ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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消えない傷



 あれ以来、私がサフィールの部屋に行くたびに、彼は私の身体がひどい痩せ方をしていないか厳しくチェックするようになった。

 幸い、サフィールが心配していたようなガリガリになることはなかった。
 やはり、食べ過ぎが改善されたことで起きた身体の変化だったのだろう。

 私としては、サフィールにまともな食事を食べさせるついでにダイエットできたようなものだから、一石二鳥で良いことづくめだと思っている。

 服がぶかぶかになったことだけが悩みの種といえる。
 私は毎日以前と変わらない量をもりもり食べていることになっているから、痩せたことが周りにバレるのはマズイ。

 病気を疑われるくらいであればまだいいが、私の昼食をサフィールに食べさせていることを勘づかれるわけにはいかない。

 そうなれば、お母様からどのような罰を受けるのか想像もつかない。いや、怖くて想像すらしたくない。

 さて、私は今日も元気にサフィールの部屋に向かうが、今日はいつもと違うことがひとつだけある。
 それは───


「サフィール、今日は回復魔法を実践してみようと思うの」


 いつものようにサフィールの食事が終わるのを見守った私は、今日一番の笑顔でそう言った。

 昨日、私はようやく『やさしい回復魔法』を読破し、なんとか回復魔法を使えるようになった……と思う。

 私はもともとの魔力量が少ないし、回復魔法も初心者であるため、詠唱ひとつでパッと傷が治ったりはしない。
 しかし、少しでも効果があるならやらない理由はないだろう。

 私の満面の笑みを受け、サフィールがややたじろぐ。そして、おずおずと口を開いた。


「姉さん、気持ちはありがたいですが、適性がない魔法は、あなたがどんなに頑張っても絶対に使えないはずですよ。姉さんは回復魔法の適性があるんですか?」


 サフィールの言葉は真実だ。
 魔法には適性というものがあり、相性が悪い魔法はいくら努力しようとも絶対に習得できないといわれている。

 専門機関で調べれば自分の適性を教えてくれたりもするが、ほとんどの人は自然に魔法が発現するのに身を任せている。

 私の場合も同様だ。
 子どもの頃に水魔法と植物魔法が発現し、それから魔法の訓練をしたものだ。

 残念ながら私は魔力量が少なかったから、ろくな魔法を使えなくて、両親には落胆したような顔をされたっけ。

 私はそれ以来なんとなく魔法を使うのが嫌になってしまい、今に至るまでほとんど魔法の訓練をしていなかった。

 閑話休題。

 とにかく、サフィールは私に回復魔法の適性がないかもしれないことを心配しているのだ。でも、そんな心配は不要よ。


「それなら問題ないわ。実は昨日の夜、一度自分の身体で試してみたの」

「っな!回復魔法を使うために、わざと自分の身体に傷をつけたのですか?」


 私は軽く頷いた。


「だって、さすがにサフィールを実験台に使うわけにはいかないでしょう?それに、いざ実践する段階になって適性がないとわかれば、あなたをがっかりさせてしまうと思って」


 サフィールはなんとも言えないような顔をした。

 無茶をした私を叱りたい気持ちはあれど、私の話には一応筋が通っているため、怒るに怒れないという心境だろうか。

 サフィールはひとつため息を吐いたあと、私に一歩近づいた。


「サフィール……?」

「どこですか?」

「え?」

「ですから、わざと傷をつけたという場所ですよ。見せてください」

「……いいけど、もう治っているわよ」

「いいから」

「……わかったわ」


 特にサフィールに見せて困ることなどないので、素直に従うことにする。

 私は左側だけ腕まくりをして、サフィールに左腕を見せた。傷のない、真っ白な腕がサフィールの眼前にさらされる。

 そして、それを見て何故かたじろぐサフィール。


「サフィール、どうしたの?」

「どうしたの、って……姉さんには慎みというものがないのですか?男に堂々と肌をさらすなんて」

「ええ……?」


 見せろと言われたから見せたのに、それは理不尽すぎやしませんか、サフィールさん。

 確かに貴族女性は夫以外の男性に肌を見せたりはしないけれど、今のルディアは前世の人格が強く出ているため、腕を見せるくらいで大騒ぎしたりはしない。

 前世では水着になることさえあったものね。これくらいで騒いでいられないわよ。


「傷をつけたのは左腕だったのよ。でも、きれいに治ってるでしょう?」

「……どうしてそんな場所を選んだんです?」

「だって、もし回復魔法が使えなかった時、見える場所に傷があると困るでしょう?できるだけ小さな傷をつけたけれど、誰かに見られる可能性もあるし」

「……一応考えてはいるようですね」

「そうよ。私だって考える頭はあるんですからね」


 サフィールは、こうして時々私に憎まれ口をたたくことが増えてきた。

 これは単純に私に気を許したからという理由だけではないような気がする。

 サフィールは私を試しているんだと思う。
 どこまでなら許されるのか。
 本当に何を言っても私が怒らないのか。
 また私が以前のような態度に逆戻りするのではないか、と。

 私のしでかした罪は重い。
 サフィールの心には消えない恐怖が今も根付いているのだろう。


 サフィールは少し躊躇しながらも私の左腕を観察し、どこにも傷がないことを確かめると私から離れた。
 私は腕まくりしていた服をさっと元に戻す。
 

「ね、きれいに治っているでしょう?」

「……そのようですね」

「それで、サフィールは私の治療を受けてくれるかしら」

「いいでしょう。まあ、あまり期待しないでおきますよ」

「もう!期待してくれていいのに」


 そんな軽口をたたきながらもサフィールは私に背を向け、上衣を脱いだ。
 そこには以前と変わらないたくさんの傷があったが、幸いにも真新しい傷は増えていない。

 
「……良かった。あれからお母様は一度もここに来ていないようね」


 私の言葉に、サフィールが淡々と答えを返してくれる。


「それはきっと姉さんのおかげだと思いますよ」

「どういうこと?」

「ほらあの……お弁当箱、でしたっけ?姉さんがあれに血のりを塗りつけて堂々と歩いているせいで、僕はすっかり瀕死の重傷だと思われているんだと思います」

「ああ、それで……」


 お母様は私が毎日サフィールをボコボコにしていると思っているから、それ以上の手出しをするのは控えているということだろう。

 いくらお母様でも、サフィールを殺すことはしないだろうから。え、しないわよね?


「そういうことなら、もっと血のりを使う頻度を上げたほうがいいかしら」

「いえ、これ以上頻度を上げれば怪しまれる可能性が高いと思います」

「毎日あの量を出血していれば、さすがに生きているとは思えないものね」

「そういうことです」


 そっかあ。何事もほどほどが肝心ということね。
 でも、これを続けていればお母様はサフィールに手出しをしないでいてくれるかしら。

 お母様はサフィールを毛嫌いしているから、こんなことくらいでまったく手出しをしなくなるとは思えないんだけどなあ。


「ねえ、このまま私がサフィールをボコボコにしていると思わせられれば、お母様はあなたに手出しをしないと思う?」


 私の質問に、サフィールは一度だけこちらを振り向いた。その目は光のない暗い青色をしていた。


「あの女は確かに僕を嫌っていますが、その感情はどこまでも冷淡ですよ。自分が手を出さなくても、他の誰かが僕を痛めつけてくれるならそれでいいんだと思います」

「冷淡……」

「そうです。あの女が僕を痛めつける時は、いつも作業のようでした。特に面白くもなさそうに、淡々と暴力を振るうんです。僕はそれが恐ろしかった」

「サフィール!」

「……っ」


 私は思わずサフィールの背中に抱きついた。そうしなければ、サフィールが消えてしまいそうな気がしたのだ。

 彼の身体は小刻みに震えていた。


「っ、もういいわ、サフィール。嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」

「姉さん……っ」


 ああ、私はうかつにもサフィールの心の傷を抉ってしまった。
 サフィール、ごめんね。本当にごめんなさい。
 



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