けてくれるかしら」
「いいでしょう。まあ、あまり期待しないでおきますよ」
「もう!期待してくれていいのに」
そんな軽口をたたきながらもサフィールは私に背を向け、上衣を脱いだ。
そこには以前と変わらないたくさんの傷があったが、幸いにも真新しい傷は増えていない。
「……良かった。あれからお母様は一度もここに来ていないようね」
私の言葉に、サフィールが淡々と答えを返してくれる。
「それはきっと姉さんのおかげだと思いますよ」
「どういうこと?」
「ほらあの……お弁当箱、でしたっけ?姉さんがあれに血のりを塗りつけて堂々と歩いているせいで、僕はすっかり瀕死の重傷だと思われているんだと思います」
「ああ、それで……」
お母様は私が毎日サフィールをボコボコにしていると思っているから、それ以上の手出しをするのは控えているということだろう。
いくらお母様でも、サフィールを殺すことはしないだろうから。え、しないわよね?
「そういうことなら、もっと血のりを使う頻度を上げたほうがいいかしら」
「いえ、これ以上頻度を上げれば怪しまれる可能性が高いと思います」
「毎日あの量を出血していれば、さすがに生きているとは思えないものね」
「そういうことです」
そっかあ。何事もほどほどが肝心ということね。
でも、これを続けていればお母様はサフィールに手出しをしないでいてくれるかしら。
お母様はサフィールを毛嫌いしているから、こんなことくらいでまったく手出しをしなくなるとは思えないんだけどなあ。
「ねえ、このまま私がサフィールをボコボコにしていると思わせられれば、お母様はあなたに手出しをしないと思う?」
私の質問に、サフィールは一度だけこちらを振り向いた。その目は光のない暗い青色をしていた。
「あの女は確かに僕を嫌っていますが、その感情はどこまでも冷淡ですよ。自分が手を出さなくても、他の誰かが僕を痛めつけてくれるならそれでいいんだと思います」
「冷淡……」
「そうです。あの女が僕を痛めつける時は、いつも作業のようでした。特に面白くもなさそうに、淡々と暴力を振るうんです。僕はそれが恐ろしかった」
「サフィール!」
「……っ」
私は思わずサフィールの背中に抱きついた。そうしなければ、サフィールが消えてしまいそうな気がしたのだ。
彼の身体は小刻みに震えていた。
「っ、もういいわ、サフィール。嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」
「姉さん……っ」
ああ、私はうかつにもサフィールの心の傷を抉ってしまった。
サフィール、ごめんね。本当にごめんなさい。
あなたにおすすめの小説
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
彼女が微笑むそのときには
橋本彩里(Ayari)
ファンタジー
ミラは物語のヒロインの聖女となるはずだったのだが、なぜか魔の森に捨てられ隣国では物語通り聖女が誕生していた。
十五歳の時にそのことを思い出したが、転生前はベッドの上の住人であったこともあり、無事生き延びているからいいじゃないと、健康体と自由であることを何よりも喜んだ。
それから一年後の十六歳になった満月の夜。
魔力のために冬の湖に一人で浸かっていたところ、死ぬなとルーカスに勘違いされ叱られる。
だが、ルーカスの目的はがめつい魔女と噂のあるミラを魔の森からギルドに連れ出すことだった。
謂れのない誤解を解き、ルーカス自身の傷や、彼の衰弱していた同伴者を自慢のポーションで治癒するのだが……
四大元素の魔法と本来あるはずだった聖魔法を使えない、のちに最弱で最強と言われるミラの物語がここから始まる。
長編候補作品
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【長編版】欲しがり王女の侍女はつらい
碧井 汐桜香
ファンタジー
『王女殿下は欲しがり王女』の長編版です。侍女視点。
短編未読でも読めるように書いていく予定ですが、
短編もお読みいただけたら嬉しいです!
我が国の王女は欲しがり王女だ。
王女の欲しがりを断った、先の宰相はその立場を失ったという噂すら流れている。
微笑みのまま行われる王女の欲しがりは断ってはならない。そんな不文律から、各貴族家は多くのものを差し出した。
伯爵家の家宝、辺境伯家の家畜まで。
王女は欲しがって欲しがって欲しがって、誰かを守ってきた。
しかし、本人も周りも真実を公にはしない。
だからこそ、悪名高い王女殿下。そんな王女殿下から、子爵令嬢に招待状が届いて?
関連小説
『王女殿下は欲しがり王女』
『公爵閣下、社交界の常識を学び直しては?』