ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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大変なことになるから



 私は魔法の失敗を想像し、思わず大きな声でサフィールを呼ぶ。


「サフィール!どこか痛むの?ごめんなさい私が未熟なばかりに……かくなる上は、お母様にバレるのを承知で治癒師を呼ぶしか──」

「っ、待ってください!」


 私は覚悟を決めて部屋を出ようとするが、そんな私をサフィールが慌てた様子で引き止める。

 私はドアノブにかけていた手を引っ込め、急いでサフィールのところに戻った。
 サフィールはこちらに背を向けたままだ。


「サフィール、無理しないで。どこか痛いのでしょう?」

「いえ、どこも痛くありません」

「嘘よ!だって、いつまで経ってもサフィールはこちらを見ようとしないじゃないの」

「それは……とにかく、一度さっきの書物を僕に読ませてください。話はそれからです」

「……わかったわ」


 私はサフィールに言われるままに『やさしい回復魔法』を彼に手渡す。

 サフィールが私にこれを要求したということは、やはり私の回復魔法に不備があったのは間違いないだろう。
 私は自分の不甲斐なさに、思わず両手を強く握りしめる。

 ごめんなさいサフィール。
 私は自分の力を過信していたのね。
 私なんかがサフィールを救おうなんて、思い上がりだったんだわ。

 私と違ってサフィールは頭の出来がいい。
 やらかした張本人である私が何もできないのは悔しいが、ここはサフィールに任せるしかないだろう。

 サフィールはしばらくパラパラとページをめくっていたが、やがてあるページで手を止めた。


「──ここか」


 サフィールはそのページを食い入るようにして読み進めている。
 しばらくして、納得したような表情で書物から目線を上げた。


「……サフィール、何かわかったの?」

「まあ一応は」

「私、やっぱりなにか間違っていたということ……?」


 サフィールは私の質問には答えず、『やさしい回復魔法』のあるページを開けたまま、黙って私にそれを手渡した。


「そのページのここの部分、姉さんはどう解読しましたか?」


 サフィールの質問を受け、私は慌ててページに視線を落とす。


「ええと、ここは確か……『魔力の相性次第では相手が大変なことになるから、魔力を勢いよく流すことはせず、必ず少しずつ流すことが望ましい』だったかしら」

「『大変なことになる』ですか。姉さんはそう解読したんですね。……まあ、間違いというわけではありませんが」

「え、本当は違うの?」

「……」


 サフィールはそっぽを向いて答えてくれない。代わりに別の質問を送ってくる。


「姉さんはこの『大変なこと』をどう解釈しましたか?」

「え?それはもちろん相手の不調、もしくは命にかかわる事態になる可能性を想像したわよ。もしかして、サフィールは今その状態なの?」


 もしかして、今のサフィールの不調は、私とサフィールの相性が悪すぎたせいで起きたことなの?
 それなら魔法自体は成功してたってことよね。
 でも、相性が悪いならこれ以上サフィールに回復魔法を使うわけにはいかないわね。

 顔を青くする私に、サフィールは「そうではありません」と、きっぱり否定した。


「回復魔法を使って相手が不調になってしまっては、本末転倒ではありませんか。そんなことは起こりませんよ」

「で、でも……実際に今」

「僕は調子が悪いなんてひと言も言ってませんよ」

「え……」


 私は思わずサフィールの顔を凝視してしまう。

 確かにサフィールは調子が悪いとは言っていないが、様子がおかしいことは間違いない。
 体調が悪いわけではないというなら何だというのか。


「……相性次第ってことは、相性がいい場合もあるのよね。もしかして、私とサフィールは相性が良すぎた?……なーんて」


 冗談よ、と続けるつもりだったが、サフィールの表情を見て思わず口をつぐんだ。

 サフィールは真っ赤な顔をしていたのだ。

 え?本当に?
 この性悪令嬢とその被害者のふたりが?
 
 何かの冗談みたいだけど、サフィールの表情がそれが真実であることを物語っている。

 そっか……私、サフィールと相性がいいのか……
 サフィールにとっては複雑な心境だろうけれど、私は素直に嬉しい。

 そうか、それでサフィールの様子がおかしかったのね。私なんかと相性がいいことがわかったから。

 ──でも、相性がいいとどう『大変』なのかしら。もし魔力を勢いよく流していたら、どうなっていたのかしらね。
 あ、実践したりはしないわよ。サフィールに危険があるかもしれないものね。

 これ以上踏み込んだ話をしてもサフィールは答えてくれない気がしたので、私はこの話をここまでにすることにした。

 私は話題を本筋に戻す。


「それで、サフィールはこれからどうする?傷が完治するにはまだまだかかりそうなの。あなたが嫌なら遠慮なく言ってほしい」

「……嫌ではありません。むしろ──」

「むしろ?」

「──いえ、何でもありません。治療は継続してもらえると助かります」

「私はもちろんいいけど……サフィールは本当にいいのね?」

「ええ。よろしくお願いします」

「……わかったわ。私が必ずあなたを治してみせる」

「姉さん……」


 サフィール、そんな眩しいものを見るような瞳で私を見ないで。
 私はあなたを痛めつけた張本人よ。あなたに恨まれることはあっても、そんな目で見られるような人間じゃないわ。

 サフィールにそんな顔をされると、私は罪をゆるされたのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
 それは、とても危険なことだと思う。
 罪を忘れれば、また以前の私が出てきてしまうかもしれない。……また、サフィールに暴力を振るうかもしれない。

 私は、それが何よりも怖いのよ。


「さあ、今日の治療も終わったことだし、私はそろそろ部屋に戻るわね」


 私はサフィールの視線から逃げるようにして立ち上がる。
 すると、突然立ちくらみのような症状が私を襲った。一瞬目の前が真っ暗になる。
 
 ふらつく身体をサフィールが後ろから支えてくれる。


「あ……サフィール、ありがとう……」

「魔力を使い過ぎたんでしょう。ここで休んでいってくださいと言いたいところですが…」

「わかってる。あまり長い間ここにいれば怪しまれてしまうものね。私ならもう大丈夫よ」

「……今日はゆっくり休んでください」

「わかったわ。ありがとう、サフィール」


 私はサフィールにお礼を言って、部屋を後にした。

 サフィールは結局最後まで私から身体を逸らしたままだったわね。正面を向いては都合が悪いことがあったのかしら。

 ……永遠の謎だわ。


 

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