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初めての異世界
寒い…寒い…
しおりを挟む身を刺すような強烈な寒さに目を覚ます。
急いで現在の状況を確認する。
どうやら私は上半身が川岸に打ち上げられた状態で気を失っていたらしい。下半身はもちろん水の中だ。
かじかむ両手を何とか動かし這い上がる。
寒い…寒い…寒い…
濡れた体に寒風が吹きつけ、なけなしの体温が奪われていく。
ふと、女神様の言葉を思い出す。
『もう一人の少女は真冬の川に転落して流され、仮死状態』
女神様、もしかして流されて打ち上げられたところからのスタートですか?
私の魂が入って意識を取り戻したという現状なのだと思うけど、こんなのすぐに力尽きて女神様と再会してしまいそうだよ。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
不揃いな小石と生い茂った雑草が歩行を阻む道なき道を、あてもなく一歩ずつ歩く。
見える範囲にあるのは川と樹木くらいで、建物らしきものはない。
このまま誰にも出会えなければ、そう遠くない未来に力尽きるだろう。それは私の死を意味する。
ああ、寒い…体が重い……視界が霞む…
どれくらい歩いたのだろう。朦朧とした意識では判断がつかないが、突然ガサリという音がしたかと思うと首にヒヤリとした感触を感じた。
「人間が我が領域に何の用だ?……いや、問答など無駄なことだな。さっさと終わらせるか」
声は背後から聞こえた。
私は後ろから体を拘束され、首にナイフを突きつけられていた。
ええと、我が領域って自分の土地ってことかな?私有地?
話しの内容からして、この人の私有地に不法侵入した私を問答無用で排除しようとしてる?
私は慌てて口を開く。
「あのッ!あなたの土地とは知らず、私有地に入ってしまったことをお詫びします!決して悪意あってのことではありません!どうか……信じてくださ………」
最後まで言い切ることはできなかった。
私が殺されてしまったからではなく、疲弊しきった体に限界が来たからだ。
意識が暗闇に飲み込まれる直前、背後からひどく吃驚したような声が聞こえた気がした。
「馬鹿な…魔族の言語を理解しているというのか?!あまつさえ話すことまでできるなど……有り得ない」
窓から差し込む眩しい光で目が覚める。
ゆっくりと体を起こして辺りを確認する。
私は10畳ほどの広さの部屋の窓際に置かれたベッドで眠っていたようだ。
部屋は洋館っぽいアンティーク家具で揃えられており、本来なら高級感あふれる内装だったのだろうが、ベッド以外のあらゆる場所に埃が積もっていて、長い間部屋の手入れをしていないことは一目瞭然だ。
なんとなく不安になりベッドを見下ろすが、幸いシーツや毛布などの寝具は新しいもののようで、ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず落ち着いたところで、なぜここで眠っていたのか、今に至るまでの記憶を整理しようと思う。
異世界レメイアでの新生活は極寒の川辺で身体の半分が水に浸かった状態からのスタートだった。
助けを求め、震える体を半ば無理やり動かしてあてもなく彷徨った。
どれくらい歩いたかも分からなくなり、意識が朦朧としてきた頃、何者かに後ろから拘束され、刃物を突きつけられた。
その人はおそらく自分の土地に無断で侵入した私を排除しようとしていたのだと思う。
私は謝罪と弁明のために口を開いたが、すべて言い終わらないうちに体の限界を迎え、気を失った…のだと思う。
…うん。意識が曖昧だったけれど、ここまではなんとなく憶えてる。
それから直ぐに私は熱を出したような気がする。この部屋に運ばれ、多分看病してもらったのだろう。
夢うつつに苦い薬湯のようなものを飲まされた記憶が薄ぼんやりと浮かび上がる。
私をここに連れてきてくれたのは、やっぱりあの人なんだろうか…?私にナイフを突きつけてきた誰か。声の感じからおそらく男性だ。
とても友好的な感じとは言えなかったから、気を失った私をここまで運び、看病してくれるとは思ってもみなかった。
もしかして、尋問や監視の為に連れてきたのだろうか?
ううん、理由はどうあれ命を助けられたことに変わりはないよね。
あのまま放置されていれば、私は確実に死んでいただろう。
あの人が命の恩人であることに間違いはない。次に会ったら看病のお礼と無断で土地に入ってしまったことへの謝罪をしなければ。
尋問されるにしても、自分に答えられることは正直に話そう。
思考が一区切りついたところで、視界の端に埃を被った鏡台…ドレッサー?が目に入った。
そういえば、今の私ってどんな姿なんだろう。
はじまりが悲惨すぎて自分の顔を確認する余裕もなかった。
それに、自分の名前も教えてもらってないよね。え、ひどくない?私、これからどうしたらいいの?
一瞬『私はカノンなんだから新しい名前なんて必要ない!』と思いかけたけれど、よく考えたらそうも言っていられないことに気づく。
今はこのお屋敷?に置いてもらえているけれど、諸々の誤解が解けて和解できればここを出て行く流れになるだろう。……話が拗れなければ、だが。
そうなると私は身元のわからない天涯孤独の孤児として身ひとつで放り出されることになる。お金もなければ知り合いもいない。詰む。
私の家族…この世界の家族、何処かで生きているのかなぁ。
そして、突然いなくなったであろう私を探してくれているのかな。
いるのかいないのか分からない家族のもとに辿り着くためにも、私の名前、住所などの情報は必須だっただろうに……
これからのことを考えると気が重くなる。
ついつい倉本家の家族のことを思い出し、その輪の中で楽しそうに笑う本当のカノンの姿を思い浮かべてしまい、慌てて打ち消す。
妬ましい気持ちが顔を出しそうになり、頭を振って気持ちを切り替える。
これは考えてもどうにもならないことだ。どうしたって元の世界には帰れないし、倉本カノンにも戻れない。
理不尽を嘆く暇があるなら前に進むための方法を考えたほうが、自分の心が汚れないでいられる。
たとえ倉本の姓を名乗る資格がなくなっても私はカノンだ。倉本家の両親に育てられ、たくさんの愛情を注いでもらった記憶は絶対に忘れない。
気持ちが少し上向きになったところで当初の目的であった自分の顔の確認をするべく鏡台へ。
ベッドを降り、埃が積もった床に両足を着ける。
視線をずらすとベッドと入口の扉との間の床に、何度も往復したであろう足跡が残っていた。
看病してもらったのは夢ではなく現実なのだろう。
それから鏡台の前に辿り着き、鏡部分を覆う埃だらけのカバーをゆっくりと取り払った。
「うそ……」
そこに映っていたのは………
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