ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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わずかなぬくもり



「す、凄い……」


 サフィールの背中にあった傷は、ほとんど目立たないくらいまで薄くなっていた。

 深い傷だってまだたくさんあったのに、まとめて治ってしまった。完全に治ったわけではないけれど、たった一度でこの効果は凄い。
 まるで、自分が熟練の治癒師にでもなったかのようだ。

 なんとなく腑に落ちないものの、私はこの結果をサフィールに伝えることにした。


「サフィール!理由はよくわからないけれど、傷がほとんど治っているわ。今の調子はどう?」


 サフィールは向こうを向いたまま私の質問に答えてくれる。


「そうですね。痛むところはほとんどなくなりました」

「そう……良かったわ」

「姉さんが頑張ってくれたおかげですよ。ありがとうございます」

「お礼なんていいのよ。傷の原因は私だものね。でも、どうしてこんなに早く傷が治ったのかしら。私は回復魔法初心者なのに」

「ふむ、そうですね……」


 サフィールが『やさしい回復魔法』をパラパラとめくる。
 なんだか普通に読んでるように見えるけど、それ、本来はかなり難解な書物なんですからね。

 サフィールは一通り目を通し終えたようで、パタンと書物を閉じた。え、速読?


「これは推測に過ぎませんが、姉さんは相手に直接接触したほうが力を発揮できるタイプのようですね」

「接触面が多ければ多いほどいいってこと?」


 サフィールはゆっくり頷いた。


「この書物によれば、姉さんは『感応型』と呼ばれるタイプのようです」

「……確かにそんな記述があったわね。それが私だとは思わなかったけれど」


 回復魔法の使い手はいくつかのタイプに分けられ、そのうち一番少ないのがこの『感応型』と呼ばれる者達だ。

 このタイプは、どんなに魔法が上達しようとも相手に触れずに治療することはできないそうだ。

 その代わり、接触面が多いほど効果が高まるようで、中には相手と感応することで、劇的な効果をもたらす者もいるという。

 欠点は言わずもがな。
 相手にべったりと接触しなければならないため、自分にも相手にも負担が大きい。お互いが初対面ならなおさらだ。

 つまり、効果は高いが、使い勝手の悪いタイプというわけだ。当然治癒師にも向かない。


「私が『感応型』かあ。治療師になりたかったわけもないし、まあいいわ」

「……確かに、この治療方法はいろいろと支障がありそうですね」

「患者さんが逃げてしまいそうよね」

「いえ、そういうことでは……」

「でも、これではっきりしたわね。この回復魔法はサフィール専用にするしかないわ」

「僕専用……?あっ、すみません」

「いいのよ。こちらこそごめんなさい」


 サフィールがうっかりこちらを振り返り、慌てて身体の向きを戻す。

 そういえば私、まだ裸のままだったわね。
 サフィールには悪いことをしてしまったわ。

 私はサフィールに断ってから、ささっと服を身につけた。サフィールも手早く上衣に袖を通している。
 私の場合はいろいろと詰め物をしなけばならないため、急いでも結構な時間がかかってしまった。


「サフィール、もう振り向いていいわよ。嫌な思いをさせたわね」

「……いえ」


 サフィール、無理しないでいいのよ。
 嫌いな女の裸なんて見せられて、嫌でないはずがないでしょうに。

 サフィールがこちらに向き直り、私達はようやく普通に会話ができるようになった。


「話を戻すわね。この様子なら、あと一度同じことをすれば傷が完治すると思うわ」

「そうですか……」

「あ、もし気が進まないのなら正直に言ってね。あとは以前の方法で治してもいいし」


 ここまで治れば、あとは自然に任せてもいいくらいではある。
 私は痕が残ってほしくないから回復魔法を使いたいけれど、これ以上サフィールに強制するのも違うよね。

 サフィールはこちらの目をはっきりと見つめながら言った。


「いえ、今回の方法でお願いします」

「無理してない?」

「ええ、大丈夫です」

「ならいいわ。あと一度だけよろしくね」

「……」

「サフィール……?」


 サフィールの返事がない。
 治療が嫌というわけでもないようだし、いったいどうしたのだろうか。

 サフィールはじっとこちらを見つめながら、小さく言葉をこぼした。


「僕だけですよね……」

「え?」

「回復魔法ですよ。姉さんの回復魔法は、これからも僕専用なんですよね?」

「サフィール……」


 それは、さきほど私が言った言葉だ。

 私は何気なく言っただけのつもりだったが、サフィールの琴線に触れる何かがあったらしい。

 サフィールが私にどんな答えを求めているのかはわからないけれど、私は心のままに答えることしかできないわ。

 私は静かに口を開く。


「ええ。私が治したいと思う相手はサフィールだけよ。『感応型』かどうかは関係ない」

「絶対に?目の前で瀕死の男が倒れていても?」

「どうして男限定……?あのね、サフィール。私は博愛の精神なんて持ち合わせていない女よ。見ず知らずの男を心の底から助けたいなんて気持ち、湧いてくるはずがないわ」


 回復魔法は使い手の感情に大きく左右される。心の底から相手を助けたいと思わなければ、その効果は薄い。
 私のような性悪令嬢は、サフィールを助けるだけで精一杯よ。


「……本当に僕専用にすると?」

「そうね。あなただけよ」

「僕だけ……」


 サフィールは噛みしめるようにその言葉を繰り返した。
 それはまるで、大切な宝物を何度も確認する少年のように見えた。

 私はサフィールの望む答えを返せたのかしら。そうだといいな。


「さて、私はそろそろ帰らなければいけないわね。今日はいろいろあったし、サフィールはゆっくり休んでね」


 私が挨拶をして部屋を出ようとすると、サフィールが後ろからついてくる。見送りだろうか。


「サフィ───!?」

「……」


 私がサフィールのほうを振り向こうとすると、それを許さないとでも言うように前を向かされ、後ろからサフィールに抱き締められた。

 んんん?これはいったい?
 私、夢でも見てるの?

 私は頭が真っ白になったままその場で固まっていると、サフィールがようやく私から離れてくれた。

 離れる寸前、私の耳元でサフィールがささやく。


「お返しです。姉さんにされるばかりでは悔しいですから」

「お返し……」

「では姉さん、また明日」

「あ……サフィール、また明日……」


 私はなんだかわからないままサフィールの部屋をあとにした。


 自室に戻り、さきほどの事について冷静に考えてみる。

 ええと、私がサフィールの背中に張り付いたから、サフィールはそのお返し……というより仕返しをしたということよね?
 これで合ってる?

 私、嫌そうな顔をしたほうが良かった?
 アレでサフィールの仕返しは成功したのかしら。


「私、全然嫌じゃなかったんだけどな……」


 なんというか、抱き締められて驚きはしたけれど、同時に包み込まれるような安心感を感じたのよね。

 
「サフィール、背が伸びたよね……」


 いつの間にかサフィールはすくすくと成長して、私をすっぽりと腕に閉じ込められるくらいになっていたようだ。


「少し筋肉もついたかな」


 ガリガリに痩せていたのが遠い昔のように思える。でも、私が前世を思い出してから、まだ一年も経ってないのよね。

 修復不可能だと思えたサフィールとの関係も、時間が経つにつれ、少しは改善されたように思える。

 
「関係が改善されても、私は絶対に自分の罪を忘れてはならない」


 サフィールに赦されたかも、なんて考えるな。私はサフィールを幸せにする義務がある。
 サフィールが幸せになるまで、自分は永遠に罪人のままなのだから。

 でも───


「サフィールの腕の中、とてもあたたかかったな…」


 私は身体に残るわずかなぬくもりを求め、自分の身体をそっと抱き締めた。
 


 



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