ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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崩壊



 私の涙がおさまるのを待ち、サフィールは話を再開した。


「姉さんが本気で僕を心配してくれているのはわかります。でも、これ以上あの女に逆らえば、姉さんだってただでは済みませんよ」

「……それでサフィールを救えるなら、私はいくらでも無茶をするつもりだったわ。でも──」


 私が前世を思い出した当初、サフィールの食事の改善を料理人に頼もうとしたことがあった。
 その時は使用人に伝言を頼んだけれど、その使用人はこのことをお母様に報告してしまった。

 その結果、私は謹慎処分と食事抜き、サフィールもしばらくの間食事抜きにされたそうだ。

 このことからもわかる通り、無茶をしたからといって、必ずしも良い結果になるとは限らないのだ。
 結果が伴わなければ意味がない。
 私が無茶をすることで、サフィールの立場がこれ以上悪くなることだけは避けたい。


「私……どうすればいいの?サフィールに何かしようと思うのに、すべてが裏目に出ている気がする」

「……姉さん」

「あなたが痩せたまま、傷が残っていたままだったなら、余計な疑いをかけられずに済んだの?私は急ぎ過ぎたの?」

「姉さん、落ち着いて」

「うう……」


 混乱し、また涙が溢れそうになる私をサフィールが抱き締めてくれる。

 私はこれ以上サフィールに迷惑をかけられないと思い、無理やり涙を引っ込め、彼から離れようとするが、サフィールがそれを許さない。


「サフィール、離して」

「姉さん、聞いてください」

「……」


 私は仕方なく抵抗をやめ、サフィールの話を聞くことを優先した。


「姉さんからの食事を受け取ったのも、治療を受け入れたのも僕自身です。すべてを姉さんが背負おうとしないでください」

「それでも……」

「隠し事はいつかはバレるものです。僕の場合、それが今回なのでしょう」

「……服を新調するのは、いつ?」

「例年通りであれば、もうすぐですね」

「──っ」


 その時がくれば、すべての隠し事が明るみになるのだろう。サフィールも私も、お母様から罰を受けることは確実だ。

 わかっていても、お互いにどうすることもできない。覚悟が決まっていない私は、こうしてみっともなくうろたえて、サフィールに慰められる始末だ。


「さあ、姉さんはもう部屋に戻ってください」

「……わかったわ……」


 私は最後にサフィールの身体をぎゅうぎゅうに抱き締めてから身体を離した。

 どうか、サフィールの未来が少しでも明るいものであるようにと願いながら。






 ──翌日。

 そろそろ昼食という時間帯に、私の部屋をノックする人物がいた。


「ルディア、わたくしです。入りますよ」

「お母様……」


 私の許可を待つことなく部屋に入ってきたのは、このお屋敷の女主人とも言うべきお母様だった。

 お母様は開口一番、私にこう言い放った。


「ルディア、あなたには失望しました」

「……」


 ああ、すべてバレたんだな、と思った。
 気持ちは妙に落ち着いている。


「あの居候に食事を与えていたようね。いったいどんな手を使ったの?」

「……」

「それに、あの居候にあったはずの傷がすべてなくなっていたの。あれはルディアの力なのかしら?あなたは回復魔法など使えなかったはずだけど」

「……」

「ルディア、あまりわたくしを怒らせないことね」

「!!」


 お母様のまとう空気が一変する。
 私は思わずビクリと身体を震わせた。


「──あらあら、ルディアはいつの間にかとってもスリムになったのねぇ」

「……?」


 急な話題変更に、私は思わずお母様を凝視してしまう。
 私の体型がどうしたというのだろう。
 確かに今の私を見れば、私がサフィールに自分の食事を食べさせていたことは容易に想像がつくけれど──


「今のルディアであれば、引き取り先もたくさんありそうね。伯爵家にとって一番有益な家を選びましょうね」

「お母様……まさか……」

「今まで何の役にも立たずに伯爵家でぬくぬくと生きてきたのです。最後くらいは伯爵家の役に立ってごらんなさい」

「!!」

「あなたのお相手が見つかるまでは、この部屋から出ることを禁じます。ああ、そのみっともない格好はなんとかしないとね。メイドを呼んで、すぐに採寸させましょう」

「お、お母様。お待ちください!私は」

「ルディア、わたくしはあなたに失望したと言ったはずよ」

「……っ」

「これ以上わたくしを怒らせたくないなら、ここでおとなしく反省していなさい」

「……」


 お母様はそう言って、メイドを呼ぶために部屋を出ていこうとする。

 私の横を通り過ぎる寸前、お母様が思い出したようにこちらを振り返る。


「ああそうだ。あの居候には罰を与えておきましたからね。まったく、余計な手間をかけさせてくれたものだわ」

「っ、サフィールに何をしたの!?あの子は無事なの!?」


 パン、という乾いた音が私の部屋に響き渡る。

 一拍遅れて、私は自分がお母様に頬を張られたのだと気づく。
 私は呆然としたまま、ジンジンと痛む頬を無意識に押さえる。


「お母様……」

「反省が見られないようね。あなたはしばらく食事抜きよ」

「……っ」


 そう言って部屋を出るお母様を、私は黙って見送るしかなかった。

 お母様と入れ替わるようにメイドが部屋に入ってきて、有無を言わさず採寸される。

 採寸が終わったあとも使用人の誰かが常に私を監視しており、私は息苦しさを感じながら時間を過ごした。




 夜になり、見張りが部屋から引き上げていく。といっても、部屋の中にいないだけで、ドアの外には見張りがいる気配がする。

 今なら窓側から外に出られそうな気もするが、お母様はそう甘くない。窓には魔法が仕掛けられていて、私が窓際に近づくとアラートが鳴るそうだ。最初にそう説明があった。

 そんな魔法があるなら見張りなんて最初からいらない気がするが、これは私への精神攻撃の意味もあるのだと思う。
 常に監視される生活は、確実に私の精神力をすり減らすだろうから。

 それでもようやくひとりの時間ができたことで、私はホッと息を吐く。

 私はベッドの上で身体を丸め、今日の出来事を振り返る。


「サフィール、お母様に何をされたのかしら。きっと暴力を振るわれたのよね」


 助けに行きたいのに、監視のせいで身動きが取れない。今の私は完全に役立たずだ。


「……役立たず、か」


 お母様に言われてショックを受けたのは、それが真実だからなのだろう。
 私は今までお屋敷に引きこもり、ただぬくぬくと過ごしてきた。役立たずと言われても仕方がない。……仕方がないのだ。


「それでも、お母様が私を追い出すとは思わなかったなあ」


 私が伯爵家を出れば、跡継ぎは自動的にサフィールになる。お母様がそれを許すとは思わなかったから、私はずっとここにいるものだと漠然と考えていた。

 お母様も本当はそのつもりだったのだと思う。私が従順なルディアのままであれば。

 でも、私はお母様に逆らった。

 今のルディアは、お母様にとって不要な存在なのだろう。
 思い通りにならない私に伯爵家を継がせるよりも、サフィールに伯爵の肩書きだけ与えて、自分が裏で実権を握るほうがマシだと判断したのかもしれない。
 

「私の引き取り先、かあ。……良かったじゃない。望み通り、ここを出ていけるわよ」


 相手はろくでもない男かもしれないが、私は意図せず伯爵家を出ていくことになりそうだ。でも──


「こんな状態のサフィールを置いて、伯爵家を出ていかなければならないなんて……」


 今私がいなくなれば、サフィールは以前の状態に逆戻りしてしまうだろう。いや、お母様に逆らった分、以前よりもひどい扱いを受けるかもしれない。

 そんなサフィールを置いて、私は出ていかなければならないの?
 

「ダメよ、そんなの」


 しかし、今の私が何を言っても、お母様を怒らせる未来しか見えない。
 それに、私には頼れる知り合いもいない。私が周りとの付き合いを拒絶し、引きこもっていたからだ。

 今の状況を招いたのは、結局私自身の行動の結果ということなのだろう。

 でも、それを受け入れてしまってはサフィールが助からない。せめて、サフィールの現状だけでも確認したいのに……


「サフィール……」

「お呼びですか?姉さん」

「え……!?」


 声のほうを振り向くと、そこには何故かサフィールが立っていた。

 え!?どうしてサフィールがここに?



 


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