ほら、こんなにも罪深い

スノウ

文字の大きさ
19 / 24

お父様との話し合い



「汚い話を姉さんに聞かせないでもらえますか、エルドリッジ伯」

「サフィール……」

「サフィール……いつの間に」

「あなたが昔話に夢中だった時に入ってきたんですよ、エルドリッジ伯。ノックもせずに申し訳ありません」

「……」


 サフィールの言葉は多分嘘だ。
 おそらくサフィールは転移魔法でここにきたのだと思う。サフィールがお父様に転移魔法のことを言いたくないならそれでもいい。
 私はサフィールの意思を尊重するだけだ。

 サフィールはこちらを振り向くと、私の涙を優しく拭ってくれた。


「ああ、こんなに目を赤くして……姉さんはこんな話には耐性がないんです。エルドリッジ伯はもう少し言葉を選んでください」

「……ルディア、すまない」

「……いえ。もう平気ですから」


 私はお父様の謝罪を固い表情で受け入れた。
 いくら言葉を取り繕ったところで、本質は何も変わらない。
 お父様がお母様を恨んでいることも、早く亡くなってほしいと願っていることも。
 だから、お父様の謝罪は何の意味もないものだ。

 お父様がお母様を生かそうという気がないのはわかった。
 私にどこまでできるかはわからないが、こうなった以上はひとりで看病を続けるしかない。もうお父様には頼れない。

 でも、サフィールのことは何とかしてくれるかもしれない。私は一縷いちるの望みをかけて口を開いた。


「お父様、サフィールのことはどうお考えですか?」


 お父様は急な話題変更に少し眉をしかめたものの、話を聞く姿勢をみせた。


「どう、とは?」

「サフィールはお母様と私からひどい扱いを受けてきました。お父様はサフィールを守るおつもりがあるのですか?」

「……ルディア自身もサフィールにひどい扱いをしてきたと?」

「はい。私は最低の人間です」

「姉さん、その話はもういいですから」

「よくないわ。私はあなたにひどいことを」

「姉さん、今はそれより大事な話があります。ここは僕に任せてもらえませんか?」

「……わかったわ。サフィールに任せます」

「ありがとうございます、姉さん」


 サフィールは今までお父様に放っておかれたわけだし、色々と言いたいことがあるのかもしれないわね。ここはサフィールに任せましょう。

 私は話の成り行きを見守ることにした。

 
「エルドリッジ伯、姉さんの結婚話が進められているのはご存知ですか」

「サフィール!?」

「結婚話、だと?」


 サフィールは自分の待遇改善ではなく、私の結婚話をお父様に話し出した。サフィールが言いたかったのはこのことなの?


「姉さんはどこぞの変態に売られるところだったんです。早く何とかしてください」

「え?変態?」

「……サフィール、詳しく話しなさい」

「わかりました。……姉さん、申し訳ありませんがエルドリッジ伯とふたりにしていただけますか?」

「え……私が聞いてはいけないの?」

「ええ、すみません」

「……そう、わかったわ。私はお母様の看病に戻るから、何かあればお母様の部屋に来て」

「わかりました」


 私は短い挨拶をして部屋を出た。
 真っ直ぐお母様の部屋に戻り、お母様の様子を確認する。


「……良い状態とは言えないわね」


 お母様は意識がないようだった。
 眠っているだけならいいのだが、これは昏睡状態というものではないだろうか。


「……まだわからないわ。私だって危ない状態から生還したんだもの」


 私が流行り病に罹った時も、かなり危ない状態だったそうだ。医者からはもう助かる見込みはないと言われ、文字通り手の施しようがない状態だったという。


「でも、私はこうして生きている」


 だから、まだ希望はあるはずだ。
 しかし、薬の効果がほとんどない以上、あとはお母様の生命力次第になると思う。私ができることは少ない。

 私は、死んだように眠るお母様の顔をじっとみつめた。


「私……お母様に生きてほしいのかしら」


 お母様はサフィールを痛めつけ、私を部屋に閉じ込めた張本人だ。お父様と結婚するために、卑怯な手を使った過去もあるという。
 
 お母様が流行り病に罹ったのは、神様からの罰なのだろうか。ううん。それなら私が流行り病で生き残ったことに説明がつかない。
 

「……今は看病に専念しましょう」


 私はそれ以上考えることをやめ、黙々とお母様の看病を続けたのだった。
 




 どれくらい時間が経っただろうか。

 私がお母様のベッドの横でウトウトしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
 私は慌てて身を整える。


「どうぞ」


 ガチャリ、とドアが開き、サフィールが室内に入ってくる。
 サフィールは冷たい目でお母様を一瞥すると、興味を失ったかのようにお母様から私へと視線を移した。


「一晩中ここで看病を続けるおつもりですか?そんなこと、使用人に命じればいいものを」

「……流行り病の病人を看病するのは使用人でも怖いものよ。命令で無理やり言うことをきかせるのは酷だわ」

「姉さんは相変わらずお優しい。あの使用人どもには姉さんの優しさを与える価値などないというのに」

「サフィール……」


 これ以上この話を続ければ話が平行線になりそうで、私は話題を変えることにした。


「サフィール、お父様との話し合いは終わったの?」

「はい。とりあえず姉さんの結婚話は何とかなりそうですよ」

「っ、そうなの!?」

「ええ。その話をするためにも、一旦部屋を移動しましょう」

「でも……お母様が……」


 サフィールは私に止められる前に、さっさと使用人を呼ぶベルを鳴らす。

 ややあって、男の使用人が部屋に入ってくる。


「お呼びでしょうか」

「お前、一晩この女の看病をしておけ」

「っ、それは……どうかお許しを──」

「お前が僕に残飯を食べさせていたことをエルドリッジ伯に言ってもいいんだよ。そうなれば、お前はクビだ」


 どうやらこの使用人はサフィールの食事係だったようだ。私は黙って話の成り行きを見守ることにする。


「!!それは……奥様のご命令で」

「その言い訳がエルドリッジ伯に通用するといいね」

「っ、お、お嬢様、どうかお助けを」


 サフィールが相手では分が悪いと思ったのか、使用人は話の矛先を私に向けてきた。
 私は頭の中で落としどころを模索する。


「私が一日中お母様の看病をすることは難しいの。一晩だけ看病を代わってもらえないかしら」

「そんな……無理ですよ……」

「お母様に触れるのが嫌なら、離れたところで様子を見るだけでもいいわ。お母様の様子がおかしいと思ったら、すぐに連絡してくれればいい」

「……それなら、まあ」

「朝になれば交代を寄越す。ちょうど姉さんの監視役だった奴らが暇を持て余してしてるだろうし、問題ないだろう」

「……かしこまりました」


 使用人は、渋々ながら納得してくれたようだ。
 私は彼にお礼を伝え、部屋をあとにした。






 私とサフィールは私の自室に移動した。
 私はサフィールに椅子を譲り、自分はベッドに腰掛ける。


「サフィール、早速で悪いけれど、話の続きをお願いしたいの」

「わかりました。姉さんの結婚話についてですね」

「ええ」


 本当はサフィールの待遇改善がどうなったのかを知りたかったのだが、私の結婚話も捨て置くわけにはいかない。
 まずはこの件を片付けてしまおう。
 
 私がそう思って話の続きを待っていると、サフィールは思いもよらないことを口にした。


「申し訳ありませんが、姉さんには死んでいただくことになりました」

「え……?」




あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

彼女が微笑むそのときには

橋本彩里(Ayari)
ファンタジー
ミラは物語のヒロインの聖女となるはずだったのだが、なぜか魔の森に捨てられ隣国では物語通り聖女が誕生していた。 十五歳の時にそのことを思い出したが、転生前はベッドの上の住人であったこともあり、無事生き延びているからいいじゃないと、健康体と自由であることを何よりも喜んだ。 それから一年後の十六歳になった満月の夜。 魔力のために冬の湖に一人で浸かっていたところ、死ぬなとルーカスに勘違いされ叱られる。 だが、ルーカスの目的はがめつい魔女と噂のあるミラを魔の森からギルドに連れ出すことだった。 謂れのない誤解を解き、ルーカス自身の傷や、彼の衰弱していた同伴者を自慢のポーションで治癒するのだが…… 四大元素の魔法と本来あるはずだった聖魔法を使えない、のちに最弱で最強と言われるミラの物語がここから始まる。 長編候補作品

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【長編版】欲しがり王女の侍女はつらい

碧井 汐桜香
ファンタジー
『王女殿下は欲しがり王女』の長編版です。侍女視点。 短編未読でも読めるように書いていく予定ですが、 短編もお読みいただけたら嬉しいです! 我が国の王女は欲しがり王女だ。 王女の欲しがりを断った、先の宰相はその立場を失ったという噂すら流れている。 微笑みのまま行われる王女の欲しがりは断ってはならない。そんな不文律から、各貴族家は多くのものを差し出した。 伯爵家の家宝、辺境伯家の家畜まで。 王女は欲しがって欲しがって欲しがって、誰かを守ってきた。 しかし、本人も周りも真実を公にはしない。 だからこそ、悪名高い王女殿下。そんな王女殿下から、子爵令嬢に招待状が届いて? 関連小説 『王女殿下は欲しがり王女』 『公爵閣下、社交界の常識を学び直しては?』