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サフィールの能力
私のベッドの前には、何故かサフィールが立っている。
私は状況が理解できず、頭が真っ白になる。
え!?どうしてサフィールがここに?
私の部屋の前には見張りが立っていたはず。まさか、強行突破したとでも言うの!?
──ううん。そんなことはどうでもいい。
今はそれより優先すべきことがある。
私は慌ててベッドから起き上がり、急いでサフィールに近づいた。
「サフィール、怪我は?お母様に何をされたの!?」
私の剣幕にサフィールは一瞬驚いた様子をみせたものの、隠しても仕方がないと思ったのか、私の質問に素直に答えてくれた。
「……いつものことですよ。まあ今回はよほど許せなかったのか、手加減なしで痛めつけられましたが」
「っ、なんてことを──」
「僕がまったく動かなくなったことで、やっと引き上げてくれましたよ」
「それは……立っていて平気なの?」
「あの女の前で動かなくなったのは演技ですよ。……でも、正直立っているのはキツイですね」
「っ!!早くベッドに横になって。ごめんなさい、長々と話をさせてしまって」
「僕が横になると、ベッドを血で汚してしまいますよ」
「そんなの生活魔法でなんとかするわ。もしどうにもならなければ、水魔法で洗い流してもいい」
「……では、失礼します」
「ええ、今は自分のことだけを考えて」
サフィールは背中を負傷しているため、ベッドにうつ伏せの体勢で横になった。
私はすぐにでもサフィールの治療にかかろうとしたが、ある可能性が頭をよぎり、サフィールに伸びていた手を止める。
「姉さん……?」
急に無言になった私を不思議に思ったのか、サフィールが身をひねり、顔だけをこちらに向けてくる。
私はサフィールに隠していてもこじれるだけだと思い、自分の思いを打ち明けることにした。
「ねえサフィール、私が今あなたの怪我を治せば、お母様はまたあなたを傷つけるわよね」
「……」
「それなら、最低限の処置だけして、回復魔法を使わないほうがいい?私……サフィールが何度も痛めつけられるのはもう嫌なの」
「姉さん……」
「お願い、教えて。私にはどちらが正解なのか、判断がつかないの」
私の懇願に、サフィールは何故か嬉しそうな顔で笑った。
「な、なに……?どうして笑っているの?」
「いえ、嬉しくて」
「……私が困ってるのが?」
「はは、違いますよ。……姉さんが本当に僕のことを思って悩んでいるのがわかったから、それが嬉しかったんです」
「……何も違わない気がするけど」
「そういえばそうですね」
「っ、もう!!」
「ははっ」
「……お嬢様?まだ起きていらっしゃるのですか?」
「「!!」」
ドアの向こうから女の声が聞こえる。今日の見張り当番の使用人だろう。
そうだった。ドアの外には見張りがいたんだったわ。
あまり大きな声を出すと、確認に入られてしまうわね。気をつけないと。
私は慌てて取り繕う。
「眠れなくて少し身体を動かしていただけよ。もう寝ることにするわ」
「左様ですか。ではおやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい」
………。
よし、セーフ。
もし確認に入られていたら一貫の終わりだったわ。少し気が緩みすぎていたようね。気をつけなきゃ。
私は小声でサフィールに話しかける。
「見張りが無事ってことは、サフィールはここへ強行突破して入ってきたわけではないのよね。いったいどうやってこの部屋に入ったの?」
「それは──」
サフィールは一瞬言いよどんだものの、「ここだけの秘密にしてください」と前置きした上で、私に事情を説明してくれた。
「転移魔法!?」
「姉さん、声が大きい」
「あ……ごめんなさい……」
驚きのあまり再び大声が出そうになるのを、サフィールが素早く注意する。
でも、転移魔法といえば、レア中のレアと言われる魔法よ。私が驚くのも仕方のないことだわ。
ううん、そんなことよりも──
「転移魔法が使えるなら、簡単にここから逃げられるんじゃない?……やっぱりお金の問題が大きい?」
私の質問に、サフィールは首を横に振ることで答える。
「僕は転移魔法を発現してからまだ日が浅い。せいぜい数メートルを移動するのが限界なんです。そして、一度の往復で魔力がほぼ枯渇する」
「そうなの……残念ね」
でも、魔法の熟練度が上がれば期待が持てるかもしれない。
もし転移でここから逃げるのが無理でも、転移魔法が使えるとわかればサフィールは国に保護してもらえるかも。
「転移魔法の魔法書を読んだわけではないので、どうしても魔法の効果が弱くなってしまうんです」
「え、それじゃあサフィールは無詠唱で魔法を?」
「そうですよ。だからこれ以上の距離を転移するのは無理だと思います」
「っ、そうだわ。お父様の書斎に行けば…」
「転移魔法の書物が伯爵家にあるとは思えませんね。あるとすれば王城の禁書庫か、魔法学園くらいでしょうか」
「魔法学園……」
サフィールが転移魔法を使えることを魔法学園に知らせれば、彼を魔法学園に通わせることも可能かもしれない。
サフィールは転移魔法の魔法書を読めるし、お母様からも逃げられる。一石二鳥ではないかしら。
「サフィール、あなたの転移魔法のことを魔法学園に──」
「どうやって知らせると?」
「……っ」
魔法学園は遠い。
サフィールのことを知らせるには、手紙でのやり取りを使うことになる。
今の私は部屋から出られないし、サフィールは怪我人だ。手紙を出すために外出すること自体が不可能に近い。
「サフィールをここから逃がせると思ったのに……」
「僕ははじめから魔法学園に行くつもりはありませんでしたよ」
「……どうして?」
「こんな状態の姉さんを置いて、ひとりで助かるつもりはないということです」
「っ、サフィール……」
部屋の外に見張りがいたことで、サフィールは私の状況をなんとなく理解しているようだ。
そして、こんな私を見捨てないでいてくれるという。
私は、サフィールに優しくしてもらえるような人間ではないというのにね。
そう、私はサフィールに優しくされる資格などない。私がサフィールの足枷になってはいけないわ。
私は内心を押し隠し、なんでもないような顔で言葉を紡ぐ。
「私なら大丈夫よ。監視がついているのはしばらくの間だけで、引き取り先が決まればこの家を出される予定だから」
「引き取り先……政略結婚ですか?」
「……私はもう必要ないそうよ。伯爵家にとって有益な家に嫁がせるってお母様が」
「──っ、あの女」
「でも、見方を変えればこれはチャンスよ。嫁ぎ先から魔法学園に手紙を出すこともできるでしょうし」
「やめてください!!」
「っ、サフィール……」
サフィールが珍しく激情をあらわにしている。私は何もおかしなことを言っていないはずなのに。どうしてそんな顔をするの?
「……すみません。今は大声を出してはいけないというのに」
「サフィール……いったい何がダメなの?これでサフィールは助かるかもしれないのに」
「僕は姉さんをろくでもない男に嫁がせてまで魔法学園に行きたいとは思いませんよ」
「サフィール、私がどこかの家に出されるのはお母様の意思よ。逃げられないなら、このチャンスを有効に使ったほうがいいでしょう?」
「姉さん、この件は一旦保留にさせてください。どうせ、エルドリッジ伯が帰ってこなければ結婚話は進まないはずです」
「え?そうなの?」
私が驚くのを、サフィールは呆れたような表情で返す。
「ただの伯爵夫人が持てる権限なんて、本当は大したものではないんです。姉さんの結婚に関しても、エルドリッジ伯の承認が不可欠のはずですよ」
「そう……まったく知らなかったわ……」
「あの女は勝手に結婚話を進め、あとでエルドリッジ伯が断れない状況を作るつもりです。つまり──」
「お父様が帰ってくるまでは結婚話は進展しないということね」
サフィールが頷く。
私はこの結婚話に猶予がありそうなことがわかり、ホッと息を吐いた。
『家のために嫁げ』と言われれば、それまで伯爵家でぬくぬくと生きてきた私には従う以外の道はないと思っていたけれど、やはり内心では嫌でたまらなかったのだ。
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