13 / 24
わずかなぬくもり
「す、凄い……」
サフィールの背中にあった傷は、ほとんど目立たないくらいまで薄くなっていた。
深い傷だってまだたくさんあったのに、まとめて治ってしまった。完全に治ったわけではないけれど、たった一度でこの効果は凄い。
まるで、自分が熟練の治癒師にでもなったかのようだ。
なんとなく腑に落ちないものの、私はこの結果をサフィールに伝えることにした。
「サフィール!理由はよくわからないけれど、傷がほとんど治っているわ。今の調子はどう?」
サフィールは向こうを向いたまま私の質問に答えてくれる。
「そうですね。痛むところはほとんどなくなりました」
「そう……良かったわ」
「姉さんが頑張ってくれたおかげですよ。ありがとうございます」
「お礼なんていいのよ。傷の原因は私だものね。でも、どうしてこんなに早く傷が治ったのかしら。私は回復魔法初心者なのに」
「ふむ、そうですね……」
サフィールが『やさしい回復魔法』をパラパラとめくる。
なんだか普通に読んでるように見えるけど、それ、本来はかなり難解な書物なんですからね。
サフィールは一通り目を通し終えたようで、パタンと書物を閉じた。え、速読?
「これは推測に過ぎませんが、姉さんは相手に直接接触したほうが力を発揮できるタイプのようですね」
「接触面が多ければ多いほどいいってこと?」
サフィールはゆっくり頷いた。
「この書物によれば、姉さんは『感応型』と呼ばれるタイプのようです」
「……確かにそんな記述があったわね。それが私だとは思わなかったけれど」
回復魔法の使い手はいくつかのタイプに分けられ、そのうち一番少ないのがこの『感応型』と呼ばれる者達だ。
このタイプは、どんなに魔法が上達しようとも相手に触れずに治療することはできないそうだ。
その代わり、接触面が多いほど効果が高まるようで、中には相手と感応することで、劇的な効果をもたらす者もいるという。
欠点は言わずもがな。
相手にべったりと接触しなければならないため、自分にも相手にも負担が大きい。お互いが初対面ならなおさらだ。
つまり、効果は高いが、使い勝手の悪いタイプというわけだ。当然治癒師にも向かない。
「私が『感応型』かあ。治療師になりたかったわけもないし、まあいいわ」
「……確かに、この治療方法はいろいろと支障がありそうですね」
「患者さんが逃げてしまいそうよね」
「いえ、そういうことでは……」
「でも、これではっきりしたわね。この回復魔法はサフィール専用にするしかないわ」
「僕専用……?あっ、すみません」
「いいのよ。こちらこそごめんなさい」
サフィールがうっかりこちらを振り返り、慌てて身体の向きを戻す。
そういえば私、まだ裸のままだったわね。
サフィールには悪いことをしてしまったわ。
私はサフィールに断ってから、ささっと服を身につけた。サフィールも手早く上衣に袖を通している。
私の場合はいろいろと詰め物をしなけばならないため、急いでも結構な時間がかかってしまった。
「サフィール、もう振り向いていいわよ。嫌な思いをさせたわね」
「……いえ」
サフィール、無理しないでいいのよ。
嫌いな女の裸なんて見せられて、嫌でないはずがないでしょうに。
サフィールがこちらに向き直り、私達はようやく普通に会話ができるようになった。
「話を戻すわね。この様子なら、あと一度同じことをすれば傷が完治すると思うわ」
「そうですか……」
「あ、もし気が進まないのなら正直に言ってね。あとは以前の方法で治してもいいし」
ここまで治れば、あとは自然に任せてもいいくらいではある。
私は痕が残ってほしくないから回復魔法を使いたいけれど、これ以上サフィールに強制するのも違うよね。
サフィールはこちらの目をはっきりと見つめながら言った。
「いえ、今回の方法でお願いします」
「無理してない?」
「ええ、大丈夫です」
「ならいいわ。あと一度だけよろしくね」
「……」
「サフィール……?」
サフィールの返事がない。
治療が嫌というわけでもないようだし、いったいどうしたのだろうか。
サフィールはじっとこちらを見つめながら、小さく言葉をこぼした。
「僕だけですよね……」
「え?」
「回復魔法ですよ。姉さんの回復魔法は、これからも僕専用なんですよね?」
「サフィール……」
それは、さきほど私が言った言葉だ。
私は何気なく言っただけのつもりだったが、サフィールの琴線に触れる何かがあったらしい。
サフィールが私にどんな答えを求めているのかはわからないけれど、私は心のままに答えることしかできないわ。
私は静かに口を開く。
「ええ。私が治したいと思う相手はサフィールだけよ。『感応型』かどうかは関係ない」
「絶対に?目の前で瀕死の男が倒れていても?」
「どうして男限定……?あのね、サフィール。私は博愛の精神なんて持ち合わせていない女よ。見ず知らずの男を心の底から助けたいなんて気持ち、湧いてくるはずがないわ」
回復魔法は使い手の感情に大きく左右される。心の底から相手を助けたいと思わなければ、その効果は薄い。
私のような性悪令嬢は、サフィールを助けるだけで精一杯よ。
「……本当に僕専用にすると?」
「そうね。あなただけよ」
「僕だけ……」
サフィールは噛みしめるようにその言葉を繰り返した。
それはまるで、大切な宝物を何度も確認する少年のように見えた。
私はサフィールの望む答えを返せたのかしら。そうだといいな。
「さて、私はそろそろ帰らなければいけないわね。今日はいろいろあったし、サフィールはゆっくり休んでね」
私が挨拶をして部屋を出ようとすると、サフィールが後ろからついてくる。見送りだろうか。
「サフィ───!?」
「……」
私がサフィールのほうを振り向こうとすると、それを許さないとでも言うように前を向かされ、後ろからサフィールに抱き締められた。
んんん?これはいったい?
私、夢でも見てるの?
私は頭が真っ白になったままその場で固まっていると、サフィールがようやく私から離れてくれた。
離れる寸前、私の耳元でサフィールがささやく。
「お返しです。姉さんにされるばかりでは悔しいですから」
「お返し……」
「では姉さん、また明日」
「あ……サフィール、また明日……」
私はなんだかわからないままサフィールの部屋をあとにした。
自室に戻り、さきほどの事について冷静に考えてみる。
ええと、私がサフィールの背中に張り付いたから、サフィールはそのお返し……というより仕返しをしたということよね?
これで合ってる?
私、嫌そうな顔をしたほうが良かった?
アレでサフィールの仕返しは成功したのかしら。
「私、全然嫌じゃなかったんだけどな……」
なんというか、抱き締められて驚きはしたけれど、同時に包み込まれるような安心感を感じたのよね。
「サフィール、背が伸びたよね……」
いつの間にかサフィールはすくすくと成長して、私をすっぽりと腕に閉じ込められるくらいになっていたようだ。
「少し筋肉もついたかな」
ガリガリに痩せていたのが遠い昔のように思える。でも、私が前世を思い出してから、まだ一年も経ってないのよね。
修復不可能だと思えたサフィールとの関係も、時間が経つにつれ、少しは改善されたように思える。
「関係が改善されても、私は絶対に自分の罪を忘れてはならない」
サフィールに赦されたかも、なんて考えるな。私はサフィールを幸せにする義務がある。
サフィールが幸せになるまで、自分は永遠に罪人のままなのだから。
でも───
「サフィールの腕の中、とてもあたたかかったな…」
私は身体に残るわずかなぬくもりを求め、自分の身体をそっと抱き締めた。
あなたにおすすめの小説
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
彼女が微笑むそのときには
橋本彩里(Ayari)
ファンタジー
ミラは物語のヒロインの聖女となるはずだったのだが、なぜか魔の森に捨てられ隣国では物語通り聖女が誕生していた。
十五歳の時にそのことを思い出したが、転生前はベッドの上の住人であったこともあり、無事生き延びているからいいじゃないと、健康体と自由であることを何よりも喜んだ。
それから一年後の十六歳になった満月の夜。
魔力のために冬の湖に一人で浸かっていたところ、死ぬなとルーカスに勘違いされ叱られる。
だが、ルーカスの目的はがめつい魔女と噂のあるミラを魔の森からギルドに連れ出すことだった。
謂れのない誤解を解き、ルーカス自身の傷や、彼の衰弱していた同伴者を自慢のポーションで治癒するのだが……
四大元素の魔法と本来あるはずだった聖魔法を使えない、のちに最弱で最強と言われるミラの物語がここから始まる。
長編候補作品
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【長編版】欲しがり王女の侍女はつらい
碧井 汐桜香
ファンタジー
『王女殿下は欲しがり王女』の長編版です。侍女視点。
短編未読でも読めるように書いていく予定ですが、
短編もお読みいただけたら嬉しいです!
我が国の王女は欲しがり王女だ。
王女の欲しがりを断った、先の宰相はその立場を失ったという噂すら流れている。
微笑みのまま行われる王女の欲しがりは断ってはならない。そんな不文律から、各貴族家は多くのものを差し出した。
伯爵家の家宝、辺境伯家の家畜まで。
王女は欲しがって欲しがって欲しがって、誰かを守ってきた。
しかし、本人も周りも真実を公にはしない。
だからこそ、悪名高い王女殿下。そんな王女殿下から、子爵令嬢に招待状が届いて?
関連小説
『王女殿下は欲しがり王女』
『公爵閣下、社交界の常識を学び直しては?』