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まだ、引き返せる
私はしばらく自分の考えを整理し、それからゆっくりと口を開く。
「……いいよ、サフィール。あなたが本当にそれを望むのなら、私は一緒に罪を背負うわ」
「姉さん、いいんですか……?」
「ええ。それをあなたが望むなら」
「……」
私はサフィールとしっかり目を合わせ、彼の表情を見逃がさないように注意しながら言葉を続ける。
「でもね、サフィール。その前に一度よく考えてほしいの」
「……」
「あなたは自分のことを罪深いと言うけれど、今のあなたはまだ誰も殺めていないわ。私のことだって、ただ流行り病に罹っただけだと思われているでしょうし」
「それでも、僕が姉さんを殺そうとしたことに変わりはありませんよ」
「そうね。でも私は生きている」
「だから何の罪もないと?」
「あなたの罪なんて、私がとっくに赦しているわ。それでも自分が赦せないというなら、私が一緒に罪を背負う」
「姉さん……」
「でも、お母様を殺めてしまえばそうはいかなくなる。お母様は病死扱いになるでしょうけれど、あなたは自分の罪から逃げられない」
「……あの女が死んだところで、僕か罪の意識を感じるわけが──」
「感じるわ、きっと。サフィールは優しいもの」
「僕は……優しくなんかありませんよ」
「ふふ、サフィールだって自分のことをわかっていないじゃない。私と同じね」
「……」
「あなたは、私が変態に売られるのを止めるために、お母様に毒魔法を使った。私はあなたにひどいことをした女だというのに」
「それは──」
「私なんかのために罪を犯す決意をしたサフィールは、やっぱり優しいと思うわ。……だからこそ、ここで思いとどまってほしいと思う」
「……」
「それでもサフィールの気持ちが変わらないというなら、私はもう何も言わない」
「僕は……」
「ただ、あなたが罪人になってまで殺す価値なんて、お母様にはないわ。サフィール、よく考えて」
「……僕が人殺しになったら、姉さんは僕を嫌いになりますか?」
「嫌いになんてならないわ。ただ悲しい気持ちになるだけ」
私の言葉に、サフィールは肩の力を抜いた。
それまでの固い表情が和らぎ、どこか吹っ切れたような顔をしている。
「ふ、姉さんを悲しませるわけにはいきませんね。姉さんはとても泣き虫ですから」
「なっ……!?私は泣き虫などでは──」
「泣き虫でしょう。ほら、さっき泣いた時の涙の跡が」
「ひゃ……っ」
あろうことか、サフィールは私の眦から耳のあたりを舌で舐め上げた。私はビクッと身体を震わせ、それまで言おうとしていたことを忘れてしまう。
私は素早く耳のあたりを抑え、恨みがましい瞳でサフィールを見上げた。
「……サフィールぅぅ」
「……これ以上姉さんを泣かせないために、あの女にかけた魔法は解除することにしますよ」
「っ、サフィール!!」
「でも姉さん。あの女が回復すれば、また同じことを繰り返す可能性が高いですよ」
サフィールの言うことはもっともだ。
お母様は完全に私をいらない子扱いしているし、結婚相手を変えて、また同じことをするかもしれない。
でも──
「お母様のことは、お父様に一任するのが一番いいと思うわ。お父様はお母様に恨みがありそうだし、変に手心を加えたりもしないでしょう」
「──ははっ、それはいい考えですね。確かにエルドリッジ伯ならあの女に甘い処罰を下すことはないでしょう」
「問題は、お母様が回復すれば、お父様がまた出ていくかもしれないことなのよね」
「そこは僕にお任せください。エルドリッジ伯を説得する方法に心当たりがありますから」
「……そう。ではサフィールに任せるわね」
「ええ、任されました」
大まかな方針が決まり、サフィールがベッドからおりる。……私は身体を起こそうとしたが、力が抜けて上手く起き上がることができなかった。
「姉さん、どうかしましたか?」
ドアのほうへと向かっていたサフィールがこちらに戻ってくる。
「……先に行ってちょうだい。私はもう少しここにいるから」
「……もしかして、身体に力が入らない、とか?」
「う……」
「すみません。姉さんには刺激が強すぎたようですね」
「……っ」
私の反応を見たサフィールは、何故か嬉しそうに笑っている。
そして私の耳元に顔を近づけ、こう言った。
「このまま僕を意識してよ、姉さん」
「!!」
私から離れる寸前、サフィールの唇が私の耳をかすめていった。
「サ、サフィール……っ」
「姉さんはここで休んでいてください。あとは僕がやっておきますので」
サフィールはそう言って、私の返事を待つことなく部屋を出ていった。
残された私は、ただ呆然とベッドに身体を預けるのみだ。
「……サフィールって、私の弟よね?」
僕を意識しろって何?
まさか、男として見ろってことなの?
「お父様は……サフィールの出自について、何も説明してくださらなかったのよね」
そして、サフィール自身も自分の出自については語りたがらない。
私がサフィールを弟だと思っているのは、髪と瞳の色がお父様そっくりだからだ。
まさか、他人の空似だとでも言うのだろうか。
偶然自分によく似た孤児がいたから、孤児院から引き取ってきたと?
そんな都合のいい展開、あるのだろうか。
「はあ、やめやめ。私が考えてわかることじゃないわ」
これに関しては、お父様かサフィールが自主的に話してくれるのを待つことしかできない。
私はサフィールに無理やり口を割らせたいわけではないし、これまでずっとだんまりだったお父様にも期待できない。
まあ、言いたくなったら打ち明けてくれればいいわ。サフィールが大事な家族であることは変わらないのだし。
あ、でも──
「私が死んだことにされれば、サフィールとはもう姉弟ではなくなるのね……」
弟ではない、男としてのサフィール。
私の脳裏に、サフィールの言葉が蘇る。
『僕を意識してよ、姉さん』
「……っ」
そんな事言わないで。
好きになったらどうしてくれるの?
私、男性に免疫がないんだからね。
「はあ……寝よ」
いつまで経っても起き上がれない私は、すべてを後回しにし、ふて寝を決め込むことにした。
次に起きたら、お母様の様子を見にいかなくちゃ……ね……
私の意識はいくらも経たないうちに曖昧になり、やがて深い眠りへと誘われた。
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