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過ぎたるは猶及ばざるが如し

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「これより、勇者召喚の儀式を始める!聖女よ、前へ」
「分かりました」
とある王国の王都にある大神殿の祭壇の前に立った聖女は、祭壇の前に引かれた勇者召喚用の魔法陣に向けて召喚呪文を唱える。
魔王軍の侵攻が目前に迫った王国において、規格外の能力――恐らくは史上最強の魔力を持つと言われた聖女による異世界からの勇者召喚の儀式が今から開始されようとしていた。
儀式に出席していた国王は自分の治世に魔王軍の進撃を受ける不運を嘆いていたが、規格外の能力を持つ聖女が同じ時代に現れたことは神の導きであると、心から感謝していた。
同じく儀式に出席していた大司教も史上最強の聖女である彼女の実力ならば、史上最強の勇者を呼ぶだろうと信じていた。
そして、召喚呪文を唱えた聖女から放たれた光に魔法陣が反応し、魔法陣本隊よりこれまで誰も見たこともないような光が発せられると、その光は世界全体を覆った。
しかし、光が収まった直後、ある者は聖女が嘆息して呟いた言葉を聞いたと言う。
「ああ、天はわれほろぼせり……天は予を喪ぼせり……」

それから10年後――。
世界は完全に崩壊してしまっていた。
確かに聖女による勇者召喚の儀式はある意味において成功はした。
しかし、史上最強の聖女と謳われた彼女が持つ規格外の能力は、余りにも規格外であった。
召喚の儀式で呼び出されたのは1人では無かった。
推定、約80億人――「チキュウ」と呼ばれた異世界に住む全ての人間をこちらの世界に召喚してしまったのである。
この世界の人間と魔族と獣人を合わせても8億人ほどしかいないこの世界にその10倍の人間が増えたらどうなるか?
たちまち、食料や資源が足りなくなり、この世界の人間や魔族や獣人までも巻き込んだ食料や資源の争奪戦が始まった。
しかも、異世界人の「無知」によってこの世界の秩序が無視されて彼らの常識で世界が塗り替えられ始めた。
異世界人による数の圧力に耐えきれなかったこの世界の国々は人間・魔族を問わず悉く覆され、更に異世界人同士の争いまで始まったため、この世界は混沌に流されるまま動くことになった。
この原因を作った聖女も、庇護してきた教会が教義ごと喪われてしまい、誰もその消息を気にするどころでは無くなってしまっていた。

やがて、破壊と殺戮の果てにかつての異世界人による新たな世界が構築されることになるが、魔族や獣人達は想像上の存在とされた。
更に時が進み、文明の再建と共にかつてのこの世界に存在していた国々の遺跡や文物が発見されて日の目を見ることになるのだが、ごく一部の好事家の間では「喪われた超古代文明」によるものとする憶測がなされているものの、学会の主流はこの見方に対して否定的である。
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