ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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思いきった方法で



 それからも私は毎日サフィールの部屋に通い続けた。

 部屋に着いたらまずサフィールの腹ごしらえをする。サフィールが満腹になり、少し休憩を挟んだあと、傷の治療に取り掛かる。

 治療のスピードは非常に遅い。

 理由はもちろん私が回復魔法初心者だからである。今の私の実力では、サフィールに触れている場所しか治せないためだ。
 そして、そこも一度では完治させられないというダメダメ具合なのだ。

 治療の途中でサフィールが「ん……っ」とか「はあ……っ」とか妙になまめかしい声を上げるのも気になっている。

 サフィールは不調ではないというが、本当に問題ないのだろうか。
 もし私に遠慮して本当のことを隠しているなら大変だ。

 でも、見た感じでは傷は着実に治ってきているし、回復魔法は成功しているようにしか見えないのだ。

 さんざん悩んだあげくに、私はサフィールの様子に注意を払いつつも治療を継続することを選んだ。傷が治ってきているのは確かだものね。

 そうして数回の治療を続けた私は、ある画期的な方法を思い付く。
 私はすぐサフィールにそのことを伝えた。


「サフィール!いい方法を思いついたの」

「何でしょう……凄く嫌な予感がするんですが」

「もう!失礼ね」

「それで、いい方法とは?」


 サフィールは私の言葉をスルーして話を進めた。私も本当に怒っているわけではないので話を続けることにする。


「あのね、私は相手に直に触れないと回復魔法を使えないでしょう?」

「そうですね」

「だから、接触面を広くすれば、広範囲を一気に治療できると思うのよ」

「……」


 あれ?サフィールの反応がない。

 もっと「凄い!そんな方法があったなんて」とか「これで治療が進みますね!嬉しいなあ」なんて言われることを期待していたんだけどなあ。残念。

 サフィールは恐る恐るといった様子で、私に詳しい説明を促してくる。


「……それで、姉さんはどうやって接触面を広げるつもりなんです?」


 私はその質問に胸を張って答えた。


「ふっふっふ、簡単よ。私が服を脱いでサフィールの背中に張り付くの」

「却下です」

「え?」

「却下です」

「……」


 二回も言われた……。

 いや、気持ちはわかるよ?
 嫌いな女に「傷を治すためだから」とか言われて上半身裸で抱きついてこられたら、拒否するのが普通だと思う。

 私だって嫌いな男に「これは人命救助のためだから」とか言いながら裸で抱きついてこられたら、全力で逃げる自信があるからね。

 でもさ、このまま普通にやってたら、何ヵ月かかるかわからないよ、コレ。

 これもすべて私の実力不足が原因だから、サフィールに負担をかけることには本当に心苦しく思っているわ。
 私がもっと回復魔法をうまく使いこなせていれば良かったんだけどね……。はあ。

 私はサフィールにしっかりと視線を合わせ、静かに口を開いた。


「サフィールが嫌がるのも無理はないと思うわ。私はあなたに最低なことをしてきた女だものね。サフィールがどうしてもこの案を受け入れられないというなら諦めるわ」

「っ、僕は……」

「でも、これだけは知っておいてほしい。私はサフィールの傷を早く癒したいだけなの。あなたの痛みが、一日も早く無くなることを願っているの」

「姉さん……」


 私達はしばらく無言で見つめ合った。

 やがて、サフィールは諦めたようにひとつため息を吐き、私の案を受け入れた。


「ありがとうサフィール。嫌なことをさせて本当にごめんなさい」

「……別に、姉さんに触れられるのが嫌だから却下したわけではないんですけどね」

「え、そうなの?」

「……まあ、こちらにも事情というものがあるんですよ。察してください」

「ええと……?」


 ごめんなさいね、サフィール。私、昔から鈍感ってよく言われるのよ。あ、前世の私のことね。


「でも、姉さんこそいいんですか?上半身だけとはいえ、夫以外の男に裸で抱きつくんですよ。未来の夫に申し訳ないとは思いませんか?」

「私を妻に望んでくれる人なんているわけがないでしょう。そんな架空の相手に申し訳なく思ったりしないわ」

「姉さんの自己評価は恐ろしいほど低いですね。今のあなたであれば、妻に望む男も多いでしょうに」


 私はサフィールの発言を笑い飛ばした。


「ふふ、サフィールは本当に優しいわね。痩せたからって、私が引きこもりの性悪令嬢であることは変わらないでしょうに。でも、そう言ってくれて嬉しいわ」


 万が一私を妻に望んでくれる男が現れたとして、私が弟の怪我を治すために裸になったことを怒るような相手なら、こちらから振ってやるわ。

 私はやましい気持ちでサフィールにこんな提案をしたわけではないのだから。誰かにとやかく言われる筋合いもない。

 私を責められるとすれば、被害者であるサフィールだけよ。


 さて、サフィールの気が変わらないうちに、さっさと治療を始めるとしましょうか。

 私はサフィールに治療の開始を宣言した。


「サフィール、今から治療を始めるわ。服を脱いでこちらに背を向けてね。私も準備があるから、できるだけこちらを見ないでね」

「……わかってますよ」


 サフィールのほうはいつものことなので、慣れた様子で上衣を脱ぎ、こちらに背を向けて座った。

 私はそれを確認したあと、素早く服を脱ぎ捨てた。

 私の場合、太っているように体型を偽装しているため、何枚もの服や布などが山積みになってしまった。

 さて、あとはサフィールに張り付くだけだ。
 やましい気持ちがないとはいえ、まったく恥ずかしくないといえば嘘になる。

 サフィールの傷が背中に集中していて助かった。正面から抱きつくのはかなりの勇気が必要だっただろうから。

 ……傷が背中に集中していて良かった、なんて言うべきじゃないわね。被害を受けたサフィールは、痛くて苦しい思いを味わったに違いないのだから。

 私は心の中でサフィールに謝罪して、彼の背中におずおずと張り付いた。

 サフィールがビクッと身体を震わせる。
 私は慌ててサフィールに謝った。


「ごめんなさい。ひとこと断ってから張り付くべきだったわよね」

「……いえ」


 サフィールの口数がいつもより少ない。
 やはりこのやり方は彼への負担が大きいのかもしれないわね。

 私にできることは、一刻も早く治療を終わらせることだけだ。
 とはいえ、魔力を勢いよく流すと『大変なことになる』そうだから、それなりの時間がかかることは避けられない。

 サフィール、ごめんなさい。
 しばらくは耐えてもらうしかないわ。
 本当にごめんね。

 私はサフィールに触れている自分の上半身から彼に魔力を流すイメージを思い浮かべながら魔法を詠唱した。


「慈愛の女神ネーリエよ。我の魔力と真なる祈りを以て、かの者の傷を癒したまえ」

「……っ」


 私は祈る。

 サフィールの傷が治ってほしい。
 これ以上傷つかないで済むように、彼を守りたい。
 サフィールを幸せにしたい。

 傷に関係ないことまで祈ってしまったが、魔法は問題なく発動したようだ。

 私の身体から、回復魔法を乗せた魔力がゆっくりとサフィールの身体に流れていく。
 それは彼の傷口に染み渡り、ゆっくりと傷を癒していく。

 ぴったりと身体をくっつけているからか、それを自分のことのように理解できた。

 ああ、あたたかい。
 これは魔法の効果?それともサフィール自身のぬくもりかしら。

 お互いの境界線が曖昧になり、ひとつになってしまったかのような錯覚を覚える。

 ああ、心地がいい。
 このままずっとこうしていたい……。


「──さん。姉さん」

「……え?」

「もう魔法の効果は終わっているようですよ。そんなにボーッとして、どうしたんですか?」

「あ、え?もう魔力が切れたの?」

「もう……って、確かにいつもより短い時間で終わりましたが、それでも数十分は経っているはずですよ」


 え、そうなの?
 なんだか体感では一瞬の出来事のように感じていたけれど、実際にはかなりの時間が経過していたのね。

 !!そうだわ。魔法は失敗していないわよね。途中で意識が途切れていたのなら、十分に効果が出ていないのではないかしら。

 私は慌ててサフィールから身体を離した。
 そして、注意深く彼の背中を確認する。
 すると──


「す、凄い……」
 



 

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