心のスプーン

リン

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心のスプーン

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「あーんして」
「ふーん」
「ふーんするやつがあるか、あーんしろ」
「なんであたしに命令するんだ。あたしのほうがえらいだろ」
「いまはあんたのメイドだけど、学校では同級生だったんだからべつにいいだろ」
 公爵令嬢のあたしに生意気な口を叩くのは親友だったアリサだ。
 アリサは異世界から来た日本人という人種だ。
 漆黒の髪と瞳を持つこの世界ではみることのできない容貌をしている。
 だけど、いまはあたしのメイドとして、あたしの身分の家格にふさわしい清楚なメイド服を着て、かしづいていなければいけなかったけど、そんなことはぜんぜんないのだった。
「ベローナ、早く食べてよ」
「ごしゅじんさま、おくちにおあいませんか?と聞いてきて」
「ごしゅいんさま、おくちがまっかにされたいですか?」
「されたくない。あーん」
「ようやく、口を開けてくれたか。めんどいことこのうえないな」
「もぐもぐ、おいちい」
「おいしいか、じゃあ、わたしもたべるわ」
「なんであたしのおやつたべるわけ?」
「そういうメイドもいていいこの世界」
「いちゃいけないでしょ」
「そんなもんか」
「損するあたしは公爵令嬢で、あなたはあたしの専属メイド」
「エロい単語使うな」
「脳みそがエロすぎだろ」
 日がな一日つまらない日々を送らざるを得ない貴族としてはちょっとだけありがたい存在ではあった。親友だった気兼ねなさがあたしのつまらない気持ちを和らげてくれる。
「ひまさえあれば、わたしのおっぱいもむな、ベローナのわるい癖だ」
「だって、そこにあるのがいけないんじゃない?」
「女同士でもゆるされることとゆるされていいことがあるんだ」
「あたしはゆるされなくてもする身分だ」
「よくないゴミ分だな」
「ちゃんとわかってるからな、あたしは以心伝心の能力持ちだから、言い換えなんて直ぐにバレるんだぞ」
「ちゃんとわかっててやってるってわけ」
「ひどいご身分だ」
「だったら、わたしを貴族さまにしろ」
「それができたらやってるって」
「本気だったか、さすがわたしの親友だっただけはある」
 お屋敷の前の広い庭には日が燦々と音楽を奏でるように降り注ぎ、あたしとアリサは気持ちよくその恩恵を神から受けているのだった。
 ティータイム。
 午後の紅の茶。
 それと白い匂いのする茶色のお菓子。
 銀製の初代さまが使用されていたテーブルと椅子のあるバルコニーの外、そこの地べたに布を敷いて、楽しいひとときを送るのだ。

 アリサとあたしはお屋敷の一室にいる。
 アリサがあたしの長い髪をブラシで梳いてくれている。
 「きもちいいだろ」
 「ベローナさまの髪は細くて滑らかでいいだろ、梳き心地もいいはずだ」
 「滑らかにしているのはわたしだけどな」
 「明日、同級生だった貴族の子がくるけど、どうする?あなたを好きだった男爵だけど」
「身分をかさにきて、やなことしてきそうだから、遠慮しとく」
「じゃあ、そーつたえとく」
「わるいこだな、ベローナは」
「あたしはいいこでもなければわるいこでもない。なぜなら公爵令嬢だからね」
「令嬢ではあっても、公爵ではないからな」
「おとうさまの身分が、あたしの価値を決めるのだ」
「わたしの価値はじぶんで決めるけどな」
「だから、雇ったんだ」
「人を見る目だけはあるな」
「以心伝心の能力でそのひとの誠実さが分かるからねって、なんかおかしくない?」
「なにもおかしいことはないぞ」
「たしかにほんとうのことをいっている。なぜだ、おかしい気がする」
「気のせいだな」
「それはうそだね、やっぱどっかでおかしなこといった」
「面倒なやつに仕えてしまった」
「本心からいってる。かなちい」
「かなしめ、かなしめるのもいまのうちだ。いずれどこともしらないやつと結婚させられて諦めを覚えることになるからな」
「事実をいうな、未来はだれにも解放されているのがいい」
「そういうご身分ではないだろ」
「ゴミ分のがよかったかな」
「メイドのほうがいいぞ。好きな人と結婚できそうな気がするからな」
「気のせいだね」
「それはわからないのが未来というものだな」
「未知との遭遇にあこがれているといい」
「ご命令とうけとっておく」
「都合のいいメイドでよかったね」
「都合のわるさだけはピカ一なベローナだ」
「髪梳けた?」
「ちょうどいまおわったぞ。早く公爵様にみせてこい」
「ちょっくらいってくるら」
「へんな日本風をおぼえさせてしまったな」

一日の決まり事として、家長である、公爵にご挨拶する儀式がある。そうでもしないと数日会わないこともふつうにあるからだ。公爵は意外と忙しい仕事で、お屋敷をあけることも多いのだ。
あたしは貴族令嬢よろしく片膝を軽く曲げて、おとうさまにご挨拶をした。
「おとうさま、ごきげんうるわしゅう」
「よくできるようになったな。ベローナ、アリサとはよくやっているか」
「おとうさま、アリサがいくらいじらしくても、愛人にはさせませんからね」
「親のこころを読むやつがいるか。わたしはそこまで落ちぶれていない」
「落ちぶれてはいませんが、その気があるのはしっています」
「それと口にするのはちがうということだ」
「おかあさまにいいつけてもいいんですよ」
「なにがほしいんだ。いってみろ」
「明日の男爵来訪の際に、アリサを別の仕事に回して会わないようにしていただけませんか」
「そういうことか、アリサはよい主人をもったな」
「知らないのは本人だけです」
「わかった。アリサには街へ買い出しに行ってもらうことにする」
「それでこそ、おとうさまです。いつまでもおやさしくいらしてください」
「まあ、娘思いの父でいたいとは思っているな」
「それならアリサのことはお忘れになられますよう」
「人の気持ちはそうは変えられないが、こころしているということだ」
「ありがとうございます、おとうさま」
威厳のある石造りのような風体の父でもあたしには神像の石灰岩でしかないのだ。

アリサは街へ買い出しに出かけていた。
公爵領ともあって、街の中心部はかなりの賑わいだ。ただどうしても帝都には劣ってしまう。
もともとベローナとアリサのいた学校は貴族と異世界人しか入学できない帝都の専門校だった。
そこでは、貴族は儀礼と教養を、異世界人は特殊任務のための教育を受けていたのだが、アリサは任務遂行とは相性の悪い特殊技能だったため、ベローナの要請もあり、公爵家へメイドとして引きとられたのだった。
街では先日ドラゴンがでたとの噂で持ちきりであった。しかも、それを倒したのが、今日、公爵家へ来客するギルベルト男爵だというのだから、驚きだ。
アリサはギルベルトを見直そうかとも考えたが、そういえば、ベローナがギルベルトにはすでに女がいて、アリサを見初めて入るが二人目の女にするつもりだとの忠告を思い出していた。
今頃、公爵とベローナの前で男爵は自慢話でもしているのだろうか。

「それで、わたしはドラゴンの腹を槍で突いたのです」
「ドラゴンの翼にかすったのね」
「ドラゴンはもんどりうって、倒れて、最後は部下に仕留めさせました」
「部下が男爵を庇って死んだけど、本当はその人がドラゴンを倒したみたいね」
「ふたりともまったくいっていることが違うな」
公爵は呆れていた。
以心伝心能力のある娘の前でよく嘘がつけたものだ。
「公爵、ベローナは素敵な女性かも知れませんが、わたしの件については明らかに嘘をついています。信じてください」
「おとうさま、あたしがいままでおとうさまにうそをついてきたことは、ちょっとはありましたが、今回について一切うそはいっていません」
「街の民衆に聞いていただければ、わたしが嘘偽りない言葉で述べているのがすぐにわかります、ベローナはなぜかはわかりませんが、わたしの戦功にたいして失礼ながら侮辱しています!」
「公爵令嬢たるあたしを侮辱というのはおとうさまにたいする侮辱発言です。男爵、撤回してください!」
「ふたりとも喧嘩はやめなさい。わたしはどちらも信じてはいる。ドラゴンを倒したのは確かに男爵にとって素晴らしい戦果だったろうが、私は24体倒しているから、そう珍しいことではないと心得たまえ」
「おとうさまは、男爵の手前そういっているだけです。残念でしたね」
「ベローナ、以心伝心があるからといって、嘘をついて優位に立とうとするとは、見下げてしまったな」
「熱くなるのはよしなさい、男爵。これ以上は公爵家への非礼と判断する」
公爵は威信にかかわることなので、ギルベルトをきつくたしなめたのだった。
その後ろではベローナが舌を出していたが、ギルベルトはぐうの音もでない自分に苛立つしかなかった。彼はうそをついていない。それを信じてくれないもどかしさに唇をかむしかないのだった。
ベローナは男爵がアリサ目当ててで今回の来訪を計画したのもきづいていた。それをしづらくするうえでの布石だったとは、ギルベルトには知る由もないことだった。

ベローナとアリサは後輩を接待している。
公爵家へやってきた来賓のなかに、自分たちの専門校の生徒が三人ほどまじっていたのだ。
初代が贅を尽くして作成させた銀のテーブルのあるバルコニーの先の庭の地べたに布を敷いて、三人をもてなすベローナとアリサはいつもならやらないじぶんでお菓子のほおばりをやっていた。
さすがに後輩の前でそれはできないくらいの礼儀はわきまえているベローナだった。
「剣の練習のほうはまだやってるのでしょうか」
アリサは学校では剣戟の天才だった。
後輩の質問にアリサは首を振った。
後輩たちは少し気まずそうにしながらも、アリサの境遇を思うのだった。
「わたしはいま、ごしゅじんのベローナにメイドとして仕える身だから、剣はやらずにスプーンを持っているな」
「スプーン?それはなぜでしょう」
「それ以上言ったら、メイドをやめさせる」
ベローナはまずいことをいうつもりのアリサを察知して、すぐに制した。まずいことというのは、いつもはベローナにお菓子を口に入れてもらっていることにほかならない。
後輩たちはアリサがスプーンを武器にして暗器のように扱っているのかと勘違いしている。
状況から見れば、そう考えるのも無理はないが、しずかに目を閉じて俯くアリサの横で、以心伝心できるベローナはほくそ笑んでいた。
「みんな学校の制服が似合っていていいね。あたしなんか制服が短くてすごく恥ずかしい思いをしていた」
「そういえば丈のあっていない制服でしたね。なんでだろうと、ずっとおもっていました」
「あれはおとうさまのいいつけで、これ以上大きくならないように服を新着させてもらえなかったんだよ」
「公爵さまは迷信深い方なのですか」
「そうじゃない。ベローナが同じ制服を何着も買ってしまったから、あとで服を買い替えてもらうのが言いづらくて、できなかったんだ」
アリサはベローナの事情ならすべてを知っている。
「かわいい後輩が三人もならんでいると、ご褒美のお菓子みたいで、なんかいいね」
「誤魔化すのが下手だな」
「先輩方の在学中はいつもよくしていただいたので、先輩方にお土産をもってきました」
「もちろんそれを言い出すのをまっていたよ」
「これは今学校で育てている新種の花の小鉢なのですが、わたしたちがそだてている花の球根が芽を出したもので、よかったら受け取っていただけますか」
「後輩が大切にそだてたものなら、なんでもありがたくいただくよ」
「育てるのはじぶんだけどな」
「アリサはそういう役目なんだから、自覚して」
「自覚はしている。無自覚がそうじゃないだけだ」
学校でよく見かけたベローナとアリサの掛け合いをながめながら、三人の後輩は懐かしくもうれしい気持ちがおさえられなかった。気づけば少し距離を取っていたのが、だいぶ近づいて、五人が詰められた贈答品のお菓子のようになっていた。そこにはお菓子でできた花束のような清々しい空気感が漂うのだった。

「我が領も増税するしかないようだ。領民への恩恵も減らさなくてはいけない。国の資金が底をついたという報せが入った」
公爵が苦渋の表情を浮かべている夕食に、ベローナは素知らぬふうに食事をとっている。その斜め後ろではアリサが控えて、なにかいいたそうにしているが、口を閉ざしている。
「そこでなんだが、ベローナには国王さまと大臣たちの様子を見に帝都へ行ってもらえないか。宮廷が何を考え、私達貴族に何を求めているのかいち早く知っておきたい」
「おとうさまのおいいつけなら、いなやはございません。ただし、アリサの同行を許していただきたいのです」
「アリサは宮廷には入れても、貴賓室には入れられないぞ」
「それでかまいません」
「とくに最近大臣が変わっているから、それを念入りに調べてきてほしい。どういう人物なのか知りたいのだ」
「たしかこの国始まって以来の女性の大臣だとか」
「あまりいい噂は聞かない。口だけだという者もいるが、真偽はおまえに頼みたい」
「アリサはあたしに付き合いすぎてメイド服がよれています。一着新しいメイド服をおねがいしてもよろしいでしょうか」
「易いことだ。今回については重要任務のために費用は惜しまない」
「アリサよかったね。新しい服もらえるって」
ベローナは後ろのアリサに声を掛ける。
「それと、いつも使用しているスプーンをひとつもっていってもよろしいでしょうか、公爵さま」
「なんにつかうんだ?」
「それは秘密です」
答えたのはベローナだった。
公爵は不思議に思いながらもベローナとアリサについては彼女たちの秘密があり、それは勘づいていたが、重く口を閉ざしているのは知っていることなので、ここでたずね返すわけにもいかなかった。

宮廷の規模は公爵家のお屋敷の十倍はあろうかという壮大さだった。
学校にいたころは、遠くから見かけるだけの景色としか映らなかったその場所に、ベローナとアリサはいる。ベローナは幼少のおりに一度宮廷内に入ったことがあるらしかったが、物心つく前のことでおぼえてはいない。
宮廷のメイドたちがかしずくなか、執事に案内されて、客室へと向かう。
ふたりが客室でしばらくぼんやりと部屋の脇に置かれた異国風の花瓶を眺めていると、高官とおもわれる背の高い身なりのいい貴族が現れて、国王との謁見へと導かれた。
「あの花瓶、まえあたしが割った花瓶にそっくりだった
「だから、眺めていたのですか。てっきり見とれていたのかと思いました」
ふたりの雑談を聞いていた高官が答えた。
「よろしかったら、あの花瓶をご要望なされては?国王さまは気前が良いので快諾されるとおもいます」
「そういう国王さまのお人柄は素晴らしいと思いますが、我が家には割れた花瓶がありますので」
「捨てていないのですか?」
「庭の何処かに埋まっているでしょう」
ベローナの頓珍漢な会話についていけず、高官は黙るよりほかなかった。
「ベローナさま、わたくしはここで控えたく存じますが」
いつものアリサらしからぬ言葉遣いが、ここが特別な場所であることを示していた。
「長居するつもりはないけれど、時間がかかるようだったら客室に戻ってて」
「その時は、お嬢さまのお言葉に甘えさせていただきます」
それは待っているという意味だった。
「好きにするといいわ」
そのことばを置き去りにして、王の間の扉はひらき、衛兵の間をベローナはすすんでいくのであった。

ベローナは国王との謁見を済ませた。
国王との儀礼的な言葉の応酬はつまらないものだったが、用件である新大臣との謁見の約束をとりつけることができた。
公爵令嬢ではあるが、父の代理であるため、国王としてはなにか恩寵を与える必要があったが、新大臣と話がしたいという程度だったのであっさり快諾したのだった。
客室への戻り際、ベローナとアリサが宮廷の回廊を時の流れを繰り返すような感覚であるいていると、新大臣が待ち構えていた。
彼女は大臣と言うにはまだ若い女性だった。髪を短く切り、サバサバした風貌であった。
新大臣自ら客室の扉を開けて、衛兵はわずかに驚きの挙動を隠せなかった。
ふたりは新大臣に軽く膝を曲げて挨拶をして、客室へと戻った。
テーブルには、会談用にしつらえた飲み物と軽食が用意されていた。
器はどれも銀製である。国威のあったころの名残のように使い古された食器だった。
凹凸の緩んだ銀の造形はこの国の行く末を物語っているようでもある。
その整然とした配置を中心として、対峙するように新大臣とベローナは腰を下ろした。
アリサはベローナの後ろで控えている。
「新大臣は各貴族への負担増をお決めになられたとか、かなり厳しい決断をされましたね。ほとんどの者が嫌がっていたでしょう」
ベローナはいきなり切り出した。新大臣は政治を語るには若すぎるこの女の子が自分を気遣いながら政治談義をはじめたのに驚いていた。
「たしかに、抵抗はつきものです。しかし新しいことをするにはお金がかかります」
「大臣はこの国の国費についてどうお考えでしょうか」
「詳しいことは公爵さまにもお知らせできないことなので申し上げられませんが、一般的に見てかなり苦しいという理解で間違っていません」
「それで大国に頼るおつもりですか?」
それは新大臣の予想外の的を射た質問だった。
「ど、どうしてそれを知っているのですか?」
「公爵家の情報網を侮ってはいけません。だいたいのことはわかります」
あなたから、とベローナはこころのなかでつづけた。
「アリサ、説明してさしあげなさい」
「かしこまりました。メイドの身分ですが状況説明させていただきます。まず、大国はこの国との戦争を望んでいます。そのうえで、使えそうな駒をさがしていたところを、あなたに目星をつけて、白羽の矢を立てられたのです」
「メイドのあなたがなぜそれを知っているのです。そんなことこの国の誰も知りはしない。そもそも真偽不明の言説です」
異論を唱えながら、新大臣は頭を巡らせた。彼女が接触した大国の高官との会話との整合性はパズルのピースがあてはまるようにそろっていく。信じられないことが彼女の脳内におこっていた。
「事の真偽は答える必要はないでしょう。公爵家としては新大臣の信念を信じているとだけお伝えしたいと思っております。わたしどもの理解では大国は戦争をしたがっています。国王にその気質があります。なのでいま一番落ち目のこの国が狙われたのです」
ベローナは眼差しを新大臣に向けた。その研ぎ澄まされた矢じりのような視線を新大臣はまともにくらい、息をのんだ。
このふたりは自分でも知らないことをすべて知っている。それはなぜかは理解不能だが、すでに書かれた歴史書を読んでいるかのような答え方をしている。
これは予定されたこのなのだろうか。そんな不思議な感覚の中、新大臣は本来の目的である国家再建が、じつは今は危険であるとの理解がじぶんのなかで深まっていくのを悟っていた。
「おっしゃりたいことはよくわかりました。公爵家の特別な情報提供には感謝いたします。しかし、やはり、国家のことは外部に依存するのは良くないことでありますので、参考程度ということにさせていただけるとたすかります」
「そのおことばを大臣閣下からいただけて、公爵家としてお礼をもうしあげなければなりませんね。それでは、我家に伝わるスプーンを口にくわえていただけますか。それをお礼とさせていただきます」
「スプーンですか?」
「アリサが今手にしているものです。これはじぶんがあつめた相手の本心がすべて記憶されています。記憶のスプーンです」
「大臣閣下、お口をお開けください」
「こうですか」
口を開けた新大臣のそばにアリサがよると、スプーンを新大臣にくわえさせた。
するとどうだろう、新大臣の記憶の中にしらない知識がみるみるとはいっていく。
それは国家機密といっていいレベルの知識ばかりだった。そうでもない下世話なギルベルトという若者貴族の知識もあるが、ほとんどがこの国の役に立ちそうなものだった。
「これはすべて事実なのでしょうか」
「事実ではなく本心というのが正しいでしょう。間違った理解をする者についてはそのままでてしまうので事実とは異なりますが、他の知識とのかみ合わせですべて解明できるかと思います」
「大国との戦争となれば、国費はみるみる赤字となり、再建することも不可能になりますね」
「そういうことです。今は国家の再建より、外交で大国に隙を見せないことが一番かと考えます」
「そのようですね。私の考えが浅かったことを認めざるを得ません」
「このスプーンの秘密は代々伝わる公爵家の秘密なのでごないみつにおねがいします」
「もちろんです。貴重な情報提供に感謝いたします」
じつはスプーンはただのスプーンでしかなかった。
アリサの特殊能力、いちばん大事な相手の記憶をすべて抜き取る力、それはベローナにとってどうしても隠しておかなくてはいけないものだった。
アリサの気持ちをアリサが黙っている上、ベローナとしては誰にも打ち明けてはいけないものなのだ。

宮廷から貴族用の宿泊施設への帰り際、ベローナはアリサに似合いそうな星の彫刻のある髪留めを購入した。
それがベローナのアリサに対するいまの気持ちであった。
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