ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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生かすも殺すも



「申し訳ありませんが、姉さんには死んでいただくことになりました」

「え……?」


 サフィールは今なんて言ったの?
 死ぬ?私が?

 私が言葉を失っていると、サフィールが言葉を付け足した。


「ああ、これはあくまでも結婚話を無かったことにするための方法に過ぎません。本当に死ねと言っているわけではありませんのでご安心を」

「え、あ、そうなの……?」

「はい。書類上では姉さんは死亡扱いになりますが、別人として生きられるように取りはからう予定です」

「ええと……それらはすべて、この結婚を無かったことにするためのものなのよね。そんなことをしなくても、お父様が結婚を許可しなければいいだけでは?」

「姉さん。それもこれも、すべてあの女が悪いのです」


 そう言ってサフィールが語ってくれた話の内容は、私の想像以上にひどいものだった。

 お母様は、お父様の印章を勝手に複製し、密かに隠し持っていたようだ。
 それを使い、私の結婚をお父様の許可なく進めようとしていたという。

 相手は悪い噂の絶えない男で、歳も60を過ぎているそう。サフィールが『変態』と言っていた通り、そっち方面の悪評がひどい男だったそうだ。

 しかし財産は潤沢にあるようで、これまでの話をまとめると、お母様はお金と引き換えに私を変態に嫁がせようとしていたことになる。


「……」


 なんというか、実の娘にそこまでするか?と言いたくなる。お母様は本当に私を『いらない子』として売り払うつもりだったようだ。

 私の心に苦い感情がわき上がる。
 暗い表情の私に更なる追い討ちをかけるかのように、サフィールが言葉を続ける。


「あの女は勝手に変態男と契約を交わしてしまったんです。この婚姻はすでに結ばれたも同然で、破れば法外な額の違約金を支払わなければならない」

「……だから、私を死んだことに?」

「そうです。死んだ相手とは結婚できませんから」

「そう……」


 お母様は、どこまで私を苦しめれば気が済むのかしらね。

 法外な額の違約金を設定したのは、もしお父様が帰ってきたとしても契約を破れない状況にするためたろう。

 私はおとなしく結婚するしかなくなり、お母様はいらない私を売り払い、大金を手にすることができる。そういう筋書きだったのでしょうね。

 まったく、反吐が出そうな筋書きだ。

 印章が偽物であることを主張すれば契約を無効にできる気もするが、それでは伯爵家が信用を失くすことになる。
 印章がふたつ存在することは、決して公にしてはならないそうだ。


「サフィールはこの情報をどうやって手に入れたの?あなたにも監視がついていたのではないの?」

「僕の監視は緩いものでしたよ。なにせ、毎回気絶していましたから。……演技ですけど」

「ひどい傷を負った状態では、ろくに動けないだろうと思ったのでしょうね」

「実際、姉さんに傷を治してもらわなければ、ろくに動けない状態でしたけどね」

「監視の目を盗んで、お母様の部屋に侵入していたの?その時に偶然契約書を?」

「……まあ、そんなところです。転移魔法がなければ不可能でしたよ」

「……契約書は今どこに?」

「僕がエルドリッジ伯の部屋に行く前に回収して、彼に渡しておきました。偽造した印章も渡してあります」

「そう、ありがとう。サフィールは本当に優秀ね」

「ふふ。姉さんに誉められるのは嬉しいですね」


 サフィールは心から嬉しそうな表情で笑った。張り詰めていた空気が和らぐ。


「私が死んだことになるなら、この伯爵家から出なければならないわね。……こんなかたちでこのお屋敷を出ることになるとは思わなかったわ」

「ここを出ることを不安に思う必要はありませんよ。僕も一緒に行きますから」

「え?」


 私は思わずサフィールの顔を凝視する。

 どうしてサフィールが一緒に?
 サフィールは伯爵家の跡継ぎでしょう?
 お父様も帰ってきたことだし、今までのような扱いを受けることもなくなるはずなのに。
 どうして私と一緒に行くなんて。

 
「サフィール、お父様はあなたを追い出すつもりなの?あなたは唯一の跡継ぎになるはずなのに、どうして」

「違いますよ、姉さん。僕が伯爵家の跡継ぎなのは変わりません」

「そう……でも、それならどうして?」

「僕が跡継ぎだからといって、絶対に伯爵家に住まなければいけないわけではないでしょう?実際、現伯爵であるエルドリッジ伯もこの屋敷に住んでいませんでしたし」

「それは……言われてみればそうね」


 伯爵であるお父様が家にいないのだ。跡継ぎであるサフィールが伯爵家にいなければならない理由はない。

 私はそれ以上否定の言葉を口にできなくなってしまった。


「姉さんは領内にあるお屋敷に住むことになります。使用人も新しく雇うそうですよ」

「使用人って……私、平民になるんじゃないの?」

「一時的にはそうなりますが、いずれ適当な貴族の家名を名乗ってもらう予定です」

「お金で家名を買うってこと?……私を貧乏男爵家の養子にでもするつもり?書類上だけの」
 
「ふふ、姉さんは意外と頭が回りますね。できれば子爵以上を狙いたいところです」

「はあ。この件はサフィールとお父様に任せるわ」

「はい。任されました」


 私は頭がいっぱいになってしまい、あとのことをサフィールに丸投げした。

 ……とりあえず、わかっていることを整理しよう。
 私は近日中に領内のお屋敷に引っ越し、何故かサフィールも一緒についてくるという。
 一時的に平民になってしまうものの、将来的には貴族に戻ることになるそうだ。

 その時は、今の私とはまったくの別人として扱われることになる。

 こうなると、私が引きこもりだったこともプラスに働くから面白い。
 私の顔を知っているのは、家族以外ではお屋敷の使用人くらいで、貴族の中で私を知っている人は皆無だ。
 幼い私を知っている人はいるだろうが、今の私と同一人物だと気づく人はいないだろう。

 恐ろしいほどスムーズに事が運んでいく。

 
「サフィールは領主の仕事をお父様から教わらなくてもいいの?」


 サフィールは私の質問を笑い飛ばした。


「ハッ、あの男から教わることなんて何もありませんよ。あの男は領地のことを代官に丸投げしているんですから」

「……それで、お父様がいなくても伯爵領が回っていたのね」

「流行り病なんて、当主が真っ先に動くべき事案だと思いますが、今動いているのは代官のはずですよ」

「……お父様、いる意味があるの?」

「つまるところ、優秀な代官がいれば、当主が無能でも領地は問題ないということです」

「……」


 ああ、はっきり無能って言っちゃった。

 でも、有事の際に動かない領主なんて、無能以外の何者でもないのかもしれない。

 優秀な代官がいればいいのなら、サフィールが領主になっても領民には特に影響はないのかも。
 お父様はまだまだお元気だから、サフィールが領地を引き継ぐのは当分先の話になるでしょうけどね。


 あとは、お母様の問題が残っているわね。


「サフィール、私が家を出るのは、お母様が回復してからではダメかしら。今のままではお母様の容態が気になって、家を出るどころではないわ」


 私がそう言うと、サフィールは感情の読めない瞳で私を見つめた。そして、静かに口を開く。


「……姉さんはあの女を生かしたいですか?」

「サフィール……?」



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