銀の王子は金の王子の隣で輝く

明樹

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 僕は今、村長の家の裏手の丘に一本だけ生えてる大きな木の下で俯いている。
 木を背にした僕の前には、ラズールが立っている。腕を組み、無言で僕を見下ろしている。

 
 ラズールの話が終わったあとに、各自与えられた部屋へと下がった。
 僕も部屋へ行こうとしていたら、ラズールに呼び止められて、有無を言わさずにこの丘まで連れてこられたのだ。
 これは僕だとバレたのだろうか?それとも怪しい人物として詰問されるのだろうか?
 重苦しい空気に困っていると、ようやくラズールが口を開いた。

「俺の隊では見たことない顔だ。名はなんという?」

 あれ?バレてないの?
 僕は少しだけ安堵して顔を上げる。

「…ノアと言います」
「ノア…か。ネロはどうした?」
「ネロが腹痛で困っていたので…僕が代わりに」
「なるほど。それで何者だ?」
「僕は…イヴァル帝国軍の一員です」
「ふむ。華奢な身体つきだが、危険な任務をこなせるのか?」
「できます」

 ラズールが腕を解いて目を閉じ、長く息を吐き出した。
 僕はビクンと身体を揺らす。
 帰れと言われるのかと恐る恐るラズールの顔を見ていると、ラズールがふっ…と表情を和らげて片膝をついた。そして「全くあなたは」と言って、いつものように僕の両手を握る。

「そのような格好までして、ここで何をしているのです?」
「…気づいてたの?いつから?」
「村長の家に着いてからです。出発前に気づかなかったことが悔やまれます」
「でも髪色も違うし顔も隠してたのに」
「どれだけ長くあなたと共にいると思ってるのですか。俺はあなたがどのような姿をしていようとも、すぐにわかりますよ。それより、その髪はどうしたのですか?」
「これは母上の形見だよ。母上に愛されたことはなかったけど、何か持っていたくて、このカツラと手鏡をもらってたんだ」
「そうでしたか。その髪色も似合いますね」
「ほんと?ありがとう。あと勝手なことをしてごめん、ラズール」
「ふっ、本当に反省してますか?」

 僕を見上げるラズールが、優しく笑う。

「してる…」
「あなたを危険な目に合わせたくなかったが仕方ありませんね。明日、俺の傍を離れないでくださいよ」
「うん、わかった。潜入ってそんなに危険なの?」
「他国の領地に踏み込むわけですから、見つかれば戦いになるかもしれません。でも必ず俺があなたを守ります」
「ラズールに迷惑はかけないよ。自分の身は自分で守れる」
「迷惑などと微塵も思っておりません。危険な時はすぐに俺を呼んでください。それと、あなたのことは皆には内緒にしておきます」
「あ、そうだね。女王が男だとバレたらダメだもんね」
「そこは大丈夫です。男装してると言えば皆納得しますから。あなたが王だと知れば、皆があなたを特別に扱う。それをバイロン国の者に気づかれたくない。もしかするとこの村にもバイロン国の者が潜んでいるかもしれませんし」
「そっか…わかった。じゃあラズールも、僕を下っ端の兵としてこき使ってよ。露骨に守ってると怪しまれるよ?」
「それは…困りましたね」

 ラズールは立ち上がると、握っていた両手を離して後ろの木に両手をついた。
 僕の身体が大木とラズールの間に閉じ込められてしまい、困惑する。

「ラズール、やっぱり怒ってる?」
「いえ、心配してるだけです。フィル様、今夜は俺の部屋で休むように。寝ている時にカツラが取れて、他の者に銀髪を見られてしまったら困りますから」
「うん…」
「では戻りましょうか」

 ラズールが身体を離して僕に手を差し出す。
 その手に手を乗せると、優しく握りしめて丘を下り始めた。歩きながらラズールが前を向いたまま口を開く。

「フィル様がどのような姿をしていてもすぐわかります。だが今回あなただと確信したのは、そのストールです。それは黒く見えますが、少しだけ銀糸も入っているのですよ。だから陽の下ではキラキラと光る。あなたの髪のように。それを持っているのはあなたと俺だけですから。それを使ってくれて嬉しいです」

 僕は、僕の手を握るラズールの大きな手を見つめた。
 そうか、ただの黒じゃなかったんだ。
 ラズールはいつも僕にいい物を与えてくれる。
 リアムがくれた物が一番嬉しいけど、ラズールがくれる物も嬉しい。
 僕は改めてお礼を言おうと顔を上げた。その時、赤く染まったラズールの耳が目に入った。寒いのかなと手を伸ばして触れたら、ラズールか勢いよく振り向いた。珍しく驚いた様子のラズールに僕も驚き、続いて可笑しくなってきて「そんなに驚かなくても」と声を出して笑った。
 ラズールは声に出さずに何かをブツブツと呟いていたけど、すぐに前を向いてしまった。
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