世界樹の庭で

サコウ

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 兵舎は夕暮れ時は何だか慌ただしい。一日の終わりと明日の準備とで、暗くなってしまう前にと人々が動き回っている。
 そんな喧騒を横目に、僕たちは半地下の倉庫を目指す。古い武器や鎧が押し込まれている、物置となってしまっている倉庫。森側に在るためにしばしば魔物の被害があるからと、新しい倉庫が反対側に出てきてから上司の管理外となった。僕たち警備兵が洗濯物を干したり、鍛錬に使っていてもお咎めがなかったから、そのうちに秘密の集会場みたいなところになっていた。
 そこで僕たちは、獲物の解体をする。
「どうだ、綺麗にとれたろ」
 リビオがナイフを器用に動かし、部位を切り分けていく。狙い通り、角と牙。それに毛皮。小さいながらも手触りが良くて気持ちがいい。なんだか惜しくなる。
「毛皮も上納かな」
「肉さえあればいいだろ。そんなもの、俺達には扱い切れないさ」
「そうだね」
 防寒具にするには小さすぎる。かといって、換金するにはつてがない。余りにも高価なものは、買い取ってくれる商人は少ないのだ。だったら、少しでも上司の機嫌を取る方が賢明だ。
「こいつ、雄だったな」
 リビオがにやにやと笑いかけてくる。その手には取り上げた血まみれの肉片。人間の物と構成は変わらない。弾力のある細長いピンクの細めの肉と二つの房と。
「精巣」
「精巣」
 確か、精力剤になるとか。獣の解体になれているリビオに教えてもらわなければ知らなかった代物だ。
「食べられるの」
「食べられないことはないが、このままだと臭いだろうな」
「処理はどうする?」
「ひとまず、干すか」
「了解」
 解体の手伝いはしていた。と、言っても、切り分けられたものを棒に刺して干し台に並べるだけ。
「この前のやつももうカチカチだけど?」
 そう、この前も魔物も生殖器を取り分けて干していた。他の干し肉と違って扱いが難しく、残っていた。
「酒に浸すんだっけかな」
 リビオの手で切り分けた肉が焼かれ始めて、いい匂いが漂ってくる。ああ、旨そうだ。口の中で涎が溢れてくる。
「酒か。葡萄酒とかでいい?」
「蒸留したやつが一般的だけどな」
「そんなの無いよ」
「だったら、俺達には過ぎた代物だな」
 別に精巣なんて特別な部位でなくとも、森でとれる産物すべての物には少なからず力が宿っている。肉だけでも十分に元気になれる。
「ほら、喰おうぜ」
 差し出してくる肉を受け取って齧り付く。ああ、旨いな。さっきまでくたくただった気がするが、まだまだ動ける気がしてきた。これが森の力の恩恵なのだ。
 力。一瞬でものを燃やしたり、水を生み出したり、病気を癒したり、身体を強化したり。
 特別な力。それが、この森を異形にしている。
 だから今食べている「ねずみ」と呼んでいるこれも、街とかで見る一般的なそれよりも大きく重く、角や牙が生えていた。一事が万事。ここの森に存在するすべての物は大小そんな感じなのだ。
 祝福だとか、単純に力とか呼ぶ人も居るけど、多くの人は畏怖の念を込めてか「魔力」と呼ぶし、そこに生活する獣たちも「魔獣」だとか「魔物」だとか呼んでいた。
「……」
 名残惜しく嚙んでいたそれもとうとう腹の中に落ちて行った。次いで葡萄酒を流し込む。身体に魔力が回っている充足感と酒精に酔わされて夢心地だ。一晩中槍の素振りをしていたい気もするし、布団に潜り込んで眠ってしまいたい気もする。変な高揚感に包まれはするが、一応組織の人間としての責務も忘れてはいない。
「ロジェさんのところに持って行ってくるよ」
 ロジェさんは僕たちの班長だ。袖の下をその上の人渡すのも彼に任せている。
「だったら、ナセル。それも持って行ってみれば」
 リビオが例の干しキンタマを一緒に持たせてきた。
「なんで」
「リーダー、と言うか実家がなんとかするでしょ」
 リビオはロジェさんをリーダーと呼んでいる。多分年齢は同じくらいだし、同じ「警備兵」の立場だから、僕たちと同じ部屋で寝起きするものだけど、出自が違うからか、別の部屋が与えられている。聞けばどこかの領主の息子らしい。いわゆる支配者。だからと言って傲慢さは無くて、むしろ誰よりも気遣いで落ち着いた人だ。無口だとも言うう人もいる。頼りがいがあっていい人なんだけど、それが他の皆は近寄り難いらしい。
「なるほど。じゃぁ、行ってくるよ」
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