ふれたら消える

明樹

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 母さんからの電話で、昊が事故にあったと知る。スマホから聞こえる母さんの悲痛な声を、ぼんやりと聞いていた。まるでテレビから流れてくるニュースを耳にしているようだ。曖昧に返事をして、父さんと一緒に昊がいる病院へ行くとだけ伝えて、電話を切った。
 スマホを握る手を下ろして、俺はその場に立ちつくす。
 ……え?待って。事故?なんで?俺…間に合わなかった?母さんは事故とだけしか言わなかったから、状況がわからない。昊は、たぶん、死ぬつもりだったはずだ。自分からぶつかった?でも母さんは、相手がいるような口ぶりだった。昊は、人に迷惑をかけることはしない。自分からぶつかったんじゃない。ということは、不運にもぶつけられたのか?
 グルグルと頭の中で疑問が渦巻く。昊のことが心配で、早く傍に行かなきゃと思うのに、身体が重く動かない。まさかとは思うけど、絶対に無いとは思うけど、病院に行って、昊の状態を確認するのが怖い。
 頭では早く行くべきだとわかっているのに、身体が固まって動かない状態に焦っていると、手の中のスマホが震えた。反射的に画面を見ると、父さんからの電話だった。急いでタップしてスマホを耳にあてる。

「父さんっ」
「青、母さんから聞いたか?いま会社を出た。俺が家に着いたらすぐ出れるよう、用意して待っててくれ」
「わかった」

 父さんの声を聞いて、ようやく身体が動いた。
 俺は家まで走り、父さんが帰ってくるのを玄関の前で待った。
 父さんを待っている時間が、永遠のように感じた。でも実際には三十分ほどしか経っていなかった。待っている間に、母さんに電話をかけたけど出なかった。もっと詳しく聞きたいのに。今、どういう状況なのだろう。昊の状態は?どうか無事でいてと願うことしかできない。早く、早く昊の傍に行きたい。昊に会ったら、もう二度と離れない。ずっと傍にいる。どんなことからも俺が守る。
 どうか神様、全ての災厄を俺に降らせていいから、昊を助けてください。
 何度も何度も願っていると、ようやく家の前に車がとまった。俺は素早く助手席に乗り込み、「急いで!」とだけ叫んで、病院に着くまで無言で昊の無事を祈り続けた。

 病院に着き、案内された病室で昊は眠っていた。生きていたことに安堵して、全身から力が抜けた。その場に座り込みそうになった。しかし医師の言葉に心臓が凍りつく。
 昊の身体は、打撲やすり傷だけで、大きな怪我はない。でも頭を強く打ってるらしく、いつ目を覚ますのかわからないと言う。
 泣き出した母さんを連れて、父さんが病室から出ていく。医師も父さんと話をするために、出ていった。病室には俺と昊だけ。
 俺は、病室に入る前に消毒した手を、昊の顔に伸ばした。滑らかな頬に触れ、昊の名を呼ぶ。

「昊…昊…痛かった?怖かったよな。ごめん…傍にいなくて。もうこんな目には合わせないから…俺が絶対に守るから…だから、目を覚まして」

 昊の白い頬に雫が落ちる。
 昊が一人で思い悩んで、苦しんでいたことが辛く悲しい。俺に相談してほしかったのに、どうして一人で抱え込んじゃったの?何か理由があった?
 でも今は、ただ昊の回復だけを願う。
 そして昊が目覚めた時に安心して笑えるよう、ちゃんと両親と話をしようと、俺は涙を拭いて病室を後にした。
 
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