きっと幸せな異世界生活

スノウ

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初めての異世界

おやすみなさい


 さて、ようやく食材の確認作業ですよ。

 ………うん、分かってる。

 ここへは食材を確認して料理を作る目的で来たのだから、魔族についての話は後日にお願いするのが正解だったんだよね。

 それでも、どうしても後回しにせずに今聞いておきたかった。

 他ならぬゼスさんの種族に関する話。
 私の命の恩人で、これからもお世話になる相手の種族のことをちゃんと知っておきたかったんだ。

 それに、興味津々で魔族についての説明を聞く私を見たゼスさんの表情は少し嬉しそうに見えた。……気のせいかな?

 きっと、人族は魔族への悪感情が強すぎて、純粋に魔族について知りたいという動機で調べようとする者がいなかったんじゃないかな。

 それから、この広いお屋敷で独りきりで暮らしていたそうだから、誰かと会話することが稀なのかも。
 あ、馬がいるって言ってたっけ。
 いつか見てみたいなあ。




 私は今、食材庫の中へ入り、周囲をぐるりと観察している。
 ゼスさんは入り口のところで立っていて、分からないことがあったら教えてくれる手筈である。

 うん。ざっと見た感じ、予想した以上に色々な食材が並んでいる。

 さきほど調理場を覗いた時も、調味料や油などの必要と思われるものは大体揃っているようだった。

 ゼスさんは普段紅茶と茶菓子以外の食べ物を口にしないそうだから、これらは全て私を屋敷に運び込んでから買い揃えたものだろう。

 確か、自分では必要なものが分からないから行商人に頼んで揃えさせたって言っていたような気がする。
 行商さん、有能ですね。

 …………ん?待って。人族が食べるものが分かるということは、商人さんは人族だよね。
 敵対する種族同士のはずだけど、大丈夫なのかな。


「あの、ゼスさん。この食材を見繕ってくれたという行商の方は人族ですよね。お屋敷に出入りするのを許可しているのですか?」

 一応私も人族には違いないが、この世界に来て間もない私は他の人族とは全く接点がない。でも商人さんは違う。

 魔族の情報を探るためにやってきたスパイの可能性は?

 私が何を心配して言っているのかを察したらしいゼスさんは「心配には及ばない。私には魔眼があるのを忘れたか?」と言って冗談めかして笑った。

 そっか、そうだよね。悪意をもって近づいても魔族にはお見通しなんだよね。

 そうすると、商人さんは魔族への悪感情がない人族なのか。この世界では珍しいのでは?

 ゼスさんがいうには、ある日森を散策中、人族の男がひとり、何故かにこやかにこちらへ手を振りながら近づいて来たそうだ。

 警戒したゼスさんが取った行動は、私との初遭遇の時と大体同じだった。
 つまり、素早い動きで背後を取り、相手の体を拘束してナイフを突きつけたそうだ。

 これには流石に恐怖の表情を浮かべていたそうだが、その後人族の言語で色々と問い詰めたところ、「行商で近くを通ったので立ち寄った。魔族が住んでいると聞いていたから、商売のチャンスだと思った」などという驚くべき理由を一貫して主張したという。

 そこはまだ森の浅い場所だったが、その奥は魔獣と魔族、そして野生動物達の領分である。

 ただの商人が屋敷まで無事に辿り着くつもりだったのだろうか?

 かえって怪しさが増してしまったが、魔眼で確認すると嘘偽りないという結果。
 それどころか悪意も微小、敵意に至っては皆無だった。

 悪意に関しては、少しでも有利な条件で商談を進めたいといった気持ちから生まれた感情の可能性が高い。
 そう思う程に、口を開けば商売の話ばかり聞かせてくる。

 何だかもうどうでも良くなってしまったゼスさんは、行商人に言われるままに荷馬車が置いてある場所までついて行った。
 
 こうして取引が始まったが、最初は屋敷までの立ち入りを許さなかった。
 何度かの商品のやり取りを経て信頼するに至り、屋敷の出入りを許可したのだとか。

 今では、行商人から購入した紅茶と茶菓子が大のお気に入りのゼスさんなのだった。





 さてさて、たくさん食材が並んでいるけれど、すぐに食べられそうなものはあるかな。 

 あ、良かった。パンがある。これさえあれば何とかなる。それに、芋、大根、人参………
 
 うん、世界が違っても似たような野菜があって良かった。

 あとは、ブロッコリー、ほうれん草、キュウリ、トマト………ん?

 今って真冬だよね。
 あんまり自信はないけれど、キュウリやトマトって夏野菜じゃなかった?
 ハウス栽培の技術なんてあるの?

 食材庫の入り口で所在なさげに立っているゼスさんに訊いて見たところ、「季節を問わず収穫できるのは、おそらく《恵みの水》の恩恵だろう」とのこと。

 え?《恵みの水》ってちょっと元気になるくらいの効果しかないただの水だとばかり思ってたよ。

 どうやら《恵みの水》は私が思っていた以上に有能だったらしい。 

 まず、私が感じていた効果はおおよそ合っていて、あの水を飲むと体力が僅かに回復するようだ。

 本来の目的は、干ばつなどで水不足の時にそれぞれに水が行き渡ることだから、人体への余計な効果は求めてないのだろう。

 そんな《恵みの水》だが、種を植えた畑に撒くと土に栄養が回って肥沃な土壌ができ上がり、その土で育った作物は本来栽培に適さない時期に育てても元気に成長するらしい。
 
 ………もう何でも有りですね。

 それにしても農家の人達、1回当たりコップ1杯ほどの水しか出せないのに、よく畑に撒こうと思ったね。
 畑が広いと毎日の水やりが地獄になりそうだ。


 こうして食材庫の確認を終え、何とか料理を完成させ、私はこの世界で初めての食事にありついたのだった。
 味?普通に美味しくできたよ。

 水道が存在しないので《恵みの水》を鍋に溜めて料理に使った。
 1度に少ししか出せないのはかなり不便に感じた。
 人族の街には井戸があったりするのかな。

 調理の途中、ゼスさんも食べるか訊いてみたのだが、「次に行商人が訪問するまで食糧がもつか分からないのだから、少しでも節約した方がいい」と言って辞退していた。
 お気遣いに感謝します。



 食事を終えた後は、何か困ったことがあった時のためにゼスさんの部屋の場所を教えてもらった。
 ゼスさんの部屋は普通に片付いていて、埃をかぶったりはしていなかった。

 しかし、ゼスさんに許可を取った上で隣の部屋の扉を開けたところ、部屋一面に埃が積もっていた。

 これはどういうこと?

 そのままゼスさんに疑問をぶつけたところ、ゼスさんの私室と調理場周り、そして廊下以外は今目の前に広がっている光景と似たような状態らしい。

 酷い状態だが、以前はこれ以下の悲惨な状態だったとか。
 何とか辛うじて自室だけは清潔に保っている、という有り様だったそうだ。

 それを改善したのがなんと、屋敷に来るようになった行商人だった。

 屋敷へ出入りすることを許され嬉々として足を踏み入れてみれば、屋敷は酷い有り様。

 魔族も人族の食べ物を口にできると聞き、その日は初めて食べ物も商品として持参してきたというのに、これではきっと購入してもらえない。

 そう思った行商人は屋敷の廊下と調理場周辺を《浄化の光》できれいにすることにした。

 行商人の行動が実を結び、ゼスさんは試しに紅茶の茶葉や果物など、いくつかの品を購入することを決めた。

 そして次回からは、訪問する度にそれらの場所を浄化してくれているそう。

 2度目からはちゃんと報酬も出しているって言ってたよ。


 つまり、ゼスさんは自室以外の掃除はしていない。 

 そういえば、私の部屋が埃だらけだったのは《浄化の光》を使わせて人族かどうか見極めるため……とか言ってた気がするけど、違うよね。

 普通にどの部屋も長年手つかずで放って置かれてただけだった。


「うーん………」

 埃が積もった部屋を見つめながら考える。

 これ、明日からの私の仕事にできないかな。

 部屋を巡り、《浄化の光》をお掃除代わりに使って回るのだ。

 なかなかの広さのお屋敷みたいだから1日では終わるか心配だけど、頑張れば何とかなるんじゃないかな。
 

「ゼスさん、明日から《浄化の光》を使って全ての部屋を掃除して回ろうと思うのですが、構いませんか?」

「……ふむ……。それはこちらとしては願ってもない話だな。私はどうも使わない部屋まで掃除しようという気にならなくてな。君が負担にならない程度にのんびりやってくれればいい」


 こうしてゼスさんの許可をもらった後、私の部屋の前で挨拶をして別れた。

 部屋を出る前と同じ、中途半端に浄化された部屋に帰ってきた。

 少し疲れたのでベッドに横になる。

           
 少しでも私にできることがあって良かった。

 ただの居候では申し訳ないと思ってたんだ。

 ゼスさん、恩を返すためにも明日から頑張りますね。


 そうしてあれこれ考えているうちに次第にまぶたが重くなり、私は眠気に抗わずに目を閉じた。

 おやすみなさい

 



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