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お父様との話し合い
「汚い話を姉さんに聞かせないでもらえますか、エルドリッジ伯」
「サフィール……」
「サフィール……いつの間に」
「あなたが昔話に夢中だった時に入ってきたんですよ、エルドリッジ伯。ノックもせずに申し訳ありません」
「……」
サフィールの言葉は多分嘘だ。
おそらくサフィールは転移魔法でここにきたのだと思う。サフィールがお父様に転移魔法のことを言いたくないならそれでもいい。
私はサフィールの意思を尊重するだけだ。
サフィールはこちらを振り向くと、私の涙を優しく拭ってくれた。
「ああ、こんなに目を赤くして……姉さんはこんな話には耐性がないんです。エルドリッジ伯はもう少し言葉を選んでください」
「……ルディア、すまない」
「……いえ。もう平気ですから」
私はお父様の謝罪を固い表情で受け入れた。
いくら言葉を取り繕ったところで、本質は何も変わらない。
お父様がお母様を恨んでいることも、早く亡くなってほしいと願っていることも。
だから、お父様の謝罪は何の意味もないものだ。
お父様がお母様を生かそうという気がないのはわかった。
私にどこまでできるかはわからないが、こうなった以上はひとりで看病を続けるしかない。もうお父様には頼れない。
でも、サフィールのことは何とかしてくれるかもしれない。私は一縷の望みをかけて口を開いた。
「お父様、サフィールのことはどうお考えですか?」
お父様は急な話題変更に少し眉をしかめたものの、話を聞く姿勢をみせた。
「どう、とは?」
「サフィールはお母様と私からひどい扱いを受けてきました。お父様はサフィールを守るおつもりがあるのですか?」
「……ルディア自身もサフィールにひどい扱いをしてきたと?」
「はい。私は最低の人間です」
「姉さん、その話はもういいですから」
「よくないわ。私はあなたにひどいことを」
「姉さん、今はそれより大事な話があります。ここは僕に任せてもらえませんか?」
「……わかったわ。サフィールに任せます」
「ありがとうございます、姉さん」
サフィールは今までお父様に放っておかれたわけだし、色々と言いたいことがあるのかもしれないわね。ここはサフィールに任せましょう。
私は話の成り行きを見守ることにした。
「エルドリッジ伯、姉さんの結婚話が進められているのはご存知ですか」
「サフィール!?」
「結婚話、だと?」
サフィールは自分の待遇改善ではなく、私の結婚話をお父様に話し出した。サフィールが言いたかったのはこのことなの?
「姉さんはどこぞの変態に売られるところだったんです。早く何とかしてください」
「え?変態?」
「……サフィール、詳しく話しなさい」
「わかりました。……姉さん、申し訳ありませんがエルドリッジ伯とふたりにしていただけますか?」
「え……私が聞いてはいけないの?」
「ええ、すみません」
「……そう、わかったわ。私はお母様の看病に戻るから、何かあればお母様の部屋に来て」
「わかりました」
私は短い挨拶をして部屋を出た。
真っ直ぐお母様の部屋に戻り、お母様の様子を確認する。
「……良い状態とは言えないわね」
お母様は意識がないようだった。
眠っているだけならいいのだが、これは昏睡状態というものではないだろうか。
「……まだわからないわ。私だって危ない状態から生還したんだもの」
私が流行り病に罹った時も、かなり危ない状態だったそうだ。医者からはもう助かる見込みはないと言われ、文字通り手の施しようがない状態だったという。
「でも、私はこうして生きている」
だから、まだ希望はあるはずだ。
しかし、薬の効果がほとんどない以上、あとはお母様の生命力次第になると思う。私ができることは少ない。
私は、死んだように眠るお母様の顔をじっとみつめた。
「私……お母様に生きてほしいのかしら」
お母様はサフィールを痛めつけ、私を部屋に閉じ込めた張本人だ。お父様と結婚するために、卑怯な手を使った過去もあるという。
お母様が流行り病に罹ったのは、神様からの罰なのだろうか。ううん。それなら私が流行り病で生き残ったことに説明がつかない。
「……今は看病に専念しましょう」
私はそれ以上考えることをやめ、黙々とお母様の看病を続けたのだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
私がお母様のベッドの横でウトウトしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
私は慌てて身を整える。
「どうぞ」
ガチャリ、とドアが開き、サフィールが室内に入ってくる。
サフィールは冷たい目でお母様を一瞥すると、興味を失ったかのようにお母様から私へと視線を移した。
「一晩中ここで看病を続けるおつもりですか?そんなこと、使用人に命じればいいものを」
「……流行り病の病人を看病するのは使用人でも怖いものよ。命令で無理やり言うことをきかせるのは酷だわ」
「姉さんは相変わらずお優しい。あの使用人どもには姉さんの優しさを与える価値などないというのに」
「サフィール……」
これ以上この話を続ければ話が平行線になりそうで、私は話題を変えることにした。
「サフィール、お父様との話し合いは終わったの?」
「はい。とりあえず姉さんの結婚話は何とかなりそうですよ」
「っ、そうなの!?」
「ええ。その話をするためにも、一旦部屋を移動しましょう」
「でも……お母様が……」
サフィールは私に止められる前に、さっさと使用人を呼ぶベルを鳴らす。
ややあって、男の使用人が部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか」
「お前、一晩この女の看病をしておけ」
「っ、それは……どうかお許しを──」
「お前が僕に残飯を食べさせていたことをエルドリッジ伯に言ってもいいんだよ。そうなれば、お前はクビだ」
どうやらこの使用人はサフィールの食事係だったようだ。私は黙って話の成り行きを見守ることにする。
「!!それは……奥様のご命令で」
「その言い訳がエルドリッジ伯に通用するといいね」
「っ、お、お嬢様、どうかお助けを」
サフィールが相手では分が悪いと思ったのか、使用人は話の矛先を私に向けてきた。
私は頭の中で落としどころを模索する。
「私が一日中お母様の看病をすることは難しいの。一晩だけ看病を代わってもらえないかしら」
「そんな……無理ですよ……」
「お母様に触れるのが嫌なら、離れたところで様子を見るだけでもいいわ。お母様の様子がおかしいと思ったら、すぐに連絡してくれればいい」
「……それなら、まあ」
「朝になれば交代を寄越す。ちょうど姉さんの監視役だった奴らが暇を持て余してしてるだろうし、問題ないだろう」
「……かしこまりました」
使用人は、渋々ながら納得してくれたようだ。
私は彼にお礼を伝え、部屋をあとにした。
私とサフィールは私の自室に移動した。
私はサフィールに椅子を譲り、自分はベッドに腰掛ける。
「サフィール、早速で悪いけれど、話の続きをお願いしたいの」
「わかりました。姉さんの結婚話についてですね」
「ええ」
本当はサフィールの待遇改善がどうなったのかを知りたかったのだが、私の結婚話も捨て置くわけにはいかない。
まずはこの件を片付けてしまおう。
私がそう思って話の続きを待っていると、サフィールは思いもよらないことを口にした。
「申し訳ありませんが、姉さんには死んでいただくことになりました」
「え……?」
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